マラソン人生エピソード


スポーツジム歴は、かーめさんに負けている。かーめさんが10年前の7月から、自分は8月から… かーめさんかに誘われて、スポーツジムに行くようになった。

その意味では、かーめさんのお陰で、走るようになったとも言える。

マラソンに目覚めるようになったのを書くのに、いつの頃から遡れば、上手く書けるだろうが… いつから書き出せば伝わるだろうか… 小学校の頃、中学校の頃、大学、ジムに行くようになってからの頃… とにかく、初めて走ったのは…

幼稚園の頃だったと思う。運動会だっただろうか…

どのように走ったのか忘れたけど、結果はビリだった。上手く走っているつもりでも、脚が思うように動かせず、皆についてゆけずに、ビリ…

スタートの「位置について、用意ドン」のセリフも嫌いになった。ピストルの音にビックリして、皆がスタートしてから、走り始める頃もだいぶあった。

小学校の頃もビリ伝説。運動神経が全く無い。逆上がりも出来なかった(何とか練習で、出来るようになったけど)。キャッチボールも頭に当ることも多かった。運動が大嫌いで、体育もどうにかして休む事ばかり考えていた。学校のグランドを走って、グランドの周回によって☆☆駅まで走ったとか競争する企画もあったのだが、それにも参加せずに、先生に怒られて、無理やり走らされた記憶も…

ビリになるのが嫌だった。走るのが大嫌いだった。いつも運動会では、いつもビリ…

一生懸命に走っているのに、母親から「ニヤニヤして走っていた」と言われて、大ショックだったこともある。大人になったら、走らなくても良いのに…と、いつも思っていた。

中学校の頃だったか「死に物狂いで腕を振れ」「スタートダッシュしろ」とか友人にアドバイスで運動会で走ってみる。するとギリギリ入賞…

10人ぐらいの中で、5位になった。ゴールして、入賞者の確認するためか、女の子につれられて「ここに座ってください」と言われ、何か誇らしくなった記憶がある。なぜ、入賞したのか… わけが分からなかったけど…

冬になると、朝、学校の周りを周回するランニング… 「走れば暖かくなる」と言われて走るが、全然、ポカポカしてこない。逆に手が冷たくなる。小学校の頃から冬になると、よくしもやけになっていたのだが、ランニングでしもやけになってしまった事もあった。体育の成績が5段階評価で「2」だったのは、この柔軟性のなさだった気がする。ヒザを曲げずに腰を曲げても、手が地面に全くつかない。運動は向いていないので、自然と敬遠していた。水泳も、負けずに嫌いな種目だった。エラを持たない人間が魚のように泳げるわけがない。日本人なら日本語を使えという理論で、人間は人間らしく陸上で生活すべきと思っていた。

高校… マラソン大会があった。 10kmのマラソン大会。市街地から離れた山の上の高校だった。走るのが嫌いだったので、あまり乗り気でない。少し走って、歩く、少し走って歩くの繰り返し… 最後に急な坂道だけは、走って上ろうと、調整して、体力を回復させるに、500mぐらい歩いて、坂の下から、勢い良く走り出す。息も苦しく、頑張って走った。歩いている人達に優越感を感じながら走った。記録はギリギリ1時間以内で走れたようだ。自分が… 練習も全然していないのに、なぜ… 少しビックリしたマラソン大会だった。女子から「凄い、凄い」と言われたのが、嬉しかった。

大学の時、女の子にモテようと、アーチェリー部に入部。テニス部や野球部だと、小さい頃から、やっている人が多いので、追いつくのが大変だと思い、マニアックな洋弓をする事にした。講義を受けずに練習していたせいか、新人戦3位というマグレに。前半まではトップ独走だったけど、後半に一本だけ緊張して的から外してしまい、その一本でせいで同位3位となってしまった。新人戦が好成績で、何か妥協したわけではなかったが、それほど成績は伸びずに、大学を卒業すると同時にアーチェリーを引退。

それ以降、10年ぐらい、全く運動をしていなかった。しかも、飲んだくれて、お金が無い日は、ポテトチップ2袋買って、それをツマミにビールや焼酎と飲んでいた。土日は、競馬の毎日。負けたり、勝ったり…

早朝、馬券を買いに行って、昼からビールを飲みながら、競馬中継を観戦。それが、休日の過ごし方だった。そして、徐々に中年太りになっていくのを感じていた。

しかも、時々、心臓がキュッと時々、締まるようなような感覚もある。その時だろうか、痩せ肥満という言葉を覚えたのは… 駅の階段を登るのにも疲れて、息切れしてしまう。そんな体力レベルの自分がいた。元々、体力には自信はなかった自分ではあったが、何とかしなければ…

何となく、健康に気をつけなければと思っていた頃に、悪友に「国際マラソンに参加しないか」と言われて、参加したのが1999年3月15日第17回三浦国際市民マラソンの5キロだった。それは会社の悪友と面白半分で、参加したもの。全く、練習せずに、まだ若いから完走は出来るだろうと思っていたが、途中で歩く。その時の悪友には、タイムは30分以内だった見栄を張っていたが、実際は、40分ぐらいだったような気もする。

そして、二度目の参加は、2002年3月3日第20回三浦国際市民マラソンの5キロ。この時は、12月頃から練習。練習と言っても、会社の行く時に毎日50mぐらい走るだけだったが。それでも、走り始めた当初は足が重く3月に間に合うか心配だったが、1月過ぎにはその成果が出て足が軽くなり、会社の階段も軽く5階まで一気に登れるようになった。 2月中旬に2回ぐらい近くの公園のグランドを一周する。そういう感じての練習で、マラソン大会にのぞんだ。吹奏楽部のスタートの演奏の後に花火が打ち上げられてスタートになった。最初から人につられて飛ばす。 500mぐらいで走ってペースを落とす。 1キロ5分、2キロ目6分と、段々、ペースが落ちてくる。折り返し地点の30m前の地点でもうゴールした人がいるのか、花火が上がった。この時点で2.5キロで15分経過していると思う。胃の方が痛くなる。朝のお握りがいけなかったようだ。ペースが落ちて、歩き出してしまった。休んでは走り、休んでは走りで、結局、34分のかかってしまった。少し、悔しかった。悔しかったけど、また飲んだくれの毎日になってしまう。こんなに飲んで、健康診断に引っかからなければ良いけど…と、思っていたら。

2002年10月30日の健康診断だろうか…

総コレステロールが223で引っかかってしまう。痩せているのに、痩せ肥満…アゴは二重アゴ、腹は出っ張り、悪く言えば…(とても書けない) 。痩せているのに腹が出ているのが、我慢できない。

2003年07月09日、自分のダイエットよりも深刻なのは、かーめさんのダイエット。自分的にはかーめさんには散歩を薦めていたような… でも、何か、散歩だけでは不安。散歩で痩せられるのかな〜と疑問がある。聞いたところによると、ゆっくり歩いたら、散歩というのは効果がないと。それだったら、走ればいいかと言うと、走るのはけっこう辛いので、三日坊主になってしまいそう。で、会社の悪友は、ジムに通わせたら…と。それだ。それは良いアイデア。でも、悪友も横浜のルネに行っているのだが、悪友の体型を見ていると、あんまり効果がなさそう。痩せそうにない。考えてみれば、ジムで汗を流す前や後に、それ以上のカロリーを取っているからだと思うけど…

あと、そのジムの平日コースには、太った女性がダイエット目的に来ている人が多いらしい。ジムが壊れそうな体格の人がエアロビクスをドンスカやっているらしい。そんな話しを、悪友から聞いていた。かーめさんも、そういう姿を見れば、嫌でも痩せる気になるだろう。で、帰ったら、かーめさんに悪友が薦めていたよと伝えると、喜んで、早速、ネットで薦めてくれたスポーツクラブを見てみる。本当は横浜のジムに通わせるつもりが、かーめさんは近場の方が交通費も掛からないので、近場のジムに通う事に…

かーめさんのやる気を信用して、かーめさんに勝負をする事にした。自分「三ヶ月、ジムに通って、効果がないとそれ以降はお金は出さないからね」。かーめさん「…」。負けず嫌いのかーめさん「痩せるもん」。自分「それでいいね」。かーめさん、さすがに痩せられるかどうか心配になる。かーめさん、当時は、パソコン教室に通っていて、(専業主婦なのに)ジムにも通ったら、悪いからと思っていたようで… でも、自分が薦めるから嬉しいと言っていたような…

そして、あろう事か…。二年に一度、三浦国際マラソンに参加していたのだが、かーめさんがまた参加したいと言い出した。結婚して初めて参加したかーめさんだが、けっこうきつくて、懲りていたんだけどね。自分の一言で、かーめさんの日常の価値観が変わってゆくようで、なかなか、自分も奥さん孝行しているんじゃないかと…



そして、2003年8月より、自分もルネ港南中央に通うことになる。かーめさんだけ、スポーツジムに行くはずだったのに、なぜか、自分も…

家族割引で入会できるから、そんな理由だったかも。かーめさんはルネ港南中央のオープン当初から始めていた。自分は相変わらず、身体を動かすのが苦手で、筋トレなんて、何で、重い物を持たないといけないのだ。奴隷じゃあるまいし…とか、思っており、スポーツジムを敬遠していた。でも、かーめさんがジムに通いだして、自分も付き合いで通うことになったので、とりあえずの目標を三浦国際マラソンのリベンジの為に通うことにした。歩かずに完走したら、ジムを辞めようと思った。半年ぐらい、頑張れば、5kmを完走出来るようになるだろう。そんな感じでジムに通おうと決心する。マラソンを始めるに当って、パソコンのエクセルで全練習内容を記録しておこうと考えた。いつか、思い出や、今後の参考になるだろうと思って…(実際、その通り、この長い文章を書くに当って、だいぶ参考になっている)。

初ジム生活は… 2003年08月02日。最初はオリエンテーションをやる。自分の今の基礎の身体、体成分検査をする。体脂肪率は18.8%。そんなには悪くなかったが、筋肉量が、かなり無かった。その後、インストラクターの先生が色々と説明し、3ヵ月後の自分に向けて葉書を書かされる。 3ヵ月後に家に届けられるようだ。オリエンテーションが終わり、早速、バイク(自転車をこぐ器械)に乗る。 2分やって、ホッとしていると、かーめさんがチケットを貰ってきてくれた。本当はウォーキングをやりたかったのだが。かーめさんに誘われて「ボディパンプ」をやる。バーブルを持ちながら、音楽にあわせてスクワットしたり、ベンチプレスしたり、45分動きっぱなし。最後の腹筋がきつかった。バーベルは2.5キロで、やっていたけど、何とかついてゆけたけど、三日間、筋肉痛になってしまう。ただ、腹筋だけは完全に潰れた。

2003年08月03日、その日も、自転車を漕ぐのをやって、ランニングして、クロストレナーとかいう奴。このクロストレナー、上手に手足動かさないといけないのでハードな種目。やっと3分やるんだけど、一気に心拍数が140も上がってしまう。もう、これでヘトヘト。可愛いインストラクターから筋力トレーニングもやってねと言われるんだけど、2種類しか出来なかった。朝の予定では、ジムの露天風呂に入るつもりが、そんな気力もない。かーめさんに付き合い、買い物をするも、手伝う気力なし。かーめさん、けっこう体力がついたのか、あまり疲れたそぶりはない。

一週間に一回のボディパンプの三回目に、5kg×2のウェイトでチェストをやるが、途中で、潰れる。他の男性を見ると、ちゃんとやっているので、さすがに情けなくなってしまう。

当時は、脚や胸など全ての筋トレを1セットづつやっていた。それで、何となく、筋トレをやっているような感覚で、自分の胸が厚くなっている様な、感じになっていたが、実際はそんなに変わっていなかったような…

三浦国際マラソンを目指して、ジムに通いだしたのに、当時はクロストレーナーばかりしていた。初めてクロストレーナーをやったのは、ジムに通いだして2日目、最初、簡単そうに見えたので、物凄い体力を使うようで3分しかできなかった。それが、一週間後には15分も出来るようになり、一ヶ月もしたら、60分出来るようになる。

トレッドミルは、20分〜30分しか走れていない。時速9キロだっただろうか…。

最初、ジムに通ったときに、学校の体育館のつもりで、シューズは上履きを使っていた。トレッドミルを上履きで走っていると、今は他の店舗に異動になった金子トレーナーだっただろうか「シューズを買った方が良いですよ」とアドバイスをもらう。トレッドミルでの走り方も、かなり、おかしかったようで、大庭トレーナーにアドバイスされたような… どのようなアドバイスだったかは、忘れたけど、すぐに修正できた。

2003年09月13日、三連休なんだけど、何も予定なし。今日もスポーツジムに行く。行く前に、ヘッドホーンを買いにヨドバシ行く。ジム内のテレビ付きのマシーンで、見ながら運動する時に、貸し出しのイヤホーンが無かったりするので、自分専用に買う。ジムの人によれば、ジムの物なのに持って帰る人がいるようだ。帰りは、家まで歩いて帰るのだが、かーめさんが早道を探し出す。

2003年9月18日、会社が終わって、友人達とスカッシュをやりに、相鉄線・緑園都市に行く。横浜スカッシュパーク コータコート、スカシュコート国内最大9面持っている立派な施設。 6人で1時間ぐらい汗を流す。考えてみれば、俺、6〜7年ぶりのスカッシュ。簡単そうで難しい。皆、徐々にうまくなっていくのが分かる。かなりの運動量で、足もクタクタになりそう。でも、ジムに通っているお陰か、そんなに疲れなかったような…



2003年10月、久良岐公園のグランドを走るのだが、400mを2周。ジムでのトレッドミルとの違いに戸惑う。走り終わり、ヘトヘトになり、半日、だらけた生活に。

2003年11月、上半身、下半身の筋トレを一日ごとに分けてトレーニング方法に変える。この時だろうか、効果的な筋トレには超回復を利用しないといけないと理解したのは…

2003年12月、グランドを5周走れるようになる。練習はもっぱら、クロストレーナー。楽に60分、使えるようになっていた。

2004年2月、久良岐公園を走り団地の周りを走る。約4キロを23分で走れるようになる。

2004年3月7日第22回三浦国際市民マラソンには、10キロで申し込んでいた。タイムは56分43秒完走。全く歩かずに完走できたのが嬉しかった。それからドンドン走る事の楽しみを覚え、練習に励もうと思うようになる。三浦マラソンが終ったら、ジムを辞めようと、当初思っていたのが、来年も出ようと、思うようになる。

ジムに行くと、クロストレーナーばかり1時間して、トレッドミルをたまに15分ぐらい走る程度。

2004年8月14日、レッグプレスで、腰を痛める。ボディパンプのスクワットで大2枚、中1枚で、腰に負担があったのも原因。

そんな調子で、2004年9月19日第1回チャレンジランinナショナルスタジアムの10キロに参加する。陸上競技者の聖地「国立競技場」で走れるという魅力で申し込んだ。ところが、思い様に走れない。心拍機能は大丈夫だったのに、足が動かない感じで、勿体無いマラソンだったような…。もっと、練習をしなければならないと、反省ばかり。家に帰ると、上腕二頭筋短頭も筋肉痛になり、肩の僧帽筋上部線維も鋭く筋肉痛。太ももの先も筋肉痛。三浦の時よりも、かなり、疲労感が残った。タイムは1時間03分25秒だった。

ちょうど一ヶ月前に足の裏にウオノメが出来て、走る事も出来なかった。二つの診療所に通って、何とか治ったけど… 通勤に使う革靴が合わなかったようだった。

2004年10月、団地を走る練習コースを考えて、走り出す。走るのだったら、クロストレーナーより、トレッドミルを使ったらとトレーナーに言われて、トレッドミル中心の練習に変える。数回、路上を走り出したせいか、2004年11月14日第24回横浜マラソン大会の10キロは49分44秒完走。

2005年2月6日第27回神奈川マラソン大会の5キロは24分15秒。マラソン大会に参加する面白さを感じるようになったのは、この頃からだろうか…



三浦マラソンの為に、団地の坂道を使った練習を取り入れる。 2005年3月6日第23回三浦国際市民マラソンの10キロは52分57秒完走。ふくらはぎの筋肉痛になり、ふくらはぎを、もっと鍛えようと思った。

そして、初フルは2005年6月5日第36回六無月東京喜多(北)マラソン。 5月はジムで210.9キロ走り(トレッドミル中心)、一週間に1回は17キロ〜20キロをトレッドミルで走り、長距離を走る感じがつかめるような感覚になる。ところが、レースでは熱中症になる。目のチカチカがひどくなり、めまいらしき感じ、芝生に寝っ転がって、足が攣っているので、ストレッチをしながら、めまいの回復をはかる。その時に、空を見ると、雲が流れてゆくのを面白く感じた。皆は走っているのに、俺だけが寝ている状況下で、強制で走っているわけではないので、そんなに無理して走る必要は無いんだけど、何か、そんな風に思ってしまった。で、33.5キロでリタイヤ。

2005年7月1日、GPS機能付きの時計ForeAthlete201を購入。これにより、外を走っても、距離、速度が分かるようになる。外を走るのが楽しくなる。

第1回チャレンジランinナショナルスタジアムで失敗していたので、2005年10月01日(土)第2回チャレンジランinナショナルスタジアム10キロは、好タイムで完走したいと思った。 7月の旅行先の大津プリンスホテルの周辺を走り、久良岐公園や根岸公園でも走り回った。おかげで、タイムは49分54秒完走。

2005年10月08日2005健康マラソンフェスティバルinこどもの国の42.195キロを走る事にする。初フル完走が目標。しかし、こどもの国は、アップダウンがかなり、きついコース。1周4.1Kmのコースを約10周するのだが… そして、初フルは5時間25分04秒でゴール。アップダウンだらけのコースを走りきった事が大きな自信になった。

同年10月23日ジムの合同練習会という事で、天王町のスホーツクラブに集合して、八景島往復する練習会(35km)に参加する。この時に、今の練習コースの基礎となる八景島練習コース(それ以降の練習コース)が出来上がったような気がする。

同年11月5日、横須賀まで走ろうと思って、走り出すが追浜で迷って、断念。しかも、2週間ぶりの路上のマラソン練習のせいか、腿が筋肉痛になる。全身が筋肉疲労。

2005年11月13日第25回横浜マラソン10キロは47分6秒完走。

2005年11月20日2005多摩川ハーフマラソンin川崎の10キロ。自分にとっては、だいぶ、反省点の残るレースになった。タイムは49分00秒。このレースのおかけで、ラップをキープする大切さを知った気がする。この日、調子が良く、前半から飛ばしてしまう。1kmを4:04で通過していた。そのせいで、後半はバテバテで、49分00秒。

2005年11月23日第30回よこすかシーサイドマラソンの10キロは、前回の反省を生かして、前半から飛ばさず、ラップ重視で走ったおかげで、46分17秒自己新記録完走。

2006年01月8日京浜急行杯 港南区健康ランニング大会10kmで、自分のマラソン人生に転機を迎える。正月明け早々、素晴らしいレーススタートさせようと思ったのに、根岸のボスに負けてしまった。 1分差… かなり悔しく、その日の新年会では、その悔しさを何時までも口にしていたような…

2006年01月15日第37回「新春」・東京喜多(北)マラソンのフルに参加。 4時間30分が制限時間。ハムストリングが攣り、39kmから歩き始めて、4時間37分28秒完走(7分28秒タイムオーバー)。レース後の筋肉痛は、膝上の部分の大腿四頭筋、両腕(力瘤の肘側部分)。帰りの電車では立ち上がるのに大腿四頭筋に力が入らず、階段では右膝の筋が痛くヨチヨチ歩き。家に帰り風呂に入ったら、だいぶ良くなった。翌朝、立てないほどの右ひざ外側の痛み。整形外科に行く羽目になった。三日ぐらいで階段も上り下りが出来るようになった。全治一週間だっただろうか…

12月から横須賀までLSDで走るようになる。 2006年1月28日には、京急・馬堀海岸駅まで走れるようになった。

2006年02月05日第28回神奈川マラソン5km。22分30秒完走。

2006年2月11日、観音崎まで約30km走る。

2006年03月05日第24回2006三浦国際市民マラソン10km参加。47分55秒完走。

2006年03月19日第9回東京・荒川市民マラソンinITABASHIのフル参加。今回は前日、高気圧酸素供給装置「ドリームプラス」を体験してからの参加。酸素満タンで、どれくらいのタイムが出るか期待した。結果は突風の中、4時間32分51秒完走で自己新記録。根岸のボスにも勝って、かなり気分が良かった。ただ、初フルマラソンの木下トレーナーに負けてしまう。彼を、最大の目標にする事にした。彼のタイムは3時間37分台。

2006年04月09日第24回横浜ロードレース10km、48分25秒完走。また根岸のボスに勝つ。完全に追い越した感じ。

2006年4月16日、横浜の月例会に参加する。 1km、3km、10kmの3種目に参加した。

2006年04月23日 第10回東日本国際親善マラソン10kmに参加。45分24秒完走。

2006年05月14日 第4回多摩川ロードレース10kmで、初の45分切り。44分42秒完走。自分の自己新記録よりも、かーめさんが初の10kmを完走したのが嬉しかった。楽に走る感覚でキロ4分30秒ぐらいで走れるようになった。もっと、速く走るには、何かが必要だけど、今後の課題かも。そんなに速く走っても楽になったのは、重心移動が前よりも良くなったからかも。タイムがどんどん上がってゆくのが嬉しい。

2006年05月21日第32回チャレンジ皇居マラソン30km参加。 20kmで、リュックに汗の塩で真っ白になっているのにビックリして、これで戦意喪失。結局、25kmでリタイヤ。

2006年05月28日第26回スポニチ山中湖ロードレース湖畔一周13.6km参加。上大岡のジムの人と一緒に参加させてもらう。 1時間15分28秒完走。

2006年06月04日第38回六無月東京喜多(北)マラソンのフル参加。 33km地点までは、サブフォーペースだったが、キロ6分ペースになり、両方の背中が攣ってしまったりして、38kmから歩いてしまう。結果、4時間8分51秒完走。どうも、完全な完走が目標にしなければ…

2006年06月25日、ミクシィでマラソン練習記録を書き出す。ここからは、ミクシィの日記を読んでもらえば、詳しく書いてあるけど、初期の頃を、まとめる意味で、もう一度書いてしまう。



月間走行距離を気にするようになったのは、2004年10月から。 10月112km、11月126km、12月100.2km。 2005年は、1月139.5km、2月97km、3月73.9km、4月79.8km、5月237.85km、6月131.2km、7月170.59km、8月172.8km、9月228.25km、10月234.07km、11月160.77km、12月141.45km。 2006年は、1月207.44km、2月224.3km、3月309.62km、4月141.26km、5月285.85km、6月213.97km、7月301.06km、8月317.67km、9月300.81km、10月314.18km、11月261.88km、12月151.6km。考えてみれば、徐々に月間走行距離を伸ばしているような…

最初の頃は、100kmが、やっとだったのに、今は300kmも余裕達成。やれば、どんどん伸びていく。こうやって見ていくと、かなり頑張った次の月は、どんと距離が落ちているような… 徐々に上げていくのが良いのかも。

簡単にその後の事も書いておく。

2006年08月06日第8回関東マスターズロード選手権の10km参加。真夏のレースでウォーミングアップを皇居2周していからの無謀挑戦。結果は、後半の5kmを歩いてしまい1時間15分8秒完走。

2006年10月01日第17回東日本国際駅伝。初めての駅伝参加だった。

2006年10月07日第12回小金井公園5時間走・フルマラソン大会でフル参加。ペースメーカーがいるので、サブフォーどころか、無謀にも3時間30分についてゆこうとする。最初の1kmを4分35秒と飛ばしすぎる。慌てて、スピードを落とすが、全体的に飛ばし過ぎて、25kmぐらいから背中、ハムストリングと攣り、約30キロ地点で足が止まってしまう。結局、また歩いて4時間40分5秒完走。また歩いてしまったとガックリしていると、参加者の一人のおじさんが話しかけてきた。 40歳からマラソンを始めて47歳でフルマラソン3時間20分の自己新を出したと言っていた。自分に「今から伸びてゆくよ」と励ましてくれた。夏から30キロ以上のロング走をしていなので、30キロで足がとまったのが原因。

2006年10月15日チャレンジランinナショナルスタジアム10km参加。45分50秒完走。初めて、最後の1kmでキロ3分42秒を出す。

2006年10月22日第23回ジョギング全国大会10km。 43分20秒完走 自己新記録。

2006年11月18日2006健康マラソンフェスティバルinこどもの国、フル参加。4時間17分25秒完走。走り終わった直後の筋肉痛は、ひざ裏すぐ上のハムストリング(何か硬くなっているような感じ)、右ひじのほんの少し上の二の腕(二の腕外側下)した、骨盤(足の付け根上部あたり)。少し左膝の内側の関節が痛い感じ。去年のように、貧血になるような疲労感は無い。左膝の内側の関節が痛くてビッコをひいてしまう。歩くのは何とも無いが、階段がキツイ。朝になると、左膝の内側の関節はビッコ引くような感じではないが、まだ痛い。他の筋肉痛は二の腕だけ。他は完全に取れた。今度は二の腕を鍛えなければ…



フルマラソンは、自分の次なる筋トレのターゲットを確認しやすいと思う。フルを走っていて、筋肉痛等が表れなければ、ちゃんと走れるのだが、35kmぐらい走っていると自分の筋肉の弱い部分が筋肉痛や攣ったりする。その部分を鍛えておけば、次に走る時は、筋肉痛が起きずに、最初のスピードを維持させる事が出来る。

2006年11月23日第31回よこすかシーサイドマラソン10km参加。こどもの国のマラソンのダメージで、ヒザの内側の関節が傷んだ。マラソン後は、ビッコを引かないまでも、階段を降りる時は負担がかかり、痛む。二日前にトレッドミルで走ると、少し響く感じになり、それでも何とか走れそうな感じに。レース当日は違和感が残る程度。ヒザの調子(その時は不思議と全然痛くない)を考えて、ゆっくりスタートし、気がついてゴールしてみれば42分45秒。自己新記録。自己新記録でゴールしたという実感より、ゴール直後は走り切って息を整えないというのが実感。面白いように、最近は自己新連発。これがマラソンだという実感。

2006年11月26日第26回つくばマラソンフル参加。前日、ヒザの内側の関節も完治して安心していると、行きの電車の中で、左ヒザの内側の関節が痛い事に気づく。ヒザを何気なく、触ると、ピックと痛い。秋葉原からホームから階段を降りようとすると、やはり、ヒザが痛い。トイレに行く時に、少し、ビッコを引いてしまう。秋葉原駅から一旦、改札を出て、つくばエクスプレスの秋葉原駅に。つくばエクスプレス快速に乗り、運よく座れた。座りながら、ヒザが治ってくれと、祈る。座っていたのが良かったのか、ヒザはだいぶ良くなっていた。レースでは、ヒザに負担を掛けないようにと着地を柔らかくしようと心がけ、初めてランナーズハイになり、ヒザの違和感も消えて、快調に走れる。「サブフォー」という感覚をかみ締めながら、涙ながらのゴール。 3時間48分49秒完走の自己新記録。しかし、脚全体が筋肉痛。これまでに経験したことが無いほどの物凄い筋肉痛。生まれたての子鹿の足になる。着替えて、東京駅直通のバスの発着所に向かう時に脚が攣り、その場で倒れこむほど。たぶん、2005年6月のフルマラソンで熱中症にならなかったら、今のようにマラソン熱はなかっただろう。運が悪ければ、熱中症で死んでいたかもしれないけど、マラソンとは、不思議なものである。一週間ぐらいで、ヒザも良くなり、ほぼ完治。筋肉痛も無くなった。梅村トレーナーにつくばマラソンの報告をすると、20分も自己新を縮めたことに驚き、素直に喜んでくれた。しかし、浮かれ始めたと思ったのか、「モチベーションを下げないように」と言われてしまう。この時のアドバイスは後に、かなり役に立った。自己新を出したら、すぐに次のレースを考えて練習するという習慣づけようとするようになった。

2006年12月23日、練習で走る気満々だったけど、膝裏の筋が痛む(ほんの少しだけど)ので、練習は我慢した。翌日、治った気がしたのだが…

年末年始、恒例となっている旅行先でも、マラソン練習をする。その時も膝裏の筋の傷みを気にしながら走った。どうも、練習をすれば、どこか痛くなるというのが悩み。

2007年1月6日、左ヒザ裏の筋がいつのまにかに治癒していた。ここ数日はハードな練習しても痛くない。何が良くて、何が悪かったのか。

2007年1月14日、忘れもしない、初の長距離の遠征の第26回いぶすき菜の花マラソンのフル参加。写真を撮りながらの遊び感覚の大会になったけど、最後の5kmは、ラストスパートは、道路脇でストレッチしている人を見ながらスピードを上げてゆく。スピードを上げてゆく人がいても、それでも追い抜いてゆく。ディープインパクトみたいに飛んでゆく。ビューンビューンと風のように走った。不思議と疲れも無い。他の選手が止まったように見えた。まさに、神の域に達したような不思議な気分になる。タイムは、それでも3時間57分57秒で完走。デジカメ写真77枚撮り楽しみ、その割には、4時間切りが出来たのはビックリ。アップダウンもあり、しかも、後半も飛ばせたから…

要因として、毎月300km走っていたのが、後半も粘れるようになったのかも。とにかく、フルを確実に走れるような脚が出来たという事だろうか… でも、数日、左ヒザ裏の筋が痛かった。

2007年1月17日、左ヒザ裏の筋が痛くなるのは、グルコサミンが足りないような気がしたので、グルコサミンのサプリメントを飲むことにする。長距離を走った前後は飲むようにした。

2007年1月21日 第39回「新春」・東京喜多(北)マラソン。自己新を出したつくばが100%の体調だとすると、いぶすき菜の花が150%、そして、喜多(北)マラソン当日の体調は40%ぐらい。菜の花マラソンは、いたれりつくせりの沿道からの応援あり、かなり楽しかったから、今日は全くの応援はなし。自分との真っ向勝負の戦い。その反動からくるかもしけないけど、何か虚脱感が大きい。調子が乗らないまま走り、時間の事は気にせずに、腕を振ってフォームだけに気をつけて走る。走れば走るほど、調子が戻りつつあると感じてゆく。 30キロぐらい走った時に、時計をチラ見する。ええっ、まだ2時間台… もしかすると、これは新記録でるのでは…と思うようになる。 30キロの壁は無さそうだし、まだまだ、スピードは温存出来ている。もしや、ジムの木下トレーナーの記録3時間37分の記録まで頑張れば達成出来るのでは… 後半は、わざとペースを落としたけど、調子も戻っているようなので、このままペースを守って突っ走ろうとする。タイムは、3時間38分23秒完走で、自己新記録。レース前は最悪のコンディションだったけど(前日、前々日、足が疲れていたのか、全然走れなかった)、何とか完走。木下トレーナーの記録を破られなかった。

2007年2月4日第29回神奈川マラソン10km参加。今後最強のライバルとなりそうなマイミクのまぁ〜さん一緒に走る。 43分28秒完走。

2007年2月18日、東京マララソンに抽選もれしていたので、走れず。ミクピーさんの応援に行く事になる。かなり走りたかったけど、来年は絶対に走ろうと心に決める。

2007年3月、健康診断の結果で、半月前に検査した健康診断の結果が届いた。尿検査、血圧(118と72)、眼底検査、動脈硬化度(6.9)と異常はないけど、心電図の結果が、左室肥大の疑い。ビックリして、インターネットで調べる。本当に、マラソン人生はこれまでか… もう走ったらダメなのか… かなり不安を持ちながら調べると、何かスポーツ心臓というのがあるらしい。長期間にわたる激しい運動をしたスポーツ選手の心臓が大きくなるようだ。スポーツ心臓は持久性を要する運動種目の選手に多くみられ、病的なものではないらしく、高度なトレーニングによる適応現象らしい。でも、何か、不安なので、専門医に調べてみようかな〜全く、胸部圧迫や動悸、胸痛はないんだけど… 少し、心配になった。

2007年3月4日第25回2007三浦国際市民マラソン10km参加。ついに、ライバルのマイミクまぁ〜さんに負けてしまう。彼は「まぐれ」だと言っていたけど、彼が練習していたのを知っていたので、ショックというより、頑張ったんだな〜という嬉しい思いになる。 46分53秒完走。

2007年3月7日、逗子まで走りマラソン練習。

2007年3月18日第10回東京・荒川市民マラソンinITABASHIのフル参加。タイムは3時間48分33秒完走。レース後は筋肉痛は無いのだが、ただ、何となく、左ヒザ裏の筋が痛いような気がする。グルコサミンで、何とかなりそうだけど。毎回長距離を走ると、左ヒザ裏の筋が痛くなるのは、何とかならないものだろうか… 左ヒザ裏の筋も、会社でグルコサミンのサブリメントを飲んだので、痛みも完全になくなった。この大会の記録証は写真付きで、ラップも5kmごとに出て、グラフ付き。右下がりのグラフにせずに、スタートからゴールまで平坦なラップにしたいと思うようになる。

2007年4月8日第25回横浜ロードレース10km、44分50秒完走。前日約30キロ走ってからのレース参加という練習だった。それでも、後半落ちなかったのは日頃の練習成果。イーブンペースが一番いいかな〜それには、中間地点で余力を残していた方が後半もペースが落ちない。トレッドミルで走っていると、同じペースで走っているので、同じペースで走る癖がついているような気がする。その点ではトレッドミルでのトレーニングも捨てたものではない。速い人の走りを見ていると、楽に走っているように感じる。それでも、スピードが出ているので、よっぽど重心移動が出来ていて、無駄な動きがないと思うけど、そこまで自分もいけるだろうか…



2007年4月15日第17回かすみがうらマラソンのフル参加。ほぼ、平坦なスプリットタイム。 3時間35分35秒完走。このレースでの収穫は、13キロ過ぎたあたりで、心拍数が152ぐらいで一定になり、ラップはキロ5分前後。この調子で、最後まで走れると完走を確信した事。確実にフルを走れる脚になったような気がした。

同年4月21日、ウルトラ辞退宣言。今年始めに、ウルトラマラソンを目指すと宣言していたのだが… 今、悩み中。ウルトラを目指すにあたって、5月チャレンジ皇居マラソンの50km、6月グリーンチャリティーリレーマラソン6時間走を登録しているけど、何か気分が乗らない。今はフルマラソンが面白い感じ。当初、ウルトラマラソンを目指す理由が、フルマラソンの距離がウルトラを走っていれば、短く感じられるのではと、思ったけど… 何か、ウルトラマラソンの練習すれば、せっかく、十数度のフルマラソン参加で掴んだ42.195kmの距離感が、またわからなくなるのでは…という不安もある。今、フルは、ちょうどいい感じでタイムも伸びているので、このまま、もう少し練習して、伸ばしたいという気がしてきた。前回のかすみがうらマラソンであるけど、もう少し、スピードがあれば良いかな〜と思ったけど… このところ、ウルトラに向けて、長い距離を走ろう走ろうという意識が強く、スピードをおろそかにしていたような気がする。それゆえに、10kmのタイムも今年はまだ更新出来ていないし… ウルトラマラソンの挑戦は、もう少し、先に延ばすという事にする。でも、せっかく登録したので50kmマラソン、6時間走は、キャンセルせずに、勿論、走るけど、ただ、それに向けての練習はせずに、フルマラソンの延長上での練習になると思う。おそらく、その2つの大会はフルマラソンペースで走り、42キロ過ぎたら、少し長いクールダウン気味に走って、歩くというレースになると思う。

2007年04月22日第11回東日本国際親善マラソン10km。46分33秒完走。

2007年5月に北海道マラソンを目指すことにする。

2007年05月20日第33回チャレンジ皇居マラソン50km参加。初のフル以上の距離に挑戦。ところが… フルを走りなれると、42km地点まで順調にいけるのだが、その後、ホッとするのか、急に疲労度が増す。フルを過ぎてから、歩いて5時間37分28秒完走。

2007年05月27日第27回スポニチ山中湖ロードレース湖畔一周13.6km。初の仮装をしようと思ったけど、決めきれずに断念した。 1時間09分31秒完走。

2007年06月03日第40回六無月東京喜多(北)マラソンのフル参加。気温が22〜25度で暑いので、記録は狙わずに、ペース配分、心拍数配分を、いままでのレース以上に考え走る事にした。今回は東京喜多(北)マラソンは第40回の記念大会という事で、完走者全員に完走メダルをもらえる。 大会参加51回目にして、初の完走メダルは、ぜひとも受取りたい。ところが、15キロになると、6分10秒台でも心拍数が150越えてしまう。気分は、35キロ地点を走っているような疲労度。熱中症を心配し、18.5kmでリタイヤした。レース後は、頭もボーッとしたりして、少し、熱中症ぎみ。こんな調子で、残り20数キロ走っていたら、確実に倒れてしまっていたかも。「健康の為に走り始めたのに、ここで無理して走って倒れたら、何にもならない」。

2007年06月09日24時間グリーンチャリティーリレーマラソンin東京ゆめのしま6時間走。気温は23℃前後。前回の事もあり、心拍数を確実に管理する。前半は心拍数は138ぐらいにおさえられて走った。そのせいもあり、3時間54分29秒で40.48km走れた。

2007年6月23日、いつものように、八景島往復していたら、新杉田公園の入り口の所のカーブした所で、小さな段差に躓いて転んでしまう。左ヒザからどんどん血が滲み出てくる。擦り傷。化膿したらマズイので、整形外科に行く。少しおっかない感じのお医者さん。医師「どうしたんですか?」。 自分「走っていたら転んでしまいました」 。医師「何を慌てていたんですか?」と。 マラソンの練習で、慌てるというのは… どういう事だと考えたが… 「別に慌ててはいなかったけど」と答えてから、あっ、マラソンの練習していたとは言っていなかったのに気づく。

2007年6月30日、擦り傷は、だいぶ良くなったが、ヒザの傷口の消毒をしようと、包帯を取ると、傷口の周辺は赤くなっている。暑さでかぶれているような…

2007年7月1日、今日も走れず。昨日から、沖縄旅行。昨日の夜は、まだ乾ききっていなかったのに、傷口を見ると、不思議と、傷口は完全に乾いている。念のために、水泳用の防水バット(クイックナース)をつけて泳いだ。

2007年7月4日、ジムに行き、体重を測ってみると、ビックリ… 一週間前より2kg増えて生涯最高63.5kg… 脂肪が増えたのは、食べる量はそんなに変っていないと思ったけど、有酸素運動が、擦り傷で今までとは激減。走っている量がいつもよりだいぶ少ないので、その影響もあると思う。

2007年07月08日第4回エコ・ジャーニー梅雨明け葛西臨海公園7時間走参加。大きな練習会みたいな大会という印象。途中途中で、休みながらのマラソン。結局、10周(36km)完走。ちょっとしたレース後にパーティ… しかも、缶ビールまである。缶ビールを飲むと、胃に染み渡る。今年の参加者は105人。今回のレースの優勝者は20周(72km)したらしい。この暑さの20周は女性の優勝者は13周(46.8km)。「バケモノ達と一緒に走っていたんだ」というのが、失礼ながらも正直な感想。上には上がいると実感。同じレースに参加していたおばさんと一緒に途中まで帰ることになる。蒲田の人らしい。ただのおばちゃんが、マラソンブームだから、参加したと思っていたら、とんでもない… 今日は11周していて、ウルトラの常連で、宮古島や先月も仙台で60km走ったらしい。自分が「擦り剥いてしまい、練習していなかった」と言うと、そのおばさん「私も走っていないよ」と。先月は仙台で60km走っただけ。腹筋や腕振りの為のアームカール、足の筋トレとがやっているらしい。足の筋トレは、相撲で言えばすり足の状態で、最初は短くても良いから、ヒザを曲げたまま歩いたり、カカトを上げたまま歩いたりしているらしい。 やはり、バケモノ達はどこでもいる… そういう話しを聞いていると、まだまだ自分も練習が足りないと思ってしまう。本当「暑かったから」「怪我していたから」というのは、言い訳なんだよね…

怪我はともかく、暑いのは、皆、一緒の条件だから… もっと頑張らなければ…

2007年07月09日、整形外科に行くと、先生の言葉通りに書くと「まだ皮が薄いですが、ブラシでこすらない限り、大丈夫のようだ」と言われる。 傷口をブラシでこする… そういう事が日常的にありえるだろうか… ブラシとは、どうも、便所掃除に使うブラシを想像してしまう。 デッキブラシ… あれ、傷口じゃなくても、痛いだろう… もう、診療所には通院しなくても良い。 絆創膏も貼らなくても良いといわれた。 完治… でも、引っ掻いてしまいそうなので、当分は、傷口に絆創膏はしておこうと思う。

2007年7月20日、京都旅行にて、真夏の京都を走って観光観光。 15.7km走破。

2007年7月、歯が痛み、我慢できずに治療に行く。これにより、一週間に一日はマラソン練習が出来なくなる。

2007年08月05日第9回関東マスターズロード選手権10km参加。気温34度の中、走る。火事で、火の中に飛び込んでゆくような感覚があった。夏場の走りには、いかに水分補給に心がけてゆけば、距離は持つような… 1.5キロごとに、最低コップ1杯分ぐらい飲めば足りるような気がした。自信もついたので、今後の練習に役立てていきたい。 52分06秒完走。

2007年09月02日、世界陸上大阪大会の女子マラソンでの土佐礼子の踏ん張り、メダル圏外から一度脱落してからの追い上げに感動する。こういう精神力が自分にも欲しいと思った。

2007年09月09日2007北海道マラソンのフルに参加。この大会、出場資格がフルマラソン4時間以内という事で、エリートランナーが多い大会。気候は、気温27.5度、湿度65%。まだまだ、暑くなりそう。関門があるので、最初の5kmの関門が気になり、少しペースを上げていたのが原因で、25kmの関門閉鎖で引っかかる。 25kmリタイヤ。このリタイヤにより、数日、スランプに陥る。

2007年09月15日第10回24時間ゆめリレーin湘南ひらつかの6時間走。真夏のプールみたいに蒸し暑い。それでも、北海道マラソンのリタイヤを引きずりたくない、少し北海道マラソンの疲れもまだ残っている感じもあったが、43.72km完走。

2007年09月17日2007グリーンリボン・ランニング・フェスティバル10km参加。気温32度、湿度68%。またしても、マラソンをやるには、不適切な気候。 53分28秒完走。それでもタイムの悪さに、ガックリしていたけど、マイミクのMSMCさんが日記のコメントの書いてくれた情報によると、暑いとタイムが10〜20%落ちると書いていた。それによれば、昨日のタイムの53分台は、普通なら、48分〜43分になることになるので、安心した。マイミクのありがたさを知った。

2007年09月30日第15回千代田区皇居ロードレース20kmは雨のため参加せず。雨のレースというのは、マラソンをまだ本格的に始めていない6年前の2001年の第19回三浦国際市民マラソンの5キロ以来の事。雪混じりの雨で、凍えるように寒かった記憶がある。 けっこうは大会に出ているのに、雨のレースはない。天気を変えられる怪しい教祖みたいな、自信もある。でも、今日に限っては、これは無理だった。これが、つくばマラソンだったら、意地でも参加したのだけど… 運営者やボランティアしている人達には悪いけど、参加しなかったのは、「勝負レース」じゃないからというのが、本音だろうか…



2007年10月06日よこはま Funrun day in こどもの国の3時間走。音楽を聴きながら、走る。海援隊の「まっすぐの唄」が坂道を駆け上がるのに、うまく曲調に合っていると気づいた。あと、坂道を走る時に、カカトをつけずに、言葉では説明が難しいけど、ふくらはぎで走ると、けっこうスイスイと走れるような気がする。今年の夏、けっこう、カカトをつけずに、歩いていたし、ふくらはぎの筋トレもけっこうやっていたので、ふくらはぎの筋持久力がないとツライかもしれないけど。 トレーニング次第では、上り坂が得意になるかもしれないという感想をもった6周24.6kmだった。

2007年10月07日第18回東日本国際駅伝。実は「酒RUN」(酒乱)チームで参加。メンバーは、まーちゃん、ケロさん、かーめさん、自分の4人。親しい仲間同士の走りは、前日のマラソン大会の疲れも残っていたけど、楽しく走った。

2007年10月21日第24回ジョギング全国大会10km。ゴールまぎわで、ZARDの「負けないで」の曲が掛かり、いい感じでゴールできた。 44分42秒完走。

2007年10月28日第4回エコ・ジャーニー葛西臨海公園4時間走&懇親会の4時間走参加。3時間28分21秒で25.5kmどまり。レース後の懇親会にて、第1回の佐渡島一周エコ・ジャーニーウルトラで1着になった人に喋る機会があった。一ヶ月400km〜500km走っているようだ。化け物だ。マイミクのともちゃんによれば月間300kmを6ヶ月続けられれば、ウルトラを走れると言っていたので、今年から来年に向けて、絶対にやってやると決心する。

2007年11月11日第27回横浜マラソンの10km参加。 46分40秒完走。今のレベルで息が苦しくないペースが4分40秒ペースだと確認できた。

2007年11月中旬、絶好調。全然、疲れない。何が、そうさせるのか… 全く、わからないけど、とにかく、今は好調期のようだ。 今の感じを忘れないように、色々と記していこう。 一昨日、トレッドミルとはいえ18km走って、昨日は28km走った。いつもなら、今日は疲れて、カラオケでも…と思うのだけど、昨日・一昨日の事は無かったような感じ。朝、測った心拍数も49。ちなみに昨日は50。走った翌日は疲れが出て、心拍数は55ぐらいまで上がるのに… ジムにきて、血圧・心拍数を測る。心拍数が65。急いで着替えて、階段を駆け下りてすぐに測るので、いつもなら70台なのに… あまりにも調子が良いので、バイクテストという最大酸素摂取量を測ってみる。すると、評価値は219、体力テスト6レベル中6の最高値、最大酸素摂取量は4.33…

2007年11月18日2007多摩川ハーフマラソンin川崎の10km参加。ゴール場所を間違えたが、44分03秒完走。かーめさんが東京マラソンの追加当選し、なぜか自分が外れたので、かなり落ち込んでいたのだが、レースを走り終わって、東京マラソンのショックから立ち直った感じに。せっかく、落選ショックから立ち直ってモチベーションが上がってきた。

2007年11月23日第32回よこすかシーサイドマラソンの10km。つくばを目標にしているので、軽く調整で走る。 46分00秒完走。

2007年11月24日、梅村トレーナーのクリニック。腕振り、重心移動の練習。ハンマーカールの筋トレを取り入れようと思った。

2007年11月25日第27回つくばマラソンのフル参加。 3時間30分を目標にして走るが、あと100秒足りずに、3時間31分39秒完走。それでも、自己新記録。バースディー自己新になった。

2007年12月02日第23回NAHAマラソンのフル参加。今回は初仮装で参加。ツリードレスで走る。 4時間36分39秒完走。

2007年12月10日、ガーミンForeAthlete305購入。また、時計を買ってしまった。

2007年12月16日第22回クリスマスチャリティマラソン15km。 1時間09分40秒完走。

2007年の月間走行距離は、1月303.31km、2月171.26km、3月304.02km、4月310.01km、5月308.4km、6月224.5km、7月163.81km、8月171.85km、9月220.95km、10月205.51km、11月318.39km、12月303.78km。

2008年01月6日京浜電鉄杯 港南区健康ランニング大会の10km参加。 47分39秒完走。

2008年01月13日マラソン準備マラソンの30km参加。練習会の延長みたいな大会らしく、立川の昭和記念公園を走る。翌週、フルマラソンなので、どのようかペースで行こうか悩んでいたので、梅村トレーナーに相談したら「自分だったら、その次の週がフルなので5分30秒/kmで走り余裕を残して30kmをスーッと走る」と言うような感じで話していたので、自分もそうしょうかな〜と思った。 5分30秒のペースメーカーについてゆき、最後は飛ばして2時間41分19秒で完走。このところ、長距離を走ったら、ふくらはぎが筋肉痛になっていたのだが、全く、筋肉痛がない。運動30分前、アミノバイタルプロを飲んだからか。ふくらはぎの張りもまったくない。また、貼るタイプのカイロをパンツの上に貼り、膀胱の上あたりを暖めておくと、寒くてトイレに行かずにすむというのを、この頃に発見したような…。

2008年01月19日梅村トレーナーのマラソンクリニック。カカトを上げて走る練習方法が印象的だった。

2008年01月20日第41回「新春」東京喜多(北)マラソンのフル参加。前半はゆっくり、後半は本気モードでゴボウ抜きで3時間46分23秒完走。この頃から、フルマラソンを走っても被害が少なくなった。あっても、軽い筋肉痛程度。

2008年01月27日第6回石垣島マラソンのフル。二度目の仮装。アフロヘヤーの角のカツラ、赤鬼の仮装で走った。雨の中だったが、デジカメで写真を撮りつつ3時間58分08秒完走。石垣島では、競われても、全てのランナーに勝ったと思う。おそらく、次回は抜かれないようにと、悔しくて、そのランナーも練習に励もうとしているんじゃないかと期待している。観客を励まし、ランナーを励ます。仮装には、そういった魅力もあると思う。

2008年02月03日第30回神奈川マラソンは雪の為、中止。参加賞のボルディンTシャツのみが、悲しく残った。

2008年2月11日、家から観音崎京急ホテルまで32.71km走る。

2008年2月16日、瀬古利彦さんの『マラソンの真髄』が教本となる。「根性なしの自分でも、マラソンができる」とか、フルマラソンの中間地点をハーフにおかずに、35キロだと思うこと(自分の場合は25キロ)とか、終盤勝負型とか、何か自分に似ているような気する。 42kmが短い距離と思うような練習が出来ないかな〜といつも考えていたけど、やっぱりたどりつくのは、42kmより長い距離を走る事。それにしても練習量が半端じゃない。月間700kmなんて、当たり前。自分の300kmなんて、かなりかわいい感じがしてきた。 もっと、もっと練習しなければ…という気がしてきた。 で、何を目指しているかと言うと、それが… まだまだ、マラソンの真髄には、たどり着いていない。

2008年2月16日、一人東京マラソン(家→ビックサイト)をやる。距離にして、44.22キロ。自主練で、こんなに長い距離を走ったのは初めて。

2008年2月17日、東京マラソン。庵蔵さん、のぶさん、かーめさん達の応援。

2008年2月23日、翌日卒業パンプの玉木トレーナーへのエールのために鎌倉まで25.14キロ走る。

2008年03月02日第26回2008三浦国際市民マラソンの10km参加。三浦マラソンで聴く曲を選定して望んだ。その甲斐もあり45分26秒という好タイムで完走。

2008年03月09日第23回大山登山マラソン9.1kmに参加。上り坂で完全に体力を使い果たし、階段は歩いて1時間16分31秒完走。実際に走った距離は7.1km。残り2kmは完全に歩いたので、何か、達成感もないのだけど、悔しさもない。体調的には「良い」方だったけど、こういう時に限って、結果が悪い事が多い。 5kmまでのタイムが26:37なので、そんなに速いペースではないけど、坂道でも無理していたのかもしれない。今日は前半で汗をかき過ぎていた。

2008年03月16日第11回東京・荒川市民マラソンのフル参加。いつもの荒川の強風もなかったおかげで、3時間28分02秒の自己新。ついに3時間30分切り。 11キロ過ぎから、自己新になると確信を得る。月間走行距離300km以上を四ヶ月以上していたので、ラップがつらくても、落ちなかった。 5キロごとのラップを見ると、苦しいながらも、24分台をキープ。 1キロごとのラップは給水等で2.5kmごとに10秒ぐらいの遅れはあるけど、平均はキロ4分55秒ペース。前半は混雑していたので、参考外として、差を比較すると、31キロの時が5:04、17キロの時が4:48。差は16秒しかない。だいたい16秒の差で、イーブンペースで後半までつないでいる。 15キロから、飛ばしそうになっていたけど、何とか、我慢できたし、後半も、スピードが落ちないように、苦しくてもフォームを意識できた。けっこう、ラップを見ると、徐々に芸術的数字に、満足してきた。ジュワーッと、自己新を出した達成感がわいてきた。

2008年03月22日、「クレイジーファイブ」という筋トレの方法に変える。スロートレーニングの一種。スロートレーニングは、遅筋だけじゃなく、遅筋から速筋までバランス良く鍛えることが出来る。一応、5秒で上げて、5秒停止して10秒で下ろすのを1回(20秒)として、とりあえずは10回1セットやる事にする。

2008年4月6日、ジム仲間がよく走っている横浜拘置所、略して「コウキョ」を走る。皇居ではなく拘居。一周が1.1kmなので、スピード練習やインターバル、仲間達といる時は話しながらランニングが楽しく出来る。

2008年04月13日第2回エコ・ジャーニー12時間走チャレンジ100km&4時間走の4時間走に参加。雨が降っていたので、傘をさしながら走った。 40.4km走破。

2008年04月20日第18回かすみがうらマラソンのフル参加。 3時間43分18秒完走。アミノバイタルプロを、スタート30分前に飲んで、25km地点を過ぎたあたりから飲むと、後半もラップが落ちない。アミノバイタルプロ信者になってしまう。この完走で、フルマラソンは20回も参加(6、7時間などの時間走を除く)していた。そのうち、制限内で完走は16回。完走率80%。

2008年4月25日、マラソンバカの十四か条の鉄則を決める。 �,弔�ばマラソンは自己新を狙う大会とする。 ��遠征のマラソンは基本的にデジカメ持参の楽しむマラソンにする。 ��フルマラソン前の脚の筋トレは、四日前までは、やってもOK。 �ぅ侫襯泪薀愁鸛阿両緘梢箸龍撻肇譴蓮∩案�までは軽くなら、やっても大丈夫。 �ゥ侫襯泪薀愁鸛位襪法�足の爪は切っておく。 �Ε侫襯泪薀愁鸛位襪癲△い弔發了�間で睡眠。 �Д侫襯泪薀愁鸛位襪琉�み会はビール5杯か、ビール2杯と焼酎3杯までとする。 �┘譟璽好據璽垢郎能蕕�5kmを走った感覚で決める。 ��走ってる間に少しでもヒザに違和感を感じたら、競走中止する。 ��アミノバイタルプロをレース30分前、25km地点で2袋は飲むことにする。 ��給食はバナナを優先的に食べる。 ��フルマラソン翌日は、トレッドミルが軽く走り、ホディパンプで筋肉に刺激を入れる。 ��レース後には、必ず反省点をまとめて、次へのレースへの課題を見つける。 ��月間300kmは毎月走る。月間350km以上は走らないようにする (現在は、この鉄則は、だいぶ変わっている)

2008年05月03日第9回TELLインターナショナルチャリティーラン&ウォークの10キロ参加。雨の中、レインコートを着て走る。 53分49秒完走。

2008年05月11日第6回多摩川ロードレースの10キロ参加。 44分19秒完走。タイム的には、まあまあだが、ラップが安定。昨日、練習でフル以上を走ってこのタイムにラップ。 1キロごとのラップは、4:22〜4:30の8秒差。昨日、フルを走ったのが、ウソのような芸術的平坦ラップ。実際の感覚では、ラップが安定していたから、目標タイム45分切れたと思う。少しでも前半、飛ばしていたら、後半は、けっこうラップは落ちたと思ったが。

2008年05月18日第34回チャレンジ皇居マラソンの50km参加したが、30kmでリタイヤ(2時間55分10秒)。 6月初めの喜多マラソン、8月の北海道マラソンを考えて、余裕残しで、リタイヤした。 4月初めから7週連続、毎週30km以上走っていたし、 5月は仕事もハードだったし、知らないうちに、疲労も残っていた。 オーバートレーニングをしていると、初めは疲労を感じないけど、これまで平気でやっていた強めのトレーニングがこなせなくなり、そのうち日常生活でも疲労が抜けきれず、軽めのトレーニングさえ難しくなると書かれていたので、走るのを辞める勇気も必要だった。

2008年05月21日、のぶさん情報より、マジクールを手に入れる。水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカーフ。これで、炎天下の中を気持ち良く猛スピードで走り抜けるだろう。

2008年05月25日第28回スポニチ山中湖ロードレース湖畔一周13.6km参加。 1時間07分40秒完走。今回の仮装はセーラー服。「エロキモ」。テーマがだったけど、あとで、ネットの写真を見ると恐い。汚点を残してしまった。

以上、書き疲れた。