2 0 0 4 年 旅 行


本命竜馬が旅行した(2001年より)所の報告日記です。色が変わっている箇所はリンクしていますので、訪れて旅行気分を味わって下さい

2004年の旅行
大自然の感動に出会う旅 種子島・屋久島3日間編  広島社員旅行 1泊2日編  巨峰食べ放題・秋まるかじり15種類バイキング山中湖編  みちのく3大半島男鹿・津軽・下北と白神山地3日編  九州・ハウステンボス・湯布院等4日間 3泊4日編  富士山登頂と御来光1泊2日編  海の日ミステリーツアー 房総半島編  上高地散策と戸隠高原・小布施 2日間編  永平寺・東尋坊・兼六園・福井温泉と越前・加賀路編 桜満開ミステリーツアー編 水戸偕楽園・弘道館編 氷結の吹割の滝と雪吊りの吉祥寺日帰り編 鹿児島帰郷2泊3日編 隅田川七福神1日編 



2004年12月30日〜2005年1月1日 大自然の感動に出会う旅 種子島・屋久島2泊3日間編
12月30日(木)
3:30頃、目が覚める。5:20に家を出ようとする。妻が数分前に出ていたのだが、後を追いかけようとすると、妻は三日目の屋久島トレッキング用にと、登山靴を履いて出ている。やはり、登山靴では歩きつらいと思い、妻の普段の靴と俺の登山靴を鞄に入れて、慌てて家を出る。
寒かった。昨日は雪が降っていたが、積もっていないのが幸いだった。最悪、旅行は中止になるかと思っていたぐらいだから。
6:13、羽田空港行きの京急に乗る。羽田空港で降りる時に、第二ターミナルの入り口で間違えて降りてしまう。妻が、綺麗なエスカレートを見て、気づいてくれた。羽田空港がリニューアルして、こうして間違えると20分も掛かってしまうと、誰かから聞いていたので、かなり慌てる。しかし、京急線沿いにそって歩くと、すぐに第一ターミナルに着いてしまう。動く歩道もあり、楽に歩けた。
7:00、受付をすませて、航空券を貰い、搭乗する。朝は、羽田空港限定のシュウマイ弁当を買って食べる。羽田空港(8:00発)。向かい風が強く、遅れて到着。中でエビスビールを飲んだ。

鹿児島空港(10:00過ぎ着)。曇り。
10:36、バスが発車する。運転席側の8列目。35名の参加。バスガイドはいない。添乗員は、会社のある人に似ていた。声はパートさんに似ているような…

10:40、バレル・バレーという焼酎工場に到着。新撰組の近藤勇でさえも「薩摩の一の太刀を受けるな」と言わしめた自顕流をやっている案内の男の人に、焼酎上工場を案内される。現・社長の祖父・河内源一郎は近代焼酎の父と呼ばれ、その人が、焼酎の麹菌「河内菌」を作ったらしい。日本で生産されている焼酎の約90%近くはこの河内菌で作られているらしい。手作りの焼酎「チンタラリ」は、一日一升瓶分ぐらいしか作れず、その分、値が張っていた。色々と説明をしてくれたのだが、やはり焼酎工場にきたら、試飲。試飲コーナーで、自顕流等を最後の最後まで残って飲み、けっこう酔っ払う。その勢いで、温泉焼酎の硫黄谷を買う。
自動販売機で、缶ジュースと並んで、缶のkitkat(チョコレート)があったので、珍しいので買ってしまった。11:20、バスは高速を使わずに走る。バスの中で、配られた弁当を食べる。積雪のある桜島を左側に見ながら国道10号線を走る。

12:35、鹿児島・北埠頭旅客ターミナルに。バスは種子島に行かないので、そこで、荷物を持って2階の待合室に行き、少し待つ。12:50、高速船トッピー(トッピーとは現地の方言でトビウオを言う。最高速度は80km/h以上)に乗車。桜島が綺麗に見えた。席はF15と16。真ん中の席なので、眺めが悪い。テレビを見るのだが、飽きたので、寝てしまう。ずっと、寝ていたような…。1時間30分で西之表港に。

14:30、種子島(鹿児島県に属する大隅諸島東部にある島。九州南端の佐多岬の南東沖約40kmに位置する。西之表市、中種子町、南種子町からなる。1543年にポルトガル船が種子島に漂流して鉄砲を伝えた事から、鉄砲の事を「種子島」と呼んでいた。20世紀になると宇宙に向けて発射するロケット基地が出来て、日本の宇宙開発の先端基地となっている)・西之表港(種子島の海の表玄関)に到着。妻が、船酔いをしたというので、添乗員に申し出る。横にいた、バスガイドに案内されて、お土産屋で、酔い止めの薬を買う。明日も明後日も船に乗るからだ。14:40、バスは南に向けて走る。バスガイド、種子島に旅行に行くについて色々と調べたと思うけど、何しろ種子島はその手の資料が無い、来ないとわからない観光地だと言う。俺も、そうかもしれないと納得。車えびの養殖場、サツマイモが最初に栽培が成功された記念碑、バナナに似たバショウ群生地、夫婦岩(角がある方が女性らしい)、台風銀座と呼ばれる浜津脇(家は平屋で屋根が台風対策で低い)、熊野神社の第一の鳥居(神社はだいぶ歩かないと行けないらしい)、マングローブの群生地(潮に強いメヒルギ)をバスの中から見ながら、千座の岩屋に。

15:20頃、千座の岩屋(浜田海岸一帯は太平洋の荒波で作り出された奇怪な海蝕岩が多数点在している。千座の岩屋は太平洋の荒波にさらされてできた海触岩の一種で、引潮時に姿を現すと中に千人座れるといわれたことからその名がついた不思議な洞窟。洞窟内から見た白い砂浜と青い海は、一枚の絵画を眺めているよう)に。駐車場から少し坂を上がると、目の前には海が広がる。面白い形をした岩が印象的。砂浜は、砂の粒子が小さく、それでいて、踏みしめるとアスファルトみたいに硬いような。鳥居を過ぎて、小山の裏側に回って洞窟に入る。入り口にバスガイドが待っていた。魚が打ち上げられていますので、踏まないようにと言っているけど、もう死んでいるんだけどね。俺がデジカメで撮ると、添乗員とバスガイドから笑われてしまった。中は薄暗いのだが、洞窟の中から見る海というのが、中々、面白い。勿論、デジカメで撮った。そして、ブラブラしながら駐車場に戻る。とにかく、お土産屋がないのも印象的。15:50、バスは発車。

バスはロケット基地に。種子島宇宙センター(1969年、旧宇宙開発事業団の発足とともに設立された種子島宇宙センターは、総面積約860万平方メートルにもおよぶ日本最大の宇宙開発施設で、種子島の南東端・竹崎海岸に位置し、日本最大のロケット、人工衛星の射場である。射場は大崎射場のほか、南側の竹崎射場があり、前者はH-II型などを中心とした中・大型ロケット、後者はおもに小型ロケットの打ち上げを行なっている)に。敷地内2ヶ所でバスは停まり、カメラ撮影してバスに戻りバス移動する事になる。まず最初に、ロケット丘の展望台でバス停車。ロケット発射台が遠望出来る。左から大型ロケット組立棟、中型ムロケット組立棟、大型ロケット発射場、大型ロケット発射塔と見える。デジカメで撮った。
次に、バスはH-IIロケットの実物大模型(長さ50m、直径4m)に。勿論、デジカメで撮るのだが、でか過ぎる。バスに戻る時に気づいたのだが、最初、何かと思ったのだが、小さな橋の傍に立てられているのは、ロケットだった。

バスは数分走り、今日の宿泊所のコスモリゾート種子島いわさきホテルに。16:55に到着。部屋は洋室。売店には宇宙食が売られている。18:00、夕食。一番乗り。潮騒会席。小鉢(ゴーヤと白身魚の胡麻和え)、前菜(オードブルパリエ)、お造り(近海産鮮魚の盛り合わせ)、焼物(車海老の塩焼き・飛魚干物)、洋皿(的鯛のボワレ)、鍋物(鹿児島産黒豚の味噌鍋)、酢の物(もずく酢)、御飯(白米)、留椀(海苔吸)、香の物(漬物盛り合わせ)、果物(季節の果物という事で、パイナップル・柿・イチゴ)を食べる。焼酎は白露。
部屋に帰って、アンコール特別企画ドラマ・白い巨塔を見ながら、今日買った温泉焼酎を飲む。

12月31日(金)
真夜中、カミナリが鳴ったかと思ったが、やはり雨が降ったようだ。添乗員、昨日、風の後で目が覚めたと言っていたし、朝、地面も濡れていたから。6:00に目が覚める。朝食は7:00からバイキング。海を見ながらさつま揚げや黒豆などで食べる。風邪が強いのか、ビーチの波が凄い。天気は、黒い雲が流れて少し晴れ間も見える。部屋に戻ると、太陽も出てきた。

今日は運転席側の4列目。バスに乗り込む時、数粒の雨が降った。雲は重く不吉で、流れている。8:23出発。左側に水田を見ながらバスは南に走る。

8:40、門倉岬(1543年、ポルトガル船が漂着し、日本に初めて鉄砲が伝来した地。種子島最南端に突き出した海抜100mの岬。鉄砲伝来紀功碑や当時の南蛮船を型どった展望台、ポルトガルから贈られた種子島記念碑などが点在し、多くの人々が訪れる人気の観光スポット)に到着。駐車場から岬に歩いてゆく。風が強い。門倉岬の碑の前で、バスガイドが一度、説明する中、俺達は添乗員に写真を撮ってもらう。横にはなぜか鳥居があった。鳥居をくぐり、カジュマルの木を見ながら歩く。鉄砲伝来紀功碑の前で、バスガイドが説明する。下は100mぐらいの絶壁なので、向こうに見える浜に難破したようだ。南蛮船(全長5m)を模った展望台に歩いてゆく。後ろ側から見ると、屋久島が雲に覆われて、裾の方が、はっきりと見えた。前の方に小さくて急な階段を上がると眺めが良いが、降りる時に、足場が狭いので恐かった。
少し歩くと鳥居があり、御崎神社で参拝する。一日早い初詣代わり。9:05、出発。バスガイドが色々と説明していたようだが、寝てしまう。

10:10、開発総合センター・鉄砲館(鉄砲を通して知る歴史南蛮船を模した博物館。天文12年に伝わったポルトガルの初伝銃や国産第1号の火縄銃始め、国内外の古式銃約100丁を展示)に到着。中をじっくりと見てゆく。国内外の鉄砲展示を軽く見て、ポルトガル初伝統をじっくり観察。鋏鍛冶の復元模型を見て、七尋五葉の切り株(和名をヤクタネゴヨウ。胸囲周囲約12m、樹高約32m、推定樹齢約900m)を一周するが、とにかく大きい。南種子町広田遺跡より出土した日本最古の文字「山」文字の貝符のレプリカを見学し、模型になっている種子島の丸太舟を見学。中々、一つ一つ面白い。まだ時間があったので、もう一周する。今度は興味あるところを丹念に見学。鉄砲伝来物語という12分の人形劇は中々よく出来ていた。バスガイドも言っていたが、日本にはその頃、ネジがなく、鉄砲作りには苦労したらしい。一周すると、妻が種子島の紹介ビデオ(約15分)見ていたので、俺も鑑賞する。中々、楽しめた。
鉄砲館を出て、唯一の種子島観光のお土産屋(安いらしい)・つちやみやげ店に行く。バスガイドが美味しいと言っていた紫いもソフトを買おうとすると、落としそうになる。しかし、うまいぐあいに落とさなかった。それを店員の男の人が見ていて「ナイスキャッチ」と言われてしまう。その男から火縄銃を貸してもらって、妻と一緒に鉄砲館をバックに写真を写してもらう。11:00出発。

11:10、西之表港に。帰郷の出迎えの車が多く、普通なら5分で到着するのに、10分かかってしまう。バスを降りる。そこで、種子島のバスとはお別れ。荷物を持って待合室に。「海の気象が極端に悪化したばあい途中で引き返す条件付きで出航になる」といった放送が流れる。待合室は出迎えの人達で混雑していた。11:20、添乗員から船のキップをもらう。二階席のA19と20。5分遅れで乗船する。11:40ぐらいに、船は走り出すが、波が荒く、とにかく揺れた。一応、俺はパソコンを打っていたが、満足に打てないほど。妻は船酔いで気分が悪くなるし。波は数メートルは荒れている。ついに、座席の下に寝込む人、通路に寝込む人が現れる。座席でも、頭を下げてゲロゲロする人もいる。何とか55分ぐらいして、屋久島に到着。

12:33、屋久島(九州本島南端、鹿児島県大隅半島の佐多岬の南方沖、約60kmに浮かぶ島。島の中央には九州最高峰の1935mの宮之浦岳がそびえている。雨量が多く、標高差が大きい為、亜熱帯から冷温帯までの植物の宝庫。樹齢1000年を超える屋久杉が数多く自生する事でも知られている。島の5分の1が世界遺産にも登録されている)・安房港に。妻が気分が悪いので、妻の鞄を持って下船する。下船して、しばらくすると、妻がデジカメを入れているポーチがないのに気づき、俺が慌てて取りに行く。幸いにして、デジカメはあったので助かった。デジカメを持って妻のもとに。屋久島は曇り。「1ヶ月に35日降る」といわれるというが、そんな事はないんじゃと思ったが、そう考えるのが甘かったと思わさられる。

バスに乗って、すぐに「屋久杉の郷 杉匠」に。そこで、飛魚の唐揚げなどの昼食だが、船酔いをした人にとっては、すぐには食べられない。テーブル席にご飯が用意されているのに、座敷に行って休ませてもらっている観光客もいた。妻は何とかご飯を食べたけど、食べ終わってから、座敷で横になっていた。俺はその間、お土産屋を見て歩く。13:30、バスは出発。標高1130mにある紀元杉に向う。くねくねとした一車線の山道をバスは走る。時々、自家用車とすれ違うのだが、ちゃんとバスを通してくれた。ところが、一台だけ、青い車だが、突っ込んできた車があり、危なくぶつかりそうになったが。30分ぐらい走り、標高900mで少し雨が降る。その雨が、雪に…

14:20、紀元杉(推定樹齢3000年と言われ、現在、最も手軽に見られる屋久杉としては最大、最長寿。胸高周囲8.1m・樹高19.5m。巨木に多数の樹木の着生がある)に。少し雨というか、雪が降っていたので傘を借りてバスから降りる。妻はバスの中にいると言ってとどまった。紀元杉をデジカメ撮影する。あまりにも大きくて、全体写真がとれない。紀元杉の隣りには、モミ伐根(樹齢455年、樹高33m、立木材積35��)がある。モミは老衰により枯れたとされるが、モミは400年前後が寿命とされるが、これほどの高齢木は希にしかみられないという。紀元杉歩道を下ってゆく。根元から紀元杉を見ると、物凄い迫力。そこから上に上がるとデジカメで紀元杉を撮っている妻がいた。結局、バスから降りて、紀元杉をちゃんとデジカメ撮影していた。妻も紀元杉歩道を下っていったので、添乗員に紀元杉をバックにデジカメで撮ってもらった。それにしても、トイレに行きたいと思い、添乗員に聞くと、ここにはトイレがありませんと言われて、20分ぐらい下りた場所があると告げられた。我慢、我慢。

14:50、ヤクスギランドに。まずはトイレに行く(チップ制)。皆が集まってから、ヤクスギランドの中に入るのだが、いつもなら、自然保護協力金として大人300円の入場料(標高約1100mにある広大な屋久杉の大森林。体力や興味にあわせて30〜150分の4コースが設定された遊歩道で、手軽に太古の原生林に触れることができる。屋久杉は形状や育ち方によって名前がつけられるものがあり、50分コースで仏陀杉、150分コースではひげ長老が見られる)を払うけど、係員がどうやら大晦日というので早目に帰ったようで、払わずに中に入る。屋久杉は、通称、樹齢1000年以上の杉だけを屋久杉と言い、1000年以下を小杉、植林の杉を地杉と区別している。その屋久杉は、標高にして600m以上から1300mくらいの所に多く自生し、1200m前後に巨大杉が多く見られるようだ。縄文杉などを歩いて見に行く時間のない人のためのものという印象を持って、山奥の杉に比べると見劣りがするのではないかと思っていたが、実際に中を歩いてみるとなかなか良い雰囲気で木道で歩きやすい事もあって、けっこう楽しめた。バスガイドに連れられて、50分コースを歩く。雨が降っているので、デジカメも最後のあたりはだいぶ濡れてした。入り口から、ときめきの怪を歩く。くぐり栂をくぐる。雨に濡れた遊歩道。もし、歩道がなかったと思うと、滑って恐い感じ。ほどなく歩くと、林泉橋(30m)を渡る。河下の岩に乗る大樹が自然を感じる。森林浴で何か気持ち良いのだが、少し寒い。バスガイド、スカートで案内しているが凄く寒そう。踊り出そうとしている。少し、広場があり、何か説明していた。俺は雨と寒さで俺はそれどころではない。荒川歩道を歩く。荒川橋を渡らずに、仏陀杉歩道に。根元が物凄い大きい杉に出会う。これが仏陀杉だと思ったが、違った。少し上がり、小さな休憩所横の広場に仏陀杉(8.0m 21.5m 1800年)があった。バスガイドに妻との写真を撮ってもらう。看板に、仏陀杉は弱っているので、根を踏んだり中に入るなと書いてあった。根元が凄い杉の横を通り過ぎる。双子杉があったらしいけど、気づかずに通り過ぎた。くくり杉では、カップルがお互いに写真を撮っていたので、俺達は撮れなかった。清涼橋を渡る。俺はそういうつもりは無かったが、妻が俺が橋を凄く揺らしたと文句を言われてしまう。橋を渡って坂を上がると、出口だった。50分なので、もっと歩くかと思ったら、ビックリである。トイレにまた行き、バスに戻る。16:00前にバスは発車。途中、屋久猿が道路脇にいた。

雨が強くなる中、宮之浦の本日の宿泊所・シーサイドホテル屋久島に。添乗員「昨日の種子島とは比べないように。宮之浦では唯一エレベーターがあるホテルなんですから」と。
夕食は、あさひ蟹、年越しソバ、飛魚の唐揚げ、刺身、パイナップル等。
部屋に帰って大晦日の番組を妻と一緒に見る。そういえば、妻との初めての二人きりの大晦日。いつもは友人達も一緒なんだけどね。
風呂に入って、年越しソバを食べに「居酒屋こころ」に。年越しソバを頼んで、メニューの焼酎飲み比べに惹かれてよく見ると、森伊蔵があっので、今年最後なので大奮発で、飲んでしまう。飲みやすい。部屋に帰って、また飲む。少し、ベロンベロン。

1月1日(土)
5:30に目が覚める。6:00、風呂に入りに行く。7:00、朝食を食べよう1階に下りてゆくと、ちょうど、ロビーで人が集まっており、元旦らしく鏡開きをしていた。そして、従業員が枡酒を渡しながら「縁起物ですから、どうぞ」と言われて、振舞い酒を少し飲む。
朝食はバイキング料理。雑煮を食べたら、かまぼこが羽子板の形になっていた。嬉しかったのは、ポンカンがあった事。
部屋に戻り、宅急便で送る荷物をまとめる。服は、登山用の服に着替える。今日は、初級者向けの白谷雲水峡トレッキング(白谷雲水峡美しい川の渓谷美と弥生杉をはじめとし、数々の屋久杉と原生の林を容易に鑑賞できる場所。白谷雲水峡は標高800メートル、面積424ヘクタール、白谷川のきれいな水をはじめ、屋久島の魅力である照葉樹林や屋久杉など原生林を容易に鑑賞できる。またハイキングなど気軽に訪れる最適の森林レクリエーション地区で、苔の森と花崗岩の渓流が美しい森林フィールド。宮之浦から12キロ、標高620mに入口がある。30分、60分、2時間30分の原生林鑑賞コースがある。また、映画・「もののけ姫」のモデルになった屋久島の大自然を全身で感じる約5kmのトレッキング)に参加する予定だ。前に富士山登山した時のように、登山用のズボンをはいて、靴は登山靴。雨対策にカッパを着た。
8:50にトレッキングに行く人は集合なので、宅配の事もあるので、8:20にロビーに行く。チェックアウトして、売店で宅配便を頼む(1月3日に届くらしい)。ロビーに行くと、添乗員から、トレッキングは中止になったと告げられた。かなり、ショック。それが楽しみだっのに。雪で通行止めになっているらしい。せっかく、登山用に万全の格好までしているのに。それで、添乗員がタクシー観光(三時間コース)を手配してくれるというので、隣りにいた老夫婦と一緒に観光する事になる。急いで売店横で着替え直す。

雨の中、タクシーがくる。9:00、ホテルを出る。妻が前に座り、後ろの方に、老夫婦の横に俺が座る。座ったのは良いが、行き先が決まらない。突然の出来事なので、行き先が決まらない。老夫婦も困っている。タクシーの運転手は大川の川に向おうとするが、俺が、千尋滝に行きたいと言う。雨がひどくなるが、南に行くにしたがって、段々に雨も小雨になり、晴れ間も見えてくる。霧もなくなってきた。そして、老夫婦側に、虹も出てきた。妻が車から写真を撮ろうとするが、中々撮れなかった。
ポンカン畑を猿から守る為に道路脇には電気柵がある。9:45、千尋滝(モッチョム岳の裾の巨大な花崗岩の岩盤を鯛之川がきざんで、壮大なV字谷の景観をつくりだしており、滝の落差は約60m)に。駐車場から展望所まで100m。老夫婦は上半身だけカッパを着ており、カッパを頭にかぶしていた。俺は小雨だっので、傘は持たなかったが。妻は傘をさしていた。展望所から千尋滝を見ると大迫力。観光客が雨にも関わらず、次から次に記念写真を撮りに来ていた。
タクシーまで引き返し、タクシーに乗る。タクシーに乗りながら、次の目的地を決める。次は屋久杉自然館に行く事になる。タクシーの運転手が面白いバス停を紹介してくれた。焼酎川というバス停。すぐ横には焼酎川が流れている。昔、役人が来るというので貧乏な家の人は、焼酎を造ってのを全部、川に流したのだが、役人が川に焼酎が流れているのに気づいたのが、その名の由縁らしい。それにしても面白い話しだ。そのそばに三岳酒造があるのも、焼酎川のおかげだろうか。
タクシーはしばらく走ると、屋久杉自然館(屋久杉の建築・巨大屋久杉・1660歳の秘密・つくば博の大株・土埋木と木工芸屋久杉の全てを語る博物館)に。タクシー観光代が思わぬ大失費(老夫婦とワリカンにしてタクシー1台17400円)で、自然館の入場料(1人600円)が払えないと思ったが、妻の財布のおかげで、何とか入場できた。まずは、ウィルソン杉再現CGを見る。中々、よく出来ていた。団体客がいたので、1660歳の屋久杉の前で、係員の館内説明を聞く。「輪切りした円盤の年齢は1660本あり、中心部では直径37cmほどで500本の年齢があり、大変成長が遅いことがわかる。成長の遅い屋久杉は材質が緻密で樹脂分が多く、腐りにくいので長寿だと考えられる」とか。屋久杉伐採の大型チェーンソー(全長2m、重さ20キロ)を持ち上げようとするが、中々重かった。自然パノラマ館に行くと、ナナカマドが着生する大杉を中心にした植物の垂直分布のジオラマ、亜熱帯の平地から照葉樹林、屋久杉帯、さらにヤクシマシャクナゲと高山植物の山頂へと植物登山が体験できる。また、パネルで、倒木更新(倒壊した幹に新しい世代の屋久杉が育つ事)、切り株更新(切り株に新しい世代の屋久杉が育つ事)がわかりやすく説明してあった。屋久杉の森は、切り株更新や倒木更新により人間の関与しない世代交代が行われているようだ。中々、勉強になった。帰り際には、同じツアー客も来ており、笑いながら挨拶する。
11:00、タクシーに戻ろうとするが、タクシーがない。しかも、運転手もいない。老夫婦と戸惑っていると、運転手が手を挙げていた。俺は気づいたけど、まさか俺達に振っているとは思わなかったので、無視していたら、やはり俺達の運転手だった。
タクシーは戻りつつ走る。走っていると、山々をバックに虹が見えた。写真に撮ろうとすると、撮り損ねて、しかも、また雨が降り出す。
タクシーは、皆で初詣をしたいというので、屋久島大社を走り抜けて、宮之浦まで行き、益救神社まで行く。益救神社は、式内社の一つで延喜式の由緒ある古来の神社。屋久島の人達の初詣は大晦日の夜に済ませているせいか、全然、人は少なかった。露店が二つあるだけで、少し寂しいような。雨が降っていたけど、何とか参拝をすませて、タクシーに戻る。タクシーの中に入って、老夫婦を待っていたら、急に物凄いヒョウが降ってきた。老夫婦が急ぎ足で、タクシーの前を通り過ぎようとしていたので、タクシーがクラッションを鳴らして気づかせる。老夫婦が少し濡れながら、タクシーの中に入ってきた。そのヒョウはバンパーに当たり、タクシーが走ると、どんどん強くなる。どうなるんだろうと思っていると、急にカーブを曲がると、やんでしまった。運転手は屋久島の天気は、カーブごとに変わると言っていたけど、本当にそうだとは思わなかった。

11:30、屋久島観光センターで、タクシー観光が終了。運転手にお礼を言って分かれる。
12:00に昼食を注文していたので、観光センターの2階に行くと、添乗員がいて11:30過ぎには、用意が出来ましたと言われて、食堂というか個室に通される。隣りには、タクシー観光を一緒にした老夫婦。「また、一緒になったね」と言い合う。潮飯定食夫婦を食べる。内容は、お造り(水イカ・カンパチ)・小鉢(なま酢)・煮物(里芋・海老・椎茸・竹の子)・紅白かまぼこ・黒豆・昆布巻き・海老素揚げ・飛魚の唐揚げ・お吸物。ご飯は赤飯みたいだけど。屋久島の磯辺で、漁師が貝・魚・山菜を直火で炊き上げたご飯を瀬飯と呼んでいるらしい。そこでは、食べやすいように小さく刻んであるが、本来なら、魚等一匹丸ごと炊き込んであるようだ。屋久島揚げは、飛魚を主にした独特の配合をしたつけ揚げ、さつま揚げのように小麦粉・豆腐を一切使用しない魚のミンチ100%のつけ揚げ。屋久島ごまさば節とお造りは、ごまさばのなまり節で、酒のつまみや、つけものにそえたりする、東京のそば組合のダシに指定されている。お造りは魚市場直送の屋久島産の地魚を使っている。お吸い物は、屋久島ごまさば節だけで、ダシを取った味噌汁。香物は、屋久島名物モッチョム漬け。中々、美味しかった。
食べ終わって、ホッとしていると、昨日、居酒屋で一緒だったおじさん(築地で働いているらしい)に、昨日、飲んだ焼酎の名前を聞かれる。俺は一杯しか飲めなかったのに、そのおじさん、三杯も飲んだのに、名前を忘れたのかよ… 俺は「森伊蔵」と教えてあげる。

雨の中、妻と宮之浦港のフェリーターミナルまで歩いてゆく。早く着いたので、2階でブラブラと時間を潰す。13:00頃、1階でホテル側から荷物が届いたので受け取り、添乗員に引導されてフェリー乗船。二等室、俗に言うタコ部屋。最後に中に入ったので、場所が狭いので、俺が適当な場所を探す。布団を100円で借りる。13:30、船が動き出すが、そこで寝てしまう。16:20頃、目を覚ます。ブラブラ船内を歩き回る。窓から開聞岳が見えたので、写真撮影。
17:50に鹿児島・南埠頭に到着。バスがフェリー横にとまっていたので、すぐに乗り込む。バスの座席は、出入り口側の6番目。バスは鹿児島空港に向かう。バスの中でトレッキングの返金がある。バスは実家の前の道路を通り、高速に乗る。
18:45に鹿児島空港に到着。添乗員が搭乗券を手配する間にファミリーレストラン山形屋で黒豚カツ定食を注文。妻が搭乗券を取りに行ってくれた。

鹿児島空港(19:40発)羽田空港(21:15着)

2004年11月5日 広島社員旅行 1泊2日編
11月5日(金)
8:30、羽田空港2階出発ロビーに集合。9:45過ぎ、羽田空港出発。朝、3:00頃、起きて、早朝マラソン練習したので、疲れて飛行機の中で寝る。11:05、広島空港に到着。
バスは2台。それの一号車に乗る。河内インターから山陰自動車道に乗る。幹事から配られた缶ビールを飲むが、冷えていないので、あまり美味しくない。甘口市インターで高速を下りる。
12:40、宮島口港。宮島口もみじ本陣で昼食。かき鍋御膳を皆は食べるのだが、俺は牡蠣が苦手なので、安芸御膳。ローストビーフのたたき、安芸三昧、穴子の天ぷら、ポテトサラダ、刺身盛りあわせ、蟹の甲羅焼き、吸い物、ゆかりご飯。ビールの飲み過ぎで、少し酔っ払い状態。
13:40、船に乗って宮島に。14:10、船から降りて、お昼を食べたもみじ本陣のガイドに案内されて、宮島観光。厳島神社は台風18号被害のため、平舞台・高舞台が立入禁止だった。工事をしていたから仕方が無いか。
厳島神社が所蔵する宝物が展示されている厳島宝物館に行く。無料かと思ったら、有料だった。
その後、大願寺に。身体の部分で悪い所を、
もみじ本陣のガイドに連れられているせいか、よそのお土産屋に寄れない。何とか、皆と別行動し横道にそれて(俺らが横道にそれると、一部他の人達も横道にそれていたが)、アーケードの中のお土産屋でもみじ饅頭を買う。
15:45、船に乗って、16:00、宮島口港に。
16:40、リーガロイヤルホテル広島に到着。三人部屋。少し休んで、繁華街にお好み焼きを食べに行く。

11月6日(土)
朝食は、バイキング。
他の仲間達とバス観光はせずに、二日目は会社の仲間3人で自由行動。
まずは、1589年に毛利輝元が築城した広島城まで歩いてゆく。かつて国宝に指定されていた天守閣は、原爆投下によって倒壊したらしい。天守閣の中に入ってゆく(320円)。武具の展示や城下町広島を学べる歴史資料館になっている。第一層から順番に第五層の展望室までゆっくりと見学。
その後、広島市民球場に。第6回NHK杯争奪少年野球の準決勝第2試合が行われていた。バックネット裏に同じく自由行動している会社の仲間が数名いた。やはり、少年野球なのか、エラーが多いような…
そして、原爆ドームに。原爆ドームで記念写真を撮っている三人組の女の子に「写真を撮りましょうか」と声を掛ける。ところが、その女の子達は二人組みで、もう一人の女の子に記念写真を頼んでいたらしい。その女の子に、俺達四人の記念写真を撮ってもらった。
平和公園の中を歩いてゆく。「原爆の子」の像(白血病のため12歳の若さで亡くなった被爆少女・佐々木禎子さんの死を悼んで、全国の少年少女たちの募金で建立)の千羽鶴を見る。今日も多くの千羽鶴が飾られていた。禎子さんが死の直前まで、全快を託して折り続けた千羽鶴がモチーフになっていているようだ。
広島平和記念資料館に。
電車通りまで歩き、市電で的場駅に。近くのびっくりラーメンでラーメンを食べる。何と180円というのが嬉しい値段。ラーメンチャーライ定食(550円)を食べる。
広島の場外馬券場に行く。6階まで行き、座敷のコーナーで2レース楽しむ。
時間もなくなり、空港に向う。広島駅まで歩き、広島駅から白市駅までJRで行き(45分大部分、寝ていたが)、白市から空港までバス(15分)。空港に着くと、幹事が待っていてくれた。飛行機が遅れるらしい。今、添乗員が手続きをしているからと。数十分後に、もう一度、集まる。空港会社の社員のお詫びの後、飛行機のチケットを配られる。遅れる便の10分早い別便のチケット。皇后両陛下が新潟県中越地震の被災者のお見舞いの為に特別機を出したため、滑走路の都合で羽田が渋滞したらしい。それと、利用飛行機が遅れたせいで、一時間ばかりので遅れる。
空港内のお好み焼き屋、屋台村みたいな所で、飲む。みっちゃんのお好み焼きとビールを晩ご飯にする。
19:10に広島空港発。

今回の旅行記は簡単に書いた。

2004年9月16日 巨峰食べ放題・秋まるかじり15種類バイキング山中湖  後輩と日帰り編
9月16日(木)


今日は、後輩Iと日帰り旅行。ひょんな事から、こういう同じ係の後輩と一緒にぶどう狩りに行く事になった。
横浜駅西口天理ビル前7:40集合なので、少し早目に行くと、後輩がお握りを食べて待っていた。後輩と受付をすませる。2号車だった。1号車の方が添乗員がかわいかったけど…後輩は残念がっていた。席は運転席側の9番目だったけど、後ろが空いていたので、一番後ろを占領する。前を見ると、白髪頭とハゲしか見えない。後輩はぶどう狩りに花の見学だから、若い女の子グループがいると期待していたのに、ガックリ。バスが走る。足柄でトイレ休憩して、富士山方面にバス走る。今日は晴れ。富士山が綺麗に見える。御殿場でアウトレットをバスガイドがガイドをするのだが、アウトレットの略は「最後のはけぐち」と教えてくれる。そして、富士山の成り立ちを紙に前もって描いてきて、紙芝居で紹介する。

山中湖花の都公園。標高1000メートルの高原、そして30万平方メートルのエリアに咲き誇る花々らしいけど、残念ながら、台風18号のせいで、コスモスが倒されており、思ったほど見栄えはしなかった。百日草が綺麗だった。帰りに、富士山ビールを買って飲む。それで、少し酔っ払う。

甲州わさび漬センターを見学。最初、わさび工場を係員に案内されたのだが、興味ないので後ろの方から歩いていたら、いつのまにかに試食コーナーからお土産屋に。

ダイヤモンド日食で昼食。バイキング料理。15種類といえども、おじいちゃん・おばあちゃんが好みそうなお惣菜料理ばかり。エビチリ、肉を主に食べた。

食事が終わり、その横に隣接している「宝石庭園 宝石資料館 信玄の里」に。入り口で係員が案内してくれる。解説してくれるらしい。まずは入り口で七福神がお出迎え。石の地蔵が並んでいるので不気味。宝石庭園の入り口では、恵比寿様。耳の触ると良いというので、皆がさわりまくる。触りすぎて恵比寿様の耳の部分だけ塗料がはげていたが。出っ張った腹をさわる脂肪がつくらしい… 救心洞という洞窟の中に入ると、ぐるぐる回転する男のモノ(エッチ系)が… これもヒスイで出来ているのだろうか… 紅水晶でできた観音様は上から水が流れて綺麗だった。その後、宝石庭園に。敷石の代わりに水晶、虎目石、めのう等の色とりどりの宝石がしきつめてあっり、池の水音が心を和ませる。池の鯉がゆっくりと泳いでいた。宝石資料館では、水晶の五重塔等あった。笑ったのは、トルマリンは電磁避けに有効だと紹介されていたが、その展示の携帯電話はそうとう昔の携帯電話。最後は、宝石販売。必死に係員が宝石を売り始めた。バスの中では、お土産にトルマリンシートをもらった。

モンデ酒造に。工場見学後、試飲に。おいしかった。バスに戻ると、エンジンを切ってあったので、一人のおばちゃんが「せっかく化粧したのに落っこちゃうじゃないの」と。笑ってしまった。

バスは石和温泉を走り、勝沼・巨峰狩りに。一古園でぶどう狩り。食べきらないと思い、後輩とひとつの巨峰を分け合って食べる。バスガイドが言うには、今年のぶどうは美味しいらしい。ぶどうは、房の上の部分の木に成っている時に上の方ほど甘いので、糖度が低めの下の方が甘いと全部甘いらしい。会社のおみやげはデラウェア(一箱1000円)を買う。

最後は河口湖ハーブ館旅日記に。係員にハーブ館を案内される。

一回、石川でトイレ休憩して、横浜駅西口天理ビル前19:20頃着。予定よりだいぶ早い。

2004年9月9日〜9月11日 みちのく3大半島男鹿・津軽・下北と白神山地2泊3日編
9月9日(木)
4:30に起床。5:30頃、家を出る。コンビニで朝食の弁当をいつものように買う。6:09、グッドタイミングで羽田空港行きの京急に乗る。7:25の集合時間まで20分ぐらい早目に到着。椅子に座り、時間を待つ。時間になり、妻に受付に行ってもらい、飛行機のチケットを貰う。羽田空港 (8:15発)。15分ぐらい遅れて発。
秋田空港(9:35着)。天気は晴れ。気温は20度。36人の参加者(若い人はいない。おばさんグループや夫婦が多い。大阪から参加もいた)。運転席側の一番前の席。9:50にバスが発車。バスガイドは少し年配の人。

高速に乗り、バスガイドは今年の東北での猛暑の話しをしながら秋田市を通過。高速を降りてしばらくすると、沿道に、なまはげが見えた。梨を売っているよう。サービス精神で、バスに向って手を振ってくれた。

11:00、男鹿半島(秋田県西部、八郎潟の西側につきだす半島。三方を日本海に囲まれ、半島基部の砂州部分を除くほぼ全域が男鹿市に属する)・寒風山(周囲がすべて緑の芝生に覆われた休火山。標高355m)の寒風山回転展望台に。館内に入る。普通は550円入場料がかかるのだが、先日の台風18号で、回転展望室窓ガラス補修中の為、無料になっていた。ラッキー。2階は「八郎潟の思い出」とあり、写真のバネルで紹介されていた。3階は「なるほど展示室」、男鹿半島の歴史・自然・文化・風俗など豊富な飼料で紹介していた。展望台まで階段を上る。一部ガラス部分は、ベニア板で補修してあった。外の眺めが素晴らしい。調整池、八郎潟干拓地(男鹿半島東部の八郎潟は、琵琶湖につぐ日本第2の湖だったが、国営干拓事業によって大半が農地に変わった。現在では、農業機械を積極的に導入した大型の田畑複合農業が行なわれている)、入道崎、北浦港、真山(571m)、本山(761m)、噴火口跡と見える。日本海の見事な曲線が綺麗。
回転展望台を出て、外から写真を撮る。遊歩道を駐車場に向って歩いていると、パラグライダーに乗っている人がいた。気持ち良さそうに大空を飛んでいる。売店で、きりたんぽ焼き(250円)を買って食べる。みそたれが美味しい。11:30、出発。
バスガイド、なまはげの話しをする。なまはげは大晦日、独身者がなるらしい。一週間前から禁酒し、大晦日のお昼頃から着替えて準備するらしい。地域によって違うらしいが、二人のなまはげと一人のご祝儀をもらう人の三人で行動するらしい。家に入る時も「ウォー、ウォー!」とうなり声を張り上げ、玄関で7回バタバタと足踏みし、「泣く子はいねがー」と言いながら中に入り、お酒を飲み、主人との世間話しから始まり、子供達を探し出す。そして泣き叫ぶ子供に「いい子になります」と誓いを誓わせる、教育のような行動に。それが終わったら、なまはげは次の家に行く。最後はなまはげが落とした蓑の切れ端を拾う。この切れ端を財布など身近な所に置いておくと良いらしい。中々、興味深く聞いた。

12:00、北緯40度の地の入道崎(男鹿半島最北端)に。団体写真を撮る。なまはげ(人形)が中央の椅子に座り込んでいる。天気も良いので、良い写真が撮れそう。売店の前には、なまはげが多い。叫んで、オノを振り回しているなまはげまでいる。
灯台荘の2階で昼食。ハタハタの魚料理。魚が嫌いなので、混ぜご飯、みそ汁、ビールですます。
食後は売店で財布(旅行のお金を入れる)を買う。
広い芝生の広場を歩く。海岸の岩を写真に撮ったり、白黒模様の灯台を写真を撮ったりする。北緯40度のモニュメントの前で写真を撮る。世界地図の日時計になっているようだ。13:00出発。ビールも飲んで眠くなる。

14:45、お殿水でトイレ休憩。秘境の湧き水が出るところらしい。津軽の殿様が、この清水を飲んで「甘露、甘露」と喜んだようだ。ツアー客はペットボトルに水をくんでいた。
トイレに行くと、おばさんがいた。女子トイレと思って、びっくりしたら、トイレを借りたようだった。
焼いかを買おうとしたら、ちょうど焼いているのが売れ切れていた。あと、5分あったので、売店の人が3分で焼きあがると言うので待つ事にする。中々、焼けない。350円をまけて、300円にしてもらい、サービスに多めに入れてもらった。走ってバスの所に。添乗員「いい匂い」と言っていた。

15:30、白神山地・十二湖(青池)に。世界最大級の壮大なブナ原生林が広がる世界自然遺産「白神山地」、その主峰「白神岳(標高1,235m)は、海抜0mからの登山が楽しめるようだ。広大なブナの森に点在する十二湖は、33湖沼群の総称、江戸時代・宝永元年(1704年)この地を襲った大地震によって沢がせき止められ、地盤が陥没して形成されたといわれている。十二湖はその時できた湖沼は33を数えたが、崩山の頂上から眺めると、小さい池は森の中に隠れ、大きな池だけが12個に見えたことから「十二湖」といわれるようになったようだ。その中でも十二湖の代名詞ともいえる「青池」は青インクを流したような神秘的様相らしい。
バスで八景の池、二ツ目の池と十二湖に向っている時に、大型バスと、すれ違う。道路が狭いので、乗っているバスがちょうどあった脇の道に移動して大型バスをやりすごす。白神山地の木々は、台風の影響で、潮で焼かれていた。紅葉は無理のようだ。白い山が見えた時、バスガイド「まだ雪が積もっていますね」と言うが、実は日本キャニオンと言って、山が崩れたようだ。光の加減か、白く見えたようだけど、見事に乗客は雪と信じて、ビックリさせられる。バスガイド「こういうのがあるから、バスガイドはやめられない」とウケていた。
青池に向う。鶏頭湯の池の横を歩くのだが、風が無いので、緑の山が池に映って綺麗。自然とは、こういうものだろうか… 台風の影響で、ブナの木が根元から倒れている。
青池(面積975�屐/偲�9m)は、台風の影響でフナの葉が落ちて、あまり綺麗ではなかった。池の近くまで降りてゆく。さすがに、透明感は感じることが出来た。中央に倒れたブナの木も見えたが、でも、ブルー感は… 少し残念。美しい青さの秘密は、現代の科学でも解明されていないようだ。バスガイドは虹で青い部分が見えるけど、そういう光の屈折があるのではと、言っていた。
帰りに、根元から倒れていたブナの木を切り落としている工事の人の所に寄る。その木は、あまり木的にはよくないらしい。テーブルで使わずに、パルプ(紙)になるらしい。バスガイド、工事の人がもらっていいよと言っていたので、切り株を貰っていた。大きなブナの年輪(バスガイドが言うには200年ものらしい)をマジマジと見る事が出来た。
お土産屋(奥十二湖 挑戦館)で残り時間を過ごす。16:10に出発。
少し走る。岩崎村の立派な役場にビックリ。世界遺産を持つ村(人口千人ぐらいらしい)だからと言っても、かなり立派。ツアー客のブーイングが面白かった。
踏み切りに差し掛かる。踏切がちょうど閉じた。バスガイド、電車が通るのが珍しいと力説。観光客用の青池号という電車が通り、本当に珍しいと言っていた。

17:15、千畳敷海岸(津軽半島の日本海岸側の付け根あたりに位置する深浦町)に。千畳敷は、1792年、12月28日、大地震で海底の地盤が隆起した地形。昔、津軽藩主が領地巡視の折、千枚の畳を敷き、宴を催した所以により名がついたらしい。そして、海風や波による長い年月の浸食で周りが削り取られたりして出来たのが、奇岩・怪岩。
ライオン岩(何かそれらしく見える)、鷲岩(わからなかった)、潮吹岩(別の所で大きな潮吹き岩をみつけたけど…)、鎧岩(太陽の光で綺麗に見えた)をデジカメで撮る。波が荒々しく、日本海らしい。バスガイド、波がこっちに向っているのが、珍しいと言っていた。17:30、出発。
ホテルに向う途中、案山子が沢山いた。道路側を向いていれば良いのに…

鯵ヶ沢高原温泉。鯵ヶ沢プリンスホテルに宿泊。オプションでバイキング料理を頼んでいたので、ホテルに荷物を置いたら、すぐに会場に。和食・洋食と料理が分かれていた。和食には刺身、イカソーメン等があり、洋食には生姜焼き、カニ等があった。料理も豊富にあり、腹一杯になる。デザートには梨とケーキを食べた。
温泉にも入り、部屋で白神山地の湧き水で仕込んだお酒を飲む。

9月10日(金)
5:30にアラームセットしていたのに、6:00に目が覚める。7:00、バイキング料理。納豆、ウィンナー、ベーコン、厚焼き玉子等を食べる。ホットケーキにリンゴジャムをつけて食べたら、美味しかった。天気は今日も晴れのようだ。

今日は出入口側の7番目の席。その後ろの席が空いていたので、妻が座る。その後ろにはおばさん軍団。朝から、笑い声がうるさい。
8:00、バスが発車。津軽平野が霞んで綺麗に見える。
屏風山地区のスイカ畑を通り、縄文館(木造町)を過ぎる。木造町では、宇宙人を連想させる遮光器土偶(国の重要文化財)をシンボルにした町興しをやっているようだ。岩木山(1652m)が頂上から裾まで、はっきり見える。
稲垣町を過ぎ、金本町に。

8:53、金本町、太宰治記念館の斜陽館に。9:00時に、開館ないので、リンゴを売りに来ていた売店で時間を潰す。
太宰治がはこの家を「苦悩の年鑑」の中で「この父はひどく大きい家を建てたものだ。風情も何もないただ大きいのである」と言った通り、かなり広い。太宰治がこの家で生まれた最初の子供だったようだ。入母屋造り建物、米蔵にいたるまで日本三大美林のヒバを使い、階下11室278坪、2階8室106坪、付属建物や泉水を配した庭園などを合わせて宅地680坪の豪邸。靴を脱いで、ビニールに入れて、土間から上がる。畳み何畳あるのだろうか。囲炉裏の部屋は懐かしい。太宰治が着ていた二重廻し(マント)が柱に掛けている部屋もあった。展示室には、太宰治の物が色々と展示。庭園を狭い廊下から見て、ケヤキの階段を登って二階に行く。洋室や和室が一つの家にあるというのも豪華さがわかる。
まだ時間があったので、バスガイドが言っていた、太宰治が子供の頃、説教の時に連れて行かれた寺の地獄極楽の絵図を見に行く。これをいつも見せて、反省させられたらしい。その寺は霊祥寺。隣りには、奥津軽大観音が建っている。寺の門をくぐって、寺の前に行くが、戸が閉まっている。靴が一つあったので、思い切って中に入る。ウロウロとしていたら、中で仕事していたおばさんに「何?」と言われたので外に出る。どこにあったのだろうか…
バスの駐車場に戻ると、津軽三味線会館から三味線の音色が流れていた。
そばに、歌手の吉幾三の実家があるらしいが…
9:40に出発。
バスは、芦野公園過ぎ、津軽鉄道の踏切を渡る。徐々に青空も見え、天気も良くなる。
黄金色の穀倉地帯をバスが走る。
しじみ漁の盛んな十三湖の脇をバスは走る。岩木山が遠くに見えて綺麗。
小泊村で日本海も見えてくる。夏の海のようにブルー色で、沖縄の海のよう。権現崎も見え、海に浮かんだような岩木山も見える。本当、海の色が綺麗。バスガイドさえも感動していた。
折腰内の海岸から北海道が近くに見える。大島か小島か(重なって見えるのでわからない)も見える。海岸では、コンブを拾っているおばちゃんも多かった。
国道339号線をバスは登ってゆく。山の木々も台風の影響の潮で焼けている。紅葉しているようにも見えるが…
坂をクネクネと登ってゆく。頂上付近の天候は、左は晴れ、右は今にも雨が降ってきそうな雲がある。
坂を下って行く。北海道もはっきりと見える。竜飛崎ウィンドパーク横を通る。風車は3機回っていた。この地域ではなく、北海道の電力になるらしい。この竜飛崎は強風でも有名らしいけど、今日はそんな吹いていない。竜飛崎は、別名「風の岬」とも言われているらしいけど、バスガイド「景色は100点なんだけど、風が無いのが寂しい」と言っていた。

11:05、津軽半島(青森県の西部から北に突き出た半島)・竜飛崎(青森県北西部の三厩村にあり、津軽半島北端の岬。標高115mの段丘の上に、1932年に設置された竜飛埼灯台がある)に。俺と妻がトイレに行っていると、他のツアー客は誰も居なくなっていた。慌てて、灯台の坂を登る。少し急な坂。竜飛崎灯台、少し小さい感じ。少し上に上がると、何か変な建物が(?)。旧海軍監視所とあった。竜飛崎から北海道がはっきり見えた。カメラマンがいたが、その人達はハヤブサを追いかけて竜飛崎まできたらしい。
駐車場に戻り、三件しかない売店の一つで、青函トンネルを掘った時に出てきた岩、石を見立てた石のお菓子(名物)を買う(400円)。意外にも美味しい。11:29出発

11:30、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」の歌謡碑(幅5m、高さ2.8m、奥行き3.8m)。「♪ごらんあれが 竜飛岬 北のはずれと 見知らぬ人が指をさす」とメドレーが流れる。替え歌だと思ったが、津軽海峡冬景色の二番らしい。
階段国道339号(日本で唯一歩行者のみの国道)に。車が通ることの出来ない国道339号線(全長388.2m、362段、標高差約70m)、間違えて図面上で国道にしてしまったのが、そのままになっているらしい。バスガイドは時間の関係上、10段まで下に降りて良いと言っていたけど、俺は最後まで降りる。途中、同じツアー客にあったけど「最後まで降りたら間に合わないよ」と言われたけどね。一番下に降りる。どうも、民家の路地になっていたけど… デジカメで撮って、上に駆け足であがる。すぐにバテる。何とか、上まであがるけど、息がキレギレ… バスの中でも、汗をかいてしまう。11:50出発。
バスは義経海浜公園を通り、国道280号を走る。
青函トンネル(本州と北海道の間にある津軽海峡の下に作られた世界最長の海底鉄道トンネル)の本州入り口をバスの窓から見る。小屋の横のセメントの入り口が見えただけだったけど。

バスは青森市に。青森・八甲田丸にて船上ランチする。青森ベイブリッジ(延長1994m。横浜より長いらしい)のすぐ近く。近くには青森駅もある。八甲田丸は、青函連絡船として使っていた船らしい。バスから降りると、ヴェネチィア「ゴンドラ」を特別展示してあった。水の上に浮かんでいるので、ゴンドラに乗る時は係員に言わないといけないらしい。
八甲田丸に乗る。多目的ホール(本当は沢田教一の写真展が開催されていたホールのようだったけど、うちらのために、中止になっていたけど…)で食事。幕の内弁当だったけど、その中でバナナの揚げたものが出た。皆は青森だからリンゴとか言っていたけど、バナナ。
食事が終わり、八甲田丸(全長132m 全幅17.9m 速力18.2ノット 総トン数5382.65トン 旅客定員1286名 積戴車両ワム48両 航送自動車12台)の中を見学(500円)する。まずは津軽海峡文化コーナー。大正時代の風俗、当時の生活用具を使って70年前の昔を立体的再現。船内で酒盛りをしている三人組を俺だと言って、妻はデジカメで撮っていた。3D立体シアターでは、海中の様子がスクリーンで流れていた。トイレの中から青森ベイブリッジをデジカメで撮る。青函鉄道連絡船記念館に入る。中に運航当時からのグリーン席があり、座ってみるが、どうも座り心地は悪いような… 寝台室(1号室)、船長室(中に人がいると思ったら、人形の船長だった。ビックリした)と見る。ブリッジの操縦室に入る。ここは、船長や限られた人しか入室出来なかったらしい。そこから外に出られたので、煙突展望台に行く。眺めが良かった。もう一度、ブリッジに戻り、そこの出口からエレベーター(何かガタガタしていたけど)で一階に。車両甲板だった。世界的にも珍しい鉄道車両を輸送する為のスペースで、郵便車両など本物を当時のまま展示してあった。奥には青森ねぶた「勧進帳 弁慶義経」が飾ってあった。義経が兄頼朝に追われて、山伏姿に身をやつし奥州平泉に落ち延びる途中、安宅の関で関守富樫に見とがめられますが、その際弁慶が機転を利かせて勧進帳を読み上げて危機を脱したようだ。
エンジンルームに行く。1600馬力のディーゼルエンジン8基ある。音が鳴ったら凄い音だろう。総括制御室と発電機を見て出口に。
外に出て、津軽海峡冬景色の一番、「♪上野発の夜行列車」の御馴染み碑で写真を撮る。自動感知センサーによって歌謡碑の前に人が立つと自動的に「津軽海峡冬景色」のメロディーが流れるのだが、お昼に聞くと眠くなってしまう。おばちゃん軍団の一人が妻との写真を撮ってくれた。「肩を組んで」と催促されたけど…14:10出発。
バスは八甲田山(1584m)に向かう。気温も24度から17度まで下がってゆく。峠を越えながら、バスガイドが話す、1902年(明治35)1月、厳寒の中、雪中行軍中の青森歩兵第五連隊の大隊210名が田代平で遭難し、199名が凍死した話しを興味深く聞いた。

16:00、奥入瀬渓流。奥入瀬渓流(十和田湖から流れ出る唯一の川が奥入瀬川で、焼山から子ノ口までの14kmを特に奥入瀬渓流と呼ぶ。奥に入るほどに瀬が多くなることから「奥入瀬」と名づけられらしい。ブナ原生林の紅葉に色どられた奥入瀬川の渓流。滝や早瀬、奇岩の連続する幽邃な渓谷を、さわやかな音をたてて河水が流れる。鬱蒼としげる河畔の林は野鳥や昆虫などの格好の生息場となり、調和のとれた自然環境が保持されている。これらが奏でる自然音のハーモニーは、環境庁の選定した日本の音風景100選の一つとなっている)。明治41年、大町桂月は始めて十和田湖、奥入瀬渓流を訪れ「住まば日の本 遊ばば十和田 歩きゃ奥入瀬三里半」と詠んだ通り、渓流沿いの自然歩道を歩くことによって、初めてその魅力を堪能する事が出来るという。
石ヶ戸(二本のカツラの巨木に、厚さ1mもある一枚岩が寄りかかってホコラを作っている)の休憩所でトイレ休憩。トイレに行く前に、石ヶ戸を見学。階段を下って行くと、川のせせらぎが心地よい。トイレしてバスに戻ると、バスガイド、トリカブトを写真に撮っていた。16:15出発。
馬門岩、阿修羅ノ流れ(名のごとく激しく水が踊る流れる。奥入瀬の決定版)、雲井ノ滝(三段の滝で高さ25m)、岩管ノ滝、玉簾ノ滝、白糸ノ滝、不老ノ滝、姉妹の滝(姉が18歳、妹が16歳らしい)をバスで走りながら見る。
途中で、バスから降りて散策する。橋を渡る。川の流れをデジカメで撮る。九段ノ滝が木影から見える。緑色に息づいている木々の森林浴をしながらゆっくり歩く。俺の後ろは、最後方の妻。添乗員がその後ろにいるから大丈夫だろう。あまりにもゆっくり歩いていたら、前方のツアー客が居なくなっていた。木々が川に倒れていた。台風の影響らしい。佐藤春夫の詩碑があった。そこを過ぎると、銚子大滝(幅約20m, 高さ約7m。どうどうと音をたてる様は、まさしく雄壮。この大滝の為に魚が十和田湖に上がれなかったそうだ)。滝の名の由来は、十和田湖を徳利に見立てた場合、この付近が注ぎ口にあたるらしい事から。それにしても、物凄い迫力。しぶきが飛んできたような… 10分ぐらい歩いたようだ。バスに戻り、子ノ口から十和田湖に。

十和田湖(奥羽山脈の北部に位置する。水面標高400m、最大水深は327m)に。南岸にある休屋地区のたかさご屋に行く。店の中を通って、十和田湖に。いきなり遊覧船が見えた。太陽の輝きを受ける十和田湖が美しい。妻がおばさん軍団と話しているので、俺はその後ろを歩く。湖畔づたえに歩き、林の中を歩くと、高村光太郎作「乙女の像」が現れた。団体写真を撮るのだが、まだ後ろの方に、足の悪いおじいちゃんがいたので、それを待つ。カメラマンが料金を1300円と言っていたのだが、誰が料金を聞いていなかったようで、もう一度質問するのだが、それを他のツアー客が冷やかす。皆、調子に乗って「1300円じゃなくて、1000円にすれば」とまで言い出す。やっと、写真が撮れた。それぞれ、自分のカメラで乙女の像を撮る。おばさん軍団、妻と一緒に撮っていた。
帰りは、十和田神社の方から、たかさご屋に向う。神社の鳥居を抜けるのだが、木々が倒れている。見事に大きい木だったけど。バスガイドも前の方を歩いていたけど、何かの写真を撮っていたので、抜かす。どうも、またトリカブトの写真を撮っていた。たかさご屋でお土産を買う。
十和田湖畔温泉の湖秀亭が今日の宿泊先。十和田湖の西湖に位置し全ての客室から前面に湖を、遠くに八甲田連峰、左右に大自然を望見出来る。十和田湖畔随一の和風リゾートホテル。
19:00より、夕食。きりたんぽご膳。ビールと一緒に食べる。きりたんぽの鍋、そんなに好評ではなかった。
風呂に入るが、そこは露天風呂がついていなかくて、残念。


9月11日(土)
朝、5:30に携帯のアラームをセットしていたが、気がつかず、6:00に起きる。すぐに、外に出る。半袖、半スボンなので、少し寒い。十和田湖畔を左回りで10分ぐらい歩き、走って帰ってくる。朝なので清々しい。6:60頃、帰り着き、風呂に行く。遅く入ったので、俺一人貸しきり状態。ゆっくりと浸かった。7:00過ぎ、朝食は会食。鉄板焼きで目玉焼きを作るのだが、妻が…落としてしまい… 仲居さんがもう一つ玉子を持ってきてくれた。
出発が8:30なので、食後は部屋でゆっくりする。

今日は下北半島(青森県の北東部、東に太平洋、西は陸奥湾をいだいて津軽海峡に突出する半島。柄を下にして斧を立てた形をしており、野辺地湾の湾奥部と太平洋岸の高瀬川河口をむすぶ線を基線に、北東端の尻屋崎まで約70km、本州最北端の大間崎まで約90km伸びる)を観光。
今日も快晴。席は、運転席側の9列目。8:30出発。旅館の人達(4人)が「さよなら楽しい旅をお続け下さい」と垂れ幕のお見送り。バスは昨日と逆方向に走る。奥入瀬渓流の流れに沿いながらバスは走る(今日は水が少ない)。紅葉時の奥入瀬、バスガイドが言うには、最高で二時間半の渋滞にあったらしい。
やませが吹 いて南部地区では米は育たないらしい。
バスは102号線を走る。しばらくすると、八甲田連峰が綺麗に裾の方まで見える。道路脇の畑には、長芋を育てていた。
実験でカラマツ、アカマツ、杉などが植えられている地帯を過ぎて、みちの駅七戸でトイレ休憩。10:10出発。

天間林町(日本中央の碑のある地区)を、秋空の中、通り過ぎる。
4号線から279号線に。
野辺地から、陸奥湾を見ると、天気も良いので遠くまで見える。夏泊半島、津軽半島に、釜臥山から下北半島の北海岬まで、はっきり見える。
踏切を何度か渡るが、この大湊線の電車は、運が良くても、あまり見られないそうだ。
六ケ所村の原発地帯を遠くに過ぎ、菜の花で有名になった横浜町を過ぎる。
むつ市で、工事渋滞に遭う。めったない下北での渋滞らしい。

11:35、下北と言ったら、ほたて。ほたて貝焼料理の昼食。下北名産センターの二階で食べる。

12:30、バスは恐山に向かって走る。
途中、恐山表参道の恐山冷水に立ち寄る。バスガイド、「冷水を飲めば1杯で10年、2杯で20年、3杯で死ぬまで長生きする」と説明するが、死ぬまで生きるのは当たり前では? 皆、ペットボトルに湧き水を入れている。案内板に「その冷水なる水は不老水ともうたわれ登山する人を喜ばせている」と書かれている。
道路脇に、石で丁目が刻まれているをバスガイドが案内する。十二丁目から見始める。
バスは三途の川を渡る。太鼓橋が掛けられていた。三丁目のところは、お約束なのか「ここは地獄の三丁目」とバスガイドが言う。
13:05、恐山に到着。恐山「日本三大霊山」(恐山、高野山、比叡山)の一つ、862年に慈覚大師 が開山したと言われている。恐山の大祭典は、毎年7月20日〜24日に行なわれている。多くの参詣者が、恐山の円通寺境内に集まる。そこで、「いたこ」の口寄せが行なわれる。「いたこ」とは、東北地方の神託、仏託を伝える巫女の事。その特徴は死者の言葉をつたえる口寄せをする事である。オシラサマという一対の神体をもってホトケおろしをする。
バスを降りると硫黄臭い。
総門をくぐり、山門の前で入山券とパンフレットを貰って、団体写真を撮られる。
山門をくぐって、四十八燈を間を歩き、恐山菩堤寺で参拝。誰か「よろしく」と言っていたけど、死者が呼びにこないか…
山内をひとめぐりする。納骨塔、大王石、無間地獄、慈覚大師堂と見て歩く。カラスが八葉塔の上にとまっていた。写真を撮ろうとすると、地蔵山に飛んでいった。クチバシが黄色いので、珍しいと思ったのに。それにしてもカラスが多い。何か、不気味な予感にさせられる。
慈覚大師坐禅石を見に行く。黄土色が混ざった岩場の白に、この世のではないような感覚。少し戻り、お手洗いに行く。
血の池地獄を見ようとしたけど、全然赤く見えなかった。横の石が赤かったけど、これで血の池? 血痕地獄だったりして… 池の中心に地蔵が座っていた。
八角円堂の中に入る。供え物や故人の愛用品、衣服などが供えられている。バスガイドが言っていたが、子供が亡くなったら毎年靴を置くらしい。その子供が大きくなって履けなくなるといけないからと。笑っちゃいけないけど、ゴミ箱も燃えるゴミと分別を呼びかけていた。玩具も多いというのは、子供も多く亡くなっているという事なんだろうな… 神妙な気持ちで外に出る。
水子供養御本尊。風車が寂しく回ってる。
宇曽利山湖畔の賽の河原。恐山は、その荒涼とした景観とあいまって「死者のあつまる山」と言われる。特に、噴出する硫黄ガスのために生物の影さえみえない宇曽利山湖畔の賽の河原は、幼くして死んだ子供が地獄の鬼によって責苦を受けている場所とされ、小石を積み上げ、亡き子の冥福を祈る人の姿が多く見かけられる。
極楽浜に。白砂の綺麗なビーチのよう。太陽の光でブルーに輝く宇曽利山湖と対岸の蓮華八葉の青々とした山並みが、この世のものと思えないほど美しい。地獄巡りをして来て浄土に至る演出らしいけど。「砂石を持ち帰らないで下さい」と立て札があった。浜に近づいてゆくと、何か消え入りそうな気分に… 参拝順路に導かれるように体内くぐり方面に歩く。
「まむし注意」の看板にはわらった。本当にまむしが出そうな枯れ草を抜ける。
体内くぐりを抜けて、金堀地獄に。そこから、妻と別れて、五智山展望台に行く。妻は平坦な道を選ぶ。どんどん登ってゆく。五智如来を見て、道無き道、道のような道を歩き、坂を下る。駐車場も遠くに見える。道も硫黄で黄色く染まっている。地面からボコボコと湯が沸き出しているところもある。これが地獄という雰囲気満載か…
出口の辺りで、はし塚。割り箸のような気もする。
妻を待っていたら遅くなり、もしかするとと思ってバスの駐車場に行く。妻はちゃっかり、乗っており、自分が最後だった。何か、恥ずかしい…
14:00、出発。
バスは大畑町。今日の津軽海峡は湖のように波が穏やか。尻屋崎も見えた。
風間浦村では函館山も見える。これほど、天気がいいと良く見えるのも珍しいとバスガイドは言う。

15:15頃、大間崎(本州最北端)に到着。駐車場からバスを降りると、お土産屋攻撃。記念写真を撮るツアー客でごった返しているので、とりあえず、写真は諦めて、最北端を満喫する。日本海の海を見に、海岸沿いの階段を下りてみる。意外にも透明感がある。やっと、空いたようなので、デジカメで記念碑を撮りまくる。
「こゝ本州最北端の地」と刻まれた碑が立つ。眼前に弁天島、大間崎灯台(高さ25.4m、光達距離約31km)も建ち、その奥には北海道が望む。下北半島国定公園の一部に属しているらしい。大間平とよばれる低位海岸段丘の突端に岬が形成されており、海岸一帯は砂浜が広がる。周辺の海中は浅い岩礁地帯で、海食崖にかこまれる弁天島との間の海域は渦をまいてながれる急潮のクキド瀬戸となるらしい。大間町はNHK朝ドラ「私の青空」や「マグロの一本釣り」で有名らしい。
本州最北端大間崎到着証明書を添乗員からもらう。発行者が本州最北端開拓者の角野哲夫らしい。
今日は波が穏やかなのでマグロ漁は、やっていなかった。民宿の前でマグロのカブト焼きをしていた。
)400キロ級のマグロと漁師の力強い腕のモニュメントもある。これぐらいの腕がないと、一本釣りは無理なんだろうな… 大間では、鮪のなかでもとりわけ美味い黒鮪を小さな船で一本釣りするようだ。2時間の死闘、沖まで脳震盪させたマグロを持って行き、クレーンで釣り上げるようだ。
15:45、バスはひたすら青森に戻る。下北の観光ビデオを見ながらバスは走る。

トラベル プラザ サンシャインにトイレ休憩をかねて到着。ほたて観音(平成4年7月建立。高さ1.8m、台座を合わせると約4m)を見る。そこから、陸奥湾を見ると夕焼け前の太陽と反射する湾が美しい。
妻がローソンでポテトを買っていたので、俺は菜の花シュークリームを買う。
バスに戻ると、皆が急に騒ぎ出した。バスガイドが散々、大湊線の電車は見られないと言っていたけど、最後の最後に大湊線の電車を見る。17:30出発。
陸奥湾の夕日を見ながらバスは空港に。

19:20頃、青森空港。バスを降りると、妻が慌て出した。デジカメが無いと。バス内で忘れ物がないとチェックしていた添乗員が、すぐに気がついてくれた。
晩ご飯は「レストランひば」。急に団体客が大勢やってきたので、店員は大忙し。生姜焼定食を食べる。
青森空港(20:45発)
羽田空港(22:00着)
家には23:10頃着。

2004年8月28日〜8月31日キャンペーン九州4日間 3泊4日編
8月28日(土)
大型で非常に強い台風16号(中心気圧 935hPa)が九州に近づきつつある。天気の方が心配だが… 4時に妻の携帯アラームが鳴り、起きる。5:30に出発。天気は曇り。コンビニにより、朝食の弁当や牛乳を買って上大岡駅に。6:13、グットタイミングで京急羽田空港行きに乗れる。空港に到着し、集合時間の7:00に受付をすませる。添乗員は女性、テキパキと仕事をしそうな人だった。
羽田空港(7:50発)を出発。飛行機の中で、文庫本を読んだり、寝ていると、すぐに長崎空港に到着。台風の影響で、揺れると覚悟をしていたのだが、そんなに揺れなかった。

到着ロビーで集合する。いつもの2泊3日の旅行より、皆の荷物の量が多いような気がする。長崎は晴れ。気温29度。バスに乗る。37名の参加。出入り口側の4番目。後ろには小学生と親子が乗ってた。バスは大村湾を見ながら走る。台風の影響はあまりなく、そんなに波立っていない。

10:50、ホテル日航ハウステンボスに到着。バスの中でホテルの係員から、ホテル内の案内を聞く。妻は、帽子を家に忘れたようだ。ホテルに荷物を置いて、添乗員から一日パスポートをもらって、
ハウステンボスに。ハウステンボス、蘭語で「森の家」を意味する。オランダの町並み、お城や運河、風車などを再現したテーマパーク。ハウステンボスは大きく分けて、ブルーケレン、キンデルダイク、ニュースタッド、ミュージアムスタッド、ビネンスタッド、ユトレヒト、スパーケンブルグの7つの地区がある。
11:24、『レンタサイクル』で自転車を借りる。3時間1000円。サイクリングしながら、デジカメでハウステンボス内を撮る。ウインズ佐世保がハウステンボス横にあり、中に入るのにはビックリ。自転車置き場が近くになかったので、後で行く事にする。
11:30、『オランダの宮殿/ パレス ハウステンボス』(現オランダ王国ベアトリスク女王陛下がお住いになっている宮殿の外観をそっくりそのまま再現。中は絵画の美術館になっており、名画に出会える)。ハウステンボスの一番の目玉であり象徴。画家たちが4年もの歳月をかけ完成した壁画の間(高さ約19メートル、幅約11メートル、総面積約825平方メートル)はとにかく凄い。係員が説明してくれた。裏庭の壮麗さには目を奪われる。妻と散歩する。暑いので、半袖の腕をまくって歩く。
12:10、『河童』で昼食。限定20食に引かれて、かきあげ丼を食べる。中々、美味しかった。
12:45、『ハウステンボスを一望/ドムトールン』(オランダで最も高い教会の塔を再現した、高さ105mのシンボルタワー。エレベーターで地上80mの展望台へ昇り、街並みや大村湾を見渡せる塔)。エレベーターで上まで上って、デジカメで周りの風景を撮りまくる。エレベーターで一階まで降りて、外に出ると、韓国人が自転車置き場の所に沢山いた。リーダーらしき人が観光案内をしていた。良い旅をして欲しいと思ったね。
13:00、『シュミレーションシアター/大航海体験館』(建物自体が実際に浮かんでいる世界最大のシュミレーションシアター。2作品が交互に上映)。「デ・リーフデの大航海」を観る。本当に船に乗っているように、大波を乗り越えているように、客席が揺れたり、敵の船が大砲を撃った振動が響いたりと、大迫力。マゼラン海峡の場面は少し感動してしまったが…
13:40、『大洪水を体験/ホライゾンアドベンチャー』(オランダの大洪水を映像と本物の水800トンで再現し、自然の脅威を学ぶ体験シアター)を観る。
その後、自転車を返しに行く。
歩きながら、風車をデジカメで撮りながら、ニュースタッドゾーンに戻る。
14:30、『3D映像/ミステリアスエッシャー』(「だまし絵」で有名な20世紀のオランダを代表する鬼才版画家M.C.エッシャーの摩訶不思議な世界。テーブルやイスが逆さまだったり、天井を人が歩いていたりと不思議な光景がいっぱい。3Dシアターでは「エッシャー・永遠の滝伝説」を上映)。一番楽しみにしていたけど、妻は朝早く起きて疲れた寝てしまう。ちょうど、終わった頃に、起きた。
14:30、『フライトオブワンダー』(リアルな浮遊感のライドに乗って、小さな魔女と空飛ぶ冒険の旅へ。名作魔女の宅急便の原作者・角野栄子が総合監修)。乗り物系アトラクション。
15:35、『水上レビューショー/クリスタルドリーム』(魅惑的な音楽が流れる中、虹色に輝く本物の噴水の上に幻想的なバレエの映像を融合させた、ファンタスティックな水上レビューショー。牧神パーンが一目惚れした女神ヴィーナスを救い出す物語。世界初の映像マジック)。前回、行っていないので、楽しみでその建物を探すが、道に迷ったのか、中々、みつからなかった。おかげで、ベンチで休んでいたら、陽気な黒人に話しかけられて「写真を撮りましょうか」と。妻は黒人と撮りたいと注文を出すと、黒人は妻の隣りにベンチに座り、俺がカメラマン。俺が撮ろうとしたら、近くをオランダ人の女性が通りかかり、替わりましょうかと。黒人を見ると、一緒に撮ろうと陽気に笑っている。結局、オランダ人の女性に撮ってもらった。肝心のクリスタルドリームは、最初のあらすじをテレビで流していたけど、ボーッとしており、あらすじがわからないまま観ていたので、意味が分からなかった。
16:00、『オルゴール博物館/ オルゴールファンタジア』(18〜20世紀に作られたアンティークなオルゴールや自動演奏楽器がある音の博物館。オルガンの部屋、コンサートホールを順々に周りながら、色々な楽器のしくみがわかる)。係員が直接説明してくれる。最初の部屋では、ダンスオルゴールを説明。ブック(本のようなもの)をオルゴールにセットして、音を出す。曲が流れると、一人一人、中に入り、仕組みを見学。うまく出来ているような… 次の部屋は、シリンダーのオルゴール。オルゴールが小さく、しかも大人数なので、よく見えなかった。最後の部屋は、コンサート会場になっており、ディスク式のオルゴールを聞く。何か、眠くなりそう。最後は、オルゴールの実験。オルゴールは木の共鳴を使っている。木の共鳴を使わないと、音が小さく聞こえなくなるようだ。初めて知った。へぇ〜である。
16:25、『鐘の博物館/ カロヨンシンフォニカ』(日本初の鐘のミュージアム。3人の小人の案内で、カロヨンの歴史と仕組みを学ぶ事ができる。高さ9mのカロヨンタワーは必見)を見学。
16:40、『回転木馬/カルーセル』(ストリートオルガンの賑やかなメロディに合わせて回る回転木馬)に乗る。子供に戻ったような気分。

そして、ホテルまで一旦、戻る。『クラシックバス』を使おうと思ったけど、歩いてホテルに。ホテルに荷物のカードを渡し、荷物を受け取り、カード式の鍵を受け取る。少し休んで、18:30に、食事。ホテル内のバイキング料理。お祭りバイキングらしい。係員に和室の大宴会場に連れて行かれる。料理はエビフライ、エビチリ、ソーメン等が並べられており、それを取りに行く。係員がテーブルに手巻き寿司用のネタ、ノリ、ご飯を持ってくる。ふと、料理の置いてある所を見ると、お祭りらしく綿菓子、カキ氷が置いてある。けっこう食べてしまった。
食べ終わり、そのまま部屋には戻らず、またハウステンボスに。楽しみにしていた花火大会は中止(サンバも中止)と、レジの所で聞いて、ガックリ。外に出ると、少し風も強くなったようだ。再入場の手続きをすると添乗員がいた。他の添乗員(他は全て男の添乗員)と一緒に。このツアーはバス五台で営業しているようだ。添乗員は妻に「ご飯を食べて、第二弾」と言っていた。
『カナルクルーザー(運河船)』で、ドムトールンに向う。夜景が綺麗。落ち着いた感じ…
ドムトールンにまた行く。夜景を見に行くのだが、エレベーターの所で、ドラエもんの曲が… 女の子のオルゴールが鳴っていたのだ。かなり響く。エレベーターガールも「かわいい」と笑っている。妻が女の子に話しかれる。「何の曲?」と。女の子は「ドラエもん」と答えるのだが、まだ曲が続く。エレベーターが止まり、上に着く。夜景を何箇所がデジカメで撮る。
エレベーターで下に降りて、ブラブラと歩く。ゆっくりとショッピングを楽しむ。明日の朝食はつかないので、朝食用のパンを買った。帰りは『クラシックバス』。
ホテルに帰り、大浴場に入ってテレビ、映画『Returner リターナー』を見ながらビールを飲む。

8月29日(日)
4:30に目が覚める。台風が気になり、テレビを見ると中心気圧940hPaになり、奄美地方に暴風域がきており、鹿児島では一年で水位高い高潮らしく、被害か多そう。それを見て、また寝る。6:30、起きて外を見ると曇り。

ホテルをチェックアウト(カギに使っていたカードは記念にもらえた)する。バスの所に行くと、バスガイドがバックをバスの荷物入れに入れてくれた。今日はバスガイドがいるらしい。バスのミラーに目立つようにキティちゃんを飾っていた。今日も昨日と同じ、一緒の出入り口側の4番目。
バスが発車し、添乗員が挨拶。「朝は長崎観光です」と言うのを、長崎と長野を間違えて、大爆笑。キティちゃんは添乗員がつけたようだ。高台にある東そのぎインターから高速に乗る。真珠の盛んな大村湾、波が穏やかだった。高速から長崎空港の滑走路が見えた。長崎多良見インターで高速を降りる。

西山トンネルを抜けて、バスは走りめがね橋に。バスガイドが言うには、珍しく市内もスムーズにバスが走ったと言っていた。車の量が少なかったようだ。めがね橋、長崎市の中央を流れる中島川にかけられいる石橋の一つ。9:10、めがね橋でバスガイドの案内を聞きながら、デジカメで撮影。
すぐに、その場を離れて、妻が教えてくれたローソンに。もし、3日目に帰れない時に、ホテルに泊まらないといけない時の為に、お金を余分に下ろす。妻がローソンを見つけてくれたのだ。そのローソンで朝食がパンだけでは足りなかったので、お握りと牛乳を買う。
そして、ツアー客のいる江崎べっ甲店に行く。少し見学する。妻がいなくなり、めがね橋の所に行っていると思って歩いて行くと、めがね橋の前の所には、べっ甲店の従業員がおり、妻の居所を一緒に探してくれる。が、めがね橋にいないとわかると、べっ甲店に誘導される。店に入ろうとしたら、妻が入り口にいた。9:40に出発。べつ甲店の従業員勢揃いでお見送り。お握りを食べようとしていたので、何か、恥ずかしかった。

バスはリニューアルされた長崎駅を通り、村上天主堂、如己堂を通り、平和記念公園に。
公園中央に立つブロンズの平和祈念像(高さ9.7m、重さ30t)の前でデジカメ撮影。ブロンズ像は、天を指す右手は原爆の脅威、水平に伸ばした左手は平和、頑丈な体は絶者の神威、折り曲げた右足はめい想すなわち静、立った左足は救済すなわち動、柔和の顔は神の愛を示し、閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈る姿という。団体写真の長椅子に座り、手足を後ろを見ながら真似て座り、妻に撮ってもらう。
平和の鐘の所で、バスガイドの説明も聞かずに他の記念碑を撮影する。
平和の泉(噴水池の直径は18m、噴水の高さは0.5〜6m)のところまでバスガイドが連れて行く。平和の泉、被爆当時9歳だった山口幸子さんが『原子雲の下に生きて』に書いた文章の一節「のどが乾いてたまりませんでした。水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました。どうしても水が欲しくて、とうとう油の浮いたまま飲みました」という文が黒い御影石に刻んである。噴水の前面に黒い御影石があるので、皆が見に行き、写真を撮ろうとするのだが、ちょうど風下で噴水のしぶきが飛んでくる。添乗員、噴水が少し小さくなった時を見はからって写真を撮らせようとするのだが、すぐに噴水は大きくなり風も強くなる。「キャーキャー」と言いながら撮影会になった。添乗員、しぶきが大きくなると「きたきた」と笑っていた。父親が小学生の子供の写真を撮ろうとして、噴水の前に行かせる。小学生も喜んでいくが、噴水前から帰ってきたら、スボンはビッショリ。
風上(噴水の後ろ側)の方で、添乗員と妻の写真を撮ってあげた。
最後に、ブロンズ像横の平和の折鶴の所で撮影。妻に、俺がギャグで賽銭箱に一万円を入れようとしてる姿を写してもらっている時に、おばさんから「写真を撮って下さい」と話しかけられて恥ずかしくなってしまう。
和泉屋でカステラを買う。

10:40に出発。バスガイドが言うには、長崎市内を走っている路面電車は、チンチン電車とは言わずにチャンポン電車と言うらしい。全国で走らなくなった電車を使っているから、チャンポンになっているらしい。
また、坂の上に墓があったりするので、お墓参り代行人、ごみ出し代行人(1袋800円)というバイトがあるらしい。
あと、学校が坂の上、家が坂の上にあったりするので、行きは良いけど帰りがキツイ(その逆の場合もある)などあり、長崎は坂の街らしく、片道定期券があると紹介する。
バスは、長崎バイパスを走り、バスガイドが長崎原爆の悲惨さを神妙に話していると、後ろ横に親子で座っていた赤ちゃんが騒ぎ、あまり真剣に聞けなかった。
田坂トンネルで県境(長崎から佐賀に。オレンジのトンネルの電灯から白い電灯になる所が県境で、壁に書いてあるらしい)。
嬉野インターで高速を降りる

11:35、有田焼窯元陶彩館。中で嬉野茶を飲む。11:55、出発。佐賀平野のど真ん中をバスは走り、佐賀しかいないカジガラス(七夕の時、彦星と織姫をとりもつ鳥と云われて、見つけると縁起が良いらしい)の街灯を見たりする

13:10、北原白秋の故郷の柳川に。駐車場にバスがを留めて、民家が立ち並ぶ所を歩き柳川御花に。旧柳河藩主立花邸で昼食。皆、うなぎせいろ蒸しを食べている人が多かったが、うなぎは苦手なので、五目せいろを食べる。
ご飯を食べ終わり、二階から立花邸の庭(松涛園と呼ばれる庭園は、仙台松島の景を模した設計で、園内には1500個の庭石と焼く280本の松があり、大部分が200年以上の古木。大広間前の巨石は旧天守閣の台石を移したもの)をデジカメで撮る。松、池、庭石が絶妙な配置になっており、綺麗だった。
屋敷に上がっていたら、いつの間にかに資料館に入っていた。屋敷の資料室には立花家の品々が展示されていた。本当はお金を払わないと入れないのでは… 
14:10、柳川舟下り(ドンコ舟の川下りは水郷柳川の風物詩)をする。川下りのはずが、水位が低く、行って戻る形になる。二組目に並んでいたけど、一組目の一人のおばあちゃんの足が悪く、おばあちゃんの組が一番後ろに乗る事になり、俺達が一番前になる。その舟下り、ツアーのオプションだったので、29人の参加。舟は20人乗りなので2隻で半々の乗船になる。台風の影響で北風が吹いているのか、涼しい。のんびりと川を下っていく。橋を2つくぐってゆく。壇一雄文学碑をデジカメで撮り、まちぼうけの碑では、船頭さんが「まちぼうけ」の歌を歌う。なんちゅう歌だろうか。柳川では、川下り会社が7社もあり(舟の下の色で会社がわかるらしい)、会社によって通るコースも違うらしい。狭い橋をくぐる。スレスレの幅。舟に乗るツアー客の重量が重いのか、それとも水位が思った以上に低いのか、小さい橋の真ん中で舟が止まってしまう。その為に長靴を履いた男の人が水に入っており、舟を救い出す。柳川高校の横を通る。松岡修造の母校らしい。テニス場のネットに、オリンピックおめでというと布垂れ幕が祝っていた。川岸の奥に日吉神社があり、神社で式をすませて、川上りしてお祝いするのもあるらしい(5月に多いらしい)。売店が見えてくる。そこは帰りに寄るらしい。それを過ぎると、うなぎ供養碑がある。そして橋をくぐって、畑のところでUタウンして戻る。帰りに売店に寄り、妻がサイダーを飲みたいと言うので、トップでサイダーを二つ注文する。それにつられて、皆がアイスやカキ氷を買っていた。帰りは船頭さんの舟歌など歌のオンパレード。橋の下で歌うと声が響きうまく聞こえる。どうも船頭さん、橋の下では歌いたいようだったけど… 最後は「♪別れる時はつらいけど〜」の星影のワルツでしめる。そして、元の御花の川下り乗り場に到着。一時間の舟遊びだった。舟は俺達が一番最初で降りる位置で停留。後ろのおばあちゃん、安定しない舟の上を余計に歩く事に… 15:20、バス発車。少しバスガイドが話し(台風の通り道になるのか、玄関の窓を板で打ち付けて囲おうとしている家があった)をすると、お休みタイム。

17:00前、バスは大分県に入っていた。お休みタイムから、バスガイドが喋りだす。どんより雲が多くなり、小雨も少し降っている。それでも、最初のうちは山々も見えていたが… 湯布院の別荘地帯を過ぎると、徐々に雨も強くなくなる。そして、霧が深くなる。湯布院・別府間は霧が多く、時々、通行禁止になるらしい。バスガイド、通行禁止にならなくて良かったとホッとする。よくあるらしいから… 台風の関係上、今日中に海地獄を見学しておきたいのだが、通行禁止になっていたら、間に合わなくなる。
別府湾が霧の向こう側に見える。猿山の高崎山、市街地も見える。市街地の湯煙りが情緒があった。アミのトンネル(ゴルフボール避け)を抜けて、別府インターを降りる

17:35、海地獄に到着。海地獄(泉質は酸性でラジラム硫酸鉄を有し、温度は98度。泉脈までの深さは200m)は今から約1200年前鶴見岳の爆発により出来た広大な池(別府地獄の中でも最大)で、コバルトブルーの池が海の色に見えるから、この名がついたらしい。
駐車場からバスを降りると、小雨が降っていた。これぐらいなら、傘も必要ないかもしれないけど、一応、さして歩いてゆく。お土産屋を抜けて、海地獄に。煙が凄く、中々、ブルー色が見えなかった。デジカメで何とか煙を避けて撮る。それにしても凄い人達がカメラで撮っていた。一周、海地獄の周りを周遊。
売店で温泉ゆで玉子を買う。5個入り300円。塩分、鉄分が含まれているらしい。98度の温泉で約6分間ゆでているらしい。
売店から出て、右側に歩くと血の池地獄のミニチニュア版を見る。この池と海地獄の池とは成分が違うらしい。同じ敷地内で、違う成分の温泉が吹き上げるのは珍しいらしい。18:00出発。温泉ゆで玉子を妻と一つづつ食べたのだが、美味しかった。小学生と赤ちゃんにも分けてあげた。

そして宿泊先の別府温泉、別府湾ロイヤルホテル、18:30前に到着。カギを受け取り部屋に行く。洋室だった。サザエさんに間に合う。サザエさんを見ながら、つかのまの休憩。
19:30、宴会場で会席料理。二階堂の焼酎を飲む。
大浴場に行く。露天温泉岩風呂「日出温泉」は、敷地内に泉源を持つナトリウム塩化物泉。日本1位そして世界2位の湧出量を誇る別府市の別府八湯の温泉群、その中で最も多く温泉源が集中するのが鉄輪温泉らしい。大露天風呂に入る。遅く入ったので、露天風呂には、あまり人は入っていなかった。ゆっくりと入ることが出来た。

8月30日(月)
5;40に目が覚める。台風情報が気になりテレビをつける。九州南部に上陸するらしい。九州南部は暴風域に入ったらしい。鹿児島・枕崎の中継は、アナウンサーが強い風と雨で中継できない状況。外は雨風が強そう。風の音が部屋にいても聞こえる。台風は北上して、偏西風に乗って加速して、予報では明日には東北に行っているようだ。
6:00、妻と風呂に入りに行く。露天風呂には台風で誰もいないと思ったら、子供の姿も。露天風呂に行くと、大人も何人か湯船に浸かっていた。露天風呂の岩風呂から出ようとして、湯の中にある岩に足の指がぶつかり、足を少し怪我する。風呂から出て、エレベーターで12階に上がると、小学生の子供と父親がいた。窓から外を見ている。波が高く、木も風で倒れそうな勢い。父親から「今日の船は、昨日から欠航になった」と聞き、どうなるんだろうと心配していた。
朝食を食べに二階に行く。7:00前だったので、まだ開いていない。窓のところで待っていると、窓を背もたれにしていたけど、その窓に外からの強い風が吹いて窓の振動が凄い。朝食はバイキング料理。
7:40、部屋で出る準備をしていると、添乗員がくる。「バスが出られない状況なので、9時過ぎに、また連絡します」との事。
9:00に鹿児島に上陸したようだ。鹿児島市内の中継でも、物凄い風と雨。ホテルの窓から外を見ると海岸に近い民家も水が迫り、一つの家(最初は小屋だと思っていたが)は床下浸水状態。海岸もホテルに波が迫ってきそうな勢い。ボートが浸水しないように、漁師も台風に備えて準備に大変そう。台風は中心気圧950hPaに上がり、風速40mになっていた。
10:00前、添乗員から電話がある。福岡からの飛行機を手配しているが、まだチケットが取れるかどうか分かっていない。しかも、ホテルから出られない状況。もう少し、待ってて欲しいとの事。
10:40、ホテルも風で揺れている感じ。ホテルに待機。一階に行くと、水漏れ。天井から水が滴り落ちて、地面が水浸し。おじさんが、ホテルの人に教えていた。
11:00、そうじのおばちゃんが来て「掃除はどうしましょうか」と。一日延泊になったと伝えられる。添乗員の連絡は無いけど、たぶん、そうなんだろう。妻が、それを聞いて、コインランドリーで洗濯に行ってしまった。高いホテルのようだけど、料金はいくらかかるんだろうか…
12:00前、添乗員がきて、延泊になったと報告。1泊1人7500円(昼・夜・朝付)。
12:10、いきなり停電。慌てて、妻とパソコンを切る。数分で電気が復活する。
12:20、部屋の掃除を頼み、昼食を食べに行く。中華料理。帰りに、同じツアーバスの夫婦に会い「今日の見所は台風です」と言われて、笑わせてもらった。
14:00、風呂の大掃除が終わったので、風呂に入りに行く。露天風呂は台風の為、今日は使用中止。温泉の効能は切傷、打ち身、慢性皮膚病、筋肉痛、神経痛。筋肉痛も効くので、腕立て30回やって入ったけど、効果はあるんだろうか… 足の裏にマメが出来ていたが、少し治ったような…(歩くのにもつらかったのに)
14:30、大分県内に。中心気圧960hPa、時速35キロと速度を上げて九州縦断しようとしているようだ。でも、窓の外は、いくぶん風かおさまった感じ。
15:35、15時過ぎ時点で中心は大分県の中津市にあるらしい。
15:40、風呂に入りに行く。
16:40、妻が風呂に行きたいと言うので、付き合って、また行く。風が弱まったせいで、露天風呂に入れるようだ。ゆっくりと露天風呂に浸かり、風呂から出ると、まだ妻が風呂から出てこないので、ゲームする。妻も風呂から出てきたので一緒にパチスロのゲームをしているといきなりの停電。数分後にまた復活。
18:15、またまた風呂に行く。今日、何回目だろうか… 行く時にのエレベーターで添乗員に会い「暇だから、風呂に行ってきます」と言う。
17:00、2階の宴会場、今日はテーブル席で夕飯。今日はすき焼きがメインだった。ビール中瓶と二階堂の焼酎(二階堂の社長は64で飲んでいたというので、俺も同じにしてもらう)を飲む。少しというか、かなり酔っているような… 鳥のテンプラが出てきた。大分の名物らしい。美味しかった。
20:20、風呂に入る。帰りに、ビールのつまみのポテトチップを買って部屋に帰る。
22:00、また風呂に入る。もうこの頃になると(風は少しあるが)、雨は上がっていた。
23:10、今日最後の風呂に入りに行く。

8月31日(火)
5:50に起きる。6:00、風呂に行く。エレベーター待ちのところから窓を見ると、海は昨日の大波が嘘のように穏やかだった。天気も曇り。朝日が昇り、天気は良くなりそう。
6:40、風呂から帰り、ホテルを出る準備をしながら、テレビを見るのだが、タイミングが悪く、なかなか、台風がどこにいるのか放送されない。やっと、台風情報が流れる。台風は佐渡沖を北上中。あっという間に、東北方面に行っていたとは…
7:00、朝食はバイキング料理。妻が小学生の親子と一緒のテーブルに行こうというので、同じテーブルで食べる。スイカが美味しかった。部屋に帰る前にフロントで清算した。
8:20、バスに乗り込む。運転席側の8番目。前の席には、小学生の親子が座っていた。昨日、暇だったので筋トレ(久し振りに腹筋も)したら、今日、胸と足の付け根、横っ腹が筋肉痛。添乗員から教えてもらったのが、ホテネの一部の屋根がはがれていた。白い残骸が飛び散っており、昨日の台風の凄さがまざまざと…
8:30、バスが発車。その時点では、まだ飛行機の便が決まっておらず、ただ決定しているのは、福岡発で午後便という事だけ。飛行機の時間まで間に合うように今日は、3日目の工程を進めるようだ。今日のバスガイドは、一昨日とは違う人。今日は33度になるらしい。

バスは『別府明礬温泉 湯の里』に。駐車場から、添乗員に連れられて歩いてゆく(硫黄の臭いが鼻につく)と、湯の花見学小屋の前に。そこで、面白そうな事を言う係員の説明をうける。「地熱活動の活発な別府の明礬温泉には温泉ガスが噴出している。このガスにこの地特有の青粘土を反応させ、湯の花小屋で2〜3ヶ月の時間をかけて生成させたものが「天然湯の花」(温泉成分が結晶した固形物)。ワラのさしかけ小屋は内部の温度・湿度を一定に保つ巧妙な化学工場で、江戸時代から続く技法は現代もそのまま受け継がれている」と言った説明を受ける。最後には「温泉は血行良くなるというけど、それは結構良くなるの…」と駄洒落でオチがつく。そして、温泉の素の説明に入ったので、俺はその場を離れて、デジカメの撮影をする。
ワラ小屋の湯の花見学小屋に入り「天然湯の花」を見たが、凄い白い結晶が綺麗。ワラ小屋の作る工程もパネルで紹介していた。
外に出て少し奥に行くと、4つのワラ小屋が並び、そこでは家族風呂も営業していた。看板に「家族風呂の見学はご遠慮下さい」と書かれていた。もっと奥に行くと、文人像の像が立っていた。左が女で、右が男らしい。あまり変わらないような…
奥には「坊ちゃん地獄」があった。活断層を傅って噴出する蒸気で長い年月で醸成された鉱泥は美容と健康に効果があるらしい。
湯の里の入り口まで戻る。バスガイドが説明していた扇山(扇を逆さにしたような山で、黄緑の草山。他の山とは色合いが違うので綺麗に見える)が見えた。温泉ゆで玉子を買う(1個50円)。バスの中で食べるのだが、今日のゆで玉子は白身が茶色。昨日のは、白身が白かったのだが…

10:00、バスは湯布院に。湯布院自由散策(湯布院は昔ながらの温泉街としての一面と、アンティーク&アート等の新しい風が並ぶ不思議な空間。女性に人気がある)。
最初に金鱗湖まで歩いてゆく。金鱗湖は、由布岳(標高1584m)の下にある池という意味から「岳ん下ん池」と呼ばれていたらしい。鮒の鱗が、夕映えで金色に輝くように見えた事から金鱗湖と名づけられた。バスガイドが言うには、半分は水で、半分はお湯らしい。湖と言うよりは池のような… 一周歩く。湯布院はトイレが少ないとバスガイドが言うので、金鱗湖のトイレを使う。少し歩くと神社が見える。天祖神社と言う。
どんどん歩いて、駐車場まで戻る。
まず、最初に、妻が行きたいと言うので由布院テディベアの森に入る。その名の通りテディベアばっかり。結局、買わずに、見て終わる。
次は、由布院の猫屋敷に。入り口の大量の猫招きには笑った。猫のグッズや写真等そろっており、猫の鳴き声の音楽も流れ、猫気分になる。二階には、かわいい猫がいた。
次は、ゆふいんの犬家敷に行く。犬好きにはたまらない店かもしれない。妻の母に犬のヌイグルミを買おうとしたけど、妻が「いいよ、そんな事しなくて」と言われて、やっぱりやめた。
妻と別れて探索する。やすらぎ湯の坪横丁に入る。色々な店が立ち並ぶ。豆腐アイスというのを売っている店もあった。
妻から携帯が入り、妻のところに行く。1000円ショップで、俺用のカバンをみつけたらしい。でも、買うつもりはなかったので、買わなかった。
妻と一緒に散策。九州横断道路を歩き、湯の坪川で右折して戻る。結局、やすらぎ湯の坪横丁に妻と行く。
時間になり、駐車場に戻る前に、俺は特上のりせんべいとジュースを買って、妻はコロッケを並んで買う。それにしても、色々な雑貨店が湯布院にはあった。時間が全然足りなかったな…

添乗員の説明で、15:00福岡発の飛行機の便(交渉したのか11000円)が取れたらしい。清算をしてもらう。帰りの船では一等室を予約していたので、お金が戻ってくる。時間が無いので、福岡空港に向う。バスガイド、バスガイドの発祥は大分県の別府とクイズ形式で説明し、昭和初期の口調で別府を案内する。百人一首の七五調で、何か可笑しい。
完全に疲れが出て眠くなる。
12:20、気がついたら基山インターでトイレ休憩。ロッテリアで二色シェイクを買う。12:35出発。
13:00、福岡空港。チャンポンと餃子を食べる。
15:00発のはずが、20分遅れで飛行機が飛び立つ。
17:20、羽田空港着。
家に帰りついたのは18:20だった。

2004年7月17日〜7月18日 登山中級A 富士山登頂と御来光1泊2日編
7月17日(土)
やはり日本一の山、富士山に登らなければ日本人とは言えない。と、思い今回の旅行は富士山登山。山梨県と静岡県境にそびえる成層火山で、火口南西部にある剣ヶ峰の標高3776mは日本最高。ちなみに、今年は申年。孝安天皇92年(紀元前301年)の申年に雲霧が晴れ一夜にして富士山が誕生したとして伝えられている。それ以来、申年は富士山のご利益があるとして祝うようになったようだ。家の近所から、毎朝、富士山を眺めていたので、行こうと決心してからは、頂上を制覇するぞという親しみが不思議と沸いてきていた。

まずは、持ち物。7月初めに、だいたい買った。防寒具は、メッシュレインウェア、軽いジャンバー、長袖シャツ、Tシャツ、軍手。食料は、チョコレート(KitKat 17枚、ひとくちチョコのアルファベット300g)、酸素プラスのボトルウォーター500mlを2本、連続噴射機能付き酸素を2缶。ビニール袋2枚、ヘッドランプ、予備の電池8個。着ていく服は、スポーツ用のTシャツ、登山用のズボン(チャック式で半ズボンになる)、ハイキング用の靴(本格的な登山用の靴を買おうとしたのだが、少しケチる)。シップ。普段の旅行用の持ち物に、デジカメ、携帯。
当日、集合場所に向かう前にコンビニで買った物は、朝食用におにぎり弁当、牛乳200ml、リボビタン8��(疲労回復用のようだけど)、後、持ち物追加で、折角、昨日買った帽子を鞄に入れ忘れたので、紫外線対策に帽子を買う。アミノサブリ750ml1本。スナック菓子(気圧で膨れるのが楽しみで)。

朝、まだ寝ていてもいいのに、4:30に起きる。妻が眠れないようだ。昨日24:00前に寝たので、少し睡眠不足かも。バスの中で寝ていればいいかも。暇つぶしに体脂肪を計ってみる。体脂肪率18.3で体脂肪量10.9�圓世辰拭�
集合場所の横浜・天理ビル前に早めに到着。みるからに山男のような頼もしい男の添乗員に受付をすます。子供づれ、若い女の子3人組み、おばさん2人組など、32名の参加。天気は晴れ。そんなに寒くはない。Tシャツ一枚で充分。バスが到着したので、天理ビルの裏にバスに乗り込む。バス出入り口側の6列目。バスは横浜を7:15発。頼もしい添乗員、何と、今回で59回目の富士登山のようだ。「ミスター富士山」とも呼ばれているらしい。やはり、見た目通り。
バスは町田に向かい、町田で何人かを積み込み8:15発。改めて、添乗員はご挨拶。今回も某会社のツアーを利用するのだけど、その会社の本年第一回目の富士山登頂。その添乗員、今年も第一回目の富士山登頂(今年は4回の富士山登頂予定。その中には、お鉢めぐりも有り)。高速に乗り、少し渋滞。添乗員の登頂時の説明をする。毎回1割の人がリタイヤするらしい。今まで58回やって、パーフェクトの富士山登頂はないらしい。少しビビる。東名から見える富士山、あらためて登ると考えると、さすがに富士山はデカイ。9:54、御殿場で東名を降りる。富士山は頂上まではっきり見える。添乗員、7月になってこういう雲一つない富士山は初めてらしい。
10:12、わさびの郷にトイレ休憩をかねて寄る。わさびソフトを食べる。前、ここに来た時は、わさびの散歩道を通りながら、係員が説明をしてくれたのだが、富士山登頂の観光客にはやる気なさそう。

スバルラインをバスは走りながら、もっと詳しく登山の説明をする。高山病について、下山すれば気分は良くなるけど、仕方がない事だと言う。ヘモグロビンの関係で、生まれ持ったものだからと…。添乗員は高山病にはなったことがないらしいけど、高山病は、最初、頭の後ろが痛くなるらしい。そして、吐き気がして、しまいには、動けなくなるようだ。添乗員、70キロぐらいの男性を1時間30分も下山したらしい。添乗員の声が低いので、少しバス内は暗くなっていくような…
11:40、富士山五合目(標高2305m)にバスが到着。気温は20度。富士山の頂上には雲一つないので、集合写真も修整なしのようだ。勿論、デジカメでも撮る。オプションで幕の内弁当を頼んでいたので、登山者の休憩所の五合園レストハウスで食べる。
荷物の整理を3階の畳の部屋でする。ボストンバックは3階に置いて、リックに食料を詰め込む。意外にリックが重いような…
集合時間になり、1階前のたこ焼きの後ろ辺りに集合。添乗員、富士山専属のガイドを紹介する。東大生らしい。でも、中々、カッコいい若者のようだ。今日は歩程約5キロの登山。13:10頃、ガイドの掛け声「エイエイ」登山者達「オー」の後にスタート開始(あまりの元気に、周りの人達はビックリしたが)。乗客を誘導するガイド、最後方に添乗員の順番。五合目から六合目は、まず足慣らし。なだらかな下りでハイキング気分。歩きやすいので、オーバーペースになりやすいけど、押さえぎみに歩く。山中湖、河口湖を眺める。ガイドが言うには、酸素缶は使わない方が良いらしい。折角、高山に慣れた身体が元に戻るという。使うなら、呼吸の少なくなる寝る前の方が良いと。20分ぐらい歩くと、分かれ道。泉ヶ滝、ここからが本格的な登山が始まる。樹林帯の中を上ってゆく。ここで、脱落者か…。添乗員が立ち止まったおばさんを介抱?
13:40頃、最初の休憩。添乗員が中々追いついてこないので、ガイドが五合目に向かってゆく。どうやら、添乗員、おばさんを連れて五合目に戻っていったようだ。ガイド、休憩の時には、水をケチらずに、3、4口飲んだ方が良いと指示。深呼吸は立ち止まった都度した方が良いとも言っていた。
13:50、添乗員が戻ってこないけど、出発。樹林帯を抜け石畳。石畳を登り終えると、13:59、落石よけのシェルターを通る。

14:02、六合目(標高2390m)到着。六合目にある安全指導センターで、地図を貰う。添乗員から同じような地図を貰っていたけど、ありがたく貰う。トイレの横で休憩。休憩のたびにガイドが適切な指示をしてくれるのでありがたい。ガイドが「深呼吸」と言ったので、深呼吸をすると、トイレの臭いを思い切り吸ってしまう。

六合目、ジグザクの砂利道を登る。山側には落石よけの防護壁がある。六合目あたりに来ると空気が薄いのを実感。この最初の砂利道の途中で、妻が断念。急な砂利道、前に転んだので、気持ちが萎えたようだ。五合目に戻ると決心する妻。中々、潔い決断。こういう断念する決断というのは、簡単そうで、難しいんだよね。俺も一緒に戻ろうと思ったけど、妻が頂上を目指してというので、妻を六合目まで送る。実は、今回の富士山登頂には、一つの理由がある。友人の追悼の意味もあった。今年の夏に、その友人も富士山に行くと知ったんだけど、それが夏前に病気で亡くなってしまった。その友人が行こうと思っていた富士山に、自分達も追悼の意味で、代わりに登ろうとしていたから… 妻を六合目まで送って、妻には励まされて、再び、砂利道を登る。少し、早歩きで、何とか追いつく。この旅行で早くも妻は中国人の張さん(男)と友達になっていたようだけど… その張さんから、しきりと話しかけられる。「大丈夫」とか… よく話しをしてみれば、俺と妻の関係、友達と思っているような… 張さんに「友達じゃなくて、夫婦だよ」と言うけど、意味は通じていないような… 
休憩をしていると、添乗員、何とか追いつく。おばさんを五合目に送って、送ったと思ったら、妻に会って、妻も送って…と、二度も五合目に行ったようだ。走って追いついたようで… おばさんは帰ったようだけど、妻は五合目に宿泊する手続きがしてくれたようだ。
15:10、6合目の最後の休憩。花小屋の小屋の看板が見えるのだけど… 風が吹くと、砂が口に入っているような… 耳の中に砂が入っているのを感じる。

七合目(2700m)から八合目までは山小屋が多く、だいたい標高差50mくらいずつに山小屋がある。
15:00、七合目最初の小屋「花小屋」に着く。日の出館に向かっている途中に、ふと、花小屋の方を見ると、屋根に沢山の石、風で飛ばされないように屋根には石がいっぱい乗せてある。日の出館、 七合目トモエ館と通り過ぎる。
16:09頃、鎌岩館に到着。そこで休憩する。200円で持っている金剛棒に烙印をしてもらう。ポカリスエット500mlが400円と、徐々に物価が上がってゆく。
富士一館を過ぎ、16:40、鳥居荘に。鳥居の写真を撮ろうとするが、中々、難しい。
東洋館で750mlのアミノサブリを飲み切る。風も強くなる。
道は岩場になる。足が痛い。これが、スニーカーだったら、足を痛めていただろう。両脇に鎖があるが、つながっている柱はしっかり地面に刺さっているわけではないので、油断してつかむと大変な事になる。岩に手を使うと楽だが、出来れば金剛棒を使いたい。金剛棒を前の安定した岩を探してそこを突いて、それを支えて身体を持ち上げて上に上がる。腕力が要りそうだけど、俺にとってはその方がスイスイと進む。が、風が強いので、風に吹き飛ばれそうになる。強風が吹き、ヨタヨタなるおばさんを支えようとするけど、自力で、何とか持ちこたえたようだ。今度は俺の方が… 風にあおられて、俺の帽子が飛ぶ。登山道の1m下だったので、まずは金剛棒で帽子を押さえて、それからゆっくりと降りて帽子を取る。帽子をかぶっても、また飛ばれるのが嫌なので、帽子はかぶらなかった。
17:10、3000mの看板をデジカメで撮ろうとしたけど、強風でブレてしまう。何とか、階段を上れば太子館に。最期の階段はキツい。

17:30、八合目(3100m)の太子館に到着。そこで仮眠する事になる。「太子舘」と言う名は「聖徳太子が馬に乗り富士山に登った時に休憩した場所がちょうどこの場所であった事から由来しているらしい。
添乗員の点呼を取り、女だけのグループ、男女のグループ(夫婦など)、男だけのグループの順番に入ってゆく。29名の宿泊、3名がリタイヤ。後、1人は誰だったのだろうか?(全然、気がつかなかった)。靴を脱いだら、そこの人からビニール袋に靴を入れてもらえる。1階に事務所と食堂、2・3階が二段ベットの寝室。3階の寝床(俺の右隣りは添乗員らしい)で荷物の整理をして、一息ついた後、16:15頃に夕食。
夕食はカレーと今年からおかず付き(魚、肉団子、大学芋等)。しかも、食べる酸素5粒付き(ありがたく食べる)。ご飯を御代わりをする。太子舘のアンケートを全員に、そのかわりそれを書く時に使った太子舘のボールペンを貰えた。部屋に戻る時に、朝食用にジャムパンとレトルト食品(暖かい)のかま飯をもらう。
寝袋で16:40頃に就寝。少し頭が痛いような…
起床時間は、23:15。目覚めると、頭が痛い。もしかすと、高山病。添乗員から説明がある。風が強く(寝ていても風邪の音が聞こえてきた)、風速20m。突風で30m。もし出発して、上の小屋に避難する事は、満席のために出来ず、2時間出発を遅らせると。突風で体感温度も下がるため(1m吹くと1度下がる)、氷点下17度のまま立ち止まるのは危険だとも。俺、このまま中止になればと思う。そして、また就寝。

7月18日(日)
途中で起きると、少し吐き気も出てきて、これは完全に高山病。寝ている時に、鼻がつまりあまり呼吸が気でなかったようだ。
2時間後の、1:30前、添乗員が呼ばれる。どうやら、中止のようだ。ホッとする。風もさらに強くなり、風速33mらしい。他の某会社の添乗員の「100m走3秒の風が吹いている」に、添乗員が「そんな事は言わなくてもいいのに」と、馬鹿にしていたが… 4:30に出発するという。またまた、就寝。
4:30前に、ガサコソする音で目覚める。頭も相変わらず痛い。水を3口飲む。そういえば、酸素缶を吸わずにねてしまった事を後悔する。風はおさまったようだけど、雨が降っていると誰が言う。慌てて、カッパの準備。リック用のカッパが無いので、リックを背負ってカッパを着る。他のツアー会社の観光客が出てから、うちらのツアー客も部屋を出る。1階は、青のビニールシートを敷いて、どこでも靴が履けるようにしてあった。外を出ると明るくなっていた。雨は小降り。カッパを着てよかった。太子館の脇の広場にみんなは集まっていた。デジカメを鞄に入れたままにしておいた事を思いだし、カッパを脱いで、デジカメを取り出す。ふと、横を見ると、あの中国人の張さん、カッパを着ずに傘をさしているではないか… 大物というか、何というか… 点呼を取り、下山の時の諸注意を聞く。下山の時の方が怪我をしやすいと。ヘッドライトは必要の無い明るさ。でも、風があった時に、頭の上のカッパを押さえるゴム代わりにヘッドライトをつけたまま下山。
4:45、下山する。下山はひたすらジグザグ道。何か、雨に混じって少し白いモノが降ってきているような…雪だったのか… 少し歩くと、歩くコツをつかんだ。金剛棒を少し前に突いて、それで滑らないように身体を支えながら下るやり方。どうも説明が下手だけど… 徐々に周りが明るくなる。雨も上がる。5:46頃、七合目の環境省のトイレに到着。御来光か… 神々しい陽が下界に降り注ぐ。勿論、デジカメで撮る。遠くに雲の上に日光まで見える。
今までのようなジグザグ道は終わり、後は真っ直ぐ 六合目に降りていくだけ。途中三箇所シェルターがある。ガイドは、滑らないようにと細かい所まで注意を怠らない。
馬返しを通って、30分程歩くと六合目穴小屋に到着して、休憩。カッパを上だけ脱いで休んでいたら、おばさんからカロリーメイトを貰う。ありがたい。他の観光客は、ガイドの提案で急遽、佐藤小屋に向かう。俺は五合目に直接戻る。妻が心配…

六合目から昨日登った道を下ってゆく。シェルターを通り、20分ほど下ってから 最後の登り。ここで下を向いて登っていると「もう下ってきたのですか」と、これから登る人に声を掛けられたけど、疲れていたので無視してしまった。ふいに声をかけられたから…
7:00頃、5合目で、妻を捜す。まずは、登山者の休憩所の3階に行くが妻はいない。2階の食堂、1階のお土産屋。フロントで妻が泊まっているかと聞くと、別の所に泊まっているけど、今、その宿泊者をこっちに車で運んでいますというので、1階の前で何分も待つが中々こない。それらしきライトバンが着たので、妻が出てくるのを待つが、その車にもいない。もう一度、3階から2階、1階と探していないので、フロントに行き、係員に何か言おうとしたら、そのフロントの係員、食堂のバイトの女の子に怒っている。そして、少し経ったら、その偉そうな係員、運転手らしき人にも怒鳴っている。どうも喧嘩を吹っかけているのか、何か、恐いぞ。しまいには「富士山営業始まって以来の悪い出来事が起きました。リックが2つも盗まれてしまいました」と放送。その係員の放送みたいだけど… 恐いもの知らずの俺、その係員に妻の呼び出しをしてもらおうとしたら、何か俺を不審者と思っているような… 嫌々、放送してもらうけど「横浜の●●さん、お連れ様がフロントでお待ちです」と放送が流したのに、その係員、1階の前で待っていた方がいいよと。何で…
やっと、添乗員が帰ってきて、妻の居所もわかり安心して、3階の荷物を置いてある所に行くと、俺の荷物の横に妻の荷物まである。妻は本当に下山したのだろうか…と、不安になる。まあ、添乗員が知っているんだからと、安心して、荷物の整理するが、妻は荷物を取りにくるのだろうか? 集合時間の9時に近づいてくる。幸い、添乗員と会い、バスのところまで教えてもらい、駐車場まで歩いていく。妻が笑いながらいた。妻は民宿に泊まっており、渋滞だったので、途中で歩いてきたようだ。バスに乗り込む。今日は運転席側の6列目。

皆が集まり、バスは出発。が、スバルラインに向かう途中、路駐している車が多い為、渋滞。何て、マナーが悪い人が多いのだろうか。しかも、救急車まできたから、大変。道を空けるのに、バスの運転手がバスから降りて指示する始末。路駐していなかったら、こんな事もなかったろうに。富士山のゴミ問題のせいで、世界遺産の登録されないのも、残念だけど、それよりも、路駐のマナーを改善されない限り、ゴミ問題どころではないのでは…

まずは、11:00に河口湖温泉の野天風呂 天水。露天風呂じゃなくて、野天風呂に入るのだが、混んでいた。洗い場に三人づつは並んでいる。裸でボーッと男達が立って待っている姿が異様だけど… しかも、やっとあいた洗い場は、シャワーが出ない、水も出ないので、早くすませて、すぐに変わりたいのに、中々、終わらない。隣の人がシャワーを貸してくれたので、何とか洗うことが出来た。
12:00、そこで昼食。幕の内弁当。食べ終わってもまだ時間があったので、2階でマッサージして、畳の部屋でゴロゴロする。

和菓子の店、金多留満で買い物。

帰りは、談合坂でトイレ休憩して、町田に。帰りのバスの中では、隣に座っていた家族連れ(夫婦と中学2年と小学3年生と奥さんの父親の5人)とよく話す。今はご主人の仕事の関係で大阪で住んで、夏休み前に奥さんの実家にかえってきたそうだ。その夫婦達もジムに通っているので、話しが盛り上がる。横浜には17:20頃着。金剛棒を持って、京急に乗り、最寄り駅近くのケンタッキーで夕飯のチキンを買う妻を待っていると、おじさんから「それは富士山に登った棒ですか」と話しかけられた。
家に帰ってきて、体脂肪を測ってみると体脂肪率18.3で体脂肪量10.9�圈∩漢魁∧僂錣辰討い覆�った。結論としては、山は甘く見ない方がいいという事かな…
スナック菓子、太子館ではパンパンに膨れていたのだが、下山して家に帰ってみると、元通り。デジカメで膨れた写真を撮っておけば良かった。
翌日、足の筋肉痛どころか、どににも筋肉痛はなかった。これもジムのおかげなんだろうな…

2004年7月10日 ゴーゴー海の日ミステリーツアー日帰り編
7月10日(土)
今回のミステリーツアーのお楽しみポイントは12個もある。�^棒�えび1尾、�△気兇┌姥帖↓9�大な季節のお花○○畑へご案内、�い�花摘み体験・お土産付き、�イ△気衄喨枦�のご昼食、�Τい琉觚譱靴里翰漆�、��冷たい○○のデザート、�─�○の名水を使用したうどん・お酒の試飲・試食、����○○名産のお土産2点、��大海原を一望!絶景人気のスポットへご案内、��日本初!○○を見学の盛りだくさん。

7:50、バスは上大岡を出発。夏の日差しが暑い。運転席側の三番目。46人の参加、バスは満席。添乗員は男。少し白髪が目立つ。添乗員、高速の地図をコピーを座席に置いていくれていた。バスは、ベイブリッジを渡り東京方面に。「早速、地図の半分は、無駄になった」と添乗員は笑わせてくれる。中々、面白い、添乗員のようだ。集合場所に向かう途中で買った弁当を食べる。東京湾アクワトンネルを通る。

8:35、海ほたるの見学。バスから降りると風が気持ちがいい。多目的スペースまで降りる。アクアトンネルを掘削したカッターフェイス(14.14m)のモニュメントが意外に大きい。
9:15出発。メロンパンの試食。

9:30、アクアライン木更津金田料金所を降りて、7月11日にオープンしたばかりの花ほたるに行く。バスを降りて畑に。農協の人 が言うにはピークは過ぎているそうだ。余り綺麗なヒマワリは見られなかった。ヒマワリの花をデジカメで撮る。青空と、黄色いヒマワリ、中々、いいショットが撮れた。奥の畑まで歩き、ハサミをもらって、ヒマワリの花を摘む。入園料は賛助金として一人200円で、2本のヒマワリが摘み取れる。一本は小さいのを摘む。気に入ったのがあり、ハサミで茎を切ると、上の部分の葉が枯れていた。失敗。もう一本は失敗しないように気をつけながら選びながら歩く。大きいのを摘もうとすると、ミツバチがいて、追っ払おうとしたら、俺を襲いそうになる。慌てて逃げた。
10:05出発。君津インター出口で、添乗員はお昼のあさり弁当を積み込み、配布される。妻が早速食べ始める。俺は、もう少し我慢する。バスは一般道を走る。少し寝たら

9:56、ソムリエハウス酒匠の館に到着。バスを降りたら、前に上高地に行った時の鉄腕アトムの添乗員と会う。奇遇な再会に嬉しくなる。
館に入り、色々な酒の試飲をする。約200年の歴史を誇る銘酒の「東魁」や、にごり酒を試飲する。超辛口を小さなコップにガブガブト入れていたおっちゃんが、奥さんに「飲みすぎだよ」と怒られていた。清酒「東魁」は、様々な賞を受賞しているらしい。
鹿野山の名水で作ったうどんを試食。添乗員が言っていたが、酒屋がうどんを作るのも妙な取り合わせ。酒屋の店主は、色々なうどんを食べて、自ら美味しいうどんを作ったらしい。麺がシコシコしており、中々美味しい。
大吟醸入りのソフトクリームを買って食べる。
11:25出発。添乗員もゴルフに行くのに、よく使っている金谷港で、鋸山を紹介。

12:45、鴨川の潮騒市場に到着。店の中の大きな水槽には、おこぜが泳いでいた。会社のお土産を買う。
13:15出発。館山方面に向かう。バスに乗ると、添乗員、特典の一つ千葉名産の落花生を配る。

13:45、ローズマリー公園に到着。その中に、ローズマリーにまつわる台詞が劇中に多く使われたイギリスの劇作家ウイリアム・シェイクスピアの「シェイクスピア・カントリー・パーク」があるが、今回は、そういうものかあると気がつかずに、入らなかった。パンフレットを帰り間際に、貰ったので、失敗した。それでも、イギリスの村落広場を再現しているせいか、雰囲気は海外気分、異国情緒を満喫する。ローズマリー公園をゆっくり散策。ビートルズのイエスタディなどの曲の流れる中、ローズマリーガーデンの花を見る。左右対称で幾何学的な模様の伝統的な庭園。公園のベンチに座って、ゆっくりする。
バスに戻ると、バスの前にアトムの添乗員が、運転手と話していた。上高地の事を言ったが、あまり、覚えていないようだった。
14:25出発。またまた、寝ていたら妻に起こされる。千倉辺りで雨が降るが、到着する頃には、雨が上がる。

15:00、野島崎公園に。
まずは、厳島神社に行く。参拝して、おみくじを引く。俺は末吉、妻は吉だった。俺の書かれていたモノが、あまりよくなかったので、木に吊るした。
日本でつくられた最も古い洋式灯台の野島崎灯台(位置は北緯34度54分06秒、東経139度53分18秒、塗色・構造は白色 八角形 コンクリート造、レンズは第2等フレネル式、 灯質は閃白光で毎20秒に1閃光、光度は73万カンデラ、光達距離は17海里、明弧は254度から101度まで、灯塔高は29m、標高は38m)に向かう。設計技師はフランス人のヴェルニーらしい。300円(二人分)払って、灯台の中に入る。螺旋状の階段を上がり、二つの急な梯子階段を昇って展望台に。太平洋に向かって、何か叫びたくなる気分。
きらりん館を見学するけど、あんまり見所はなかった。珍しい灯台資料館らしいけど… すぐに出る。涼んだだけだったようだ。
遊歩道を歩く。潮の香りが風に乗ってくる。波も荒々しいようだ。歩いていると、裸婦像があった。が、顔と腕が無い。何か、夜見たら不気味のような… 少し小太りなんだけどね…
伝説の岩屋というのがあった。中の柵の中には、海神がいるんだけど、どう見てもタコのお化け。しかも、タコの前の貝殻にお金が入れば開運が出来ると言う。これは、賽銭稼ぎでは… 観光客のおじさんが、何が何でも入れてやると、手を伸ばして貝殻に向かって置こうとすると、後ろから、おそらくそのおじさんの息子らしい人から「ズルは駄目だよ」と言われる。おじさん、手を引っ込めて、正式に貝殻に向かって賽銭を投げるが、外れてしまう。しかも、50円玉だったらしい。お母さんらしき人から「(外れるのなら)5円玉だったら良かったのに」と言われてしまう。
新名所の朝日と陽の見える岬に行く。岩の上にベンチが置かれている。かなり岩を登るのに苦労しそうだけど、女の子も登っているので、俺も登る。妻も珍しく登ってきた。ベンチには、若いカップルが座っていたので、座れなかったが、ここが南房総白浜サンライズポイントで、絶景朝日と夕陽の見える岬らしい。中々、そのカップル達はベンチを譲ってくれそうも無いので、岩から妻が降りていったので、俺もついていった。
その岩近くにある「南房総と島最南端の地」の記念碑をデジカメで撮るが、上の部分の文字がはげているのか見難い。
大きな石があると思ったら、里見義実公上陸の地の記念碑だった。
16:00出発。

17:00、金谷フェリーそば「Bay Side Fresh Market Place」で夕食。海の磯御膳の夕食を食べていると、鉄腕アトムの添乗員をまたまた発見。観光客を夕食の場所まで案内していた。夕食は、量が少なかった。刺身が新鮮で美味しかったが…
17:50出発。18:26、木更津南から高速に乗る。

18:40、海ほたるでトイレ休憩。ここでも、鉄腕アトムの添乗員発見。俺がトイレからブラブラとバスに戻ろうとしている時に、その添乗員が乗るバスがやってきていた。こっちはミステリーだったけど、同じようなツアーだったかも…
18:55出発。20:00頃、上大岡に到着。本当は17:30頃に到着するはずだったのだが、鎌倉街道で渋滞してしまったのだ。

後日談として、特典のサザエは、団地でお世話になっている人にあげた。千葉産の落花生は妻の分までもらって、旅行記を書きながら食べた。ヒマワリは、家に帰ってくる頃には、葉もシワシワになっており…

2004年5月29日〜5月30日 上高地散策と戸隠高原・小布施 1泊2日編
5月29日(土)
朝、5時に目が覚める。昨日の飲み会で少し二日酔い。頭がボーッとする。
家を6:20頃、出る。天気は晴天。コンビニで弁当と牛乳を、オヤツを買う。
横浜に7:00頃着く。集合場所は天理ビル前。若い添乗員が会社の旗を持って、待っていた。妻がトイレに行っている間に、添乗員と少し話す。今日は32人の参加らしい。
7:30、バスが発車。席は運転席側の7番目。後ろの席は空いていた。色々と話す添乗員のようだ。お客さんは、行き先が上高地という事もあり、若い女性も目立つ。添乗員がアンケートする。「今回のご旅行で楽しみな観光地は?」と。上高地がほとんどで、小布施がいなくて、戸隠高原が数名といったところ…
8:30に足柄サービスエリアに到着。トイレ休憩して、8:45に出発。いつもなら、早起きしたので、バスの中で寝るのだが、今日は新聞読んだり、妻がゲームを持ってきていたので、パックマンをやったりして過ごす。
10:40に諏訪湖に到着。トイレをすませて、諏訪湖をデジカメで撮る。10:55に出発。お昼のお弁当を配られたので、早速、食べる。

上高地に12:30ぐらいに到着。上高地(長野県北西部、安曇村にある日本を代表する山岳景勝地。標高1490mの大正池から北へ横尾谷までの、幅500m、長さ約16kmの地域。穂高連峰・焼岳・六百山・長塀山などの高山にとりかこまれた盆地で、その中心を明神池・田代池・大正池をつらねて梓川が流れる。)散策する事になる。
最初に、大正池から。大正池ホテルから坂を下って行く。下る時に、上高地散策ガイドマップが置いてある箱を発見。セルフサービスで箱に100円料金を入れてマップを取る。この収益は上高地の施設維持管理や美化清掃に使われるらしい。
大正4年(1915年)焼岳噴火の泥流が梓川を堰き止めて出来た池(湖面1490m、深さ4m)の大正池。黄緑の大正池と焼岳の山頂がどんよりと雲が掛かっていたけど、素晴らしい景観。池面に焼岳が映るのだが、静かな池面に、この世とも思えない緑の池。添乗員から言われるままに、ツアー客全員で集合写真撮影。標高1500m<なので、写真代は1500円らしい。カメラマンの説明が長く、やっと撮影が終わり、大正池をデジカメで撮る。水が透き通っており綺麗。古木がポッンと何本か立っており、良いアクセントになっている。
大正池から河童橋に向かって歩いていく。自然研究路という、歩行者専用の遊歩道、ほぼ平坦で歩きすく、所々に解説の看板がある。森林浴しながら木道を歩く。木道の下の水は透き通り、飲めそうな感じ。
千丈沢では、大雨のたびに中沢丈沢上流から土砂が大正池に流れ込み「千丈沢」の看板が1m以上地面に埋まっている。隣りには、新しい看板が立てられている。
時折、古木が倒れている道を歩き、地面がぬかるんでいる田代湿原を見ながら、田代池(霞沢岳から流れ出した伏流水が水源となってできた池。池は浅く底まで見える澄んだ水の中にはイワナやカワマスが泳ぐ)に行く。デジカメで撮っていると、添乗員がやってきて、妻と写真を撮ってもらう。中々、気が利く添乗員。元の道に戻る途中に、白い花が咲いていた木があった。白花シャクナゲだったと思う。
田代池から田代橋に向かう時に、梓川の流れと焼岳を眺めながら進む「梓川コース」と森林浴しながら木道を歩く「林間コース」の2コースがある。俺達は林間コースを歩く。二つに伸びている狭い木道を歩いてゆく。古木が枯れて倒れていたので、デジカメで撮ろうとしていたら、後ろから歩いてくる人にぶつかりそうになる。ウグイスのホーホケキョの鳴き声が聞こえた。
上高地の植物群落は、シラカバ・ハルニレなどを主とした山地帯葉広葉樹林と、シラビソ・コメツガ等の亜高山地帯常針葉樹林が混在して分布している。
田代橋を渡る。梓川の流れが岩にぶつかるように急流になっていた。水も綺麗なので、川遊びをしたくなるような…
田代橋、穂高橋と渡ってゆく。狭い霞沢橋を渡り、上高地温泉ホテルに。妻がジュースを買っていたので、自分も買う。歩きながら飲むそうだ。ホテルの前、梓川の向こうにまだ少し残雪のある六百山、三本槍、霞沢岳と見える。残念なのは、雲がかかり山頂部分が見えない。少し青空が見えているのだが… 徐々に天気が良くなっているような…
また森林浴を楽しみながら歩く。ウエストン碑の前に立つ。日本アルプスを世界に紹介したイギリス人宣教師、ウォルター・ウエストンのレリーフである。何か岩壁にメダルを貼ったような感じ。妻は素通りするぐらい、あっけない碑だった。
より緑の深い緑の木々の間を抜けてゆく。絵の具の中を歩くような気分。目に優しい。シラカンバとダケカンバの植物の説明の看板があるが、植物に疎い俺としては、違いがわからない。梓川の川辺に降りてみる。水が本当に綺麗。マガモの雄が川辺の石で休んでいた。
河童橋に着く。河童橋(幅3.6m・長さ30m)は梓川に懸かる木製のつり橋、上高地のシンボル的存在。河童橋の名前は芥川龍之介の小説「河童」に由来するという。橋の上から上流をのぞめば、山頂は雲がかかっているが穂高連峰が眼前に迫り、雄大な景色が一望でき、下流をふりかえれば、はるかに焼岳を望む。梓川両岸の緑が活きづいている。
五千尺ホテルで俺はトイレを借りたのだが、少し時間が経過して、妻が借りに行くと断られる。チップ制のトイレを使ってくれという。
手作りケーキを買って食べる。けっこう美味しかった。
添乗員がバスの中で教えてくれたのだが、上高地のホームページに毎日掲載される河童橋のライブカメラの写真、15時頃に撮影されるらしい。添乗員、写りたいらしく、皆を誘っていたのだが… 15時少し前、添乗員、橋の上で立っていたので、妻と一緒にそばに寄り添乗員と撮影をされるのを待つ。少し時間がずれるらしく、いつ撮られるかわからないらしい。ただ、15時前後らしいけど。5分前から一緒に撮影を待つ。そうすると、どんどんツアー客が集まってきる。他の観光客、五千尺ホテルの上を見上げるツアー客を見て、何と思ったのだろうか… あまり、15時こういう風に撮影されるのは有名ではないらしい。UFOを待っているような感じに見えているかも。ピースサインをしても、いつ撮られるか、わからないので、長時間、ピースサインをするのも恥ずかしい。添乗員が後ろの人と何か話そうとした時に、カメラが光ったという人が。俺も少し目を離した時だったので、光ったかどうかはわからない。添乗員、一番楽しみにしていたのに、後ろ向きに撮られたかも…

バスは北志賀高原に向かう。一度、梓川でトイレ休憩して、竜王プリンスホテルに。18:00過ぎに到着。
19:00からの夕食は信州味噌仕立ての寄せ鍋と信州そば・野沢菜。雰囲気の良い学食みたいなところ。少しパサパサのご飯だか、お腹が空いていたのでお代わり3杯する。
疲れていたので、早めに熟睡。

5月30日(日)
朝、5:30に目が覚める。大浴場の「アルプスの湯」に入りに行く。残念ながら温泉ではない。朝早くから、数人の人が入りにきていた。朝食は温泉玉子、海苔などの簡単なもの。量が足りないので、ご飯3杯、お代わりする。窓から見える空は、青空。今日は50%雨だという話しだったのに、曇りならOKだと思っていたのに、晴れているとは… 気持ちよく散歩している人達がいた。

ホテルを8:00に出る。オプションで早朝からロープウェイで行く竜王山頂湿原(全長365m、木道263m、歩道102m、湿原1ha)を予約(1200円)していたので、参加する(水芭蕉まつりをやっているそうだ。昨日同じツアーバスに同行している添乗員に聞くと、水芭蕉は綺麗に咲いているようだ)。ボランティアのガイドが案内してくれる。
バスに乗り込もうとすると、バスのミラーに昨日から添乗員が目印にしていた人形が紙を持っていた。紙には『おはようございます。本日の気温は28度。降水確率20〜30%』と書かれていた。席は、出入り口側の二番目。バスはロープウェイ乗り場までゆっくりと上がって行く。28人の参加。すぐにロープウェイ乗り場に到着。バスは一番乗り。他にツアーバス5台くるらしい。
166人乗りの世界最大級のロープウェイに乗る。前に並んでいたので座れる。前側に乗ったので高さまを感じる事が出来なかった。1770mの山麓を8分で昇る。降り口から山を見ると、晴れているので眺めが良い。妙高山、火打山、北アルプスの山々などが綺麗に見える。
男のガイドと先頭隊で湿原に向かう。妻はゆっくりと歩くそうなので、妻をおいて行く。一番後ろから歩いていると、前にいたおばさんが振り向いてきて、話しかけてきた。俺の事をガイドと思ったらしい。俺は、少しびっくりする。狭い山道を歩いてゆく。鹿児島の近所の山の感じに思えてきた。昔は、こうやってて、山を登った記憶が蘇える。小さな木の看板の道しるべがある。16分の4と書いてあるので、後、どれくらい登れば良いか、わかりやすい。16分8、半分まてきたところに熊対策に、鈴がある。鳴らせば熊は近づかないそうだ。皆が休憩をとっている間に、皆を追い越す。カッコウの鳴き声が聞こえる。おばさんも先を急いでいた。そのおばさんを追い越して、先頭となる。前に熊がいたら、どうしょうか。20分ぐらい歩き、湿原に。ガイドさんを広場で待つと、数分ほどで皆とやってくる。
水芭蕉をガイドに連れられて見学。水芭蕉、白い花びらのように見えるのは、実は葉が変形したもので、水芭蕉の花は内側の円柱状の部分に多数ついている小さなもの。花が咲き終わると本格的に葉が伸び始め、大きな株であれば葉が1m近くになるものがあるようだ。水芭蕉の通に言わせれば、こういった斜面に咲く水芭蕉は珍しいようだ。水芭蕉は熊の下剤に使っているので、熊も時々くるそうだ。ショウジョウバカナ、コバイケイソウも咲いていた。花の名前を徐々に覚えてゆく。小さな小川に咲き乱れる水芭蕉が綺麗。小川のせせらぎを聞きながら観賞する。ガイドに質問したお客さんがいた。が、「水芭蕉は何科でしょうか」の質問に答えられない。専門のガイドじゃないと言っていたが…
広場に戻ると妻も登ってきていた。数日前に、足に出来たマメが潰れたわりには、頑張ったようだ。でも、さすがに、水芭蕉観賞までは出来そうもないようだ。妻は、俺にデジカメを託して、俺は二周目。一番後ろからの見学。前には、添乗員がいた。添乗員、携帯で水芭蕉をとっていた。違うガイドだったので、少し説明も違う。サンショウウオの卵を教えてくれた。クズモチのような感じ。少し大きい。貴重な卵を見た。
広場に戻り、ロープウェイの乗り場に向かう。帰りは、ゲレンゲの方から帰る。なだらかな下りだけど、最後に急な登り坂がある。途中、岩を少し降りると、小川が流れており、竹筒から流れてくる水は飲めるらしい。妻のペットボトルに水をくんであげる。
ロープウェイの乗り場近くにラブツリーという縁結びの木(竜王の山奥に住む山の妖精マクンと水の妖精ケスリが、 恋に落ちたが、種族の違いを理由に人々が二人を引き離そうとした。けれど二人の愛は、強く互いの体を絡み合わせたまま木に姿を変えてしまった。それを見た神が二人を哀れに思い、人々に竜王の山頂に祀らせ 永遠に二人の愛が続く様願いを叶えた。現在、その木はラブツリーと呼ばれ、その木の前で二人で願うと永遠に二人の愛が 続くと言われている)があった。岩の上にラブツリーがあったので、ロッククライムのように岩をよじ登る。妻は上れないので、一人で願う。永遠の愛になるだろうか…

ロープウェイで下り、オプションに参加しなかった人を迎えにホテルに。ホテルの売店で大きなガム信州限定ブルーベリーガムを買う。10:25に出発。
30分ぐらいで、馬さしの里ビアンテ信州中野店に。珍しい地ビール、ゴールデンエールがあったので買う。国際ビール大賞の金賞受賞らしい。バスの中でお弁当を食べる。

バスは、老舗の栗菓子屋が軒を連ねている小布施(葛飾北斎ゆかりの地)に。早目に到着したので、たっぷり90分の観光。バスを降りてすぐ、北斎館・高井鴻山記念館・小布施ミュージアムの三館共通券1000円を買う。
まずは、北斎館(昭和51年11月に開館し、自ら「画狂人」と号した絵師・葛飾北斎が小布施滞在中に描いた掛け軸や額装、屏風などの肉筆画40余点のほか、別館には2台の祭屋台を常設展示して、北斎の画業を広く観覧できる)に行く。前に見たので、すぐに見学が終わる。
少し歩き、高井鴻山記念館(第1展示室の文庫蔵は、鴻山の書斎に接し、文庫蔵として万巻の書物が満たされていたといわれ、鴻山揮毫の幟旗、珍しい竹製の一絃琴や鴻山の書画・印章などを展示。第2展示室の屋台庫は、北斎の下絵をもとに鴻山が描いた極彩色の四曲屏風「象と唐人図」や、岩松院の鳳凰図など、北斎の描いた原画を展示。第3展示室の穀蔵には鴻山の晩年の作品である妖怪図を展示。手入れの行き届いた美しい庭も見所)に。文庫蔵から見る。靴を脱いでゆう然楼に。北斎をはじめ、訪れる文人墨客や幕末志士と語り合ったところらしく、急難時に脱出することのできる抜け穴があった。勿論、デジカメで撮るけど、そんなに暗闇は映らない。妻が二階に上がっていたので、ついてゆく。鴻山愛用の火鉢があった。この火鉢を挟んで佐久間象山と激論をかわしたらしい。二階にも、押入れに逃げ穴がある。相当、危険だったようだ。命がけで幕末の偉人は鴻山に会いにきたのだろうか…
そして、迷いそうになったが、少し歩き、おぶせミュージアム・中島千波館(中島千波館は、戦後派日本画家のトップランナーの一人中島千波の常設館で、中島千波は桜や牡丹などに代表されるみずみずしい華やかな花の作品、社会性、宗教性に富む人物画の大作、そして装丁画や挿絵などの幅広い活動で知られ、現代日本画を代表する作家の一人として高く評価されている。約700点を収蔵。おぶせミュージアムには、開館以来「郷土の作家シリーズ」として、地域ゆかりの作家を取り上げており、今回、シリーズ第9回として、北信濃を拠点に現在活躍している油絵画家、碓田順彦、浦野吉人、神林茂、駒村久彌、鈴木武樹、土屋貢、山田晃、7人の作品を紹介している)に。入り口の唇のモニュメントが斬新で面白かった。最初、中島千波って人物、なぜか名前からして女性かと思っていたが、人物の写真を見て、驚いた。おじさんだった。館内は桜の絵が多い。坪井の枝垂桜は見事。正直、あんまり絵には興味はないのだが、せっかく来たので、無理やり見て回ったと言う感じ。郷土の作家シリーズのコーナーに行くと、神林茂の仮面をつけた人たちの中の難民の子供の絵に、ある種の皮肉さに感動。館内を見終わり、外に出ようとしたら、受付の人から「屋台蔵がありますから、左に行ってください」と言われる。そして、江戸時代から明治初期にかけて作られた祭り屋台や町の文化財を展示してある屋台蔵を見る。
かなり、暑くなってきた。贅沢にも雨が欲しいと思ってしまう。
おぶせ庵でソフトクリームを買う。某ツアー会社のお客さんには、トリプルでも300円にしてくれると添乗員がいっていたので、買うのだが、味噌のソフトが美味しかった。13:00に出発。

戸隠森林植物園にバスは到着。しかし、俺達は、すぐ近くの戸隠民俗館・忍法カラクリ屋敷・戸隠流忍法資料館に向かう。添乗員も行く予定だと言っていたので…
まずは、戸隠民俗館に。江戸時代の穀倉を復元した館内には、戸隠の伝統的な風土と生活を受け継ぐ民具2000点を展示。誰もいない事を良い事に、バチバチとデジカメで撮りまくる。
戸隠流忍法資料館(忍具500点、実技の写真パネル200点他展示)を見学する。戸隠流忍法の工夫された独自の武器が数多く展示されていた。面白かったのは、忍術を行う忍者の写真。水団の術などの白黒写真でずらりと写真パネルが並べられているけど、どうしても色々と突っ込みを入れたくなる写真が多い。かなり、見ていて面白かった。
水車を見つつ、メインの忍者カラクリ屋敷に向かう。ここは、忍者部屋から階段・迷路を通り抜け、奥座敷までたどりつけるかどうのカラクリ屋敷。妻と中に入ると、いきなりのニセ階段、妻はかなり、驚いていた。戸を引いたり。戸を上げたり、壁の一部が回転したりと中々、本格的。俺が、床の間が戸になっている部屋に入ろうとすると、別の戸から汗をかいてゼイゼイしている中年のお父さんと子供が出てくる。何だろうと思ってその戸を開けて入ってみると… ズルズルと畳から滑ってしまう。斜めになっているようだ。しかも、見た目よりも、かなり斜め。元の扉に行こうとしても全速力で走ろうとしても駄目。人にぶつかりそうになり、下の壁に激突してしまう。大人でも立っているのが、やっと。やっと、その部屋を脱出する。いろりの部屋はかなり迷ったけど、まさか… その下に抜け穴が… そして、観音様あり、それを拝んでいると、その下から人が出てきたのには驚いた。その下の戸から入り、後は、どう迷ったか… やっと、出られた。大人でもかなり楽しめる。
後で、添乗員も出てきたのだが、添乗員は牢屋に閉じ込められたと言っていたけど、そういうカラクリもあったようだ。俺達は経験しなかったけど。
外に出て、 びっくり堂に入る。ゆらゆら揺れているのだ。らせん階段は揺れていないけど、二階にあがると、気持ち悪くなるくらい揺れてしまう。
アスレチックのような吊橋を妻と渡る。足元が揺れるので、スリルを感じる。
手裏剣道場は150円で7枚、5枚当たると景品のウチワがもらえると言う。俺と妻も挑戦するが駄目。俺、最後にコツをつかみ、最後の2枚は連続して的に当たったけど…

まだ時間が合ったので、戸隠森林植物園を散策する。ニリンソウ、コバイケイソウ、水芭蕉、リュウキンカと咲いていた。カッコウやホトトスギスなどの鳥の鳴き声も聞こえて、もう少し歩きたい所だ。それで、もう少し、歩こうとしたら、同じツアー客の夫婦から「もう時間だよ」と言われて、駐車場まで戻る事にした。
16:40、東部湯の丸でトイレ休憩。16:55に出発。お弁当を配られたので食べる。添乗員から「美味しいですか」と聞かれたので、「美味しい」と言うと「笹団子が美味しいよ。最後にデザートに食べてくださいと」と言われる。
18:42に三芳でトイレ休憩。弁当を食べたけど、腹が空いたので、黒豚のシューマイ、コロッケを買って食べる。19:00出発。
添乗員、実は四月から添乗員を初めて、宿泊は二回目らしい。新米のわりには、気がきいて頑張っていたような。そして、人形にも、秘密があり、スカートをめくると添乗した分だけバッチをつけているようだ。添乗員、最後の挨拶で「今度、旅行先などで会ったら声を掛けてください。そして、人形のスカートをめくって、沢山増えた事を確認してください」と言っていた。また、会いたい添乗員だった。20:20、そんなに渋滞もなかったのでスムーズに横浜に到着。

帰ってから、上高地のホームページで確認すると、15:02に撮影されていたらしく、デマに騙されて、解散した後に撮影されたようだ。

2004年5月2日〜5月3日 永平寺・東尋坊・兼六園・福井温泉と越前・加賀路1泊2日編
5月2日(日)
朝、4:00に目が覚める。集合が早いので、5:20に家を出る。慌てて家を出たので、長袖一枚。少し肌寒い。天気は曇り。駅に向う途中で、いつものように、コンビニで朝食の弁当とオヤツを買う。6:15頃、受け付けをすませる。添乗員、てきぱきと仕事をこなしそうな女性だった。6:30、横浜そごう第一駐車場発。席は運転席側の2番目。

町田に立ち寄る。少し早目に町田に到着。珍しく駐車場に止める。沢山のバスがとまっており、トイレも並んでいた。7:45発。

9:35、富士川でトイレ休憩。カリーパンを買って食べる。9:50、バスは発車。雲が多く、富士山を見逃す。駿河湾は波が荒れていた。
12:00、上郷でトイレ休憩。昼のお弁当を買う。12:00出発。
ゴールデンウィークで、かなりの渋滞が予想されていたが、スムーズに進む。小牧で20キロ渋滞も、気がついたら通り抜けていた。と、言うのも、今回、バスの中では寝ている時間が多かったような…
目が覚めると、もう福井。南条でトイレ休憩。14:30に出発。

永平寺、日本曹洞宗の総本山として700年余りの歴史を持つ。龍門を一歩くぐるとそこはたちまち禅の世界。うっそうと茂る樹齢600年の杉並木のせいか、夏でもひんやりとした静けさが漂い、荘厳な雰囲気を醸し出している。33万�屬旅�大な境内には、山門、法堂、仏殿、僧堂、庫院、浴室、東司の七堂伽藍をはじめ、70余りの堂宇が並んでいる
バスはお土産屋の駐車場にとめて、添乗員に連れられて(ツアーの旗の上には鉄腕アトムのヌイグルミがつけられていたので、かなり目立つ)、緑色の木々の間を抜けて永平寺に。最初に、吉祥閣で、修行僧らしき人から永平寺の説明や参拝の注意事項を聞く。「永平寺の参拝中は、観光気分を捨てて下さい」と言われると…
絵天井が綺麗な傘松閣では、天井を写真を撮っている人達が多くいた。天井の枠ごとに、著名な作家が230枚の花や鳥を中心に描かれている。
承陽殿は、かなりの行列が出来ていたので、諦めた。
法堂で参拝する。外の景色が綺麗だった。緑の木々に、古風な建物。心が洗われていくようだ。
大庫院(台所など)では、「大すりこぎ」が掛かっていた。誰が詠ったのか「身をけずり 人につくさん すりこぎの その味知れる 人ぞとおとし」と詠われ、この「大すりこぎを撫でる」と料理が上手になると言われている。皆、料理が上手くなりたいのか撫ぜていたが…
仏殿の中を写真を撮ろうとしたら、修行僧の人が掃除をしていたので、撮れなかった。一人の修行僧が、観光客の夫婦と話していた。俺も誰かに話そうとしたんだけど、皆、真剣だったね。厳しい修行が厳格な顔を作っているような…
山門を通る。山門から見る杉も、心が洗われるような…
永平寺を入る前と、入った後では、気持ちの変化が起きたような… 身が引き締まってきた。流石、修行のお寺と言われるだけの事がある…

4:10、永平寺を出発。福井温泉に。APAホテル福井片町に。今日の工程は、ゴールデンウィークにもかかわらず、スムーズにバスが進み、早目にホテルに。
早速、風呂に入る。天然温泉サウナ アパスパ。アルカリ性単純温泉で、効能は神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・ 関節のこわばり・くじき・痔症等。露天風呂でゆっくりと浸かった。
サザエさんを見て、元祖ソースカツ丼の店のヨーロッパ軒総本店に行く。前に四、五組の行列ができていたけど、折角、ホテル側の推薦なので並ぶ事にする。俺達が並びだすと、気がつくと、後ろには20人ぐらい並んでいた。けっこう有名店らしい。店は安いぽい店のようだけど、味は老舗の味。けっこう珍しいソースカツ丼だった。カツ丼セットが来る前に、あだち充のタッチを読んだけど…
お酒を飲みたくなり、『ろばた焼き 弥吉』に行く。妻は、サンマ、アジの焼き物、ホタテのバター焼き、俺はマグロの造り、ワタリガニの唐揚げ(思ったよりツマミとしては最高)を食べた。居酒屋に、テレビがあり巨人戦をやっており、時間が経つにしたがって試合経過が気になりだす。ローズのホームランの時は、「やったー」と叫んでしまった。福島県は巨人ファンが多いようで(店員の一人は巨人を応援していた)良かった。

5月3日(月)
6:00前に目が覚める。7:00、朝食はバイキング。狭い場所だったので、少し並ぶ。8:00、APAホテル福井片町を出る。晴れており天気も良い。気温もそんなに寒くない。妻は半袖シャツ。席は、運転席側の後ろから二番目。

最初の観光地は、東尋坊。天然記念物にも指定されている東尋坊は北陸一の絶景地。壁を連ねたような柱状節理の岩柱を日本海の荒波が容赦なく洗う姿は壮絶。断崖絶壁が約1kmにわたり続いている。東尋坊という地名の由来は、勝山の平泉寺にいた横着な僧、東尋坊がこの断崖から墜死したことによるという。北の沖合には地元で「神の島」とよばれる輝石安山岩の雄島(おしま)が浮かび、暖帯性樹林のヤブニッケイやタブの大木が繁茂する。
観光船に乗る。大人1100円。船内では紹介テープと運転手の話しがあり、楽しめる。が、船がかなり揺れるので、気持ち悪くなりそう。大きく揺れるたびに、船内に悲鳴が… 最初に、江ノ島のように橋の架かった雄島の後側に向かう。雄島には遊歩道があり一周出来るようだ。たけのこ岩に釣り人がいた。船が揺れるので写真が撮りづらい。そして、弁慶の隠れ穴などを紹介する運転手の説明を聞きながら船は進む。有名な大池に観光船は入っていった。絶壁から跳ね返る風を計算し、船の揺れを出来るだけ少なくする。コースの浅瀬を把握して避けて縫うように絶壁沿いを走っていく。大池、絶壁の高さが海面から25m、水深17mに及ぶ岸壁を望む。迫力ある岩肌、海上からの景観はダイナミック。ここで、去年30人が自殺したらしい。後ろから見たら、ライオンの後ろ姿に見えるライオン岩(案内する運転手、必死に「ここ、ここ」とライオンが見えるポイントを強調する)を説明。ローソク岩も珍岩だった。釣り人が釣りしている軍艦岩は、絶好の釣りポイントらしい。約30分ぐらいの乗船だった。波が来るタイミングが長年の勘で、わかっているのか「右側の人は窓を開けてもいいですよ」と、波しぶきが船内に入らないように気を使ってもらった。ありがとうございます。
船を降りると、まだ時間があったので、大池の上に行く。足場が悪く上に、自殺の名所と言われると、どうしてもヨタヨタ歩き。手すりやロープなどは一切無いので大池の上まで行くのに少し勇気が入る。東尋坊から海を覗き込むと、何だが吸い込まれそうな感覚に足がすくんでしまう。下を覗き込んだ時に、もしバランスを崩したらどうなるのか?と、恐ろしい事を考えてしまった。何とか大池の上からの写真を撮る事に成功。9:40に出発。

九谷満月に到着。北陸石川県の特産品、九谷焼の専門店、展示数10万点、総額10億円、北陸最大の九谷焼窯元。あまり、興味がなかったので、ブラブラと店内を歩き回る。売れ筋商品は、しょうゆさしらしい。人間国宝 徳田八十吉の作品展をやっていた。11:00出発。

加賀能登海産物センター、日本海で採れた新鮮な幸(鮮魚・一夜干・乾物・珍味等)豊富に北陸でしか手に入らない物なども豊富に安く販売している。
買い物。11:45出発。

兼六園、日本三名園のひとつ。兼六園は北陸の小京都・金沢きっての見所。国指定の特別名勝。面積は10万741�屐7麩傘爐箸いμ震召蓮∩暗沈胴�の希望により松平定信が命名。名勝としての6条件「宏大、幽邃、人力、蒼古、水泉、眺望」をかねそなえるという意味。庭園は江戸時代の代表的な池泉回遊式でシンボルともいえる灯篭をはじめ、霞ヶ池、瓢池、曲水、築山が見事に配される。春の桜に、秋の風物詩雪吊りと、四季折々に美しい景観を楽しめる。今はカツキツバタが見ごろ。
兼見御亭で昼食。甘エビ、ソバ、テンプラなどの定食。
食べ終わってから、添乗員に連れられて兼六園に。面白いガイド(テレビに出た事があるらしい)に連れられて園内を歩く。「この道2004年、新人で入ったけれども、今では、後輩ばかり。若いガイドさんについて行かないように」と、最初から飛ばすガイド。小立野(裏手の方)から入る。花見橋を渡り、兼六園の名物のひとつの根上松を見る。13代藩主が稚松を高い盛土にお手植えし徐々に土を除いて根をあらわにしたものと伝えられている。そして菊桜を見る。かろうじて咲いていた。一つの花の花弁の数が300枚越えるらしい。しかも、花の色も三色に変わるようだ。ガイドの明治記念之標(日本武尊像で、日本で最初に建てられた銅像)の説明が面白かった。あまりにも立っている年月が長く、足にヒビが入り、富山県で三年も入院。何億も入院費がかかったので、顔も蒼くなったらしい。冬の風物詩・雪吊りので有名な唐崎松を見て、虹橋横の徽軫灯籠を見る。徽軫灯籠(脚の部分が二股になっているのが珍しいらしい)は兼六園のシンボルなので、多くの人が写真を撮っていた。螺旋状に登り路が作ってあることから名前がつけられた「さざえ山」を通り、成巽閣の辺りでガイドの説明が終わった。面白いガイドさん、30分喋る予定が、45分も話していた。14:15に出発。

北陸自動車道を富山の方に走り、16:05名立谷浜でトイレ休憩。16:20出発。
長岡から関越道に。長い関越トンネルを18:04に抜ける。今のところ、渋滞知らず。18:25赤城高原でトイレ休憩。18:40出発。
ここを出ると前橋まで18キロ渋滞。渋滞中に夕食の弁当を二個食べる。幕の内とカニスシ。前橋、19:20に過ぎる。徐々に渋滞が解消。が、19:37、高崎を過ぎた辺りで事故渋滞か。20:12、本庄児玉で、少しは車が流れるようになる。20:31、花園。後、2キロ10分で渋滞が終わるようだ。20:55、高坂で最後のトイレ休憩。21:10出発。
バスはスムーズに進み、鶴ヶ島から首都圏中央連絡自動車道に。21:32、日の出を過ぎる。八王子バイパスから22:30に町田。
そして、23:05横浜に。
今回、渋滞時間も最高記録だったかも。そして、バスの走行時間も凄い。東名で愛知方面に向かい、北陸自動車道で福井まで。福井で一泊して、金沢に向って、帰りは北陸自動車道で長岡まで行き、関越自動車道で関東に。さすがに、バスに乗り疲れた。かなり大型のバスだったので、ゆとりがあったのが幸いだった。

 
2004年4月11日 桜満開ミステリーツアー日帰り編
4月11日(日)
昨日まで、横浜・ソゴウ駐車場だと思っていたのだが、妻がツアー会社から確認の電話を受け取り、聞いてみると上大岡出発だった。危なく間違えて行けなくなるところだった。

7:10、家を出る。気候は暖かく、天気も良い。コンビニで朝食の弁当を買う。7:35受付をすませる。

7:40出発。今回はバスガイド案内付き。最近、日帰り等でバスガイドがつかないツアーが多かったか、今回はそれが一つの目玉になっている。席は運転席側の8番目。バスは、高速に乗り、横浜マリンタワーを通り過ぎ、川崎市に。多摩川トンネルを抜けて羽田に。どこに向かっているのだろうか。淡々と喋るバスガイド、一言メモのようにガイドする。築地、日本橋を通り、首都高・池袋線に入り、池袋に。サンシャインを通り、板橋、荒川を渡り、埼玉県戸田市に。高速で珍しい信号機があるところから大泉方面に。関越道に入り、所沢。
9:00三芳でトイレ休憩。9:20出発。
今年は桜の開花が早く、しかも咲いている時期も長い。バスは川越から、東松山市、花園に。花園の出口は、かなり車が渋滞。桜の名所の長瀞への渋滞だろう。埼玉方面に向かっている頃から楽しみに予想していた長瀞には向かわずに渋滞をしり目に通り過ぎる。埼玉県本庄から群馬県に。
10:00上里でトイレ休憩。お昼のお弁当の積み込みの為も兼ねている。カレーパンを買う。
10:20出発。一時間ぐらい走るらしいけど、さてどこだろう。バスは高崎、前橋(菜の花が黄色い絨毯を引いたように綺麗)を走る。横浜市の桜は散ったようだが、この辺りは満開のようだ。民家の周囲に咲くしだれ桜が綺麗。赤城インターでバスは高速を降りる。「歓迎アテネオリンピック女子柔道強化合宿」という昇りがあった。ヤワラちゃんもきているのだろうか。一般道にも桜が咲いている。「きれい」という声が上がる。目的地に近づくにつれて桜も多く見られるような。

最初の目的地は、赤城南面千本桜。樹齢50年余りのソメイヨシノが、村道の両側約2Kmにわたり植えられており、満開時には見事な桜のトンネルとなる。
しかし、千本桜まで着くのに、かなりの渋滞。バス内で弁当を食べる。弁当を食べ終わってからも渋滞が続く。バスは5分止まり、少し走るとまた5分止まるというイライラ走行。赤城インターを降りたのが、11時頃だったか、それから少し走って渋滞だったので1時間30分ぐらい花見渋滞という事になる。トイレに行きたがるおじいちゃんがバスから降りられず可哀想だった。二度も、添乗員に訴えていたが、トイレをする場所がないのか、バスを安全に止められる場所が無いのか、却下されていた。妻もイライラしている。歩いた方が早いかも。ついに添乗員も、目的地まで、あと500mのところで歩いて行く事になるが、結局、ノロノロとバスは進み出し、大型駐車場に。意外に、大型用駐車場はバスが一台だけ停まっているだけで空いていた。
赤城南面千本桜、13:10到着。早速、桜並木を散策。満開の桜、永遠と続きそうな桜並木。露店が並び、時折、風に吹かれて桜の花びらが飛び散る。舞台では、優雅に踊っているし、桜祭りを楽しむ。こうして、ゆっくりしていると、日頃のストレスも忘れそうだ。しばらく妻と歩き、引き返す。帰りに露店でチューハイを買って歩きながら飲む。少し酔ってしまった。

14:00出発。バスは対抗車線で千本桜に向かう渋滞を見ながらスイスイと走る。赤城山の麓を走り、利根川を渡り、渋川市。全く、どこに向かっているの分からない。353線を走っているようだけど…。小野上村まできた。15:25、吾妻川の河川敷に咲く桜を鑑賞。川から吹く爽やかな風が気持ちいい。小野上村温泉センターが近くにあった。

15:50出発。バスは伊香保温泉を通り、上州物産館に。腹が減っているので、ドラヤキを買う。しかも2個。物産館の横に咲いていた桜も綺麗だった。

16:35出発。バスは水沢観音に。赤城千本桜に向かう時に渋滞に巻き込まれたので、急遽、変更になったらしい。本当は長瀞だったようだ。実は、朝、トイレ休憩の時にバスから降りる時に、ふと、運転手を見ると、なぜか運転手が長瀞の地図を見ていたのをチェックしていた。花園は通り過ぎているのに、なぜだろうと気になっていたのだ。
水沢観音の境内は満開の桜がお出迎え。良い写真が撮れた。前、両親と来たのを思い出す。妻と本堂を参拝する。俺の方が早く参拝が終わる。妻は熱心に何か願い事をしていたようだ。
隣りの六角堂に行く。六角堂は、六地蔵尊自体が回転する、全国的にみても非常に珍しい構造。この地蔵尊を左に3回廻すと、真心が供養されるようだ。妻と一緒に3回廻す。何か生まれ変わったような気がする。
駐車場に向かっていると、しだれ桜が見えたので、老夫婦に写真を撮ってもらう。この写真が来年の年賀状の写真になるかも。

17:15出発。渋川伊香保インターに乗り、東京方面に。上里で渋滞。まだ、進んでいるのでヨシとしょう。嵐山の前辺りからバスは走り出す。が、東松山でまたまた渋滞。
19:00高坂で休憩。夕飯におむすび二個、やきそば、コロッケを買ってバスに戻る。食欲旺盛。
19:25出発。バスが発車してから、特典のお土産のドラヤキ(バスの中で食べてしまう。今日ドラヤキ、3個目食べた事になる)、おやつのまんじゅうを配られる。添乗員、色々と手際が悪いと指摘を受けたようで、謝罪していたが… そして、ミステリー恒例の抽選会。今回はジャンケン大会。賞品は1等〜7等まであり、粗品な5個。結局、妻が粗品のせっけんをもらう。21:20頃、上大岡到着。22時頃の到着と思ったが、思ったより早かった。



2004年3月13日 水戸偕楽園・弘道館・成田山新勝寺の梅めぐり・成田ワシントンホテルでディナーバイキング日帰り編
3月13日(土)
6:30に家を出る。今日は晴れ、気温も春らしく寒くない。横浜そごう駐車場まで行き、女性の添乗員に受付けを済ませる。横浜を7:30発。座席は運転席側の4列目。バスは快調に走る。添乗員、車内販売の成田焼まんじゅうの試食を配られる。なかなか美味しい。バスの中で、朝、弁当を買ったので、それを食べる。
利根川辺りで凄い霧。守谷でトイレ休憩。9:10に出発。

水戸【買い物 20分】。水戸ドライブインひたちの里で買い物タイム。納豆せんべい、すなっく、羊羹、味噌汁、うどんまでのが納豆バージョン。つい、おつまみのドライ納豆を買ってしまう。バスに戻ると、妻がおばさんと親しく話ししていた。どこかで見た事があるおばさんだと思っていたら、二年ぐらい前に礼文島に行った時に、同じツアーで一緒だった人だった。今日は別の人と参加らしい。懐かしい気分と、こういう事もあるんだな〜と思ったが…10:20にバスは出 発する。

水戸偕楽園【観梅 70分】(水戸市にある庭園で市街西の丘陵に位置する。金沢市の兼六園、岡山市の後楽園とともに日本三名園にかぞえられる。国指定の史跡名勝。面積は約11万478m2。1841年、水戸藩主徳川斉昭が造園に着手した。完成は翌年。名称の由来は、「衆と偕(とも)に楽しむ」という造園主旨による。梅の名所として名高いが、本来は、飢饉や戦時にそなえ、実で梅干しをつくり備蓄するための梅林であった。はじめ200種余りの梅1万本が植栽されたといわれ、現在も約100種類3000本が残る。1873年、常磐神社に一部を割愛し、現在の広さとなる。第2次世界大戦中の1945年に受けた戦災などで造園当初の建築は、表門しか残っていない。中心にある好文亭は、1958年に復元されたもので、もとは藩主の休憩所であった。園の東には徳川光圀、斉昭を祭る常磐神社があり、南には田鶴鳴梅林、千波湖がある)
10:50、偕楽園の駐車場にバスが停まる。
まずは、団体写真を撮ると添乗員に言われながら、徳川斉昭公・七郎麿呂像を通り過ぎ、徳川光圀公像(約2mの高さの台座の上に立つ高さ3m60の像)の前で団体写真。水戸黄門が堂々と立っている。
千波湖を見ながら、偕楽橋を渡る。橋の途中で妻を見失い、携帯を掛けたがつながらない。途方に暮れて橋を渡りきると、妻は先に歩いており、手を振って俺を気づかせる。俺、妻の弁当も持っていたので、もし、妻と会わなかったら、食い物の恨みは…で、恨まれる所だった。東門をくぐり、見晴広場の芝生で弁当を広げて食べる。お茶を買うのを忘れたのが悔やまれるが、中々、天気もよく気分良く食べられた。
弁当を食べ終わると、水戸黄門が現れた。水戸黄門漫遊一座による無料写真撮影サービスらしい。黄門様、助さん、格さんが、大人気で、沢山の人が並んでいた。
好文亭(この名は梅の異名「好文木」に由来し、その三階の楽寿楼からの眺望は見事)に行ってみる。好文亭料金所の所では、沢山の人が並んでいた。30人ぐらいだろうか。せっかく、偕楽園にきたので、ここに入らなければ…と思い、入場する。入場料190円。ピンク色の梅の花が綺麗。輪違いの梅「思いのまま」という梅の名前が面白い。八重咲きで、花の色は白、淡紅、紅色、絞りなど枝による咲き分けとなる為に「思いのまま」と名づけられたらしい。
好文亭の中に入ってみる。凄い人… 中々、前に進めない。行列のまま進んでゆく。菊の間、桃の間と進む。竹の間の襖に描かれた竹の絵が良かった。ノロノロと進んでいたので、時間がなくなり、2階に上がれずに、駐車場に戻ることになった。残念。
妻と、はほのかに甘い梅の香りする中、早歩きで駐車場に戻るが、ついつい梅に見とれて、デジカメで写真を撮る。8分咲きの梅が本当に綺麗。結局、5分遅刻でバスで待っていた人に迷惑をかけてしまった。12:05出発。

バスは走り、弘道館【観梅 30〜40分】(水戸藩の藩校として第9藩主、徳川斉昭により1841年8月に創設された。藩士に文武両道の修練をつませよう武芸一般はもとより、医学・薬学・天文学・蘭学など幅広い学問を取り入れた、いわば総合大学というべきもの。現在は敷地跡は弘道館公園として梅樹60品種800本が植えられており、梅の名所となっている)。
12:30駐車場から歩いてゆく。特別史跡 旧弘道館をデジカメで撮り、正門から入る。ここでも、梅が咲いている。流石に正面の左近桜は咲いていなかったが。正庁から入り、広い畳廊下を通って奥に入ると、藩主の休息所であり、諸公子の勉学所であった至善堂がある。ここは奥の御座の間をはじめ4室からなっている。明治元年に最後の将軍徳川慶喜公が謹慎された部屋としても有名。庭に咲いている黄色い梅が綺麗だった。畳にトイレがあるのだが、あるおばちゃん「こぼしたら(掃除が)大変だね」と。弘道館を出て、裏側の梅が咲いている弘道館公園に行く。鹿島神社に向って歩いてゆき、梅林で何度も立ち止まり、デジカメで梅を撮影。しだれ梅(?)も綺麗。
学生警鐘、孔子廟、楷の木(孔子木と呼ばれおり孔子の墓にある聖水として有名)とデジカメで撮ってゆく。
まだ時間があったので、徳川斉昭公像、徳川頼房公像、水戸城跡とデジカメで撮ってゆく。バスは、13:10に出発

本当は那珂湊に寄り、買い物をするはすが、時間の関係で寄らなかった。長々と昼寝していたら、鹿島サッカースタジアムを過ぎ、東関東自動車道を走る。佐原でトイレ休憩する。オレンジジュースとアイスを買って、展望台に上がってみる。天気がいいの で、東関東自動車道、鹿島臨海工場地帯や利根川が綺麗に見えた。15:10に出発。

成田山新勝寺【観梅 40分】(940年寛朝大僧正によって、開山された。成田山は、弘法大師が自ら敬刻開眼されたご尊像を御本尊として、大師が伝来され、奉修された真言密教の護摩法の正系を伝えている。境内の成田山公園は梅・桜・紅葉の名所として知られている。山内には光明堂、釈迦堂など重要文化財指定の建造物があり、現存最古の写本「住吉物語」など、膨大な蔵書でも知られる)
15:45に米屋観光センターの駐車場にバスは停まる。バスから降りたら、米屋観光センターの人から黄な粉の豆や、ゴマの豆を貰った。新勝寺まで歩いてゆく。仁王門のの大きなチョウチンが印象的。妻はあまりたいしたことのない寺だと思っていたようだが、成田山新勝寺は、正月は隙間のないくらいの人で埋め尽くされるらしい。高さは約25mの三重塔、一切経堂、鐘楼と見て行く。大本堂に入り参拝する。裏手に回ってみると、石の上に何体もの小さな仏様(?)。あれは何だったのだろうか?
入母屋造り瓦ぶきの屋根の額堂、成田山開山の寛朝大僧正が祭られている開山堂、光明堂と見ながら奥に進んでゆく。立派な塔が見えてきて、それが平和大塔(二重基壇、内部五層、層高58.10 m)。第五層の金剛殿には、大日如来、阿悶閃如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来の五智如来が奉安されている。そして、駐車場まで戻る。
16:35に出発。

成田ワシントンホテル【夕食 60分】16:50に着く。バイキング料理。中年夫婦と相席になったが、席は料理の近くだったので、すぐに料理を取りに行く。一番に取りに行ったので、すんなり料理にありつけた。肉、刺身、サラダと腹一杯食べた。最後に飲んだコーヒーが、挽きたてで美味しかった。18:00に出発。19:45横浜到着

2004年1月31日 氷結の吹割の滝と雪吊りの吉祥寺日帰り編
1月31日(土)
7:30に横浜そごうを出発。天気も良く、旅行日和。席は、出入り口側の五列目。41名の参加。面白い添乗員、ギャグをまじえて車内での注意事項を話す。バスは東京方面に走る。前もって買っておいたコンビニの弁当を食べて、新聞を読んだりして、時間を過ごす。バスは、環八で工事渋滞。関越自動車道に乗り、三芳でトイレ休憩。ポテトチップ、ポッキーのおやつに牛乳を買う。9:15に出発。
鶴ヶ島を過ぎたあたりから、事故渋滞。添乗員の名前みたいにノロノロ運転。嵐山あたりで、渋滞を抜ける。10:50、沼田で高速を降りる。少し雪が降る。

吉祥寺(拝観 30分)、関東平野の屋根にあたり、日本武尊(やまとたける)が遊んだといわれる武尊山(ほたかさん)や、谷川岳などの山々が連なり、雪解けの清水が細川となって集まり関東を縦断する利根川の源流の一つの源の地に、緑に囲まれて、歴史と供に歩んできた吉祥寺。この寺は建長寺の中核寺としても屈指の名刹としても数えられ、南北朝時代の暦応二年(1330年)建長42世、円月禅師によって開かれた。
吉祥寺、小雪降る中、拝観。木々や観音様の上に雪が積もり、のんびりとした雰囲気。ボーンとお寺の鐘が鳴る。大きな吉祥寺山門をくぐる。中にも入れたので、階段を登ってゆく。中には、文殊菩薩を中心に十六羅漢が置かれていた。十六羅漢像は俗界から不滅の心理を説く仏界の架け橋として鎮座しているようだ。神妙な気持ちになる。
雪のお寺を歩いてゆく。中々の雰囲気で、鐘楼の鐘をボーンと遊びながら打っている大人たちがいた。せっかく、鐘の音を楽しんでいたのに、遊んでいたとは…
みそなめじじいとみそなめばばあという地蔵があった。みそなめじじいが閻魔大王で、みそなめばばあが奪衣婆のようだ。極楽往生を願う信仰から閻魔大王と奪衣婆に特別な恐れと敬意を持ち、この二体を安置し、その信仰が二体の唇に味噌を供えることで諸々の願いを叶えてくれるらしい。このお供えした味噌「供養味噌」を自ら食する事で諸々のご利益があるらしい。
本堂に入り、裏手の青龍の滝、不動の滝を見る。
古月庵で薬草のお茶のサービスを受けた。

バスは、誉国光に(試飲・買い物 25分)。係員に連れられて工場棟に入るのだが、工場の説明をするというより、試飲の説明。本生原酒など、4種類のお酒を飲む。

バスは原田農園に。フルーツ狩りのできる観光農園の機能のほか、館内は広いお土産処や食事処を備えた一大施設。そこで昼食。山菜ときのこ天ぷら食べ放題と田舎っぺうどんの昼食。リンゴのテンプラが美味しかった。妻が乗客にオカマがいる事を教えてくれる。その人を見るとロングスカートで、顔が男ぽい。そして。声も聞いたのだが、完全に男だ。トイレは、どっちに入るのだろうか。

バスは30分ぐらい走り、吹割の滝に。吹割の滝(観瀑 60分)、奇勝奇石が展開する利根川支流の片品川がつくる片品渓谷。V字型に侵食された川床に、片品川の急流が流れ込み、高さ7m、幅30mの滝が轟音と供に吸い込まれるように流れ落ちるさまは、東洋のナイアガラの名に恥じない迫力があるようだ。
靴の上からつけるすべり止めを売店の人が貸し出してくれた。添乗員に連れられて、滝まで行く。添乗員「吹割の滝で落ちて亡くなった人がいますので、気をつけて下さい」と、冗談なのか本当なのか… 風もないので、そんなに寒くない。トンネルをくぐり、階段を降りると雪が川岸に積もった川。滑りやすい狭い道を通り、滝の間近に行く。今年は、水量も多く氷結していなかった。それでも、滝の迫力満点の壮大さに感動。あまりにも、滝に近づいてしまうと、何かひきずりこまれそうで恐かったが…
展望台から滝を見る。木々の間から豪快に見えた。雪の為に遊歩道は閉鎖中だったので、時間が余りお土産屋でお酒を買ったりして時間を潰す。15:10に出発。
最後の立ち寄り所の漬物処 加作。以前、きた事があるところだった。15:40に出発。

寝ていたら、大渋滞。斜め前の女性が仕事での人間関係の不満をベラベラと喋って少しうるさい。東松山で事故、乗用車が派手に壊れていた。事故現場を過ぎるとバスはスムーズに進む。すぐに三芳、三芳でトイレ休憩。18:00ぐらいに、バスが出発。席に夕飯の弁当を添乗員が置いていたので、寿司を食べる。練馬で高速を降りて、一般道。19:18、第三京浜に乗り、保土ヶ谷でトイレ休憩。横浜には、20:00に到着。
今回のツアーの特典をちなみに書いておくと、�.坤錺ぅ�ニ1肩のお土産 �⊆鬚�すのお土産  ��15時のおやつ �っ麓鬚了邂� �サ半融�の拝観料込み ��山菜ときのこ天ぷら食べ放題と田舎っぺうどんの昼食 ��夕食弁当

2004年1月10日〜1月12日 鹿児島帰郷2泊3日編
1月10日(土)
今回の旅行は、フリープラン。実家・鹿児島で3日間、ゆっくりしょうと思って、観光バスに連れられての工程を入れなかった。家を7:00に出る。天気は晴れ。しかし、空気も冷たく、寒い。早歩きで妻と駅に向う。ちょうど、羽田空港行きの京急に乗れて、混雑していたが、何とか羽田に到着。
9:05、羽田空港発。疲れて、機内で眠る。鹿児島空港に11:00着。

鹿児島は関東ほど寒くは無かった。天気も曇り。11:10頃、鹿児島市内行きのバスに乗る。バスが発車して、少し安心して実家に電話する。母が出て、両親とも昼間は用事があるらしい。今週、忙しく「何時に帰ってくる」と家に電話出来なかったので、仕方がない。天文館で昼ごはんを食べて時間を潰そうと思っていると、弟から電話が来た。迎えに行きたいと。天文館で13:30に待ち合わせる事にする。12:00前に天文館に到着。『むじゃき』の2階で昼食。700円で生姜焼きはご膳を食べる。妻は唐揚げご膳。かなり物価が安い。13:00、ご飯を食べ終わり、ゆっくりしていると、弟から電話。「(待ち合わせの)時間を早めてもいいよ」との電話。何も予定が無かったので、すぐに待ち合わせる。すぐ裏の天文館公園で待ち合わせる。天文館公園では暖かい日差しのもと、小さい子供たちが元気に遊んでいた。のどか… 時間がありそうだったので、その間に、コンビニで弟の新築祝いのお金を包む袋を買う。去年の6月に渡しそびれていた。天文館公園に戻って少しすると、弟が妻と子供2人(健介、裕人)を連れて車で迎えにきた。小学1年になった健介は少し背が伸びたようだ。それに2歳の弟の世話をして、お兄さんぽくなっている。ワゴン車で、与次郎ヶ浜に向う。子供たちのおもちゃの整理用の家具を買いたいようだ。『家具の迫田』『山佐』と探すのだが、思うようなものは見つからなかったようだ。桜島を見ると、鹿児島に帰って来たぞという気分になってしまう。
鹿児島東急ホテルに、とりあえずチェックインする。今日は実家に泊まるつもりだったので、弟夫婦に譲ることにした。フロントで確認すると、子供も添い寝なら大丈夫のようだ。健介も大喜び。
帰りに、鹿児島で流行っているらしいケーキ屋『バッハとピカソ』に寄り、ケーキを買う。
そして、実家に戻る。実家には、親父が帰ってきていた。病院に薬を貰ってきたようだ。ケーキを食べながら(かなり甘かった)、少し話しをしていると、母も戻ってきた。健介が家から持ってきた人生ゲームをする(健介、俺、妻、弟。弟の妻は銀行屋)。俺の一人勝ち。夕食は、与次郎ヶ浜の『はいから亭』。カニめしを食べた。
家に戻ってくる。弟夫婦はホテルに泊まれるように、一旦、車で荷物を持ってくるようにする。車を降りて、近所のタバコ屋でお酒を買う。タバコのおばちゃん、俺の事を覚えており、話しかけられる。子供の頃、よく買いに来ていたけど、何となく、おばちゃんの面影を思いだす。
家で、缶ビールを飲んでいると、弟が来て、将棋をする。完敗。その後、弟は健介とはさみ将棋をしていた。22:30頃、弟夫婦はホテルに。俺と妻は、隣りの祖母の家に行く。今日が誕生日の祖母は入院していた。去年よりボケてしまい、いつも世話している人すら認識できないらしい。叔母と少し話しする。23:00頃、実家の2階で寝る。

1月11日(日)
朝、6:30に目が覚める。実家の朝は早い。7:00に朝食を食べて、ゆっくりする。昼食はお餅2個。それから、ゆっくりしていると、弟夫婦から電話があり、弟夫婦、姪っ子達と楽しくカラオケ2時間する。実家の家のすぐ近く。健介は『ウルトラマン伝説』、意外にも『大きな古時計』をうまく歌う。妻がデジカメで皆が歌っている姿を撮っていると、弟がビデオ撮影。
そして、伊敷のタイヨー(スーパー)で買い物して、弟夫婦の新築の家に行く。妻と弟の奥さんが宴会の準備をしている間に、健介と二人で人生ゲームをする。宴会の準備が出来たので、両親を実家まで迎えに行って、手巻き寿司とおでんで宴会。

弟が鹿児島東急ホテルまで車で送ってくれて、チェックイン。

1月12日(月)
朝7:30に目が覚める。朝食はホテルのバイキング。11:00前にホテルを出る。今日も晴天。そんなに寒くない。バスで天文館に。天文館でブラブラしょうと思ったら、弟の奥さんからメールが入り、会う事になる。天文館は今日は成人式のせいか、晴れ着を着た女性が多かった。
時間潰しに、『むじゃき』で白熊を食べる。食べ終わると寒くなり、ジャンバーを着込む。やはり、冬の白熊は寒い。
まだ時間があったので南九州最大級の書店ブックジャングルで時間を潰す。郷土の本を買おうと思っていたら、表紙が曲がって汚れており、在庫もなかったので、その本を買った。店員は恐縮していた。
弟の奥さんから電話があり、待ち合わせる。姪っ子の健介も一緒だった。
『餃子の王将 中町店』で食べる。鹿児島の餃子の王将は味が違う。特に天津飯の甘口には、病み付きに… 混んでいたので、四人掛けになるまで待つ。カウンターで食べる。天津飯とギョウザとビール。妻は野菜いためと白飯。バイキングで散々食べて、白熊まで食べていたので、美味しかったけど、残してしまった。
王将を出て、菓々子横丁(かるかんのせんべいがあった)とショッピングして、健介とゲームセンターで遊ぶ。
観光らしい観光をしていないので、城山展望台に行く。西郷洞窟を通った時に小学一年生の健介に西郷隆盛の洞窟の事をどう教えようか困る。とりあえず「偉い人が腹を切った場所」と教えた。
歩き過ぎると腹が突っ張るというので、弟の奥さんは駐車場に残して妻と健介とで城山展望台まで歩いて上る。雲っていたが、美しく雄大な桜島を正面に、鹿児島市内の街並みが綺麗に見えた。ツアーの団体客がゾロゾロと歩いてきて、健介が少し驚く。「あの集団はバス観光客だよ」、そして「前回はあの集団で鹿児島に帰って来た」と教えてあげる。そしたら、健介から「(ツアー)バッチをつけて帰って来たの?」と言われた。
お茶する事になる。城山観光ホテルの『ガーデンレストランholt』でケーキとグレープフルーツジュースを注文。少しの時間、お茶する。窓から桜島が見えたが少し雲が出てきていた。それから、車で天文館まで送ってもらう。空港バスで鹿児島空港に。バスが走り出すと、雨が降り窓にしずくが落ちた。危なく、雨に祟られるところだった。運が良かった。
空港に1740到着。晩ご飯は、あまり腹が減っていなかったので、薩摩あげと焼酎お湯割りですます。
19:10、鹿児島空港発。20:45羽田空港着。21:10羽田空港から快特で21:45に上大岡到着。

2004年1月2日 隅田川七福神と柴又帝釈天・浅草寺・十二橋クルーズ 1日編
1月2日(木)
8:10頃、そごう駐車場に集合。天気は曇り。気温もそんなに寒いほどではない。財布の中には、朝、妻とお賽銭用にと、家中の五円玉をかき集めて準備万端。が、肝心の受付の用紙を忘れてしまう。席は、出入り口の七列目。添乗員は、美人だが、化粧が濃い(妻の談による)。
820、出発。何かの手違いか、おばさんが抗議。「席がない」と。添乗員、席順を間違えたようだ。おばさん「旅行たくさんしているけど、こんな事初めて」と。その乗客、鶴見まで補助席に座り、鶴見から2号車に移るようだ。バスは鶴見に。鶴見では、箱根駅伝の応援に道路沿いに旗を観客が数多く並んでいた。鶴見(8:40発)

バスは鶴見から柴又に。帝釈天(経栄山題経寺が正式名称)は、1629年(寛永6年)日忠上人の草創と伝えられている。本尊は、日蓮聖人が自ら彫ったと伝えられ、板木の帝釈天像を安置している。一時、所在が不明になったが、庚申の日に発見されたので、その日が縁日となったようだ。
だんご屋や土産屋で賑わう帝釈天参道をブラブラと通り、二天門に。柴又帝釈天で参拝する。参拝客が多かったが、今にも、源公(佐藤蛾次郎)が、ほうきを持って出てきそうな雰囲気。後で気づいたが、横手から中に入れたようだ。
「男はつらいよ」の撮影現場となった、寅さんの実家であるだんご屋「とらや」で草だんごを食べる。中は、撮影当時のままではなかった。ただ、店の中から、外を見ると、寅さんが通り過ぎ行くような錯覚を覚える素朴な雰囲気があった。店の奥に、小さな階段があり、脇の柱には「撮影に使用した当時のままの階段です」との張り紙がしてあった。階段の上はなく、板で仕切られていた。
柴又駅に向かい、寅さんの像をデジカメで撮る。像は妹さくらが、旅にでる寅さんを呼びとめ、その時寅さんが振り返った姿だそうだ。何人も携帯やデジカメで撮る人がいて、ちょっと苦労した。
ブラブラしていると、近くに寅さん記念館がある事に気づく。25分ぐらい時間があったので、捜しだして、ざっと観れると思ったら、探し出すのに、手間取り、館内まで観ることが出来なかった。すぐにバスが停まっている場所まで戻るが、添乗員が外で待っていた。自分達が一番遅かったようだ。

バスは30分ぐらいで浅草寺に。雷門は浅草寺境内の南端に位置し、正式名称は風雷神門。この門と宝蔵門(もと仁王門)の間の参道には、仲見世と呼ばれる商店街があり、数十軒の店が並んでいる。浅草寺、浅草観音の名で知られ、縁起によれば、628年(推古36)宮戸川(隅田川)で漁をしていた檜前浜成と竹成の兄弟が1寸8分(約5.5cm)の黄金の観音像をひきあげ、これに祈ると豊漁が続いたため、土師中知が祭った事が起源という。
バスは5656会館(ゴロゴロかいかん)にとまる。雷おこしの雷からきているのかも。
添乗員に連れられて、浅草寺に。添乗員、浅草寺(せんそうじ)を「あさくさてら」と言ってしいまう。人混みの中、浅草寺参拝をすませる。賽銭箱のところまで進もうとするのだが、中々、人混みで進めないので、途中でお金を投げ入れる。人の頭の上を通過する五円玉。こんなんで、お願い事がかなうんだろうか。それほどの人混み。ある他の乗客に言わせれば「足を踏まれにいったようなもの」と。
昼食場所探しに、仲見世通りを通ろうするが、とても歩けない。1m歩くだけでも、何分もかかりそう。やっと、浅草寺から離れた食堂・大勝館でロースカツ定食を食べる。正月価格で100円増し。
5656会館で福袋(2000円)を買う。何かお菓子類が多かった。そこの交差点で浅香光代の旦那を見た。横断歩道を歩いてきた。着物姿だった。

バスは隅田川七福神巡りに。隅田川七福神は、文化元年(1804年)に開かれた向島百花園に集まった文人墨客たちが百花園の園主の愛蔵する福禄寿に目をつけ、多聞寺の毘沙門天や長命寺長命水の弁財天を結びつけたのが始まりなようだ。
まずは、向島百花園(福禄寿)、山草、野草を中心とした文人趣味豊かな江戸花園。文人墨客が足繁く通い四季を通じて様々な催し物が開かれた。芭蕉句碑や山上憶良歌碑など多くの碑がある。
意外に小さい。ひっそりとしている感じ。しかし、人が多く参拝するのにだいぶ並ばなければならなかった。前に並んでいた子供が、スタンプラリーのような紙を持っていたので、妻が夫婦にきいた。そうするとその夫婦が子供に「持ってきなさい」と行って、子供が駆け出してしまった。妻と俺が恐縮すると、その夫婦「暇だから、いいのよ」と。その紙、色紙はスタンプラリーのように、各寺などでスタンプが押せるようになっており、妻とやる事にする。ツアーは時間厳守なので、効率良くしなければと、妻が参拝を並び、俺はスタンプ担当になった。

次は白鬚神社(寿老人)、昔は境内に松、けやき等が多く白鬚の森と呼ばれ向島八景、隅田川二四景に数えられた緑の美しい所だった。
バスを降りると、はやし太鼓が聞こえて。かなりの人数が入り口まで並んでいたので、スタンプは諦める。軽快に鐘を鳴らして参拝。バスに早々と戻る。

バスは長命寺の近くにとめる。今度は長命寺、弘福寺、三囲神社の三つ歩いて参拝してくださいと添乗員に言われる。
長命寺(弁財天)、将軍家光が鷹狩りの際、腹痛を起こし、寺の井戸水を飲んでおさまったことから、長命寺の寺号がある。ここも少し並ぶ。前に並んでいた女の子(1人で巡っているらしい)が、隅田川七福神めぐりの本を持っていたので、妻が話しかけて、どこで買ったのかを聞く。三囲神社で買ったようだ。参拝をすませて、外に出ようとしたら、幼稚園の中に長命寺があったと気づく。

弘福寺(布袋尊)、咳きや口中の病に効く咳きの爺婆尊がある。勝海舟も青年時代にこの寺で修行したらしい。
並ばずにすぐに参拝出来た。何か、ここはあっけなかった。

三囲神社(恵比寿神・大国神)、元禄6年の江戸の干ばつの折、俳人宝井其角が句を詠み奉納すると翌日大雨が降ったと伝えられる。「雨乞いの句碑」がある。
妻が隅田川七福神めぐりの本を買う。神社の脇に大国神と恵比寿神が祀られている。勿論、参拝する。帰りに、弘福寺、長命寺で本にスタンプが押す場所があったので、押しながらバスに戻る。

バスで多聞寺に。多聞寺(毘沙門天)、建立は天徳2年。草葺き山門は慶安2年に建造され区内最古の建造物。境内には狸塚や映画人の墓がある。


次は、隅田川十二橋めぐり。まだ、船の出発時間まで時間があったので、添乗員、一時解散させられる。時間的に余裕があり。リンガーハットで皿うどんセットを食べる。まだ時間があったので、仲見世通りまで歩いてゆく。妻がバックを買う。気がついたら、集合時間まであと4分。ゆっくりしていたようだ。浅草の水上バス乗り場に戻ると、誰もツアー客がいない。時間的に1分の遅刻。もう行ってしまったのかな〜と思うと、添乗員が迎えに来てもらった。添乗員に乗り場まで連れて行かれる。
隅田川十二橋ライトアップクルーズめぐり。吾妻橋、駒形橋、厩橋、蔵前橋、両国橋、新大橋、清洲橋、隅田川大橋、永代橋、中央大橋、佃大橋、勝鬨橋の十二橋をくぐってゆくのだが、自分達は船内で、ビールとポップコーンを買って、40分のクールジングを楽しむ。最後のレインボーブリッジの夜景が綺麗だった。日の出桟橋で水上バスを降りる。

そして、バスは横浜に、予定より早めに到着。18:15頃だった。充実した1日だった。











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