2 0 0 3 年 旅 行


本命竜馬が旅行した(2001年より)所の報告日記です。色が変わっている箇所はリンクしていますので、訪れて旅行気分を味わって下さい

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2003年12月27日〜12月29日 2泊とも大浴場付!ゆったりのんびり 沖縄ゆとり旅3日間編
12月27日(土)
羽田空港に11時40分頃つく。年末なので、かなりの人がいた。受付をすませて、飛行機のチケットをもらう。時間があったので、昼ごはんを食べる。ビーフカレー。昨日、飲み過ぎて気持ちが悪かった。羽田空港(12:45)発。少し遅れて出発。機内でバニラアイス(300円)を食べた。

那覇空港(15:30)着。遅れて到着。出口で、可愛い添乗員(女性)、綺麗なバスガイドがいた。気温は17度。東京では少し雪が降ったらしい。それに比べて、沖縄はそれほどまで寒くは無い。風が吹くと肌寒さを感じる。長袖で充分。ジャンバーを着たら少し暑いような… バスの所に向いながら、妻は半ズボンを着た人を見たらしい。25名の参加、子供連れの家族、夫婦… バスは出入り口側の5列目。早速、添乗員はオプションの説明をする。お土産はカタログで決めた。ソーキそば、ちんすこう等。

最初の観光場所は、首里城公園。琉球王国の王府がおかれた城。城跡は沖縄県那覇市にある。琉球王国の中心として1879年(明治12)まで第1尚氏王統7代、第2尚氏王統19代の居城だった。沖縄本島の南部、首里台地南端の標高130mの丘陵に位置し、東西400m、南北270m、面積は4万6167.2m。2重の石垣で囲まれ、城域は長円形。城の外郭の4門は石造アーチ門で、内郭に8つの門をもつ。
駐車場からバスガイドに連れられて、「守礼之邦」の扁額をかかげた有名な守礼門に。そこで集合写真。バスガイド、園比屋武御獄石門を説明する。琉球国王が、旅行される折りに、道中の安全を祈願したという御獄の門で、世界遺産の内の一つ。世界遺産だから、もっと凄い門かと思ったら、見逃しやすい場所にある。
歓会門を通り、龍の口から湧き水が出ている龍樋を見て、瑞泉門を通る。石の階段が琉球らしい。それにしても、階段が登りづらい。漏刻門を通り、紅色が鮮やかな広福門(有料区域入館チケットの券売所)をくぐる。首里城正殿のある御庭に入る最後の門の奉神門をくぐる。内部は東側の正殿をはじめ北側には中国の冊封使接待用の北殿(今はパネル展示や映像コーナー、売店などが設置)、南側には薩摩の役人接見用の南殿(今は、王朝時代に制作された漆器、絵画等の美術工芸品を中心に風俗画、歴代国王肖像画などの写真パネル等の展示室)があった。歴代国王の肖像画の顔は、どれも一緒のような… 何種類かのバージョンの顔で、区別がつかない。家来も同じような… 正殿は丸柱、入母屋造り、2層3階建ての和漢折衷様式の木造建築で、面積1355m2、高さ16.36mと、木造建築としては城内最大。正殿の国王が座る王座、御差床を見る。
右掖門、 久慶門と通りながら、首里杜館に向う。園比屋武御獄石門をデジカメで撮ろうとしたら、団体客が多くて中々写せられなかった。17時50分頃、バスに乗り込むと、やっと、薄暗くなる。関東はとっくに暗くなっているような…

宿泊は、沖縄ホテル。
夕食はホテルの支配人おすすめの「和琉球会席料理」。会食で、豚の角煮、ゴーヤ、ステーキ、天ぷらと美味しかった。デザートはパイナップル。妻が隣りの席の子供の鍋の蓋を取ってあげていた。俺の隣りには、添乗員が座って食べていた。
夜は、眠くなり、国際通りに近いとはいえ、外には出ずに、風呂に入り早目に寝る。 少し寝たのだが、中々寝付けず、草��剛の「太閤記」を見て寝る。

12月28日(日)
朝、4時40分に目が覚める。少し、頭が痛いような。風邪だろうか。朝食はバイキング。食べ終わってから、外に出る。近くのローソンでニッカンを買う。紙面が薄いな〜と思っていると、50円だった。少しの時間、部屋で寛ぐ。時間になり、ホテルのチェックアウトしようと部屋を出ると、妻が「鞄、鞄」と。俺、自分の鞄を部屋に置いてきていた。慌てて、取りに戻る。ホテルのロビーに沖縄の今日の気温が書いてあった。最高19度、最低15度だった。那覇(8:30頃発)。今日も晴れ。バスの座席は運転席側の2列目。バスは沖縄中部方面に向う。米軍基地を通りつつ、バスガイドは色々とガイドしてくれた。那覇空港は15年以上のパイロット経験がないと飛行出来ないらしい。低飛行で着陸しないといけないからだそうだ(民間機は300m、自衛隊は450m、米軍機は600m)。だから、スリルがある空港らしい。しばらく走ると、海が見え出した。「きれい」の歓声が上がる。沖縄らしく南国の海、ヨットも見え、海の青さと白い波に感動する。夏だったら泳ぎたくなってしまう。

万座毛は恩納村にあり、琉球石灰岩の断崖絶壁と天然芝の広場。名前の由来は、18世紀前半,この地を訪れた時の国王尚敬が「万人を座するに足る」と言ったことからこの名が付いたと言われている。隆起サンゴの断崖から臨む東シナ海は、海中のロケーションと共に海の色合いを変化させ、とても綺麗で雄大な景色。
駐車場から、バスガイドに連れられて遊歩道を一周する。ピッチのカメラを持ってきたので、ピッチでも万座毛の写真を撮る。写真を熱心に撮っていると、添乗員から、団体写真を撮りますからと言われて、ホテルが見える所まで、急がされる。
集合写真を撮り駐車場に帰る途中で「海人」のTシャツ(3枚で2000円)を買う。

バスは40分走る。その間に、バスガイドは沖縄の紫外線の凄さを話す。東京の4倍あるらしい。また、珊瑚礁と珊瑚の違いについても説明してくれた。珊瑚は生きているけど、珊瑚礁は死んでいるらしい。また珊瑚は動物で、6月の満月の日に産卵するらしい。
森のガラス館に到着。すぐに職人の実演、琉球ガラスを釜にいれる制作工程を見せてくれる。戦後空き瓶の利用から始まった琉球ガラスはその造形美が高く評価されるようになり、沖縄の伝統工芸として注目されるようになったらしい。その後は30分ぐらいの買い物タイム。赤いガラスの方が高いらしい。妻とダーツ(3本で200円)をやる。点数により景品がもらえるのだ。が、俺は45点でガラスのコップ、妻は外れでガラスの箸置きだった。後で、森のガラス館からお土産を貰ったが、箸置きだった。箸置きが3つになった。
妻が若い男の人2人と話していた。水戸からきた家族連れ。水戸訛りが印象的。バスガイドも話しに加わり、家族連れできて羨ましいといっていた。今年は2回だけど、一年に1回は家族旅行するらしい。バスガイドは福井が出身だけど、沖縄が好きで3年前に引っ越してきたらしい。

すぐにナゴパイナップルパークに到着。入り口の大きなパイナップルが目立つ。その隣りのパイナップルのキャラクターがかわいい。早速、広いパイン畑や亜熱帯植物のトロピカルガーデンを見学。係員に連れられてゾロゾロ歩いてゆく。俺達は後ろの方だったので、あまり説明を聞いていなかった。ボゴール、フィリピン、台湾のパイナップルの木を見ていった。
その後、ワイン試飲したり、そんなに食べれなかったがパイナップル試食したりする。売店でもパインケーキなどを食べてた。
まだ時間があったので、貝類展示館に行く。世界の貝、沖縄の貝が展示室に一杯。思ったより充実しているような。ハート型したハート貝や、色とりどりの珍しい貝などがあった。
お土産に添乗員からパイナップルのゼリーをもらった。

25分ぐらいバスは走り、琉宮城蝶々園に。まずは昼食。長寿料理「海鮮菜飯」、沖縄が琉球王国呼ばれていた栄華の時代に宮廷料理の一品として酒宴の後、食されていた菜飯。ご飯をよそって、その上に薬味を入れて、健康に良い沖縄の薬草10種類が入っているスープをかけて食べる。お茶漬けみたいなもの。海の大パノラマを眺めながら、ゆったり気分で食事する。
食後に、蝶々園に入る。蝶々園は、亜熱帯植物や花々が咲き乱れるファンタジックなテーマパーク。自然を利用した2500坪の広大な敷地の中には本土では見られないオオゴマダラが優雅に飛び舞う蝶々の園。蝶々に入ると、オオゴマダラが寄ってくる。すぐ目の前に飛ぶと、何か恐いような。2000〜3000頭いるらしい。このオオゴマダラは、赤い色が好きらしい。色々な花にも固まってとまっていたが、置いてある赤い帽子にも沢山の蝶が固まっていた。それをわざわざ子供にかぶせて写真を撮っているお父さんもいたが… 目の前に、蝶が飛んでいると、別世界の気分させられた。

次の観光地は3分ぐらい走り、70万�屬箸い�広大な海洋博公園。海洋博公園は、1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会の跡地を利用したテーマパーク。熱帯の植物がいっぱいの熱帯ドリームセンターや17世紀頃の沖縄の村を再現したおきなわ郷土村、珊瑚が美しいのエメラルドビーチなどがある。15時40分まで1時間50分ぐらい観光できる。
まず最初は、沖縄美ら海水族館の見学。
入り口は、イノー(礁池)の生き物たちのコーナー。かなりの人が見学していたので、ゆっくり見学できなかった。そこは、ヒトデらしき生き物を、触れることも出来る。いくら触っても良いと言われても、何か気持ちが悪い。
熱帯魚の海のコーナーは、カラフルな熱帯魚が泳いでいた。カンムリブダイという魚が印象的。頭が角ばっており、体も大きいので、デジカメで撮ろうと苦労する。人が多く、しかも魚も泳いでいるので、ベストショットが取れない。何とか撮れたが…
2階に下ってゆくと、サンゴ礁の海や個水槽。人が多く、ゆっくりと見れない。
黒潮の海のコーナーに行くと、深さ10m、幅35m、奥行27mの大水槽に目が奪われる。約7500トンの世界最大級の大水槽の中で、複数のジンベエザメとマンタ(オニイトマキエイ)が悠々と泳ぐ光景は圧巻。ジンベイザメの繁殖は世界初らしい。全長7mのジンベイザメがゆっくりと泳ぐ姿は恐い。エイリアンのようなエイもじっくりと見る事が出来た。
水族館を出て、妻がベンチで休憩したいというので、妻を残してエメラルドビーチに散策。冬なので遊泳禁止。それでも、子供数人が靴を脱いで足を海につけていた。前も遊泳禁止だったけど、その時よりは砂浜は綺麗だった。
ビーチをデジカメで撮って、妻の所に向う。妻は「オキちゃん劇場」を見たいと言ったので、まで時間があったので、自分だけ「おきなわ郷土村」に行く。17〜18世紀につくられた民家をそのまま再現した郷土村。最初に地頭代の家に行く。家の中には、何人かいたので、写真が撮りづらい。おばあちゃんがお茶を薦めているらしい。俺は時間もないので遠慮したが。ノロの家、沖縄の高倉を見て、オキちゃん劇場に向う。
後ろの方で見た。海洋博のアイドルのオキちゃん、ジュラ、ゴウなど6頭のショー。イルカが背泳したり、ジャンプしたり、歌を歌ったり、ダンスしたり、握手やキス、そして最後にはヒレを振ってサヨナラした。中々、面白かったが。
まだ時間があったので、海岸遊歩道を妻と歩く。気温も暖かく、Tシャツでも大丈夫のような… 南国の木が沖縄らしい。夕陽の広場から見える海が綺麗だった。
駐車場に戻ると、休憩所のテレビでは競馬中継していた。今日は有馬記念。結果は外れたが…

バスは15分ぐらい走り、今日の最後の観光地の今帰仁城跡。今帰仁城跡は、標高80〜100mの丘の上に築かれた堅固な城、琉球統一前の三山時代の北山王の要塞とされた城跡。駐車場から、正門を入り、長い石段(753から、3段、5段、7段と続く)を登りつめた本丸跡からは、今帰仁の集落と東シナ海の青い海が眺望出来る。城壁の上部が万里の長城みたい。


1時間ぐらいバスは走り、恩納村に。宿泊ホテルはホテルみゆきビーチ。オーシャンビュー部屋の和室。しかし、和室にベットが置いてあるのも何か妙な感じ。部屋に荷物を置いて、すぐにビーチに出てみる。ちょうど陽が落ちる所だった。10分ぐらい散策して部屋に戻る。
夕食はバイキング。7時に会場に向うと、沖縄民謡を舞台で踊っていた。ショーが始まっていた。何か、食事をカシャカシャと取るのが、気まずい雰囲気。皆、真剣に舞台を見ていた。オリオンビールの生を飲んで満足して、部屋に戻る。フジテレビ系列のチャンネルの映りが悪い。部屋で泡盛を飲んでいたら、腹が減ったので、沖縄ソバを食べに行こうとする。が、店は閉店していたので諦めて、部屋で寝る。妻は遅くまで起きていた。

12月29日(月)
4時過ぎに目が覚めたが、今日はゆっくり出発(9:30)なので、もう一度寝る。7時に起きて、風呂に入り、朝食(バイキング料理)を食べる。今日も晴れ。ホテルから外の海を見ると散策している人達が多い。今日の座席は、運転席側の11列目。一番後ろが空いていたので、自分達が使う。マンゴージュースを買う。ホテルで買ったので、値段は200円。高かった。気温は、22度。昨日より、暑くなりそう。

バスは40分走り東南植物楽園に。東南植物楽園は、亜熱帯・沖縄の青空の下、ヤシをはじめ世界中から集められた2000種余りの植物が育つ日本最大の熱帯庭園。2つのエリアがあり、一つは植物園には珍しいヤシと熱帯の花木・果樹がきれいに展示されているエキゾチック・アート・フォレスト。もう一つはウォーターガーデンの水上楽園で、広々とした芝生と錦鯉が遊ぶ三つの大きな池がある。
最初に、ウォーターガーデンから見学。観覧車のトラムツアー(所要20分300円)を利用する。椰子と水辺の池があり、南国情緒を満喫する。ハイビスカスがきれいに咲いていた。ガイドによれば、ハイビスカスは一日しか咲かないらしい。今見ているのも、明日には枯れてしまい、ツボミになっているのが明日咲くようだ。米軍基地が近くにあり、植物園は、滑走路上にあり、戦闘機が引っ切りなしに飛んでいるので、爆音が、かなりうるさい。ツアーガイドの声が時々、聞きづらい。緑が池に掛かる語らい橋近辺で3分間の写真タイムがあった。思い思いに写真を撮る。大きなクリスマスツリーがあり、その周りに絵馬が掛かっていた。アカバナボンバックスなどを見た。
観覧車を降りて、すぐにエキゾチック・アート・フォレストに向う。トックリヤシ並木を通る。和名のトックリは、幹の形が徳利に似ているのでつけられたそうだ。何か呑みたくなってくるような並木道。温室楽園のジュエリー・オブ・フォレストの中に入る。ピンク色のモモイロインコやブルーのルリコンゴインコがいた。「おはよう」と言っていたが… また、キツネか犬かわからない動物のフェネックがいた。二匹いたが、じゃれあっていたのでデジカメが撮りにくかった。温室楽園の臭いが動物臭く、妻が早く出ようと急かされて、すぐに出た。美ら花温室楽園には、ハイビスカスがあり、品種・育て方などをパネルで紹介してあった。ジャングル林を歩く。本当にジャングルにいるような気分。そこから高い木の葉から見える青空が綺麗。歩いているせいか暑くなり、長袖を脱いでTシャツになったが、さすがに肌寒い。それにしてもここのエキゾチック・アート・フォレストは色々な妙な像などがあった。頭を抱えた土人らしき像、瓦のシーサー、デウィスリの泉、ミッキーマウスツリーなるものまであったが… あっという間に時間が過ぎていった。

バスは、高速に乗り南部方面に。おきなわワールド・旧玉泉洞王国村に到着。
最初に、屋根つき観覧席(250名収容)のある屋外広場、エイサー広場で伝統芸能エイサーを見る。生きているかのような獅子舞、男性が大きな太鼓を打ち、回転しながらジャンプする荒技は見ごたえがあった。しまいには、観客まで踊りだされる。30分ぐらいのショーだったが、中々、面白かった。
沖縄長寿料理の昼食。おきなわワールド内レストランの会場に連れられていくと、大きなお椀に蓋が。物凄い量を食べないといけないと思ったら、中身は意外に少なかった。豚の角煮、ゴーヤの天ぷら、カニのグラタン等。
食べ終ったら、すぐに、玉泉洞に。玉泉洞は、昭和42年に愛媛大学探検部によって発見され,昭和47年にオープン。玉泉洞は、日本最多の100万本の鍾乳石がある。サンゴ礁から生まれたこの鍾乳洞は、全長5kmの日本第二位の長さ、そのうち、890mが観光洞として公開。
地上の入り口からトンネルの階段を降りて行く。洞内気温は21度、湿度は80%。空気が蒸し暑いような感覚だった。中は歩道が整備されており、歩行灯もついており歩きやすい。どこかの鍾乳洞は歩きづらかったが。ただ、たまに水滴が落ちてくる。デジカメに落ちてくるとムカついたりする。観光洞内は幅5〜10m、高さ20mにもおよび、2万本のつらら石が圧巻の槍天井、天井からのつらら石と地表の石笥がくっいた昇龍の鐘、銀柱、白銀のオーロラ、魔人の森、リムストーンダム(かばちゃ石)と呼ばれ周囲31mで高さ2.5mの日本最大の鍾乳石の黄金の盃、みがわり観音、板状の鍾乳石が重なり合って成長した珍しい絞り幕、ひねくれ地蔵、ガジュマル並木などと名づけられた独特の鍾乳石をデジカメで撮っていった。自然が30万年の時をかけて造り上げた壮大な地下の世界、幻想的な気持ちに浸る。「初恋広場」では、小さい鳥居があり、それを写そうとして、ちょうど良い台があったので、デジカメをそれに置いて写真を撮ったのだが、後で気づいたら、その台は賽銭の箱だった。何とも不届きな俺だろうか。「化石の広場」ではシカの化石を発見。有名な「黄金の盃」は、物凄い迫力。盃に見立てた巨大な岩には、満々とつがれたお酒のように水があふれ、荘厳な感じ。川の中に生き物がいるかどうか覗いたりしたが、何も発見できず。魚らしきものがいたと思うけど、動かないのでゴミだったかも。解説板にはフナ、大ウナギ、7種類のミジンコなどけっこう生き物が生息するとあった。出口近くに、赤い看板が見え、一年を通じて気温と湿度が一定なので、ハブ薬草酒を寝かしている酒蔵があった。長いエスカレーターで上がって終わりだった。
玉泉洞の出口はおきなわワールドの一番端になっており、色々と施設をほ回りながら駐車場に向う事が出来る。
まずは熱帯フルーツ園。トロピカルなフルーツガーデンには100種類450本の珍しい果物がどっさりとある。沖縄は亜熱帯気候に属し熱帯果樹の露地栽培が出来る北限と言われており、ここでは沖縄県内に導入された全ての熱帯果樹を収穫して、店頭で販売されている果樹が、どのような花をつけ、果実をつけるか知る事が出来る。パイナップルは昨日見たので、お馴染みだったが、レモンの木(実がなっていた)、バナナの木(少し枯れており、実はなっていなかった)、バラミツを見ながら通り過ぎる。本当、ざっとした見学しなかったので、他にも、マンゴー、アセロラ、沖縄でも栽培の難しい果物の王様ドリアン、マンゴスチン等あったようだ。
陶器工房を通り過ぎ、ガラス工房を抜け、ガラス売店を通り抜けたら、琉球王朝の赤瓦の美しい町並みを再現した琉球王国城下町。100年以上前に建てられた古い民家を数棟移築し、昔の沖縄の町並を再現したゾーンである。今では貴重になった野面積み、布積み・相方積みなどの石積みが見られる。家の玄関の角には、「石敢當」と石に書かれた魔除けも珍しい。綺麗だったのは、花で作ったシーサー、ちゃんと記念写真が取れるようになっていた。
良い匂いがする黒糖工場を抜けると、サンゴ地ビール工場。何か飲みたくなってきたけど、ここは我慢。
ハブ薬草工場を通って、エイサー広場に出る。白いニシキヘビとの記念撮影出来る場所があったが、俺はもしもの為に拒否。いくら大丈夫だと思っても、相手はヘビだから…
ハブ博物公園に行こうと思ったら、時間もなく有料だったので諦めて、サンゴの地ビールを飲む。普通のビールと変わらないような。飲みながら駐車場に向った。

次は南部戦跡観光。摩文仁丘に向いながら、バスガイドは島唄を歌い、沖縄戦を話す。

摩文仁丘・平和の礎に到着。アジア太平洋戦争の沖縄戦末期において帝国陸軍第32軍が最後に軍司令部を設置した場所。
バスガイドに連れられて、摩文仁丘に登る。以前来た時は丘まで登らなかった。初めて。「島守の塔」があり、自決した島田沖縄県知事や、県の職員426名が祭られている。そして各都道府県の慰霊塔が並ぶ。神奈川の塔もあった。昭和40年11月26日、内山岩太郎神奈川知事が建立したようだ。
沖縄戦没者墓苑に向う。大戦で沖縄において戦没した人々の遺骨を納められている国立の墓苑。手を合わせる。
丘を下ってゆく。丘のすそ野には、沖縄戦において命を失った犠牲者の方々の名を刻んだ「平和の礎」が立ち並ぶ。沖縄戦で亡くなった方の名前が、出身県別に刻まれている。
そして、「平和の広場」海の方まで歩いてゆく。ポッンと尖がったのは、「平和の火」。この平和の火を通り海に向う線は6月23日の「慰霊の日」の日の出の方向に設定されているようだ。沖縄戦の事を思い、暗い心になったのを美しい青い静かな海と、青く広がる穏やかな青空が心を慰めるかのよう。が、バスガイド、沖縄戦が始まった頃は、この海はいたるところにアメリカの船で黒かったという。そして、この断崖から住民・敗残兵が身を投じ、海は血で赤く染まったようだ。穏やかな沖縄の海の風景とは思えない険しくそそり立った断崖。あまりにも美しい自然と、あまりにも過酷で残酷な戦争のギャップが戦争の悲惨さを物語るようだ。
平和っていいものだと思いつつ、サトウキビのアイスを食べる。気温はTシャツ姿でも大丈夫のような感じ。その分、アイスも美味しかった。

バスはひめゆり塔に。バスで向いつつ、バスガイドが素早く説明する。1945年4月からはじまったアメリカ軍の沖縄本島への攻撃は熾烈をきわめ、日本軍の戦局が悪化するなかで傷病兵の看護にあたった。地獄のような戦場でアメリカ軍に追い詰められ、320名のうち170名が戦死または自決。49名が集団自決した摩文仁村伊原の洞窟の入口には、合祀のため「ひめゆりの塔」が建てられており、入り口に、地元の人たちが栽培した献花が売られている。併設のひめゆり平和祈念資料館には学徒隊の遺品や資料が展示されている。
沖縄戦で従軍看護婦として兵士の世話をしたひめゆり学徒隊を祀った「ひめゆりの塔」の前で、バスガイドの説明を聞いて、ひめゆり平和祈念資料館に入館。以前も見ていたので、何か疲れもあり、ざーっと見ていく。最後に来館・見学しての感想が展示されていたので、ゆっくりと読む。

バスの中で、寝ていた。さすがに疲れたのかも。「総合ショッピングセンター シティプラザ FUKUYA サンゴの福屋」に到着。沖縄の特産品や限定のお菓子を販売するお土産屋。何も買うのがないので時間を持て余した。

そして空港に。空港に着いて、荷物を点検すると、旅行する時に着てきたジャンバーが無いのに気づく。鞄の中に入れていると思い、帰る時は寒いので空港から着ていこうと準備しようと思ったのだが。どうやら、一泊目のホテルに忘れてきたようだ。別に何も入っていなかったので、諦める事にしたが… そういえば、最初は家の鍵をジャンバーに入れていたが、行く時に、無くすと大変だと、ジャンバーのポケットから鞄の中に入れ替えていた。運が良かったと言うべきか…
レストラン風月で天ソバ手巻きセットを食べる。まだ時間もあったので、ビール一本飲む。那覇空港(20:10)発。

羽田空港(22:20)着。家には23時20分頃に到着。さすがに、こっちの方は寒い。気温は14度ぐらい。

2003年11月22日〜11月23日 紅葉の香嵐渓と寸又峡「夢の吊り橋」南アルプスの秘境・大井川SL列車1泊2日編
11月22日(土)
6:15頃、家を出発。今日は晴れのようだ。集合場所の横浜のそごう第一駐車場に着くと、バスがたくさん並んでいた。三連休前だから仕方がない。受け付けを済ませて、バスに乗り込む。バスは超小型バス。1号車28人乗り。運転席側の3番目に座る。添乗員は若い女性、どうも初心者のようで慣れていないような… 横浜7:15発。
8:00、三ツ沢で停車(もう一つの集合場所)して、乗客を乗せる。運転手は、愛想がよくマイクを持って挨拶をし始める。「今日は皆さんも化粧して綺麗に見えます。美男子、美女が揃っているので、富士山も化粧して綺麗に見えるでしょう」などと… 確かに、雲一つ見えない好天気。東名に乗って西に向う。

9:40、富士川でトイレ休憩。トイレを済ませて、綺麗に見える富士山をデジカメで撮って、バニラアイスのアミノ酸入りを買って食べる。10:05出発。

天竜川、浜名湖を見ながら、12:00前に美合に。トイレを済ませて、マックがあったので、シェィクを買う。岡崎で東名を降りて、弁当を積み込む。弁当は料亭仕立て弁当。中々、豪華な弁当。厚揚げ豆腐八丁味噌、梅マヨネーズかけ、サーモンの紅葉焼き、松芋(一瞬、キノコかと思ったら芋だった)、かぼちゃ茶蒸あんかけ等。中々美味しいのだが、道が狭くなったのか、バスは揺れるので食べづらい。それでも、バスは足助に向う。どうしても、足助を「あしたすけ」と読んでしまう。本当は「あすけ」

13:20、香嵐渓に到着。香嵐渓は東海地区を代表する紅葉の名所。香嵐渓のもみじは、香積寺11世の住職・参栄和尚が1634年に巴川沿いの参道をより美しくと一本一本根付くように般若心経を唱えながら植えたもので、巴川の水面に映えるカエデ類と杉絵のコントラストが調和し、全長1キロの香嵐渓の渓谷美を色鮮やかに造り出している。
バスは香嵐渓多目的広場に停車。すでに観光バスが沢山停まっている。ここで、事件、何があったのか詳しくわからないが、添乗員が運転手に集合時間を言わないものだから、運転手がイライラして、(お客さんの気持ちを考えろと)添乗員を怒る。
添乗員が旗を持って先を歩いていくのだが、添乗員に連れられて、宮町駐車場まで15分ぐらい歩く。再集合場所を確認するのだが、凄い人混み。添乗員は待月橋で集合写真を撮ろうと言っているが、露天が並び凄い人混みで中々、前に進めずに添乗員を見失ってしまう。集合写真を諦めてしまう。
巴橋を渡り、もみじのトンネルを抜ける。紅葉が綺麗なのでデジカメで撮りながら歩く。川岸の紅葉が美しい。巴川沿いに架かる待月橋で、添乗員を探すが見つからない。もう集合写真は終わったのか? 河川敷一帯に紅葉が広がる4000本の楓が見事。まだ、紅葉していない木々があるが、それでも満足した。
香積寺に向う。杉木並と、もみじの参道を通り、急な階段を息を切らせて上がってゆく。香嵐渓のルーツとなった寺らしい。山門を通り、中に入る。かつては修行道場だったようだ。
香積寺を出て、階段を降りて、三州足助屋敷に。ここは、香嵐渓の中心部にあり、機織り、紙すき、鍛冶屋など、かつての山の暮らしと手作業を再現している。500円の入場料を払って中に入る。中々、趣のある所、気に入ったのが、時間が足り無過ぎ。入り口から入ると家畜の牛(名前は、もも子らしい)の臭いが臭い。建物が昔風なので、明治の農家にタイムスリップしたかのように思える。時間はゆっくりと通り過ぎて行くようだ。土蔵の中の傘屋や桶屋を見学。外に出て水車をデジカメに撮って、萬々館に。ここは、昭和の時代にタイムスリップ。『パチンコ ホームラン』の看板が笑えた。
そして、再集合時間の15:10間近になったので、宮町駐車場に向う。その時に、露天で『広島のお好み焼』が売られていたのには笑えたのだが、露天でベルトにつける鞄を買う。
駐車場で仮設トイレに入るのだが、けっこう仮設トイレが多い。

16:50に、八丁味噌工場に到着。八丁味噌工場で買い物。全国的に有名な八丁味噌のカクキュー。八丁の名は、岡崎城より西へ八丁離れた「八丁村」で作られたことに由来し、およそ600年も昔から醸造されていたようだ。
工場見学をする。熟成蔵の味噌が仕込まれている大きな樽が数多くあるのに驚く。若い女の子が携帯カメラで撮っていた。待受け画面にしようとしているのか? 味噌の試食して、売店に。味噌のソフトクリームを買って食べる。そんなに味噌の味はしなかったが…

バスは八丁味噌工場を出て少し走ると、路地から出てきた車にぶつかりそうになる。バスは急ブレーキして、乗客は何事かとビックリ。自分は前の方をすぐに向いたので、飛び出してきた車を見ていたのだが。車は逃げるように、右折していった。運転手「こっちの方は、青は進め、黄色も進め、青も進めなんだ」と冗談を言う… しかし、添乗員は名古屋出身… 少し、気まずい雰囲気に運転手は気づき「ゴメン、ゴメン」と謝る。
岡崎から高速に乗り三ヶ日で降りて、ガソリン満タン入れる。110リットル。

宿泊先は、ホテルグリーンプラザ浜名湖全室レイクビューでバルコニー付という爽快なホテル。
ホテルの部屋、和洋室(全室そういうつくりで、ゆったりと過ごせる)に荷物を置いて、食事に。夕食はバイキング料理。カニ、ステーキ、ハンバーグ、寿司、パスタ、焼きトウロモコシ、茶碗蒸しなどと一緒に飲み放題にする。5皿に、ビール3杯、グレープフルーツサワー3杯、その上に、杏仁豆腐、メロンを食べる。
食事が終わろうかとする時に、添乗員も食べに来た。2号車の男の添乗員と食べるつもりのようだ。
部屋に帰り、缶ビールを飲む。早めに寝る。

11月23日(日)
朝、6時に目か覚める。6:30頃、日の出。今日も天気が良い。朝食前に妻と散歩に出かけようと、早めに部屋を出る。まだ朝食の時間じゃないと思っていたら、もう朝食が始まっていた。本当は7:30なのに、7:00過ぎから朝食、嬉しいバイキング。ソバ、ホットケーキ、ベーコン、カマボコ、納豆、焼きソバ、サラダ等を食べる。またまた食べ過ぎる。
朝食後、ホテルの前を散歩。浜名湖(面積65.00km2は日本第10位、最大水深は16m、水面標高は0m)やホテルをデジカメで撮る。ホテルの近くにみかん畑があったので、それも一緒に撮ってしまう。

バスに乗り込む。今日は、乗車口側の一番前。朝から、運転手怒り爆発。それもそのはず、昨日、添乗員がスムーズに工程のの誘導が出来なかったり、昨日の団体客がバス内を散らかし放題だったし、昨日は1号車の添乗員(実は名古屋からの派遣で、あまり関東は全然慣れていない)と2号車の添乗員(まだ5回しか添乗していない新人)を、運転手は怒鳴り散らしたらしい。しかも、本当は、SL列車の時間の関係で8:20の出発なのに、時間が過ぎいるのに、まだ団体客が来ない。イライラしてバスに乗り込んでいる乗客に世間話しのように話す。やっと8:30前に団体がやってきたと思ったらその団体客の一人が来ない。しかも、遅れてきた人は昨日集合時間を書いた紙には「8:30と書いてあった」とヌケヌケと勘違いしている。そして、やっと、揃ったと思ったら、ルームーキーをフロントに返さない人かいて、添乗員(このバスは1号車の添乗員)、大慌てで探し回るのだが、実は違うバスの2号車の乗客が客室にルームキーを忘れていたのだった。本当は1号車の添乗員は慌てなくても良かったのに、慌てるものだから、運転手、怒り爆発。1号車の乗客の部屋番号を知っていれば捜す必要はないとわかるはずなのに。そんな事もあり、8:30過ぎの10分遅れで出発する。運転手、SLの時間に間に合うようにと、道路状況の関係で何が起こるかわからないので、朝から少し焦っていたのだが、完全に切れてしまった。何か不吉な朝の出発だった。

三カ日から高速に乗り順調に走っていたが、日曜日の朝から工事で渋滞に引っかかる。それでも、運転手の面白い話しを聞いていたら、20分の渋滞をいつのまにか短時間で抜け出す。運転手、「サービス業はマニュアル人間になってはいけない」とか添乗員に話していた。そして、「旅の字を崩すと、楽しいと言う字になる」だろうと添乗員に言うと、添乗員、キョトンとしていたので、運転手は「旅ってどういう字を書くんだ」と言うと、添乗員「『ほうこう』の『ほう』」と答えるが、『ほうこう』の『ほう』は『方』なんだけど…
相良牧ノ原で高速を降りて、順調に走っていたのだが、突然、若い女性が前の席に向って歩いてきて添乗員と運転手に話しかける。トイレに行きたいようだ。が、土地的にトイレをする場所が無い。茶畑ばかりなのだ。運転手、困っていたが… 妻がファミリーマートを見つけて、そこで用をすませる。どうも、その女性、急に用便が近いらしい病気らしい。運転手、気をきかせて、今度から前もってその女性に言うようにお願いする。
そして、車は大井川を渡る。すると、お客さん第一に思っている運転手、サービスに大井川の歌を歌い出す。添乗員の持つマイクを横取りしてほとんどバスガイド気分。実は、ゴマキファンらしい。中々、楽しいドライブであるが、添乗員は注意されっぱなし。でも、言っている事は間違いではないので、頑張れ、添乗員。
事件はまたまた度重なる。後ろ側に座っていたおじさんが添乗員の所に来て、なぜか添乗員をおじさんが座っている場所に座らせる。そして、おじさんは通路に座るという何か変な異常な感じ… 俺、何なんだろうと観察していると、運転手もそれに気づき、マイクでそのおじさんに事情を聞くと、そのおじさん「(後ろの自分の席で)異常音が聞こえる」という。俺、オウムとか思いだしたが… 実は、エンジンの音だったんだけど。でも、何で、おじさんは異常音が鳴る所に添乗員を座らせたんだろうか?
大井川の上流をバスは上っていくと、バスは前には車が無いのに急ブレーキ。今度は運転手が異常音かと思ったら、取り締まりに気づき急ブレーキをしたらしい。何か、しきりに運転手、あれは違法取締りだとか言っていた。
そんなこんなで時間的に遅れてしまい、運転手、一日二回しか走らないSLの時間に間に合わせようと急ごうとスピードを上げようとする。運転手が「スピード上げるから、乗客に了承して欲しい」と添乗員に指示。そして、添乗員、マイクで「これより安全運転でスピードを上げます」と。運転手、「(安全運転でスピードを上げるの運転は)難しい」と苦笑い。そしたら添乗員「安全運転はして下さい」と運転手に反撃。何か、掛け合い漫才のようだ。
あまりにも急ぎすぎて、運転手、曲がるところを間違える。と、言うより、大井川SL列車の乗車区間が8月の台風の土砂崩れの影響で全面復旧が難しく「新金谷〜千頭間」から「家山〜千頭間」に変更され、運転手の長年の慣れもあり、曲がる所を通り過ぎてしまったのだ。しかも見過ごしやすい曲がり角を曲がらないといけないので、急いであるあまり、見過ごしてしまったようだ。川根の道の駅で気づく。そこで、引き返そうとするのだが、あまりにも道が狭いので、Uタウンは出来ない。大回りで引き返すのだが、添乗員に地図を見てもらいながらバスは走るのだが、添乗員、うまくナビが出来ない。SLの発車時間が迫り、運転手、かなりイライラ。しかも道も狭く、焦るばかり。俺、一番前の席だったので、対向車線に自家用車がくるたびにドキドキする。自家用車に負けずに、強引にバスは突っ込み、道を譲ってもらったりする。家山駅の看板も出ていないので、もし見逃せばアウト、SLは発車するのだ。何度か、自家用車とすれ違いながら、目標にしていたガソリンスタンドの角をまがり駅を発見。

何とか家山駅に到着。弁当を頼んでいたので、それを持ってトイレに行っていたらホームからSLの汽笛がなった。トイレに行っている妻を待っていたんだけど、すぐにSLが来たので改札口からホームに。SLがホームに入ってきた。蒸気をあげるのが迫力がある。妻も丁度、来て、デジカメで撮る事が出来た。乗り込むと添乗員に言われていた座席には、子供連れのファミリーが図々しく座っていたので「ここは予約してあった場所なんですが」と妻が言うと、すごすごとファミリーは退散。そして、他の席でもトラブル。1号車、2号車のお客が入り乱れて座っている。どうやら、添乗員同士の打ち合わせがうまく成されていなかったようだ。1号車は席を決めてあったのだが、2号車は1号車〜2号車の座席の場所に勝手に座ったようだ。何とか座れて、そんなトラブル風景を見ていたら、いつのまにかにSLは発車。窓際の席だったので、窓から茶畑、大井川や山々、茶畑を見る。狭い座席で弁当を広げて食べるのだが、何か昔の国鉄に乗っているような感覚になる。ノスタルジックな旅を楽しむ。SLに乗っていると、窓の外にカメラで撮ろうとするカメラマン(?)達が数多くいるので、弁当を食べていると大口開けている俺が写りはしないかと、何か恥ずかしさを覚える。また、手を振られてしまうので、こっちも手を振り返してしまう。30分ぐらいの列車の旅も中々、楽しかった。SLから出ると、釜の中が見れたので、勿論、デジカメで撮影する。

千頭駅で、またまたスムーズにバスの所まで乗客を誘導出来なかったので、運転手が迎えに来てしまう失態を犯してしまう添乗員。添乗員、本当は厄日なんだろうか。妻がトイレに行っている間に気づいたのだが、そのトイレの建物に滝が流れていたのが、その名前が『音入れの滝』には、笑ってしまった。

寸又峡に向う。山々が紅葉していた。それで、運転手「俺も母ちゃんを紅葉させた事がある」とか言っちゃっている。
土日は急カーブの連続で見通しが悪く交互通行なので、通行に不便。ただ、平日は交互交通がないので、対向車線からバンバンと車が来るのでバスや車が身動きがとれなくなる可能性もあるらしい。かなり狭い道をバスが走るので、道すれすれに走らなければならず運転技術が必要とされる。もし、道路からずれると崖から転落。運転手の腕が見ものだが、一番前で見ている俺は、そんな事は言ってられない。平日じゃなくて良かった。大型バスだと絶対に通れないので、だから28人乗りの中型バスになったらしいが。細狭い橋を渡るのが難所の一つだったかも。バス幅ぎりぎりのスペースで通るらしい。運転手、帰りもこの道を通るのだが、明日も寸又峡に来るのでこの道を通るらしい。

13:05に寸又峡に到着。駐車場から寸又峡プロムナームまで歩く。吊り橋を渡りたかったので、妻と飛龍橋で待ち合わせて、先を急ぐ。途中で「奥さんは?」と、他の乗客の夫婦に聞かれたので、「自分だけ吊り橋を渡るので飛龍橋で待ち合わせした」と事情説明して夫婦を追い越して行った。急いでいるあまり、紅葉を堪能していないのに気づき周りの風景を見ながら急ぎ足。朝日岳、大無間山などの紅葉が美しい。空気もおいしい。天子トンネルを抜ける。トンネル内は一部、道がジメジメしており、ふと、妻はここまでやってくるだろうかと心配になってしまう。
飛龍橋方面と吊り橋方面の別れ道で、少し迷う。上から吊り橋を見ると何か恐そうだし、時間内に戻れるか心配だったが、せったくきたのだからと乗る事に決心。そして、下の吊り橋方面に向うことにする。それにしても、『ご注意下さい ここから遊歩道は狭く急なため、一方通行になります。「夢の吊り橋」を渡ると約370段の急な階段になります。歩きに自信のない方は飛龍橋方面の散策をお楽しみ下さい』の立て札には、躊躇させられたが。
吊り橋に行こうとすると、かなり並んでいる。俺は30分待ちぐらいかな〜と思い夢の吊り橋を渡ろうと決心。後戻りは出来ない。前のおばちゃん二人組は、同じツアー会社だけどルートが違う。暇なので色々聞くと、俺は駐車場に15:10集合なのに、おばちゃんたちは15:30集合。もしかしたら、一時間待ちだったら、完全にアウト。引き返そうかと迷ってしまう。5分過ぎ、10分過ぎると、どんどん前に進み、吊り橋に近づいてくるので安心する。しかも、俺の後ろには、沢山の人が並んでいるので、ここまで来て後戻りは勿体無い。吊り橋を渡っている人達を観察すると、10人ぐらいづつ渡らせているとか言っていたが、10人目の最後尾の人が真ん中まできたら、どんどん10人づつ送り出しているようなのだ。先頭を高所恐怖症なのかへっぴり腰になって渡っている者、派手な革ジャンを着た集団、足の悪そうなヨタヨタしているおじいちゃん(急な階段はどうするんだろうか?)、子供(恐いもの知らずか、元気に渡っている)などが渡っていた。やっと順番になった。30分待ちだと思ったら、20分待ちだった。渡る少し前に、後ろ側に並んでいたカップルの女性にデジカメで撮ってもらった。ラッキー。
雄大な寸又渓谷を結ぶ夢のつり橋(長さ90m、高さ8m)を渡るのだが、ダム湖の上にかかっている一方通行の橋で、一度、吊り橋に足を乗せると後戻りは出来ない。右手はデジカメを持ち写しながら、左手は横のロープを持って渡る。わずか30センチの板が引いてあるのだが、揺れるので恐い。下には、バスクリンのようなエメラルドグリーンの水が… 後ろのカップルがバンジージャンプしたらと冗談を言い合っていたのを思いだす。吊り橋から見る山々の紅葉は絶景と言いたいのだが、渡るので必死…
何とか渡りきったのだが、今度は時間との勝負。これから、370段の急な階段を走らなければならない。集合時間に戻れないような気がしたのだ。前のおばちゃんが「この兄ちゃん、急いでいるので道を譲って下さい」と声を掛けられたお陰で、スムーズに走れた。どんどんと追い越してゆく。ジムに行っているお陰で、思ったより疲れない。一気に登り切った。そしたら、偶然(妻を置いて)俺だけ先に行っていると事情説明した夫婦がいた。「奥さん、展望台に行っているよ」と。上の方を見ると妻が大笑いしていた。
そして、尾崎展望台(560m)に行く。大間ダム湖周辺の自然景観が一望できる。少し休憩して、飛龍橋(長さ72m、高さ70mのアーチ型)に。その昔、森林鉄道のトロッコが走っていた歴史のある橋らしい。橋から下を見るとかなりの高さ。飛び降りたら確実に死ねるだろう。紅葉も綺麗。
妻と元来た道を引き返すのだが、途中、天子トンネルの前で皆が騒いでデジカメや写真を撮っていたので何事かと思ったら、動物を発見。俺が熊だろうと言うと、イノシシ説も浮上。結局、地元の人に言うにはニホンカモシカだったようだ。
結局、そんなに急いで戻ることなく駐車場に戻れた。15:10にバスが走り出す。

トンネルの出口で30分止まる。例の交互交通の為である。バイクがトンネルの歩道を通り過ぎたので運転手「マナーがなっていない」と切れる。30分待たされたのは、対向車線にノロノロ運転の某観光バスが通り、それに続き沢山の乗用車が続いていたので、運転手「あのバスのせいで待たされていたんだ」と言っていたが… 
17:00、川根の道の駅でトイレ休憩。足湯があったが、運転手トイレだけと言っていたので諦める。

18:00、石原マリンステーションで買い物。鉄火丼を買って、それを夕飯にする。18:15、バスは出発。

運転手のお薦めの『二等兵物語』のヒデオを見て、綾小路きみまろのテープを聞く。

中井でトイレ休憩。またまた腹が減ったので妻が焼き鳥を買って、俺がホットドックを買う。20:00出発。
中井を出るとすぐに渋滞。30キロ渋滞。最初は海老名でトイレ休憩をしようと思ったのだが、ここではサービスエリアに入ろうとしている車が何キロを連なっていた。しかも、事故車もあって、二重の渋滞が重なる。三台が停まっていたので玉突き事故だったようだ。
町田直前に近づくとスムーズにバスは走る。町田はすんなり抜け出し、三ツ境に乗客を降ろす。この時で、21:50ぐらいで予定より1時間30分遅れ。
横浜には22時15分ぐらいで1時間遅れ。中々、うまい運転だった。最後の添乗員の挨拶では「不慣れな添乗でお客様にかなりご迷惑をかけたのだけど、心優しいお客さんばかりで…」と、涙ぐむ。印象的な旅になった。

2003年11月7日〜11月8日 社員旅行・仙台1泊2日間編
11月7日(金)
家を出ると霧。何となく嫌な天気。8:06、横浜から東海道に乗る。一番後方車両で、後輩と待ち合わせる。かなり混んでいた。新橋で、線路に人がいるという事で、電車が全線止まり、駅員が確保に向かう。10分ぐらい停まって焦るが、何とか東京駅・八重洲日本橋改札口前の集合時間8:50に、間に合う。60人ぐらいの大所帯。添乗員も大変そうである。
9:20、やまびこ81号に乗車。ツマミとビールを幹事から配られて、朝から飲み始める。1時間したら、日頃の疲れも手伝い、酔ってしまう。

11:26、一ノ関駅下車。バス2台で中尊寺に向かう。俺は1号車。1号車は女性が多く、禁煙車で、2号車、癖の多い人達が多い(某幹事が言うには)。1号車のバスガイドは年齢は自称20歳と言っているが…2号車は、少し可愛いような…
中尊寺の近く、平泉レストハウスで昼食。平泉の地方は餅料理が歓迎の料理らしい。あんこ、しょうが、雑煮など餅ばっかりの昼食。それで、ビールはきつかった…昼食が終わり、武蔵坊弁慶大墓碑を見に行く。弁慶は実在しないと言われているので、その墓も怪しいのでは…

バスで駐車場まで上がり、中尊寺の見学。中尊寺は岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗の東北大本山、前九年の役と後三年の役以来の敵味方の霊をとむらうため、1105年(長治2)藤原清衡が建立。中尊寺は、約110haの境内地一帯は特別史跡に指定されている。
中尊寺金色堂の見学。何気ないお堂と思いながらも中に入ると、物々しく大きなガラスケースの中に金色堂が。黄金に光り輝く金色堂は美しい。奥州藤原氏の棟梁であった初代・清衡公、二代・基衡公、三代・秀衡公の遺体と泰衡公の首級が安置されているとテープで説明していた。つい見惚れてしまった。
3000点もの寺宝を収めるべく建てられた宝物館の讃衡蔵を見学。仏像・経典・奥州藤原氏の副葬品など多くの国宝・重分が見やすく展示されてた。

バスの中で寝ていたらすぐに毛越寺に。毛越寺は、岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗別格本山。平安末期、藤原基衡によって再建され、当時は堂塔40余、禅坊500余という大寺院で、中尊寺をしのぐ規模であったらしい。この草創期に金堂とされたのが円隆寺で、建立にあたっては黄金を惜しみなく使った言われる。毛越寺跡は国の特別史跡および特別名勝に指定されており、平安時代の浄土庭園である大泉が池や東門跡などが復元整備され史跡公園となっている。
またまた、寺だと思って駐車場からバスを降りて歩くと、紅葉の美しい池が。池中立石をよく見ると何かの形に思えて、女性と一緒に見れないような… 池の周りをゆっくりと歩いた。感想として跡地が多い。講堂跡、金堂・円隆寺跡、経楼跡、法華堂跡等。常行堂の横の紅葉が綺麗だったのでデジカメで撮ろうとしたら、会社の女の子が邪魔されそうになった。常行堂で参拝しようと思ったが、やっぱり辞める。毛越寺一山に伝わる平安期の仏像・書籍・工芸品・発掘遺品などが陳列している宝物館をざっと見て、ゆっくりと鮮やかな本堂をデジカメで収める。

バスは仙台市内に。寝ていたのでどれくらい寝ていたんだろうか… 宿泊先の仙台エクセルホテル東急に。チェックインして、少し経ってから、またロビーに集合して夕食の会場に向かうためにバスに乗り込む。割烹魚長で、会席料理。場所が狭い路地にあったので、怪しいと思ったけど、老舗の料亭のようだ。ホテルで寛いだ時に見たテレビで、夕方近くに小泉首相が仙台駅で演説していたので、もしかしたら小泉首相もこの料亭にいそうな気がしたが… それほど高級ぽかった。料理も美味しかった。でも、牛たんは出てこなかった。

二次会は、後輩2人連れて飲み屋に。『Prom』というキャバ。店のマネージャーと交渉して、70 分4500円に。しかも、2人がつくまでは時間はスタートしないという条件で、結局、80分楽しむ。
三次会は、牛たん屋を探そうとするが、疲れて断念。コンビニでトイレして、ホテルに戻る。ツインだったので、同じ部屋の人が風呂に入っている間に、寝てしまっていた。

11月8日(土)
昨日、早く寝たせいか、6:00に目覚める。風呂に入り、また寝てしまうが。
朝食は、ラベニューで洋食バイキング。

今日の観光の最初は仙台市内観光。バスは広瀬川を渡り、山を登ってゆき青葉城に。仙台城跡(青葉城跡)、宮城県仙台市青葉山にある近世城郭、伊達政宗以後、仙台藩62万石の藩主伊達氏が居城した平山城で、青葉城ともいう。全国的にも最大級規模の本丸は山城だが、城全体は平山城といえる。本丸の建物は明治初期にとり壊され、二の丸の建物も焼失して、肥前の名護屋城から移築したといわれる大手門と付属の脇櫓のみ残っていたが、これも第2次世界大戦で失われようだ。今は、遺構は石垣しか残っていない。
護国神社に向かうと、神社に向かって赤い絨毯が。俺達を歓迎しているのかな〜と思ったが、これから結婚式が始まるらしい。係員が丁寧に絨毯のゴミを拾っている。参拝を皆がしているのを眺めながら、俺は素通りしてゆく。
土井晩翠作詞の「荒城の月」の碑と 仙台生まれの土井晩翠の像を見る。土井晩翠自筆で書かれた碑を三回なぜると字が綺麗になるとバスガイドが説明するが、誰もあやかろうと碑をなぜようとしない。皆、字はうまいと思っているのかな〜
そして、伊達政宗の像を見に行く。本丸跡に建つ騎馬姿の伊達政宗。勿論、デジカメに収める。
仙台市内を眺望でき、眺めは良かったのだが、ただ曇っていたのが残念。
駐車場に戻ろうとしたら、護国神社で結婚式が始まろうとしていた、花嫁・花婿、親族が出てきていた。巫女さんもかわいい子で、かなり注目の的になっていた。
何か、こうしてみると、城跡と言っても、ただの公園のような… お土産屋の近くにあった『日本初CGで再現、青葉城はありませんが資料展示館にはあるんです』の看板には笑った。駐車場のトイレに行くと、水を流す場所がわからずに、かなり困ってしまう。もしかして、ポッチャントイレ?

そして、バスは松島に向かう。バスガイドの話しが面白かった。妹が中尊寺で結婚式を挙げたらしいが、知らなかったらしい。ちょうどガイドをやっていたら、神前結婚式を挙げようとしている妹とバッタリ。同じ家に住んでいるのに、妹や旦那さん、家族までが黙っていたらしい。こんな事って、ありえるのか。まあ、家は中尊寺の田舎らしく、車で熊と追いかけっこしながら、家に帰った事もあるらしい。後、2号車のバスガイドと昨日は同部屋だったらしいが、2号車のバスガイドがお風呂に入っている間に寝てしまったらしい。本当はお喋りをしたかったらしく「起こしてくれれば良かったのに」と、少し文句を言っていた。早く寝たので2時頃目覚めたらしい。楽しい話しを聞きながら、松島に。こういうバスガイドの話しも旅の面白さだろう。

まずは、桃山建築の五大堂の見学。五大堂は松島の風景のシンボル。五大堂はその昔、慈覚大師が五大明王をまつり五大堂と名付けられたようだ。朱塗りの透かし橋を渡る。足下には海が見え、ドキドキしながら渡る。専門のガイドの説明を聞こうとするが、中々、前までいけずに、あまり説明が聞けずに断念。最初にお堂を建てようとしたのは坂上田村麻呂で、この場所からの海の眺めに魅せられ、建築を思いついたと言われているらしい。

瑞巌寺に向う横断歩道の前に、オルゴールの音が。今風の音楽を大きなオルゴールをおじさんが回していた。けっこう何時間も回しているようなので、ご飯は食べているのだろうか、心配になる。

そして、瑞巌寺に。表参道の杉並木が圧倒されつつも、その横の歩道を専門のガイドの話しを聞きながら歩く。苔むした洞穴と仏像群がある。 昔、沢山の坊さんが洞穴で修行をしていたようだ。トイレに使われたという洞穴、台所の洞穴、階段もありその上はマンジョン(ガイドが観光客の笑いをつかんでいた)等を見学した。
そして、瑞巌寺に。瑞厳寺は、宮城県宮城郡松島町にある臨済宗妙心寺派の寺。円福寺、松島寺とも呼ばれるが、正式には青龍山瑞巌円福禅寺。 本堂(国宝)は、南東に面し、正面39m、奥行き25.2m。入母屋造・平屋・本瓦葺。慶長14年(1609)完成。内部は禅宗方丈様式に武家邸宅の書院を加えた10室間取。
ガイドの説明を聞きながら、見学してゆく。

昼食は、洗心庵。おそらく「三陸海の幸膳」だったと思うけど、内容は牛たん、そば、刺身等。牛たんを食べたかったので、けっこう美味しかった。

その後、そこの庭園を見に行く。円通院に。拝観料300円の所を、チラシをもらっていたので200円で拝観。円通院は、二代藩主伊達忠宗の次男・光宗の菩提寺。七福神庭園の紅葉が必見の価値がある。
奥まったところにある光宗公の霊廟三慧殿の中に、宮殿型厨子を見学。厨子には支倉常長が西洋から持ち帰ったバラが描かれており、円通院はこのバラを題材にした庭のある「バラ寺」として知られているらしい。デジカメで撮って良いのか、分からなかったが、何も禁止の表示がなかったので、思い切って撮ってしまう。厨子の模様にバラやクローバー、女子高生が書きそうなハートなどの図案が使用されていた。
バラ園に行くが、時期が終わっていたので、枯れているバラを少し見る。

まだ、時間があっぷりあったので、お土産屋をブラブラする。

松島遊覧船に乗る。ほんの少し(何粒か)雨の中、貸切で遊覧船に乗る。松島から塩釜港まで。前にも見ていたので、前回のように見逃さないのようにと必死で見ずに、一階で色々な形をした島を船内放送を聞きながら眺める。寒かったので、デッキには出なかった。松尾芭蕉が、松島のあまりの美しさに、「松島や ああ松島や 松島や」としか句を詠めなかったくらい美しいところらしいが、本当に美しかったら、どんどん句は出来そうな気もしたが…

塩釜港のすぐ近く、笹かまぼこ作りの老舗「渡幸」のかまぼこ館に行く。お茶と温かい笹かまぼこがサービスされる。けっこう美味しかった。

バスは仙台駅に。16:43にMAXやまびこ62号に乗り、東京駅に19:00到着。帰りもビール2本飲む。結局、酒ばっかり飲んでいたような…
2003年10月18日 紅葉ミステリーツアー日帰り編
10月18日(土)
家を7:00に出発。途中のコンビニで巻き寿司を買う。集合場所の上大岡に来ても、バスが停まっていなくて、不安になった。二階建てのバスが停まっていたので、それかな〜と思ったが、どこかの会社の慰安旅行のようだった。添乗員が来て、受け付けをすまして、その二階建てバスの後ろに停まっていたバスに乗り込む。
今日の座席は、運転席側の4番目。7:47に上大岡を出発。
添乗員が今日の行程を説明する。「まず最初は綺麗な所、その次は雄大な山、そして甘い物で女性が好きな○○狩り」と、ミステリーらしい。妻は雄大な山を富士山かな?と予想する。ベテランのバスガイド「今年はナナカマドとかの赤の紅葉が綺麗だ」と。バスは少し渋滞の保土ヶ谷バイパスから東名に。

東名を下り、海老名インターでトイレ休憩。恒例のパンを買う。妻が メロンパンで、自分はバナナパン。8:45出発。バスは何と厚木で東名を降りて、一般道を愛川方面に向けて走る。眠くなったので居眠り。藤野町で目が覚める。相模湖インターから中央道に乗る。朝は雲が多かったが、晴天になってゆく。バスは山梨方面に向かう。バスガイド、乗客のノリが悪いので、チクチクとイヤミを言いながらガイドする。武田信玄とかの歴史が得意なようだ。笹子トンネルを抜けると、さらに天気が良くなる。

双葉でトイレ休憩。バスを降りる時に運転手が若い女性だと気づいた。妻は最初から知っていたようだ。11:00出発。バスは、須玉で高速を降りる。清里方面にバスは走る。八ヶ岳の赤岳が綺麗に見えた。

野辺山ドライブイン菊本で買い物。裏のコスモス畑に行くが、10月16日早朝の霜で枯れたようだ。コスモスの残骸を肥料臭い中、見ることに。それにしても臭かった。バスに戻ると、松茸弁当が配られていたので、早速、食べようとしたら、箸がない。少し、バス内は騒ぎになる。俺は妻に「箸は50円ぐらいでオプションかもよ」と言ってしまう。実は、松茸 のように、箸も見えなかったりして。添乗員が箸を配ってくれて弁当を食べる。12:25出発。

八ヶ岳高原を走り、紅葉の木々を見る。八ヶ岳高原ロッヂに。TBS系TVドラマ『高原へいらっしゃい』で、ここのレストランは舞台になったらしい。ドラマ好きの妻は感激していた。本当は、舞台となった八ヶ岳高原ヒュッテまで足を伸ばしかったが、時間的に無理があった。紅葉の木々の高原を少し歩き断念する。結局、ロッヂのレストランだけ、写真に撮る。13:15出発。

バスガイド「次はハワイに行きます」と、冗談を言いつつバスが走る。

八ヶ岳中信高原国定公園 美し森に。一度、去年、紅葉を見に来ている。ちょっと、ガックリ。展望台まで、遊歩道が出来ているが、急な上り坂の階段なので、妻と息を切らせながら上がって行く。陽が照り、紅葉が鮮やかに見える。展望台で日本一おいしいソフトクリームを食べる。200円、中々、美味しかった。八ヶ岳が綺麗に見えた。下りも足元を注意しながら、妻と話しながら歩く。

バスは少し走り、東沢大橋(長さ:90m 高さ:49.8m 幅:9m)に。去年も来ているので、凄い綺麗な紅葉だけど、見ているだけに、去年ほど、そんなに感動はない。15:00出発。

バスは長坂インターから中央道に。寝ている間に、ブドウ狩りの場所に。さて、どこだろう。韮崎らしいと知る。フルーツランド平賀に。甲斐路、ベリーAを食べる。30分間食べ放題だけど、そんなに食べられるものではない。16:30出発。

中央道近くで、山頂が雪化粧した富士山が見える。バスガイドによると昨日は雪化粧していなかったらしい。

またまた、少し寝ている間に、シャトレーゼ ベルフォーレ ワイナリーに。係員のワイン工場の説明がある。大きな貯酒タンク、ワイン樽を見学。そして、ワインの試飲。小さなコップを渡され、巨峰やデラウェア、ブルーベリーのワインを試飲。チーズやチーズケーキの試食をして、おいしかったので購入する。

座席に戻ると椅子にブドウが置かれていた。これは、今回のツアーの特典の一つのお土産。また、もう一つの特典、小さなソフトクリームのアイスを配られ、少し酔った気分が治まる。バスは一路、帰路に。17:40境川で、オプションの夕食の弁当の積み込みして、すぐに配られる。早速、食べ始める。

談合坂でトイレ休憩。18:30出発。バスが走り出すと、ミステリーツアーの最後の企画、ビンゴゲーム大会が始まる。添乗員の段取りが悪く、皆、意味が分からず、まとまりが悪かった。添乗員は「1〜50までの好きな数字を25個、紙に書いて欲しい」と言っていたらしいが、殆どの人が「1〜25の好きな数字を25個書いていた」。結局、妻も自分もハズレ。残念賞に、ワイナリーで買いたかったチーズを二個もらい、気を落ち着かせる。

バスは途中渋滞もあったが順調に走り、気がつけば、八王子インターから八王子バイパスを使い、上大岡には、21:00前に到着。
感想として、去年の紅葉のミステリーツアーで行った事がある場所が多く、あんまりミステリーぽくはなかったような… 何か、正直、期待はずれ…

2003年8月28日〜8月30日 2003年夏休み緊急企画 8月の北海道3日間編
8月28日(木)
家を7:30に出る。妻が10分前に出ていたので、それを追いかける。駅前で追いつく。京急で羽田空港に行くが、通勤ラッシュで鞄二つが邪魔くさい。妻も混雑する電車に幾分、楽しんでいるような… 羽田空港に8:40に到着。すぐに、受付カウンターで受付をすませる。全日空の飛行機のチケットをもらって、早速、搭乗する。定刻の9:30発。飛行機の中でアサヒビールを飲む。

千歳空港、11:00前に到着。添乗員、バスガイドが出口で待っていた。テキパキとした女性の添乗員、バスガイドは物知りそうなおばさんのようだった。今回のツアーはバス3台129人のようだ。夏休み最後だからか、家族連れが多いような〜 自分達が乗るバスは3号車、出入り口側の3列目。飛行場からバスに乗る時、肌寒かったが、気温18度だった。

バスは15分ほど走り、『BEER WORKS CHITOSE』に。15品バイキング料理が昼食。若鶏の唐揚げ、五目焼きそば、ホットドック、プチケーキなどを食べる。地ビールのサービス券をもらっていたので、地ビールを飲んだ。888円、味はともかく、かなり安い。地ビールが美味しかった。今回のツアーは、2日目は丸々自由行動なので、ツアー会社から出版しているガイドブックを安くで予約販売していたので、それを妻と二人、同じ本を2冊買っていた。それを読みながら、残り時間を潰す。

バスは、高速に乗り、積丹半島に向かう。高速に乗ったら、眠くなりウトウトする。食べ過ぎたかも。札幌を高速で通り過ぎ、小樽で高速を降りる。小樽を走り、小樽オルゴール堂本館、北一硝子三号館、ヴェネツィア美術館と通り過ぎ、小樽運河をバスの中から見ていく。去年、小樽に来ていたが、また行きたくなる。

積丹半島に行く前に、余市に。ニッカウヰスキー�衙務て珊�場の隣りの『余市宇宙記念館 スペース童夢』でトイレタイム。この建物は、余市出身の宇宙飛行士・毛利衛にちなんでオープンした宇宙科学の体験学習施設。中まで入る時間がなく、トイレをすませると、その奥にある売店でお土産を見る。枝豆の宇宙食が売られていた。妻と錯覚の部屋「ステップトレーナー」に入る。斜めになったトンネルが歩きづらい。ただ、それだけだったが、面白かった。そこの男性トイレも面白い仕掛けがあるらしく、行ってみるが、何か面白いのか分からなかった。幾分、斜めになっているような… 時間になり、バスに戻る前に余市ワインアイスを買ってバスの中で食べる。今日はアルコールばっかりか…

バスは積丹半島に。東岸を走るR229は通称シリパ・セタカムイラインと呼ばれている。道路をバスは走るが、途中道も狭く、トンネルに入るたびにバスは対抗車に気をつけている。カーブが多いが、海沿いの道路は景色が最高に良い。断崖と奇岩が続く。えびす岩、大黒岩、沖にポツンと立つ高さ46mの長細い岩のローソク岩(観音様みたい)、小島と大島が重なり合って見える場所になると宝島になる面白い名前の島…バスガイドが詳しく説明してくれる。それにしても、乗客の反応がイマイチなんだけど、バスガイド、それにも、めげずに喋り続ける。皆、眠いのかもしれないが… 俺も眠かったが。天気は雨が降りそうなのか、微妙なのか、バスガイドがおまじない(?)の「ニサッカタ・シリピリカクリネ・アーホイサー」という北海道弁を乗客に覚えさせようと、何度も何度も乗客に復唱させたのが利いたのか、雨は持ちこたえている。しかも、雲の方が高いのか、海岸線もはっきりして、遠くの半島までもくっきりと見える。

バスは積丹半島・神威岬に。ここが最初の観光地。やっと着いたという感じ。駐車場に着くと、神威岬の碑の前で団体写真。妻が一番前に座るのだが、俺は一番後ろの所に(妻に承諾を得て、団体の撮影が終わったら一人で岬の先頭まで行きたかったので)。どうせ買わないから、別にどこでも良い。俺が、隣りにスペースを空けると、添乗員が隣りに来てくれた。神威岬は、積丹半島の北西に突き出た岬。灯台の所までは時間が無いので行けないとバスガイドは行っていたけど、俺は妻を残して、足早に「女人禁制の門」(昔はそうだったらしい)を抜けて、徐々に走って行ってみる。坂があったり、階段があったりとかなりきつい道。徐々に道も狭くなってゆく。それでも、ところどころでデジカメを撮りながら、狭い道を走る。もう、ここで、戻らないと、バスまで戻れない時間になると、灯台までたどり着く。かなり走ったようで、息もゼイゼイ。それでも、岬の先端に着くと、83mの断崖下の積丹ブルーと呼ばれる青い海に神威岩が立つ光景に、言葉を失い感動してしまう。ここまで来て良かった。帰りも走って帰るのだが、すれ違う人達に、狭い道を譲ってもらうというより、俺が走っているから、どいてもらわないと、ぶつかってしまうのではと、スムーズに道を譲ってもらう。「女人禁制の門」の所で、妻が待っていた。妻も少し先まで行っていたらしい。空気が薄いのか、どうも息が上がってしまう。かなりゼイゼイといって苦しい。汗もドンドン出て、バスに戻る。スポーツジムに行っているせいで、息は上がるが、そんなに疲れが来ない。バスが発車しょうとしたら、駐車場にキタキツネがいた。しかも、跳ね回り、走り回っている。北海道らしい光景。バスガイドによると、ここには3匹のキタキツネがいるらしい。

バスは20分ぐらい走り(その間に、またまた、キタキツネが道路脇にいた。アンパンを食べているのか、口のところが丸くなっていた)、積丹半島・島武井海岸に。日本渚百選に選ばれているらしい。バスを降りて、皆が海岸に向かうのに、俺と妻は先にトイレに。トイレで用をすませて、遅れるように皆を追いかけてゆく。バスガイドが島武井海岸の看板パネルの前でブツブツと言っていた。土が赤土なのが、なぜか不思議らしい。島武井海岸トンネルの中に入る。中は意外に長く、暗い。電気一つ付いていない。岬を見終わった何人かとすれ違うが、俺があまりにも横に道を譲ったので、壁にぶつかってしまう。それぐらい狭いトンネル。トンネルを抜ければ、雪国ではなく、ダイナミックな景観、積丹半島最北端の積丹岬。広がる海岸線、女郎子岩に、深くて神秘的な海水は透明感がある。エメラルドグリーン、積丹ブルーと言われる海の風景には感激してしまう。早速、添乗員に妻と二人の写真を撮ってもらう。また、妻を残して、崖下まで下ろうとしてけど、さすがに疲れも出て、途中で引き戻る。崖下の海辺には子供達が遊んでいた。崖上に戻ると、添乗員と妻が話していたらしく、添乗員に「旦那さんが戻ってきたよ」と言われた。添乗員、実は東京の人で、6月ぐらいから、北海道の寮に住み込み、連続して北海道のツアーの添乗をしているらしい。

バスは、金山パーキングでトイレ休憩をして、札幌市内に向かう。途中の小樽周辺の道路では大雨が降ったのか、道路には水溜りが出来ていた。全然、大雨に祟られなかっので、おまじないが利いたのか。セタカムイラインでは、行く時は海側が反対側の席だったのでデジカメが撮れなかっので、帰りは海側なので、思う存分、奇岩をバスガイドの説明を思いだしながらデシカメで撮りまくる。小樽では薄暗くなっていたので、コンピューター整備されているらしく、ガス灯に電気が灯っていた。それも勿論、デジカメに。

今日の宿泊所のホテルニューオータニ札幌に。部屋は5階の洋室。部屋に荷物を置いて、夕食の場所に行く。

タクシーで夕食しょうと思っているサントリーズガーデン幹にホテルから向かおうとするのだが、タクシーの運転手に地図を見せてもわからない。だいたいの場所で下ろしてもらう。基本料金の600円(安い)。そこで、道に迷っていたら、妻が通りがかりの女の子達に声を掛ける。「そこ、知ってるよ」と通行人の若い女い子達。行く道を教えてもらうのだが、女の子達「そこは、おいしい所だよ」と、お墨付きをもらい。かなり美味しいらしい。SUNTORY’S GARDEN 幹(GARA)で夕食。店の名前の幹とあるのは、店内に木が高く立っているからなのか。料理は北海道づくし。ジンギスカンを焼きながら、好きなタラバガニ、蟹身サラダ、イクラ醤油漬け(これはイクラが食べられないので残してしまう)。これで、少し腹が膨らんだのだが、この後に、イカ、サーモン、タコなどの握り寿司、そして、茸の酒蒸し、イカソーメン、とうびきとバター、蟹の点心、揚げジャガイモ。美味しいので、腹一杯なのだが、どんどん食べてしまう。しかも、この後に味噌ラーメンが出てくるらしい。一瞬、デカイ器でと思ったが、子供用サイズの器だった。最後はミルクバニラアイスのデザートでしめる。北海道の料理を全部食べたような〜豪華夕食。明日から、何を食べようか、迷ってしまうような… 

そして、最近できたJRタワーに向かう。「大通り」から「さっぽろ」(200円)まで地下鉄南北線を使う。さつぽろに着いてから、JRタワーの展望台入り口を捜すのに苦労する。6階から行けば良かったのだ。エレベーターで一気に38階に。なぜか、壁に京都の巨大地図があった。JRタワーから、小雨降る中、夜景を楽しむ。さすがに小雨なので最も近づいている火星(昨日が良く見えたらしい)は見れなかったが、意外に遠くまで夜景が見られ、かなり綺麗。妻とデジカメを撮り合う。ゆっくり、二周してしまう。帰りのエレベーターは、なぜか東京の地図が壁に。

ホテルへの帰りは札幌駅から歩き。ホテル近くのコンビニで明日の朝のお握りを買って、部屋に入る。

8月29日(金)
今日は、札幌終日自由行動。定期観光バスを予約してあった。『みどころ札幌』(札幌観光からははずせない定番ポイントは押さえつつも、特長ある施設もふんだんに盛り込んだコース)、出発が10:10なので、それまでゆっくり出来る。昨日、コンビニで買ったお握りを朝食にして、9時過ぎにホテルを出る。

定期観光バスの集合場所、札幌駅前バスターミナルはすぐに分かる。ビックカメラがわかれば、すぐ。売り場で予約番号を言うと、乗車券をもらう。10:10まで時間があったので、ブラブラしていると、10時にビックカメラがオープンし、中を少しブラブラする。

早めに予約していたせいか、バスの座席は運転席側の一番前。しかも、出入り口側の人達が参加者が少なく、後ろの席に移ったので、妻がその席に座る。参加者は15人ぐらい。平日だから仕方がないか…

定時にバスは出発。北海道庁旧本庁舎、大通公園、北大付属植物園とバスは走り、バスガイドは丁寧な言葉で紹介してゆく。北海道大学をガイドしていたら、大学のヒマワリの多さにバスガイドびっくり。去年まではなかったようだ。

札幌競馬場を通り過ぎ、すぐに、中央卸売市場場外市場。鮮魚、塩干物、青果、精肉、菓子・漬物など88店舗の店が並び、新鮮な北海道の幸がずらりとならび、威勢の良い声が飛びかっている。最初は見るだけにしておこうと思っていたら、色々な店を見てると、店員の女の子から薦められて珍しいタラバのカレーを買い、次の店では夕張メロンのゼリー、六花亭のチョコレート、札幌生ラーメンと買い、とどめに、おばちゃんから話しかけられて断ったのだが、ずっと俺の方を見ていたので、断りづらくなり、ついにタラバガニを買ってしまう。おじさんに5600円のタラバ一匹を4500円にマケテもらう。家に送ってもらう事にした。

バスは円山公園、北海道神宮と過ぎて、もいわ山ロープウェイに。標高531mの藻岩山、札幌の展望台と言われ、ロープウェイで登っていく。藻岩山は山の大きさのわりに木や植物の種類が多く、450種類あるらしい。ロープウェイに乗る時に、バスガイドからもあいロープウェイのパンフレットを見たが、そこの写真に写っている夜景に感動。66人乗りのゴンドラに乗り込むが、定期観光バスツアー客だけなので、ゆっくりと札幌市内を眺める事が出来た。5分間のロープウェイで中腹に。さらに、リフトに乗り換えて、3分間の空中散歩。山頂には、テレビドラマで使われたらしい『好きです sapporo』の看板があった。妻は俺を写真家にして、バスガイドと写真を撮った。なんちゅう奴、俺じゃないのか。お土産屋を素通りして、展望台に上がる。展望台から、札幌市街地が一望出来る。さんざん、デジカメで撮る。JRタワー、札幌ドーム、さっぽろテレビ塔が目立っていたような… 眺めを満喫して(バスの回送で山頂まであがっていたので)、バスに乗り込む。

バスは藻岩山観光自動車道路を下ってゆき、昼食会場の盤渓の『我夢主』に。席に座るが若い女の子と相席になってしまった。炭火で北海道産の生ラム肉を焼きながら食べる。野菜も自家農園産野菜でおいしかった。相席の女の子は、昨日もジンギスカンだったらしく、海鮮料理の炭火焼きに変更してもらっていた。妻が色々と相席の女の子達に話しかけている。3泊4日で、明日は函館に行くらしい。俺は、ビールを最初は頼まなかったけど、途中で、我慢できずに注文してしまった。ふと、視線を他のテーブルに移すと、蒸気機関車が走っていた。窓際の人の席の人は、蒸気機関車で、注文した食材や料理を運んでくれるらしい。いいな〜と思ったが。妻が鮭を食べたいと言っていたら、相席の女の子から、残っていた鮭を譲ってもっていた。本当、得な性格らしい。

バスは、大倉山ジャンプ競技場に。昭和47年の冬季オリンピック札幌大会の90m級ジャンプの舞台になった所。駐車場から、急なエスカレーターに乗り、上まで行く。定期観光バスでの団体写真を撮り、早速、『札幌ウィンタースポーツミュージアム』に。冬のスポーツの楽しみを実感できる参加型の博物館。札幌、オリンピックメモリアル展示などの展示コーナーをざーっと見て、1階の体験フロアに。ジャンプ選手の見る世界を体験できる『ジャンプシュミレーター』は1時間待ちだったので、それは、諦める。最初に『テイクオク・ジャンプ』をやる。スキージャンプの飛距離の疑似体験。これがタイミングが合わず、しかもジャンプする時にシャツのポケットに入れていた携帯が飛んで失敗。65mしか飛べなかった。「タイミングが合っていません」と。次は妻と大勝負の『クロスカントリー体験』、クロスカントリースキーで滑る技術や選手の持つスタミナを実感し、ゴールまでにかかった時間を競う。が、これが二人ともうまくいかない。結局、時間切れ。そして、フィギアスケートのスピンが体験できる『スピン体験』、『ボブスレー滑走体験』、アイスホッケーのシュートを止める『ゴールキーパー体験』(全然、ダメでゴールされっぱなし)と次々と遊んでしまった。
まだ時間があると思い、ジャンプ台の上に行こうと、リフトに乗り込む。二人乗り。ジャンプ競技場の高さは133m(さっぽろテレビ塔とほぼ同じらしい)、ランディングバーンの最大傾度37度(東京ディズニーランドのスプラシュマウンテンの傾度45度に匹敵)あるらしい。競技場の上から見ると、かなり急なのがわかる。これを滑り降りるというのは、かなり勇気が要りそう。時間がなくなりそうだったので、屋上展望台に上がりデジカメで写真を撮り、リフトで降りる。が、下りの方が恐かった。急な傾斜だし、足はブラブラするし… 何とか落ちずに下にたどり着くが、バーで手をはさんでしまった。血は出なかったが、かなり痛かった。駐車場まで早歩きし、ギリギリ間に合う。が、まだ遅れてくる人達がいた。相席した女の子達だった。

そして、最後の見学地は、イシヤチョコレートファクトリー。白い恋人で有名な石屋製菓直営のチョコレート博物館。館内は、5つのゾーンに分かれ、チョコレートの歴史や製造工程、世界の貴重なアンティークや美術コレクションを展示してある。入り口でサービスで「白い恋人」の菓子を一つもらう。食べながらの見学。あまり期待していなかったのだが、中々の充実した博物館。「白い恋人」製造工場を回廊フェンス越しに見学。工場で働く人達を見ると、今日が平日だと改めて思い出す。
一通り見て、隣りの宮の沢白い恋人サッカー場に。英国の建築みたいな建物のコレクションハウス2階、サッカーミュージアムに入る。コンサドーレ札幌グッズや世界各地のサッカーグッズが多数されている。急に模型のふくろうに話しかけられてビックリ。ベッカムの靴が壁に展示されていた。
16:00になると、からくり時計塔『グランマイスター』が動き出した。バルコニーにチョコレート職人のラッパ隊が現れ、時計塔のキャラクターの熊やタンチョウ鶴たちが動き出す。妻と二人、ベンチで始めから終わりまで(10分間)見学する。

バスは各下車地に乗客を下ろしながら走る。札幌市時計台で何人か乗客を下ろし、そして自分達はサッポロファクトリーで降りる。自分達だけだった。バスガイドがサッポロファクトリまでの帰り道(札幌繁華街までけっこう遠いから)を心配して、交通方法を教えようとしてたが、俺「ホテルがニューオータニだから、大丈夫。ありがとう」と。サッポロファクトリーは、平成5年に完成した建物で、ショッピング、アミュージメント、レストラン、ホテルなど140のショップと施設が集まった所。前身はサッポロビール工場、その面影は大きなエントツをはじめ、レンガ造りの建物全体に見る事が出来る。本当は、そこで夕食を取りたかったのだが、中々、決められず、結局、そこを出ることにする。1時間ぐらいブラブラしていたが、かなりの広さので、足がクタクタ。開拓便麦酒醸造所見学館にも入るが、2階にあがると、いつのまにかに、別の店になっていた。

外に出ると、雨が降っていた。妻と相合傘でホテルに向かう。その途中で、居酒屋を発見。『おおはし』。普通の店より、こういう居酒屋の方が刺身が美味しい時があると思い、そこに入る。中々、期待より美味しかった。妻はサンマを食べ、俺はタコ足の刺身などを食べる。

そして、またしても、明日の朝の朝食のお握りを買ってホテルニューオータニ札幌に戻る。

8月30日(土)
今日は7:30集合という事で、眠いのを我慢して6:00に起きようとするが、結局、動き始めるのは6:30。疲れがたまっているのか。

ホテル・フロントでチェックアウトして少したつと、バスが来た。早速、バスに乗り込む。今日の席は運転席側の10列目。実はバス入り口に貼り出している座席表は、バス11列用の座席表で、今日のバスは12列座席がある。戸惑う乗客たちだが、何度も添乗員が「前から数えて座ってください」と言っていたお陰で、トロイ人だけ戸惑っていたようだった。バスは、730に出発。皆、昨日の自由行動は有意義だったようだ。小樽に行った人が多かったよう。天気は、青空が見え気持ちが良い。昨日の雨が降ったのが嘘のよう。今日のバスガイドは、1日目の年配女性ではなく、それより若い女の子。よく喋るガイドさんのようだ。そのバスガイドが言うには、それでも、一日に二回はお休みタイムを取るようにしているらしい。食べ物の話しが好きなようで、観光地以外の所では北海道料理のレシピを時々話しをするようだ。

バスは高速を走り、岩見沢パーキングでトイレ休憩。三笠で高速を降りて、バスは走るが、車内は早速、お休みタイム。ほとんどの人が居眠りしている。俺達もそれにつられて居眠りする。バスは眠っている間に1時間30分走行し、富良野市。

タマネギ畑を走り、坂本農園に。幾分、値段が高いが、無農薬だかららしい。農園の人の説明があったらいが全然、聞こえなかった。メロン、カボチャのスープ、ポテトサラダの試食して、とうろもこしを買って食べる。かなり、美味しい。妻と半分づつにしたが、一本づつにすれば良かったのかも。

10分ぐらい走り札幌富良野・ファ−ム富田。ラベンダーの時期は終わったのか、咲いていなかった。去年、見たからいいか。奥に花壇がかたまっており、少し歩く。サルビア、マリンゴールド、コスモス、クレオメ、ハルシャギクなどをデジカメで撮る。評判のラベンダーのソフトクリームを買って食べる。

上富良野のフラノーブルマツオで昼食。松尾ジンギスカン。相席した人は、妻の実家のある所で働いていたので、話しが盛り上がる。三日間、ジンギスカンが続くと普通なら飽きがくるのだが、ここの肉が柔らかくて美味しかったような…

美瑛・四季彩の丘に行く。こっちの方が、ファーム富田よりも綺麗に咲いていた。駐車場から、十勝連山を背景とした花の風景は素晴らしかった。花の色合いが良い。サルビア、リヤトリス、マリーゴールド、ナデシコ、コスモス等が咲いていた。帰りに大きなロール君をデジカメでおさめる。

バスは美瑛・バッチワークの路を走る。バスの中からバスガイドが説明してゆく。3本の「かしわの木」が高台に仲良く寄り添って立っており、冬の風雪や夏の風雨にも負けないで堂々と立っている姿はまさしく親子のようであることから名付けられた『親子の木』、昭和47年日産自動車の「愛のスカイライン」ケンとメリーのCMに採用されて以来「ケンとメリーの木」と呼ばれているポプラの木の『ケンとメリーの木』等。
そして、バスは『セブンスターの木』の近くで停まる。昭和51年に観光たばこ「セブンスター」のパッケージに掲載された木である。大きな木の下で、妻と俺とを添乗員がデジカメで撮ってくれた。

バスに乗ったら深川から高速に乗り、その間、車内はお休みタイム。そして、砂川ハイウェイオアシス館で、トイレ休憩。ジャガイモ、松尾ジンギガンのポテトチップスを買って食べる。

1時間30分ぐらい走り、最後の観光地はノーザンホースパーク。駐車場からバスを降りて、すぐに馬車に乗る。これも、ツアー代金に含まれている。馬が12人を乗せた荷台を引っ張っていく。馬の歩みに合わせて、少し冷たい木々の風を受けながら、のんびりと園内を一周する。時間があったので、クラブハウスのホースクラブに入る。妻かレンタルサイクリングしようというので、一人乗り二台借りる(2台で800円)。清々しい大地の風が気持ち良い。厩舎、ポニー広場とサイクリングロードを走る。時間になったので、自転車を返し、バスの駐車場に戻る。

18:20に千歳空港。添乗員から飛行機のチケットをもらい、皆と離れて夕食にする。夕食は、バスガイドお薦めの幸四郎ラーメンを食べる。21:50まで、かなり時間があるので、4階のスカイラウンジで時間を潰す。荷物検査をすませ、サッポロクラックビールを飲む。これで、思い残す事はない。定時に飛行機は飛び、羽田には、23:23。家までの電車があるかどうか心配したが、無事に帰れた。

2003年8月23日〜8月24日 広島1泊2日旅行編
8月23日(土)
今回の旅行は、妻とではなく、会社の友人達、3人での旅行。去年、高知に行ったメンバーでの第二弾である。
朝7時30分に、妻を家に残して、出発。今週は連日雨続きだったのだが、昨日から夏らしくなって暑くなりそう。蝉の夏声を聞きながら、駅まで歩き、羽田空港に。

8:30分に友人達と携帯で連絡しながら待ち合わせ。8:50前に手続きをすませ、9:20に飛行機は広島に向けて出発。飛行機は少し遅れて10:50に広島空港に到着。

空港に着いてレンタカーを借りようと思ったら、予定の車が無くて断念。借りる前に、友人と「尾道に行こう」と行っていたら、それを聞いていたどこかのおじさんが「尾道は電車で行った方が良い」と。それにしても、この友人達と旅行に行くと、知らない人から話しかけられてしまう。広島駅までリムジンバスで、友人とスポーツジムの話しで盛り上がりながら向かう。

広島駅でレンタカーを借りて、昼食を『みっちゃん 総本店』で、お好み焼きを食べる。店の前には少し行列が出来ていた。ちょっとサイトで検索して「美味しい」というような感想が書いてあったので、期待が持てた。ビールを頼んでいたけど、店員が忘れたのか、なかなか来なかったけど、なかなか、美味しかった。

そして、宮島に向かう。日本三景の一つ宮島は、平安時代の優美な様式を持つ厳島神社と、周辺の海や緑豊かな自然とが見事に調和した景勝地。宮島口から船に乗り、宮島に。船は、満席で椅子に座っている人達が多かったので、外に出ると、進行方向の右側にいたので、しっかり、大鳥居をデジカメに収める事が出来た。遠回りして、海からの大鳥居を見せる趣向らしい。知らないおじさんから「ここ(右側の階段の所)は穴場だね」と言われしまったが。船を降りると、鹿が沢山いた。案の定、鹿たちと遊んでしまう。紙を喰っている鹿もいて、観光客の女の子も「もっと良いものを食べな」と注意していた。厳島神社に向かう。厳島神社は、海を敷地に見立てた奇想天外さや寝殿造の粋を極めた建築美を誇る壮麗な古社。もう、何度か行っているので、デジカメも前に撮ってあるので、撮る必要は無いけど、折角、また来たので撮ってしまう。今回は砂浜まで降りて、大鳥居を撮影してしまう。一度、カニやザリガニが沢山いた砂浜を歩き、向こう側(出口側)に上がってしまう。友人は、厳島神社の中を歩きたかったようで、少し入り口まで遠回りさせてしまう。赤い社殿をデジカメで撮りながら歩き、本社前の突き出た板道の前で、二十人ぐらいの団体で来た観光客の一人のおじさんに友人は捕まり、記念撮影をさせられてしまう。歩くたんびに汗が吹き出て、夏らしい天気に体力消耗。ジュースも一気に飲んでしまう。本当は五重の塔、紅葉谷公園等を見たかったのだが、断念。船に乗り、座席に座って宮島口に帰る。ヘトヘト…

SOGOの駐車場に車を停めて、原爆ドームに。原爆ドームは、1915年(大正4)建築の元広島県産業奨励館で、相生橋の南側、元安川に面して立ち、原爆によって半壊、崩れかけた。外壁と鉄骨をむき出しにした無惨な姿は戦争のむごさを今も伝えている。被爆当時の唯一の建物であり、世界平和のシンボルとして世界文化遺産にも登録されている所。リアルな現状に、デジカメを撮りながらも、平和を願う気持ちは忘れないようにしたいと思ったりする。

近くに、広島市民球場があったので、一周歩く。何か試合らしきものをやっていのは気づいたが、入り口から入ってみると、何と無料で指定席に入れてしまう。どうやら、少年チームの試合をやっていたが、バックネット裏で観戦してしまう。普通なら、入れないのに、こんな近くで野球観戦が出来てラッキー。

SOGOで、広島カープグッズを少し見る。やっぱり、広島に来たら、カープだろう。

そして、ドーミーイン広島にチェッククインをするのだが、車を駐車場に入れる時にトラブル。どうやら、ホテル側が借りているらしき駐車場、行ってみると、満車になっている。空車待ちしている車も数台並んでおり、数十分、待ってしまう。しかも、その駐車場、上に登って行くのに、道が狭く運転手も運転がしずらいらしかった。なぜか、俺までイライラしてしまった。車を駐車させ、夕食はその近くにあった小町食堂に。日本一の食堂らしい。店の前の「めし」と書かれた沢山の旗が興味を引かれたのだが。店に入り。お盆を持たされて、食材が並べられているので、俺は、サラダ、しゅうまい、肉ジャガを選ぶ。味は、友人の感想だと、水とご飯が美味しかったらしい。

ホテルにチェックインして、夜の広島を散策。

8月24日(日)
5:30に起きて、朝の散歩。外も明るくなっており今日も晴天。広島城まで歩いてゆく。広島城は、姫路城、大坂城とならぶ名城で、鯉城とも呼ばれ12代、250年間に渡りそびえている。原爆投下によって国宝の天守閣をはじめすべて倒壊、現在の5層天守閣は1958年(昭和33)の再建で、内部は武具の展示や城下町広島を学べる歴史資料館になっているようだ。朝早かったので、まだ資料館は開いていなかったので、天守閣を見て、ホテルに。

昨日、来ていたジーパンが暑く、しかもポロシャツも汗ビッショリなので、今日は、シャツと半スボン。8:30にホテルを出る。コンビニで朝食のカレーパンを買って、平和記念公園に向かう。そこは、1945年(昭和20)8月6日午前8時15分、人類史上初の原爆が投下された広島の爆心地にある公園。緑豊かな園内には広島平和記念資料館、原爆死没者慰霊碑など平和を祈る数々のモニュメントがある。

朝からテンション下がるのを承知で、広島平和記念資料館に入る。広島平和記念資料館は、被爆者の遺品や被爆の惨状を示す写真や資料を収集・展示してある。修学旅行の学生や、家族連れ、外国人などの見学者が沢山いたが、かなり、ゆっくりと見学してゆく。最初に、東館地下1階の展示室の「市民が描いた原爆の絵」のコーナーが印象的。被爆に会った人達が当時の事を思い出し、描かれた絵を展示。写真で見るよりも絵で見せられる方が、かなりリアル。生々しい迫力で原爆の悲惨さがわかる。
東館1階では写真を撮っていた人達がいたので、自分も、「被爆までの広島」と「廃虚のヒロシマ」を比べながら、デジカメに残す。「8時15分で止まった時計」、原爆で時が止まったかのよう。
西館では「人影の石」「白壁に残った黒い雨の跡」「動員学徒の学生服」「原爆被災者の状況を示す人形」「ボロぎれのような人間」「黒こげになった弁当箱」「爆風で折れ曲がった鉄板」「背中の皮膚が焼かれた女性」等が印象的。見終わると、何と言ったらいいのか… 何も言葉が無くなってしまう。おそらく、友人達の心の中にも、戦争とは、平和とかの意味について考えているのだろう。
出口の所に売店があると思っていたのだが、売店が無かったので。もう一度、入り口から入り、売店に向かう。原爆の悲惨さの本を買い忘れたのだ。「ヒロシマ」「知ってください あの日のことを」を買う。こういう悲惨な写真集は残しておいた方が良いだろう。

原爆死没者慰霊碑は、世界最初の原子爆弾によって壊滅した広島市を、平和都市として再建することを念願して建立された碑、当時、東京大学教授の丹下健三が設計、原爆犠牲者の霊を雨露から守りたいという気持ちから、屋根の部分がはにわの家型をしている。碑には、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という碑文が刻まれている。デジカメでドームをはにわの家に入れて取る。自分も手を合わせて、ご冥福を祈る。

12:00近く、広島から尾道に向かう。高速を使って一時間半ぐらい。全国的にも有名らしいが、朱華園で尾道ラーメンを食べる。ガイドブックに「尾道で行列が出来るラーメン店」というだけあって、1時過ぎていたのだが、20〜30人ぐらいの人が炎天下の中、並んでいた。せっかく、来たので、自分達も並ぶことにする。麺は自家製麺、スープは鳥殻ベースの醤油味、一度食べたらやみ付きになりそうなラーメンだった。並んだ甲斐があった。

駐車場のそばに、おのみち映画資料館があったので行ってみる。白壁の倉庫を改修してつくられた資料館、尾道ゆかりの映画資料などを展示している。映画のポスターパネルやパンフレットの資料館という感じ。他に、初期の映写機も展示してあった。パンフレットはなぜか、尾道とは関係の無いブルー・スリーの「燃えろドラゴン」とかあったが…

尾道といえば、坂… 朱華園でビールを飲んでいたので、酔っ払いにはきつかった。少し散策して、広島空港に戻る。

広島空港で、お好み焼きとビールを飲んで、18:30発。羽田から真っ直ぐ家に向かい、20:20頃、家に帰りついた。

2003年7月26日 雲上の富士山五合目と青木ヶ原樹海納涼、天然記念物・鳴沢氷穴・富岳風穴、日帰り編
7月26日(土)
3:00頃に起きたら雨が降っていたし、天気予報も雨だったので、今日一日は雨と諦めていたのだが、朝、天気もよくなり、晴れ間も見えていた。家を7:00出発。コンビニに寄って、朝食のオニギリを妻の分と一緒に買うと、ちょうど777円、7並び。何か、今日は良い事がありそう。
上大岡駅、三越前に行くと、添乗員がいたので、受け付けをすませ、バスに乗り込む。7:30出発予定が5分遅れで出発。、6〜7人のグループの一人が来なくて、連絡も取れずに、結局、積み残して出発。後で知ったのだけど、寝坊したらしい。一緒に来ていた人が電話したらしいけど、それでも起きなかったようだ。自分たちは出入り口側の席で、5列目。後ろは、外国人(ドイツ人)がおり、英語で話す友人(日本人)らしき人も乗っていた。

バスは順調に進み、8:18に大和トンネルを過ぎ、8:27に海老名SAでトイレ休憩。「ぽるとがる」という店で、名物のメロンパンを買ってバスの中で食べる。8:45に海老名SAを出発。
9:30に御殿場わさびの郷に到着。駐車場にバスが停まり、外に出ると、係員がわさび畑を説明。ウッドデッキの遊歩道を歩きながら、わさびを説明してゆく。売店で少しお土産を見て、テラスに出ると高原ビール。ついつい朝から飲んでしまう。皆、バスに戻っていっていたので、俺も慌てて、ビールのコップを持ちながらバスに戻る。

10:00にバスは出発。何か、今日は朝早くから起きたので、寝不足で眠い。バスの中で眠ってしまう。妻が、富士スバルライン(河口湖から五合目までの約30kmの山岳ドライブウェイ)を走る時に、起こしてくれる。妻は懐かしがっていた。子供の頃に来た事があるらしい。俺、初耳。雲がかかり、ここまできても富士山は見えない。スバルラインを登って行くと、霧が出てくる。70m先が見えない。どんどん登ってゆくと10mが霧が深くなって見えなくなってゆく。当然、バスの速度が落ちてゆく。ちょっと、スリルがある。外には、こんな所でも自転車で登っている人達もいた。バスの中の乗客で、自転車で頂上に登るのかしらと言っていたが、そんなわけがない。富士山五合目付近になると、急に霧が嘘のように消えて、空には晴れ間が見える。駐車場にバスを入れようとするのだけど、道路は渋滞。かなり混んでいるようだ。10分ぐらいでバスは駐車出来た。かなりのバスが停まり、富士山に登山する人達で五合目(2305m)は混雑していた。
11:20、バスから降りると、添乗員からお土産引換券をもらう。前の女の子に俺達夫婦と思って渡したらしい。その女の子から俺は券をもらうのだけど、妻のは添乗員から。添乗員が勘違いするほど、前の女の子、シャツも赤っぽいチェックの服だし、体型も似ていた。少し、俺、苦笑い。
五合園レストハウス(登山者の休憩所)、つまりお土産屋の中の時計の前で、店員にお土産引換券を渡したら、鈴を貰う。百才長寿の鈴のようだ。妻と、お土産屋から外に出ようとするのだが、混雑で、しかもノソノソ歩く人だらけで、中々、外に出られない。やっと、外に出て、小御嶽神社に行きお参りする。雲で富士山が見えない。
登山のつもりで、10分ぐらい富士山に登ろうとする。本来は5時間ぐらいかかるらしい。入り口まで歩いてゆくと、馬がいる。乗馬が出来るらしい。里見平往復2000円、片枝の松往復3000円などと、料金表が書かれていた。少し乗ってみたくなったが… 沢山の人がいる。ちょっと付かれきった登り終わった人達、リックを背負い杖を持って登ろうとする人達… 前方の方は霧で見えなくなっている。少し雲が途切れると鮮やかな山裾が見え、感動してしまう。風が冷たく、歩いていると気持ちがいい。道を外れると斜面から転げ落ちそうな感じで、少し恐かったが… 富士山は、数十万年以上昔から幾度となく噴火を繰り返してきたが、ほぼ現在の姿になったのは、約1万年前に起こった新富士火山の噴火だと言われている。登山帰りなのか、小学生も登っていたようで、いつか、自分達も登ろうと決意をする。携帯のタイマーをセットしていたので、10分間の登山は終わりにして、途中で引き返す。道がカーブする手前で引き返した。
お土産屋のトイレを使わせてもらおうとしたら、50円、かかるようだ。

1時間ぐらいバスは走り河口湖(海抜830mと富士五湖ではいちばん低いところにある湖。面積6.1平方kmで山中湖には及ばないが、湖岸線が入り組んでおり周囲は19.9kmと最も長い)に。河口湖荘の3階で昼食。窓から、河口湖が見える。料理は、ほうとう(武田信玄が戦陣食として、米に変わる高級な食物として考え出したもの。ほうとうは、カボチャ、サトイモ、ニンジン、ネギ、白菜など四季の野菜を刻んで煮込み、幅広く切った生麺を入れ、ゆっくりと煮込み、味噌仕立てで、とろりと仕上げた一種の煮込みうどん)を食べる。なかなか、美味しかった。
食べ終わって、川口湖畔を散歩。ボートに乗ろうとしたけど、思ったより高かったので、諦める。ゆっくりと、歩くのも、たまには良い。ロープウェイに、乗ろうとしたけど、これは時間が足りそうに無いので諦める。河口湖天上山、あじさいハイキングコースを少し歩いて、バスの駐車場に戻る。鮮やかなあじさいが綺麗だった。

富士山周辺には大小さまざまな洞窟があり、青木ヶ原にある富岳風穴と鳴沢氷穴は代表的なもの。鳴沢氷穴(風穴の東方約800mにあり、たて穴環状形で延長153m、幅1.5m〜11m、高さは1m〜3.6m。内部に溶岩鍾乳石面や、溶岩樹型が認められ、また内部の氷池には富士山伏流水による見事な天然氷がみられる。江戸時代、夏になるとこの氷が将軍に献上されたと伝えられる)に到着。駐車場から、洞窟の中に入る。ボタボタと天井からしみでた水滴が頭に落ち、気持ち悪かったが、中はひんやりとする。足場の階段は、幅も狭く、歩きづらい。ある場所は91cmの高さしかない場所もあり、背を縮めて歩く。乗客の一人は、佐渡の金山を歩くんじゃないんだから…と。冒険心をくすぐられる洞窟である。ただ、内部は照明があり、手すりがあるが、階段がどうも歩きづらい。氷の間は左右が氷の壁で足元が氷の池となり、内部の平均温度はかなり低く、今日は0度だったようだ。上着を着ていたので、寒さは感じなかったが。天然のつらら、氷の壁を見学して、洞窟を脱出する。1歩踏み込むごとに1枚岩で周囲を囲む溶岩群、そのほとんどが玄部岩質で声の反響もなく、ただただ圧倒されっぱなしだった。

富岳風穴に行くため、東海自然道を歩く。20分間の散策。富士山北側に広がる青木ヶ原樹海。富士の噴火による溶岩台地に樹木が茂り、長い年月を経て樹海が誕生したという。樹海の面積は16k�屐�昼間も暗そうな人を寄せ付けない原生林。迷ったら出られないと言われる林の中に勝手に入るのは危険、自殺の名所らしい。でも、東海自然歩道は安心して樹海を歩くことが出来るが。前に人がいなくなると、迷っているのではと、恐怖すら味わってしまう。夜じゃなくて良かった。単調な道が続き、辺り一面樹木が生い茂っているため、延々と歩いているようで、まだ着かないのかと不安に思えてしまう。やっと、富岳風穴に到着。

富岳風穴(入り口直径5.4m、総延長201m、天井までの高さは入り口から43mの地点で5.4m、最高部は幅8.7m。内部には堅緻な溶岩が層状を呈し、一部には縄状溶岩や磁気を帯びた溶岩もみられる。また、ほぼ全面にわたって溶岩鍾乳面、溶岩棚が現れ、氷の池の奥には夏でも大きな氷柱がみられる)、全長258mの溶岩洞窟を歩いてゆく。入り口の階段を下りてゆくと、ひんやりした空気が吹き上げてきた。洞内の温度は0度。氷柱をデジカメで撮る。暗いので、柵を利用してデジカメを固定して撮影。横穴の奥に進むと、小屋らしきものが。蚕の貯蔵庫らしい。明治時代までは天然の冷蔵庫として蚕の繭の貯蔵庫に利用されていた。鳴沢氷穴より、歩きやすいが、ただ、天井から水滴が雨のように落ちてきた。注意しないと頭を打つような天井の低い箇所が二ヶ所もあった。15:35にバスは出発。

16:40頃、勝沼の美粧、水晶工房に。一度、来ていた所なので、手の内は知っていたけど、今回はさらにパーワーアップ。ツアーで来てみればわかると思うけど、凄い。魚屋の前掛けを着た社長のトークで、確かにいい水晶なんだけど、言葉以上に水晶を買ってみたくなるトークは芸術。今日は、ドイツ人のダニエルさんもいたので、大マケしてくれて、5〜6人が水晶のネックレスを一万円で買っていた。今まで、遅刻者を取り残してバスは出発したせいか、乗客はきちんと時間厳守していたのに、ここで、社長のトークが延びて、皆、4分、遅れてバスに乗車。17:04にバスは発車。

バスは勝沼葡萄郷 金原園に。ブドウ狩りをやろうとしたのだけど、今まで晴れていたのに、急に大雨。しかも、バスを降りたら、突然の雨。ブドウ狩りが中止となった。それで、園内のテーブルでデラウェアを食べ放題。5房食べる。しかも、店の人が、ブドウ狩り中止になったので、桃一つをプレゼント。中々、甘かった。バス発車時間になると、不思議と雨はやんだ。桃を食べられたので、不幸なのか、幸運なのか。

18:05、金原園出発。18:50にスムーズに石川SA。焼きそばとオニギリを買って、それを晩御飯にする。19:05に出発し、20:20に上大岡。予定より20分早く到着。

 
2003年7月19日〜7月20日 京都一人旅1泊2日間(嵐山等)編
7月19日(土)
三週連続で週末の関西地方が雨で、京都旅行を断念していたのだが、もう「雨でもいいや〜」と思って、半分やけくそで家を出る。7:00、妻に見送られて、地下鉄で新横浜駅に。8:00前の新幹線に乗れる事が出来た。自由席。そういえば、朝から何も食べていないと思い、車内販売でサンドイッチを買おうと思ったが、真ん中の席に座っていた為、通路側の隣りのおじさんがぐっすり寝ていたので、何か起こしては悪いと思い断念。

京都駅に10:30少し前に到着。さっそく、京都定期観光バスの切符売り場に行く。前に来ていたので、すんなり行くことが出来た。嵯峨・嵐山のCコース(10:30発)に乗ることにする。念願の嵐山が、今回の旅の目的の一つ。意外に混んでおらず、33名の乗客。後ろの席が空いていたので、窮屈で隣りの中年のおじさんに悪いので、後ろの席に移る。これで、ゆったりと座れる。

バスガイドは、東本願寺、西陣の町を紹介しながら、最初の目的地の龍安寺に。細川勝元が譲り受けて1490年に建立したが、応仁の乱で焼失し、勝元の子の政元によって1499年に再建された寺。石庭で有名。方丈の前庭は100坪に満たない長方形の枯山水式石庭。15個の石が枯山水の白砂に置かれているが、この15個の石はどの位置からも見ても必ず15個全部は見えないように工夫されているらしい。試しに、バスガイドが説明する中、端から端までうろちょろしてみたが、微妙に一つが見えなくなり、15個全部見えない。どうしても1つが隠れてしまう。何か「1、2、3…」と数えるブツブツと観光客の声もおかしかったが。
他の見所は「知足のつくばい」。お金の形をした井戸のような… 茶客が平伏して手を洗い清めるところから「蹲」(つくばい)と呼ばれ、刻まれた文字は、水を張った「口」の字をそれぞれ重ねて「吾唯知足」(われただたるをしる)と読む。その意は、「足るを知る人は貧しいといえども即ち富めり」。このつくばいは水戸光圀が寄進したらしい。
その後、鏡容池の周囲を散歩。池の中の葉が情緒を感じさせる。
一人で見学しているので、すぐに見終わってしまう。

次は仁和寺。宇多天皇の仁和4年(888年)に建立。譲位後この寺に御室を営み、以降御室御所と言われた。境内の桜は樹が低く遅咲き(4月中旬)で名高い。寺の住職が案内するのだが、どうも住職ではなさそう。面白おかしく説明。池にはデカイおたまじゃくしがいたが、一匹は死んでいた。どうやらヘビに食べられたらしい。

次はメインの嵐山。140分も自由散策の時間がある。お昼になっていたので、早速、京料理三十六峰嵐山店で、昼食にする。割引券をバスガイドから前もって貰っていたので、それを使って冷やしうどんを食べる。昼は軽めにしておこう。
食べ終わって、2階から1階に降りて外に出ようとしたのだが、お土産の店員に捕まりそうになる。心を鬼にして、外に脱出。
サイクリングしょうと思ったが(割引券をもらっていたので)、ゆっくり自分の足で歩きたいと思い、徒歩散策する。店の前は、桂川が流れ、川に浸かって釣りをしている人達が多かった。渡月橋をデジカメで撮る。
お土産屋を眺めながら、美空ひばり館に。最初、3階からスタートで、10分間のひばりの生涯を鑑賞し、ひばりの曲が年代ごとに選曲聞けるコーナー(好きな曲目が無かったので飛ばしてしまったが)がある。2階は、豪華衣装のひばりコレックション。東京ドームの「不死鳥コンサート」で着た衣装が見ごたえあった。自宅リビングルームを再現し、そこでラジオのトークショー(?)をしたらしいけど、実際のラジオ放送を流していたので、本当にひばりがいるような錯覚がした。ひばりしか座っていない椅子も置かれていたが… 客層は年配の夫婦が多かったような〜 俺みたいなのは場違いだったかも… 1階は「川の流れのように」のメロディーと共にスクリーンにひばりが歌っているのだが、実際に川のように水が流れているので、雰囲気が出ているような〜 頭に「川の流れのように」がこびりついてしまう。
天龍寺に向かう。暦応2年(1339年)足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため夢窓国師を開山として創立。曹源池前の庭園が見ごたえあった。わが国では始めて特別名勝に指定された廻遊式庭園。
天龍寺の北門を出て、竹林を歩く。この竹林、時代劇に出てきそうな風景。左右を囲む長い竹が風に揺られる度に不気味な音を響かせ、静けさとは異なる独特な雰囲気。夜は電灯もないので、恐いだろうな〜
大河内山荘に。洛西の名園と言われ、百人一首で著名な小倉山の南面約2万平米の荒地に、時代劇の名優・大河内傅治郎(1898〜1962)が、古都の霊峰に魅せられてこつこつと創り上げた回遊式庭園。展望台からの眺めが最高に良い。雨の予報が全然外れて、晴れ間まで見えている。来て良かった。庭園を見終わって、入園料に抹茶付きだったので、抹茶を飲む。
また、竹林を戻り、野宮神社に。ここは、縁結びの神様、源氏物語ゆかりの古社。黒木鳥居はクヌギの木の皮を剥かないまま使用する、日本最古の鳥居の様式、黒木の鳥居が珍しかった。小さそうな神社だけど、沢山の人がお参りしていた。
少し歩くと、ピエロがいた。誘われるように京都嵐山オルゴール博物館に。ちょうど、係員がオルゴールの実演をやっていた。どうも、昔はオルゴールを今で言うCDのように曲として使っていたようだ。係員はネジを巻きながら、何種類もオルゴールの音色を聞かせてくれた。ふと、横を見ると世界最古のオルゴールがあった。直径3cmなので、意外と小さい。オルゴールでも、片手で逆立ちする人形が乗っているオルゴール、タバコを吹かす猿(?)のオルゴールなど、珍しいカラクリのオルゴールを見せてもらった。もっと見たかったのだか、時間も押し迫り、博物館を出る事にする。
渡月橋まできて、最後に嵐山名物の渡月橋を渡って戻ろうとしたら、携帯が鳴る。ある人から有名な店のあぶらとり紙を買ってきて欲しいと。どこの店なのかも、わからないらしい。無茶な願いだと思ったけど、承諾する。

バスは、大覚寺に。嵯峨天皇の離宮の後を貞観18年(876)寺に改め、歴代法親皇が住持し嵯峨御と言われた寺。寺の人の説明を聞きながら見学。後方に心経堂があるから御影堂と呼ばれる堂、正寝堂などを眺め、五大堂。五大堂から眺める大沢池が最高に良かった。

そして、バスは京都駅烏丸駅に戻る。時間は16:40。急いで、銀行を捜すがない。コンビニにもATMがないので、店員に聞くが、なぜか「銀行は置いていない」と言われる。日本人だと思ったが、日本人の店員じゃないらしい。やっと、ATMがあるコンビニを見つけて、観光センターでホテルを予約する。ところが、京都のホテルは満室らしいので、新大阪のホテルを予約。これで、安心して、夜の京都を観光をする事にする。

また観光バスに乗る。夜の京都ゴールデンGコース。今度は、昼の観光バスより人が多く、後ろの席に座る。

まずは、しょうざん庭園。バス二台出ていたので、乗客80人ぐらいがぞろぞろと庭園を歩き回る。人が多すぎるので、落ち着いて庭園を散策できない。しょうざん光悦芸術村の庭園を散策して、湧泉閣で懐石料理を食べる。懐石料理は、茶人達の間ではお茶をいただく前の軽い食事であったが、その後、茶人の洗練された好みに合う様に発達し、今日では京風の贅沢な料理を言っているようだ。俺、一人なので、誰が前に座るのかなと思っていると、隣りに夫婦が横に並ぶように座ってくれたお陰で、俺の前には若い友達同士の女の子達が座ってくれた。何か気まずくなくて良かったのだが、舞妓さんでないのが、残念。ビールを注文する。料理は少ないな〜と思っていたら、二段重ねにしてあった。前の女の子達はデジカメで写真を撮っていたので、俺も撮る。工夫された京都料理を楽しむ。
バスに乗り込み、祇園のネオンの中、ギオンコーナーで日本古典芸能を席に座って鑑賞。前から二列目。外国人が多く見学に来ていた。自分の隣りには黒人、足を広げてきたので、自分は狭くなってしまったが。隣りには、タイの女の子の人のような…とにかく、外国人が多い。
茶道、琴、華道、雅楽、狂言、京舞、文楽を1時間で楽しんだ。茶道は、舞台端でやっていたので、よく見えなかった。琴は二人の女性が演奏。華道は、生け花を先生らしき女性が丁重に造り、後ろの床の間に飾る。狂言は笑えたのだが、主人が留守中に酒を飲む二人に飲めないように、一策を練り主人は太郎を棒の使い方を見せてもらっているすきに、両手を棒に縛り、もう一人も後ろ手で縛ってしまう。が、二人はその不自由さを克服して酒盛りを始める。外国人も笑っていた。京舞は、舞妓二人の踊りで、かわいかった。文楽は、火の見櫓の段というタイトルで、人形を三人で操り、本当に生きているようだった

バスは、乗客の泊まる主要なホテルに停まりながら京都駅に。自分は、JR京都線で、新大阪に。22:00ぐらいにワシントンホテルプラザに到着。シングルにしては大きいベットに一人で眠りに付く。 7月20日(日)
朝、5:50に目がさめる。7:00過ぎにチェックアウト。今日も天気が良い。雨の予報が見事に外れる。新大阪駅に向かい、京都駅に。新大阪のホームに「女性専用乗車口」の表示があり、あまり見慣れない俺は、そこで乗っていいのかどうかと迷うが、結局、面白半分で乗ってしまう。が、表示をよく見ると、女性専用乗車時間ではなく、車内も男性が乗っていた。

8:05、京都駅に。ロッカーに荷物を預け、市バスに乗り清水寺に。バスから降りる時に、市バスの一日乗車券(500円)を購入。バスから降りて、石畳の路地を歩いていると、途中、大きな塔が。法観寺八坂塔。聖徳太子が如意輪観音の夢のお告げにより建立したという。何気ない坂に建っているけど、これが京都の写真集などに移されている五重の塔である。

清水寺に到着。西門、三重塔と見てゆき、清水寺の拝観料(300円)を払う。清水寺、坂田田村麻呂の創建とされる北法相宗の大本山。高さ15m、「清水の舞台」が有名。清水の舞台の本堂に入り、ここで定番のジョークとばかり、飛び降りようとする。が、誰も突っ込んでくれる人がいない。舞台から京都市内を望む。清水の舞台から下り、霊山の方に向かう。

少し道に迷い、霊山歴史館に。9:00過ぎていたけど、入館できた。10:00から入館できると思っていたのでラッキーだった。1階で、池田屋事件のビデオが流されていたので、少し見る。ここの館長は、池田屋事件は倒幕の分岐点だと言っていった。俺も、同感。2階で、明治維新前後の紹介のパネルを見て、NHKが放送した「坂本龍馬暗殺事件」を見る。すぐ隣りにその番組の為に作られた暗殺された近江屋の模型があったので、わかりやすい。

歴史館を充分堪能して、満足しながら霊山護国神社の明治維新史跡に行く。そこに、坂本龍馬と一緒に死んだ中岡慎太郎の二つの墓があるのだ。線香(100円)を買って、拝観料300円払って中に入る。誰もいなかったので、ゆっくり線香をあげることが出来た。大村益太郎、高杉晋作といった墓、池田屋事件の犠牲者の墓、長州藩の英雄達の墓なども墓参り、もう一度、坂本龍馬の墓に戻ると、7人ぐらいの人が墓の周囲に集まり、墓参りをしていた。もう一度、そこから見える京都市内を眺め、明治維新史跡を後にする。

少し歩いて、円山公園に。坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像があるので、デジカメで撮って、八坂神社を通り抜ける。八坂神社、全国の祗園社の総本山、京都三大祭りの祗園祭りで有名。何か、八坂神社では、芝居をやっていたが… よく、わからなかった。

祗園を歩いていると、昨日、頼まれていた、あぶらとり紙で有名な「よーじゃ」という店を発見。喜んで店の前に行くと、開店が11:00。まだ時間があったので、祗園のウィンズに。思ったより狭い。的中馬券があったので、払い戻しして、また本日の馬券を買う。当たってくれればいいが… ただ、最低1000円というのが、痛い。
まだ時間があったので、遅めの朝食。「よーじゃ」のすぐ近くの「あさぬま」で、サンドイッチを食べる。

「よーじゃ」で、あぶらとり紙を買う。かなりのお客さんが店内におり、大変な繁盛。よっぽど、いい商品なんだろう。頼んだ人のお目が高い。レジ待ちに時間が掛かってしまったが… まあ、喜んでもらえば、それでもいいか…

一日乗車券なので、とりあえず使わないともったいないので、とりあえず市バスが来たので乗ってみる。ちょうど、二条城に行くようなので、目的地を二条城にする。

元離宮二条城に。二条城は慶長8年(1603年)、徳川初代家康が京都御所の守護と将軍上洛の時の宿泊所として造営、3代将軍家光により伏見城の遺構を移すなどして寛永3年(1626年)に完成。あと、大政奉還があった所である。拝観料600円払って中に入る。うぐいす張りの床で、音が鳴るのが耳につく。テープのガイダンスをゆっくりと聞きながら、中を進んでゆく。大広間一の間・二の間で、大政奉還を発表したのだけど、そこでは、ついつい当時の事を想像させられる。将軍の居間と寝室に使われていた白書院、将軍と親藩及び譜代大名の内輪の対面所の黒書院、老中の間、勅使の間と見学。襖に描かれた絵画や彫刻は桃山時代の様式らしい。
二の丸御殿を出て、強い日ざしの中、二の丸庭園を歩き、天守閣跡、内濠沿いを歩き、大手門に出る。汗がヒタタリ落ちる。

バス停に行くと、会話の内容から金閣寺に向かう観光客が多かった。また、市バスに乗り、金閣寺に。拝観料がお札になっている。金閣寺は、足利3代将軍義満が築いた山荘・北山殿、義満の死後、遺言により夢窓疎石を開山として禅寺に改め、義満の法名から鹿苑寺と名づけられた。つまり金閣寺は俗称、お釈迦さまのお骨を祭った舎利殿である。さすが、世界遺産となっているだけあって、鏡湖池に浮かぶ金箔の舎利殿は見事。ちなみに、入り口近くで、カメラに収めないと、先に進むにしたがって、金閣寺の全体が見えなくなってゆく。龍門滝、白蛇の塚を見て、出口に。
もう、13:00過ぎていたので、そろそろ京都駅に向かわなければいけない時間。今日は新宿で17:00から飲み会なのだ。金閣寺のバス停に向かう。金閣寺のバス停にて、係員らしき人がいた。バスの案内や到着アナウンスをテープのように、正確に話している。芸術と言ってもいいかもしれない。が、バスが到着したら「すぐに出発します」と、乗客をせかし、最後に乗ったおばちゃんは、ドアにはさまれそうになっていた。俺は、先に乗ったので後ろの席に座ることが出来た。

京都駅に到着。汗をかいたので京都タワーの地下三階の大浴場に入る。ゆっくり湯船につかっていると時間を忘れそうなので、急いで体を洗って浴場から出る。
京都タワー内で、八つ橋、しば漬などのお土産を買う。
思い残す事はなくなったので、京都駅のロッカーから荷物を取り出し、東京行きの新幹線の切符を買う。最初はひかりに乗るつもりだったが、それだと、新宿に間に合わなさそうだったので、のぞみに乗る事にして、追加料金出して切符をかえてもらう。東京駅に17:26に到着。急いで、新宿に向かう。

考えてみれば、今回の旅行、お寺は沢山回ったけど、お賽銭は一つもあげていない全部が全部、お賽銭をあげていたらキリがない。まあ、いいか。
2003年6月21日〜6月22日 さわやか蔵王高原とサクランボ狩り松島で地元の新鮮な寿司食べ放題1泊2日間編
6月21日(土)
家を7:30に出る。今日は天気が良い。曇りだと思っていたけど、快晴。8:20に横浜そごう第1駐車場に行くと、女性の添乗員が待っていた。どこか、妻の友達(高麗の乗馬場で馬を乗り回している)に似ているような…

バスは定刻の8:30に出発。自分達は運転席側の6列目。若い女性の友達同士、おばあちゃん達、中年のおじさんグループが多い。43人の参加でバスは走る。長距離運転なのか、運転手がもう一人乗り込んでいた。

10:00に浦安を通り、10:25に羽生SAでトイレ休憩。バスの中が暑いので、アイスを買って食べる。10:40にバスは北に向かって走る。今回はバスガイドがいないので、ゆっくり眠れそう。

12:26に安積SAで弁当を積み込み、12:45安達太良SAで昼食。郡山名物の安積のとりめし弁当を芝生の上に座り込んで食べる。妻はハイキング気分だと喜んでいる。気温は30度近いが、湿度が無いので、そんなに暑いとは感じない。中々、とりめしは美味しかった。13:15にバスは出発。

腹一杯になったので、バスの中で寝ていたら、2:30に蔵王酪農センターに到着。チーズの試食が出来るので、センターの中に入ると、試食コーナーに沢山の人。何とか自分も試食が出来たけど、クラッカーの上にブルベーリー、ラフランスなど色々な種類のチーズをつけて食べた。人が多いので、十種類のチーズがあるのに、選んでいる暇が無かったが… チーズドリンク(50円)を買って飲む。添乗員も言うように、チーズの味はそんなにしなくて、不思議な味だった。

バスは走り、蔵王エーコラインを使って昇ってゆく。カーブを曲がるたびに、高度を増してゆく。蔵王連峰には少し雪が残り、木々の緑と雪の白が鮮やかで、感動する。蔵王のお釜の駐車場にバスは到着。観光バスが10台以上も駐車していた。添乗員もいつもは少ないのにと、かなり驚いていた。標高も高く、風も強く、少し寒い。蔵王・お釜(火口湖見物30分)観光。蔵王五色岳の火口湖で、釜状のためお釜と呼ばれているようだ。県営蔵王レストハウスの横から、お釜を見に行く。かなりの観光客もおり、少し歩きづらい所を下ってゆき、柵の所からお釜を見ると、エメラルドグリーン色の湖面が美しい。沢山の人々が写真やデジカメを撮っていた。刈田岳山頂(1759m)、まで100m登る。山頂には鳥居があり、奥之宮という神社があった。妻が下りだしたので、自分も駐車場に向かう。レストハウスでお土産を買ってバスに戻る。

バスは走り、蔵王温泉街に。蔵王中央ロープウェイの温泉駅に着いたのが17:00。ロープウェイの最終便が出た後だったので、臨時便が出る事になった。蔵王中央高原に今日の宿泊ホテルがあるのだ。ロープウェイに乗り込むが、中々、ドアは閉まらない。駅員に聞くと「まだお土産を買っている人がいるので、発車出来ない」と。時間厳守なのに。ロープウェイは定員100人ぐらいの大型。かなりの人数を詰め込み、ギュウギュウ詰めで上がってゆく。窓際だったので、下を見ると、緑の木々がじゅうたんのように見えた。7分ぐらいで鳥兜駅に到着。標高1387m。気温は15度。かなり上がっていった。鳥兜駅からマイクロバス2台で、ホテルに。

国際蔵王高原ホテル。2××号室。部屋から真正面にドッコ沼が見えて、中々の部屋。すぐに風呂に入って、夕食はレストラン『ベルベル』で会食。山の幸に牛肉、鍋料理に日本酒を熱燗で飲む。

6月22日(日)
朝5:00に目覚める。窓から外を見ると明るくなっていた。折角、早く起きたので、散歩に繰り出す。ホテルの前のドンコ沼に。ドンコ沼は、覚山法師が修行の為、金鋼杵を手に、蔵王山に入り、この沼に差し掛かったところ、竜が現れたので、覚山法師が金鋼杵の独鈷(ドンコ)を水面に投げ入れると竜は沼に沈み再び姿を現す事は無かった事から、この沼をドンコ沼と呼ぶようになったようだ。朝の空気は清々しい。今日も晴れそう。半袖で外に出たので、少し寒い。沼まで来ると、風が吹いていないので、波が揺らいでおらず、水面に映る山々の緑、ホテルが美しい。

朝食はバイキング。今日はサクランボ、寿司の食べ放題だというのに、しっかり腹一杯にする。

8:00ホテルを出る。マイクロバス1台づつで鳥兜駅に。最初のマイクロバスだったので、駅近くの鳥兜山展望台から絶景を眺める事が出来た。蔵王中央高原からロープウェイで蔵王山麓に。途中、ニホンカモシカがおり、駅員が教えてくれた。添乗員が「ニホンカモシカって、毛が白いんですか?」と、突っ込みを入れたので、駅員は困っていた。

バスに乗り込む。今日は、出入り口側の8列目。一時間半ぐらいバスは走り、天童フルーツランド(サクランボ狩り園内食べ放題40分)に。バスでサクランボ狩りの場所まで行く。係員に連れられて、ゾロゾロと園内を歩いてゆき、サクランボ狩りの場所、ビニールハウスの中に入ると係員から説明がある。来年の事もあるので、「枝を折らないように」と言われていたのに、しっかり、添乗員、間違えて枝を折ってしまう。係員に気づかれなかったけど… サクランボの木の上の方に沢山生っていたので、脚立で上がって妻の分まで取ってあげる。サクランボが甘い木と、マズイ木がはっきりしているような… おばちゃんから、美味しい木を教えてもらい、脚立に乗って取って食べる。添乗員は30個ぐらい食べていた。よっぽど楽しみにしていたようだ。自分は10個ぐらい。サクランボの種類は佐藤錦のようだ。
時間になり、バスに戻り、サクランボの販売店に行く。10分間、バスが停車。買い物する時間がないと、ちょっと不平の声が。玉コンニャク(100円)を買って食べる。

バスは、山形道を走り、松島海岸まで1時間30分、走る。松島(自由散策60分)。自分達は、松島遊覧船に乗船。地獄島、仁王島、鐘島、桂島など大小の奇岩が次々と移り変わる風景が満喫でる湾内1周コース(60分)。松島海岸レストハウスから乗船。まず松島ビールの地ビール(600円)を売店で買うと、妻はカッパえびせん(150円)を買う。あまりお客さんがいなかったので、ゆっくりと寛げた。船内に松島の島々の紹介の放送が流れるけど、ビールを飲んだり、えびせんを食べたり、島々をデジカメで撮るのが忙しい。仁王島の景観には自然の驚異さ(顔がタバコを一本吸っているような岩)を感じる事が出来たが、地獄島の灯台には気づかなかったのが残念。船の近くをウミネコが飛んでいるので、乗客のおばちゃんが、えびせんを投げると、見事にキャッチした食べながら飛んでいた。60分、あっという間に過ぎていった。
レストハウスに着くと、みちのく記念館の駐車場に行かないといけないのだが、誰も添乗員の話しを聞かなかったのか、船に乗るのでそれどころではなかったのか、11名皆で戸惑ってしまう。たぶん、右手の方だろうと進んでゆくと、誰かが「あっ」と叫び、添乗員に気づき、添乗員に連れられて駐車場に。

そして、最後の立ち寄り箇所の松島・ホテル松島大観荘(地元七ヶ浜から毎日届く厳選された20種類の新鮮な寿司食べ放題50分)に。ホテルに入り席に着く。しっかり、自分達は、料理に近い席をキープする。寿司だけ食べ放題だと思っていたら、その周りにある、てんぷらうどん、やきそば、からあげ、焼き鳥なども食べ放題だった。寿司は、エ ビ、かに、タマゴ、たこ、マグロ、中トロなど30貫近く食べた。前にいた人は、ご飯は食べず、上の刺身だけを食べていた。もしかしたら、ズルイけど賢いのかも。最後に、フルーツにアイスを食べたら流石に腹一杯になった。後で、添乗員、バスの中で、三回以上寿司を取りに行っていたと言われたけど、しっかりと自分の 事だ。
お土産屋で、名前に魅せられて牛たん煎餅を買う。

バスは、13:45に横浜に向けて帰路に。16:25安達太良でトイレ休憩。女子トイレではかなりの人数の人が並んでいた。女は辛そう。16:45安達太良出発。19:05羽生でトイレ休憩。その間に、ホットドッグとサンドイッチを買って夕食にする。19:25羽生出発。乗客からビデオを流して欲しいと要望があり、釣りバカを流す。21:20横浜に1時間遅れで到着。家には21:50。横浜に到着すると雨が降っていたが、旅行中は梅雨ながら天気も良く、けっこう良かったような〜

2003年5月2日〜5月3日 絶景20mの雪の大谷立山黒部アルペンルート編
5月2日(金)
残業もせずに家に帰り、19時30分に家を出る。今回はシャツ、トレーナーにジャンバーを着込んで寒さ対策万全。今回はバソコンは持っていかなかった。すぐに横浜には向かわずに、家から缶チューハイを持ってきたので、ツマミを買ってから横浜の集合場所に向かう。20:10過ぎに横浜に着いたので、ドラえもんの「のびた」のような添乗員に受付をすませて地下のトイレに。横浜20:30に出発。バスは入り口側の8列目、真ん中ぐらい。缶チューハイを飲む。
町田9:30。町田集合の参加者を乗せる。その間、俺は添乗員に連れられ小田急のトイレに。一緒にオヤジ二人もついてくる。そのオヤジ、去年もアルペンに行ったらしいが、霧で楽しめなかったようだ。バスの運転手は二人も乗車していた。バスが走っているのに、いきなりバスの運転手がマイクで話し出したのでビックリした。夜行だから二人なんだろう。
八王子インターから談合坂でトイレ休憩。そこで、バスの電気が消える。二時間ごとにドライブインでのトイレ休憩。合計三度バスは停まるが、一回しかトイレに行かなかった。眠いのだけど、中々、バスは揺れたり狭いので眠れない。椅子を倒すのだけど、普通の観光バスなので、思い切って倒れない。せっかく熟睡したと思っても、二時間ごとのトイレ休憩で、バスの中の明かりが付いて起きてしまう。それでも何とか、バスの中で寝る。

5月3日(土)
今日は、立山黒部アルペンルート。標高3015mの立山の真下をくぐり抜け、富山県富山市と長野県大町市を結ぶ全長86kmの立山連峰を横断する山岳観光ルート。ケーブルカーやロープウェイ等さまざまな乗り物を乗り継ぎながら、車窓に展観するダイナミックな自然を満喫したい。特に、雪の大谷は二年前から行きたかった所。

5:00アルペン村に到着。添乗員の「おはようございます」の声に目覚める。寝れない寝れないと思っていても、寝ていたようだ。外を見ると晴れのようだ。しかも、雲の無い絶好の旅行日和。
『ドライブイン立山あるぺん村』で、トイレに行ったり洗顔したりする。
5:20、早くも朝食。鱒寿司の弁当。

立山駅(標高450m)。7:00発のケーブルカーに乗るまでに時間があったので、駅周辺をブラブラする。気温は7度で快晴。時間になり、添乗員の前に並ぶ。立山ケーブルカーに乗り込む。つるべ式に2台の車両が連結され、標高差500m、最大斜度29度の急勾配を登ってゆく。7分間の乗車。座れなかったので、階段の所に立って、雪化粧したアルプス山脈をデジカメで撮る。

美女平駅(標高970m)に到着。気温は2度。沢山のスキー客が立山高原バスを待っていた。残雪のある立山杉(雪の重みに耐えて枝が垂れ下っているのが特徴)見ながらバスは走る。日本一の落差(350m)のある称名滝が見える所では、バスが停まってくれた。遠くに見えていたが、デジカメにおさめる前にバスが発車し、撮れなかった。バスば走り出し、青空からの日差しが雪を反射させ、神秘的な景色を眺める。青空からの雪化粧、雪肌から見える山の緑などは、どこを向いても絶景。大自然を感じさせる。どんどんバスが登ってゆくと道路脇の積雪が徐々に高くなってゆく。

50分の乗車で室堂平(標高2450m)に。室堂ターミナル(標高2450mで日本最高所の鉄道駅)でバスを降りて三階の屋上展望台に。屋上に出ると、まぶしい。一面の銀世界がまぶしい。天気も良いので、団体写真。
早速、雪の大谷に。20メートルぐらいの雪壁が道路脇にそびえたつ場所にと思って行くが、そんなに高くない。もっと天狗平の方に向かえば高い場所もあったと思うが、3〜4mぐらいの雪壁。雪壁は地層のように横縞になっている。それに『LOVE』とか、彼氏の名前を書いてあった。誰もいなかったので、ゆっくり見学する。道路から、雪の上に登り、人跡未踏の雪原に何か書いてみたくなる。『本命』と硬い雪に書く。妻は呆れていたが・・・
室堂ターミナルに戻る。さすがに、雪の白さで、目がどうかなったのか、目が部屋の暗さに慣れない。太陽の光をまともに反射したのを見ている為なのかも。サングラスが必要だったかも。
ターミナルと併設されている立山自然保護センターに行く。入口で、氷河期からの遺存種といわれる富山県の県鳥・ライチョウの足跡のスタンプと日付けの入った入国パスポートをセルフサービスで発行する。アルペンルートの植物の姿をハイビジョン映像で堪能し、立山の動植物のバネルを見学。

室堂駅から立山トンネルトロリーバスに乗る。正式には「無軌条電車」と言いレールはないが電車の中まで、標高3015mの立山直下を環境保護のため排気ガスの出ない電気で走るバス。トロリーバス10分の乗車。窓際の一人席に妻と前後で仲良く座る。

大観峰(2316m)に到着。トロリーバスを降りて、添乗員の後をついてゆくと、雪のトンネル。その雪のトンネルを抜けると、標高2600mクラスの山々が屏風のように。野口五郎岳、三ツ岳、島帽子岳、南沢岳、大天井岳、不動岳、唐沢岳、船窪岳、針ノ木岳、スバリ岳、蓮華岳、赤沢岳、鳴沢岳、爺ケ岳、布引山、鹿島槍ケ岳、牛首山などの山々がパノラマように見える。また、雪のトンネルに入り、売店から階段を登り大観峰展望台に。絶好の写真ポイント。
幻の酒大観峰、にごり酒試飲しようと、早めに売店に戻る。一杯だけ試飲。
ロープウェイを待っていると、いきなり駅員がユーモア混じえて喋りだした。丁寧に、雪の大谷の説明をしてくれる。一番の雪の大谷は25mあったと。しかも写真パネルまで披露すると、それを聞いている人達は写真パネルを見て感激。そして、純白の平原を一ヶ月半もの間除雪する様子を詳しく説明し、立山アルペンルート、黒部ダムについてガイドする。じつは、駅員が持っていた写真集を売りたいがための説明で、いきなりゾロゾロと他の駅員(若い駅員だから新人かな〜)が集まってきたと思ったら、大観峰しか買えない写真集を売り始めた。俺は笑ってしまったが・・・

立山ロープウェイで黒部平(1828m)に。このロープウェイは、景観保護の為、支柱のないワンスバン方式のロープウェイで7分の乗車。窓際に座れたけど、デジカメで黒部ダムや黒部湖を撮るには、立っていた方が良かったのかも。それでも動く展望台と言われる立山ロープウェイで空中散歩を楽しむ。
10:30早めの昼食。黒部平レストランで妻はカレーライス、俺は牛玉丼を食べる。
展望台に登って、北アルプス山脈を鑑賞。

黒部平からケーブルカーに乗り黒部湖(1455m)に。このケーブルカー、景観保護と雪害防止を考え駅舎もトンネル内にある全線地下式構造。エメラルドグリーンの黒部湖を見ながら・・・ と、いきたいところだったけど、湖水が汚いような〜黒部ダム(高さは日本最高の186m、堤の長さは492m)の上を歩く。今日の水深さは160mのようだ。残念ながら、ダムの放水はしていなかった。6月26日からのようだ。
難航を極めた黒部川第四発電所建設工事で犠牲になった人達を慰霊するモニュメントの殉職者慰霊碑を見て、展望台に上がる階段を登ってゆく。真下を見ると、高所恐怖症の人にはつらいかも。展望台から見える白馬岳を見ながら、おばちゃんが、あれは「はくば」か「しろうま」かで議論していた。パネルには「しろうま」と書いてあり、アナウンサーも「シロウマ」と言っていたようだ。どうなんだろうと、気になる。
展望台はひざしが強く暑い。ジャンバーを脱いでしまう。山々の雪を見ながら、時間まで寛ぐ。

黒部ダムから扇沢まで関電トンネルトロリーバス(16分)。沢山の人が並んでいたが、乗り切れるだろうかと心配になっていたが。乗り場にはバスが5台並んでいた。ギュウギュウで、バスに乗り込む。13:05発、5台一気に発車。偶然、添乗員の隣りに立っていた。旅行の感想を言おうとするのだけど、添乗員がそばだと話し辛い。

13:30、扉沢の駐車場で待っていた観光バスに戻る。時間が無くお土産に立ち寄れず。
14:20、殆ど寝ていたが、気が付いたら豊科のインター安曇野スイス村に。20分ぐらいの休憩時間。ソフトクリームを買う。
14:50、豊科から長自動車道を使い岡谷から中央自動車道。眠かったので、ずっと寝ていた。
16:45、談合坂。晩ご飯の弁当を買う。カツ丼弁当。バスの中で食べる。
17:00、談合坂を出発
18:50、町田出発。
19:40横浜到着。天気も良く、中々、良い旅だった。
2003年3月29日 桜満開ミステリーツアー日帰り編
今日は、桜のミステリー。5分咲き以上の所に連れて行くそうだけど、朝、4:00に起きて、ネットで検索してみると、神奈川、埼玉は咲き始めが半分、山梨、長野、新潟、千葉は咲いていない。静岡(舘山寺、静岡浅間神社)までいかないとそういう場所がないぞ・・・
7:30に横浜そごう前第1駐車場に集合。何度も、集合場所にされた場所なので、迷わず行く。

集合場所にバスが数台停まっていた。男の添乗員に受け付けを済ませて、バスに乗り込む。入り口側の一番前の席。35名の参加。早速、高速に乗り、バスガイドのとりとめのない地方の雑学(お米が一番取れない都道府県は沖縄で、逆は北海道とか)を聞きながら、町田から東名に。
名古屋方面に(やっぱり、静岡か)、小雨の中、バスは高速を渋滞でノロノロで走る。滑走路と勘違いされないようにとトンネルを作ってしまった大和トンネルからバスはスムーズに走りだし、中井、山北と通り過ぎ、気がつけば雨も上がり、曇り。富士山も、うっすら裾の方が見える。

足柄サービスエリアでトイレ休憩。ホットドッグを妻に奢ってあげる。9:00出発。

北は会津磐梯山、南は比叡山から見えると言われる、雪化粧した富士山を見ながら、バスは走る。富士で高速、西富士でバイパスを降りて、9:45に富士山本宮浅間神社に。参拝後に、しだれ桜を鑑賞。見事なしだれ桜に感動する。富士山の雪解けの水が湧出する湧玉池を散策して、バスに戻る。10:25、バスは出発。

まだ、お昼には早いけど、配られた弁当を食べながら、再び、東名に乗り、名古屋方面に。海を見ながら由比を過ぎ、静岡で高速を降りる。バスガイド、登呂遺跡、駿府城跡を説明しながら、静岡駅を通り過ぎる。どこに行くのだろうか?
駿府公園に11:40到着。
まず、バスで公園に向かった時に満開のソメイヨシノの桜が綺麗だった外堀を歩く。デジカメで桜を撮りながらの散策。妻は先に駿府公園の中に入っていった。外堀を早歩きで、桜を堪能し、駿府公園に。
駿府公園は、駿府城址で、天正13年(1585年)徳川家康公が築城した駿府城の跡を公園にしたもの。妻を捜しながら、家康手植えのミカン、徳川家康の像、D51形蒸気機関車と見ながら、妻を捜す。蒸気機関車の上から携帯で電話すると、そば屋の近くにいた。
妻と歩きながら、巽櫓の当たりを散歩。ほとんどボランティアでやっているという人力車(1周700円)に乗る。日に当たりながら、風も気持ち良かった。通行人に、人力車姿のデジカメを撮ってもらい、バスに戻る。12:40出発。

安倍川に近いワサビ屋『田丸屋』で工場見学。ワサビ漬けの製造工程を見学しする途中に辛味体験室 匂いの部屋があり、入ってみると、かなり強烈なワサビの匂いで目から涙が出てきた。妻も苦手のようだ。
お土産屋でお茶わさびのポテトチップス、あんこのソフトクリームを買って食べる。13:33出発。東名に乗り、東京方面に戻る。バスガイドが配ってくれたサービスの静岡茶を飲む。
沼津で高速を降り、伊豆半島方面に。清水の辺りでカミナリが鳴る。バスガイド「マイナスイオンが発生するから、恐がったらいけないのよ」と。本当、雑学を良く知っている。
15:30に伊豆の国 江間いちご狩りセンターに到着。かなり大粒の雨が降ってきて、一面に広がる菜の花畑を散策どころじゃない。バスに戻ると、「あきひめ」と言うイチゴを配ってくれる。大粒のイチゴで、甘みがあり、美味しい。15:45出発。

バイパスを使い、三島大社に。7分咲きの、しだれ桜の咲く境内を歩き参拝。露店の上のしだれ桜、池の周りのしだれ桜、あまりに見事。カミナリが鳴りだし、雨がまた降り出してきたので、バスに戻る。16:45出発。

バスは沼津インターに向かわず、1号線を走る。雨は降っているが、東京方面の空は夕焼けになっている。
沼津物産センターに立ち寄る。妻が寿司を食べたいと言うので、新鮮なトロ、鉄火巻き、サーモンを食べる。
バスの中で食べようと、伊豆たこを買う。これも意外に美味しかった。17:30出発。

帰りの高速で、添乗員の司会で「春の謝恩抽選会」を開催。旅行のバッチの裏の番号(自分は27、妻は30)と、添乗員がビニール袋から取り出す紙(前もって数字が書いてある)と番号が合えば当たり。その抽選会で、二番目に大当たり。「桜のしずく」というお菓子が当たる。35人中5人の確率。
雨も上がり、海老名でトイレ休憩し、一路横浜に。スムーズに帰れて19:50到着。バスの走行距離は約450キロだった。
2003年3月15日〜3月17日 ぽっかぽか 指宿砂蒸し風呂体験 あったか〜い南九州編
3月15日(土)
実家のお土産(中華饅頭)を買って羽田空港に。飛行機は14:30に出発。飛行機に乗っていたら、妻の昔の会社の人に偶然会う。同じツアーに参加していた。妻は十数年振りの再会を喜んでいた。何か疲れていたので、飛行機の中は寝ていたので、用意していた本を読めずに到着。

鹿児島空港(16:20)到着。そんなに寒くない。曇りだった。

バスに乗り込む。運転席側の一番後ろの席だった。45名の参加。実は2号車で、1号車も45名の参加で人気のコースのようだ。添乗員はおばちゃんで、バスガイドはやっと一年目の新米のバスガイドだった。

5分ぐらいでチェコ村ビール館に到着。到着して、すぐに添乗員に「明日の観光はせずに、自分達だけ自由行動にしてもいいですか」と聞くと「事故とか遭っても責任は取りません。それでも、かまいませんか」と言われて、OKをもらった。これで、明日はゆっくりと実家に行く事が出来る。
焼酎瓶のような入口から入り、焼酎臭い焼酎工場を見学する。試飲室(椅子がなく、自分達は立って聞く)で係員が自顕流、隼人の涙、てんもんかん、そして、幻の酒のチンタラリを紹介して試飲タイム。芋焼酎のてんもんかんが美味しく、小さなコップで二杯、ロックで飲み、自顕流を一杯飲む。お土産屋で色々と見て、桜島小みかんの饅頭、てんもんかんの焼酎、麹みそ豆(試食で美味しかったので)を買う。

40分ぐらいバスは走り霧島神宮に。バスガイドから一円玉のデザインの木を案内を聞く。 鹿児島では有名な神社。瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を祭っている。思ったより小さな神社だけど、多くの参拝客がある神社。夕暮れの中を参拝し、出口のあたりで、坂本龍馬とおりょうの新婚旅行記念の看板があったので、デジカメで撮る。

すぐに霧島温泉郷の霧島ロイヤルホテル。前にも止まったことがある。西館の2510号室(五階)。早速、お風呂に入る。露天風呂の岩ぶろにゆっくりと浸かる。
夕食はレストランの錦江、地ビールで、料理を堪能する。豚肉の鍋、シャブシャブの鍋(肉ばっかり)、薩摩揚げが美味しかった。
部屋に着いたら、すぐに熟睡。

3月16日(日)
朝6:00頃起きて、朝風呂。朝食はバイキングだった。同じツアー客は、もう食べ終わっていた。

ホテルをチエックアウトして、ホテルからタクシーを呼んでもらい、霧島神宮駅に。雨が降っていた。10分ぐらいで到着。8:43分の特急で西鹿児島駅に向かう。普通でも良かったのだが、普通は8:56分で待たないといけなかったので、特急に。特急料金600円もかかった。西鹿児島駅に50分弱で到着。西鹿児島駅からタクシーで実家に。実家のそばのスーパーが無くなっていたり、実家の前の道路が広くなっていたり、帰らない間に随分と変わった印象。

実家で、親に挨拶して、隣りの家の祖母の家に行くと、祖母はまだ寝ており、叔父と少し話す。昼は天文館に行き、弟夫婦と子供2人、弟の友達(吉田君)と、自分達夫婦、両親で、山形屋の食堂で名物のヤキソバを食べる。そして、実家に。雨が強くなったり、やんだりと変な天気。
祖母の家に行くと、祖母は起きていた。少し話しをするが、少し痴呆が進んでいる印象を受け、少し悲しくなる。弟夫婦とその友人が来て、寿司の出前を取り、宴会。弟の友人と、姪っ子の雑誌の付録を作ってあげるが、中々、説明書が不十分で完成まで1時間ぐらいかかる。弟がホテルまで車で送ってもらい、20:30に到着。

鹿児島東急ホテルの8階に宿泊。ドラマ「GOOD LUCK」を見て、シャワーを浴びて熟睡。

3月17日(月)
6時に起きる。朝食は2階の宴会場でバイキング。一度、食券を忘れて、部屋に戻るハプニングがあったが、無事に食べられる。前の席の人と1泊2日で南九州を観光している人達と少し話しをしながら食べる。雨も上がり、窓から見える桜島の裾が見える。昨日は雨で観光は大変だったようだ。

今日も後ろ側、9列目、後ろから三番の席だった。バスは曇りの中を鹿児島港に。

8:10に乗船に滑り込みセーフで、バスごと乗船。バスを降りて、船の前方に行く。船が走りだすと錦江湾の真ん中に潜水艦がいた。珍しくて、ついデジカメ撮影。
船の安全上の規則により、船の走行中はバスを降りないといけない。15分の乗り降りに、ツアー客の一人が冗談で、バス運転手に文句を言うと、運転手は「小学生は、この4キロの海水を泳いで渡るんだよ」と。

桜島の裾、溶岩道路を走る。ドライブインの桜島展望台で黒豚ラーメンを買う。

バスは走る。白い紙で包まれたビワが、いたるところに育てられていた。故郷温泉、有村溶岩展望所、黒酢で有名な福山を通り、弥五郎伝説の里でトイレ休憩。だいぶ、トイレは並んでいた。でかい弥五郎の銅像(鹿児島空港前の西郷さんと高さが一緒の15m)をデジカメで撮る為、駐車場から少し走って撮影。

バスはバスガイドが志布志小唄を歌う中、志布志を通り、バスガイド調子づいて、鹿児島を離れたのに、おはら節を歌う。カラフルな服を来てサイクリングしていた人達が沢山いた。

宮崎に入り、バスの中でお茶タイム。添乗員が配ってくれた小みかんゴーフレットと温かいお茶を飲む。

日南にくると、バスガイドはフェニクスハネムーンを歌い、鵜戸神宮。鵜戸神宮は、日南海岸国定公園の一角をなす奇岩怪礁中の海食洞窟内に鎮座する。漁業や航海の守護神として信仰を集めている。歩いて向かう途中、朝食の時に話した人と会う。鵜戸神宮を参拝し、お乳岩を見て、亀石に運玉を投げ入れる。女は右手で、男は左手で願いを込めて亀石の中の池に入ると願いが叶うという。自分は運玉が二個入る。何か二回良い事があるかもしれない。帰りに日向夏みかんジュースを飲む。売り切れ寸前に、飲む事が出来た。バスガイドが美味しいと言うだけあって、本当に美味しい。

サボテンハーブ園の2階のレストランで食事。松花堂弁当(煮物、酢の物、サボテンのかき揚げ、名物のキチン南蛮、サラダ、ご飯、海鮮鍋)を食べる。ハーブ園は2000種類、約130万本のサボテンが植えられている。園内を見ようとしたら有料なのでお土産屋を見て時間を潰す。

バーコードのような波状岩鬼の洗濯岩を見て、堀切峠。約50メートル下に広がる青い海と岩状岩。南国情緒の溢れる眺め。10分ぐらいの停車だったので、すぐにバスに戻る。

青島。青島は、日南海岸国定公園の中心地で第三紀の砂岩と泥岩の互層からなり、波の作用でけずられて、地層の配列がよくみられる。「鬼の洗濯板」とよばれる平らになった岩畳が、海岸にそって幅20〜100mも広がり亜熱帯植物の原生林がよくしげっている。全島を殆ど覆って繁茂している(約五千本)ビロー樹をマジマジ見てしまう。それと、勿論、巨人軍の選手が書いた絵馬も見る。松井はさすがに無かったけど、清原は「世界平和 心願成就 家内安全」と書いてあった。そして、バスに戻ると、妻の前の会社の人から、チーズ饅頭を奢ってもらう。

宮崎空港で、またまた、妻の前の会社の人からコーヒーをご馳走になる。意外に良い人だな。宮崎空港(16:30)を飛行機は鹿児島に向けて出発。羽田空港(18:00)に到着。 
2003年2月15日〜2月16日 温泉天国・ホテル浦島忘帰洞 ぷらっと南紀1泊2日編
2月15日(土)
羽田空港に到着し、受付を済ませて、搭乗する。南紀白浜空港という事で、かなりの小型の飛行機。横に5列の席しかない。着替えを入れた鞄、パソコンを入れたリックを持って狭い通路を通り、席に座る。羽田(8:55)発が、滑走路が混んでおり、遅れて出発。富士山をデジカメで撮れた。着陸は小型なので、旋回する時に、飛行機が傾き、軽いジェットコースターに乗っている気分を味わう。

南紀白浜に到着。今回の参加者は34名。白浜空港はかなり小さい空港。妻に言わせれば「何もないね」と。天気は晴れで、そんなに寒くは無い。バスに乗り込む。今日の席は運転席側の8列目だったけど、自分だけ一番後ろに座る。

添乗員がオプションの説明をしているのを聞きながら、バスは海岸線を走る。バスガイドも説明がうまそうなので、良い旅が出来そうだ。バスガイドは、温泉の自動販売機を紹介したり、5月に猪豚ダービーが行われる「すさみ」の地方を紹介しながら、1時間走る。
串本海中公園に到着。日本で最初に指定された海中公園地区、水は黒潮の影響を受けて一年中暖かく澄んでいる。
早速、水族館(マリンパピリオン)を見学。思ったより見ごたえのある水族館。ピンクのイソギンチャク、エイ(ヒメイトマキエイ)、ウミガメ等を見る。
最後に水中トンネル(総水量1.250トン、長さ24m)をくぐる。悠々と泳ぐ20種類の大型サメやエイが見られた。透明トンネルなので、真上をサメが通ったり、真横にシマアジ等の魚が泳いでいるので、水中にいるような感覚になる。
すぐ近くの海中展望台に行く。透明度が9m〜20mなので、かなり綺麗。丸い窓から海中を見ると、魚が泳いでいる。隣りの窓には、ダイビングで、窓を掃除している人がいたが… 一瞬、変な魚だと思ってしまった。

バスは20分ぐらい走り潮岬(本州最南端、北緯33度26分・東経135度46分の本州最南端)に。早速、昼食。鯛三昧料理。ビールを注文して飲むが、少し酔ってしまう。鯛の刺身がメインで、鯛をご飯に乗せて丼にしたり、お茶漬けにしたりする。美味しかった。
潮岬は、台風情報でお馴染みの場所。潮岬観光タワーに登る。入場料が「本州最南端訪問証明書」になっている。展望台になっており、太平洋を見渡せる。タワーの側面に「地球がまるいの見てくらんし」と方言(?)で書いてあるので、地球の丸さを確認出来るらしいけど、天気も良いので、気分も良く、何となく丸くみえるような…
タワーから降りて、望楼の芝に。芝生で覆われていて、のんびりリラックスできる。少し走ると気持ちが良い。本州最南端の石碑があり、妻とデジカメを撮り合う。
バスのところに戻り、お土産屋があったので、ここで、会社のお土産や、和歌山ラーメンを買う。

次は橋杭岩。弘法大師が紀州行脚の際、この地に立ち寄り向かいの大島に渡るため天邪鬼に手伝わせて橋をかけ始めたが、天邪鬼がくたびれて鶏の鳴声を真似たので大使も夜が明けたと思って中止し、その橋杭だけが残ったという伝説がある。バスから降りると、串本の海岸から対岸の大島に向かって整然と並ぶ、橋の杭のような大小40余りの奇岩(700mに渡って続いている)は、異星のモノのような感じ。ゴロゴロ島、ハサミ岩、ボオズ岩等、一つ一つに名前がついている。

日本有数のマグロ漁業基地で、白浜と南紀を代表する二大温泉として知られる紀伊勝浦温泉に。バスを下車し、オプションで紀ノ松島めぐりを頼んでいたので、観光船ボートで勝浦桟橋から出発し、勝浦湾口に浮ぶ大小の島々を観光する。紀の松島の脇を通り、岩の形からラクダ岩、ライオン島などを確認する。1時間ぐらいのクルーズ。その後、その船で、ホテル浦島に。船で浦島に向かうので、竜宮城に行くような感覚。そう言えば、バスガイドの名前もヒラメじゃないけど、ヒラメに似たような名前だったけど… ホテル浦島に行く途中、中ノ島のホテルの脇を通ったのだが、そこで珍事件。何と、露天風呂が丸見えなのだ。幸い、男風呂だったけど… 

ホテル浦島本館に到着。案内人が部屋まで連れていってくれた。そこで仕入れた情報。このホテル、約三千人を収容し、社員は150人ぐらい、後はパート等で600人で営業しているらしい(後でパンフレットを確認すると、部屋数544室、収容人数2600人)。
早速、服から浴衣に着替えて風呂に入りに行く。忘帰洞に。忘帰洞は、紀州藩主が景色に見とれて、帰るのを忘れた事から名付けられたらしい。泉温は54度で慢性関節リューマチ、神経痛、糖尿病、創傷などに効果がある。洞窟内の湯船に浸かり、太平洋を見ていると、何もかも忘れそうな気分に。妻と20分後に出るという約束を忘れそうになる。
『温泉巡り記念スタンプ』を集めると粗品がもらえるというので、妻と温泉巡り。妻は女湯のハマユウの湯、俺は男湯の滝の湯に入る。大きな桶に温泉が注れていたので、誰も入っていなかったので(知らない人が入っていると、狭くなるので入りにくいので)、これ幸いと、入ってみる。五右衛門風呂のような感覚。
5時過ぎて、腹も減ったので食事する。バイキング料理。地酒と一緒に寿司に、マグロ、空揚げ、海老のテンプラ等を食べる。これもどれも美味しかった。二皿食べ終わった後にデザートも、ケーキ、アイス、フルーツと食べまくる。
夕食が終わり、少し休憩して、また温泉巡りの記念スタンプラリー。ごんど浴場に行く。何の事はない、普通の浴場だった。
風呂を出て、本館に戻ると中国大連雑技団がショーをやっていた。少し見たけど、一人で、紐と徳利のようなモノで大道芸していた。。それにしても、このホテル、広過ぎる。途中に、ゲームコーナーや麻雀ルーム、屋台村もあったりする。
今度は山上館まで行く。スペースウォーカーというエレベーターで登ってゆくのだけど、これがただものではない。482段の階段を登ってゆくわけだけだから、エレベーターも5分ぐらい乗りっぱなし。子供は、階段で登っていた、元気すぎる。頂上まで登り、夜風に吹かれながらの露天風呂。帰りは100万ドルの夜景と言うより、休憩室らしき所から100ドルの夜景を眺めて、部屋に退散。さすがに、のぼせてしまう。

2月16日(日)
朝、5時過ぎに起きる。早速、那智山めぐり。温泉巡りスタンプラリー。あと二つ。まず、日の出亭の磯の湯(男湯)に入る。源泉が出ていて、飲めるらしかったが、飲まなかった。和歌山だけに、毒入りカレーを思い出していた。考えすぎか…
そして、最後は玄武洞。忘帰洞と同じ洞窟温泉。天井がむき出しの岩なので、本当に洞窟にいるかのよう。大自然が創り出した神秘的な温泉に、ゆっくりと浸かる。これで、全温泉制覇。スタンプ6ヶ所を自慢げに妻に見せた。妻は最初でのぼせて、2ヶ所しか行っていないので、ちょっと悔しそう。

朝食もバイキング料理。朝食も美味しかったので、ついつい食べ過ぎる。

チェックアウトを済ませる。温泉巡りスタンプラリーの景品は、「忘帰洞」の入浴剤とホテル浦島の絵葉書3枚だった。後で、バスの中でバスガイドが手を挙げさせたけど、自分だけが完全制覇していたようだ。「全て周った人はいますか?」の質問に、誰も手を挙げる人はいなかった。ただ、バスガイドの言葉を聞いていなかったのかもしれないけど。

今日は一変して雨。昼には雨は上がるらしいけど。
ホテルから船で勝浦桟橋まで行く。龍宮城から陸上に帰ってきたかのよう。バスの駐車場に行くと、一人だけホテルに置いてきぼりの人がいるようだ。添乗員が人数確認しなかったようだけど、ああいう状況では無理だったかも。次ぎの船で来たようで、10分のロスタイム。今日は運転席側の前から3列目だった。

8:20出発する。今日の最初は、『那智かなぼこセンター』。チーズ、わさび、笹、しそ、エビ、めんたいこ、たこ、ほたて、枝豆、何でもかまぼこにしているような。そして、試食したけど、リンゴまでカマボコにしていた。意外に、リンゴの甘さが美味しかった。

バスは那智山を登ってゆき、那智の滝に。那智の滝は、轟音を響かせながら高さ133m(幅13m、滝壺の深さ10m)を一気に落下する豪快な直瀑。日本三名瀑の一つ。雨が降る中、駐車場から133段の階段を下ってゆく。那智の滝の団体写真に妻が遅れてしまう。石段が降り辛かった様だ。
滝の写真を撮ろうとするが、大きすぎて上手く撮れない。
滝壺拝所に入ってゆく。参拝料は300円だけど、券がお守りになっている。中に入ったのは、自分一人だけだった。ゆっくりと、那智の滝を撮る事が出来た。老杉の生い茂るお滝拝所に立って見上げると、岩壁に砕け散る滝水が飛散し、轟音が耳を圧していかにも霊域らしい荘厳な雰囲気がある。ダイナミックだった。
延命長寿の水が龍の口から出ており、100円で受け皿を買って飲む。『その昔 花山法皇千日の滝ごもりをし 九穴の貝を滝壷に沈められてより延命の霊水と言ひ伝える』と看板に書かれていた。

バスは少し走り、熊野那智大社に。那智山の中腹、標高500mの山間に位置する。駐車場から表参道の階段が見えると、ツアー参加者の一人が「上りたくない」発言に、笑いが起きる。妻は雨を理由に登るのを諦めた。自分一人で473段の階段を一気に登る。石段が急勾配なので、息が上がり、汗が出てしまう。
熊野那智大社、豊臣秀吉が再建した那智山青岸渡寺本堂を参拝する。
少し歩くと、三重塔が見え、那智の滝も見えるので、ツーショットでデジカメにおさめる。誰もいなかったので、絶好のポイントを撮る事が出来た。
妻が待っていると思い、1時間の自由時間の所を30分でバスの所に戻る。携帯が圏外なので、捜すのが無理かなと思っていたら、奇跡的にお土産屋のトイレの所で発見できた。後の30分は妻とお土産屋を見て歩く。

那智山を後にして、寺院のような那智駅を過ぎた頃、バスガイドが買ったばっかりの靴下を見せて「昨日、忘れ物がありました」と。「前から3列目…」俺達じゃないかと思ったけど、昨日の話しだと思いだしたら、後方の席の人が取りに行っていた。

新宮市から、青緑と言ったら良いのか、川の色が綺麗な熊野川に沿ってバスが走る。左右に滝を見ながら進む。オチは、鼻白の滝、「滝は見えないけど、向こう側に『はなしろ』と書いた店を見てください」と。勿論、笑いが起こった。

志古で2時間ぐらいの自由行動。自分達はオプションで頼んだ瀞峡めぐりをする。熊野交通のウォータージェット遊覧船に乗る。指定席で真ん中ぐらいの席だったけど、席に余裕があり、後ろの席移る。前もって買っておいた熱燗と、オプションで頼んだドライブイン志古の花板弁当を食べる。ジェット船は志古から、熊野川を蛇行しながら上がってゆく。瀞峡の瀞八丁で雨が上がり、船の天井が開く。夫婦岩、大黒岩などの奇岩怪石を見て、上瀞入口で、獅子岩、松茸岩を見て引き返す。渓谷の彩る周囲の自然の美しさに心が洗われる。
途中、田戸船着場で15分ぐらい休憩が入り、岸に船が着く。俺達二人はトイレに行き、戻ってきたら妻は魚を食べようとしたけど、ちょぅど、売り切れてしまっていた。残念。
40分かけて、志古に引き返す。

バスは1時間30分かけて白浜に。良い気分で寝ていたので、時間がすぐにたってしまった。バスガイドが色々とガイドしていたらしいけど、何も聞けなかった。

まずは、大一真珠資料館。真珠が出来るまでの行程がパネルで紹介され、真珠も売られていたけど、あまり興味が無かった。それより、海の写真を撮って、時間を潰す。

バスは走り、車窓から円月島を鑑賞する。白浜のシンボル的存在で、中央に円い海食洞が開いた姿から円月島と呼ばれている。海岸側の席にいて、バスは止まったので、思う存分、写真に撮る事が出来た。しかし、その円い穴から灯台が見える次のポイントでは、バスは停車できる場所が無かったのでゆっくり走っていたので、写しそびれてしまった。あっという間に通り過ぎた。

次は千畳敷。第三紀層の砂岩が長い時間をかけて荒波に侵食されて出来た岩畳で、畳を千畳敷いたように見える所から千畳敷と名付けられたようである。風が強く、千畳敷の看板前では、ツアー客に写真に頼まれた添乗員、写真を撮るのも、もどかしく強風に吹かれていた。早速、畳の所まで降りてゆく。デコボコの岩畳は、かなり降りづらかった。妻は上で待っていた。何とか、下までたどり着く。岩畳の上に、カップルで来た人達の名前が沢山彫られていたのには、ちょっとゲンナリしたが。妻が待っていてくれているので、上に早めに上がる。お土産屋で、お菓子を買った。

そして、バスは三段壁に。約2キロに渡って高さ50mのゴツゴツした岩壁が海に向かってそそり立つ三段壁。まずは展望台から三段壁を眺める。どこが、三段になっているのかは、わからないけど、かつては熊野水軍の船隠し場所だったらしい。
三段壁の洞窟に行く。36mの下にエレベーターで直下していく。洞窟内は1周200mの歩道となっていた。まずは洞内展望台で、洞窟に入ってゆく波を眺める。間近なので、迫力がある。十像岩が見え、岩に、獅子の頭、ゴリラのゴンちゃん、オオカミの遠吠え、ゾウさんの顔・頭と名前が付けられていた。
読み方が分からないけど、水の神様が祭られており、人が混んでいたので、参拝せずに、次に進んだ。
洞内に入り込んできた波が砕ける所が見える場所があり、柵越しに眺める。大きな波がやってくるたびに、その凄さに圧倒される。ダイナミックに波がはじけ飛散る。最後の辺りは、波が凄くなり、柵に近づけない程の勢いになった。
漣痕岩、潮吹き岩と、見学してゆく。
自然の驚異に感動しながら、出口に出て、妻はお土産屋に、俺はもっと三段壁をみようと、遊歩道を歩いてゆく。断崖絶壁の所に「一寸待て 死んで花咲くものか」の看板と、命の電話の看板が置かれていた。飛び降りたらひとたまりもないから、自殺者が多いのかもしれない。もっと、先に行くと、崖下に人がいて、自殺者かなと思ったら、釣りをしていた。もっと先に行こうとするが、崖下に吸い込まれそうになるので、引き返す。帰りに、命の電話の看板がある箇所では、若者達が崖下を覗き込んでいた。一人が冗談で落とそうとしており、危険じゃないかと思ったが。お土産屋では、妻は美味しそうにホタテを食べていた。

バスは白浜温泉パーク 草原の湯に。約30種類の温泉があり、どれに入ろうかと迷ってしまう。休憩室を与えられて、ツアー客はひとまず、座布団で座る。時間が限られているので、俺達は、早速、入浴タイム。

妻と色々と悩みながら、入ろうとするけど、男女別々なので、結局、別行動にした。まずは、坂を上がった所の熊野古道温泉に入る。更衣室に100円でロッカーを借りて服を入れる。入口で借りたタオルを持って、風呂に。意外と湯船が深いと思ったら、ちゃんと、座る場所があった。誰も入ってこないので、だいぶ寛いだ。出ようかなと思ったら、人が入ってきたので、次の風呂を目指すことにした。浴衣を着ていたので、服を着るのが面倒臭い。このまま外に出ようかなという気持ちになってしまうが、そこは押さえて、服を着る
次は、有馬王子温泉。露天風呂となっている。虫が入ってきても気にしないようにと、虫さんの言葉が書いてあった。外を眺めようと、身を乗り出すと、女性の人がいたので、びっくりして、顔を引っ込める。暖まったので、同じ温泉内の次の風呂に。徐福の湯に入る。樽の中に座る場所が設けられており、中々、居心地が良い。夕日になる太平洋を眺めながら身体を暖める。中々の贅沢。
気が付いたら5:30。夕食の時間になり、服を着て、休憩室に。添乗員がすぐに「夕食の準備が出来ました」と。夕食は、ホテルシーモア名物弁慶の釜めし、味噌のうどん、マグロの刺身、テンプラ等だった。ビールを飲み、腹一杯になる。

バスは10分ぐらい走り、南紀白浜空港に。チケットをもらい、すぐに搭乗する。サザエさんをやっていた。サザエさん一家も旅行だったようだ。19:30に飛行機は飛び立つ。

西風に乗って950キロで飛行機は飛び、羽田空港(20:20頃)に到着

2003年1月2日〜1月4日 雪景色の白川郷・飛騨高山・木曽路・お正月特別料理のお部屋食・下呂温泉2連泊編
1月2日(木)
昨日、福袋で買ったクロコダイルの服で6:00に家を出る。妻は今回からパソコンとデジカメを持っての旅行となる。自分も勿論、パソコンとデジカメ持参の旅行。7:20頃、東京駅内でチャーハンを食べて、集合場所の丸の内鍛治橋駐車場に。8:00、女性添乗員(厚生会の幹事を一緒にしていた課長に似ていた)に受付をすませて、バスに乗り込む。37人の参加者。あと、今回はバスガイドはおらず、なぜか女性の車掌さんがいた。若そうな女の子。席は運転席側の10列目(後ろから2つ目)、一番後ろには、1人参加のおばちゃんが2人乗っていた。東京を8:15出発。

正月で道がすいており、すぐに新宿到着。新宿発の参加者を乗せて、新宿9:00に出発。首都高、中央道でバスは走る。9:55、八王子。10:19、談合坂でトイレ休憩。天気も良く、そんなに寒くない。10:35、談合坂を出発。

諏訪・信州野沢菜工場見学直売センターでオプションの昼食(50分)を食べる。山菜テンプラの食べ放題。ゴボウのテンプラが美味しかった。美菜館の売店で「1500円の福袋、1万円相当の商品が入っているよ」に釣られて買ってしまう。

次は飯田の伝統工芸けやき工房カネキン (見学30分)に。まずは、どくろで卓上まな板を作っている所を見学。と、思っていたら、いつのまにかに商品説明。急須のフタを立てる特許をとった商品をお薦めしていていた。

次は、妻籠宿(木曽路十一宿の中でもとりわけ江戸時代の面影を色濃く残している風情ある宿場町の散策60分)、田島橋からバスを降りて、徒歩20分ぐらいの町営第1駐車場をめざす。延命地蔵(汗かき地蔵。安置されている自然石がつねに濡れているように見えるからそう呼ばれているらしい)、桝形の跡、妻籠宿本陣、妻籠郵便局と、のんびり歩きながら、デジカメを撮りまくる。ちょっと、くたびれたので、やまぎり食堂で、甘酒を飲む。

そして、日本三名泉の一つ下呂温泉に。白鷺が傷を癒したと伝えられるやさしさの湯。泉質は、無色透明アルカリ性単純泉。宿泊先は下呂温泉 山形屋。江戸時代天保年間(1830〜1843年)に山形屋伊左衛門が旅籠屋を営み始めてから160余年。古くから培われてきた老舗の旅館。飛騨川の上流・益田川を眼下に望める。部屋は呂尚館、陶川閣、大観荘の三つ館があるうちの呂尚館の303号室。和室だった。風呂に入り、食事は部屋食。お正月料理を仲居さんが運んできてくれて、妻と楽しく食事する。牛の握り、飛騨牛のステーキと、美味しかった。

1月3日(金)
昨日、早く寝たので、朝、4:00に起きる。5:00に風呂に入る。数人、入浴していた。自分は露天風呂に一人ゆっくりと浸かる。7:00、朝食。会食だった。食べ終わって、すぐに部屋に戻り、時間があったけどバスの乗り込む。今日は前から二番目だった。雨が降りそうなので、フロントに聞いたら、白川郷は雪だそうだ。慌てて、傘を購入。8:00に旅館を出発。ほどなくバスが走ると、雪が積もった町並みが見える。

9:15、飛騨高山(朝市の見物など60分)に到着。飛騨高山春慶会館の駐車場にバスは止まったのだけど、車掌さん、バスの誘導中に滑ってしまう。
まずは、飛騨高山春慶会館の見学。江戸から昭和までの各時代における名工、上手が創作した逸品を数百点展示していたけど、あまり興味なかったので、ほとんど、素通り。
雪が凍り付いていたので、滑りやすかった。弥生橋を渡り、宮川朝市に行く。弥生橋から鍛治橋までの約350mに露店が並ぶ。ほうば味噌、さるぼぼ、お餅、お花、果物、野菜などが売られていた。多少なり朝市は並んでいたが、それほど今日は多くはないそうだ。添乗員が露店のおばちゃんに聞くと「寒いから」だそうだ。
味わい深い、上三之町 古い町並を歩く。小京都と称されるだけあった情緒たっぷり。狭い道に飲食店やお土産屋などの色々な店が立ち並ぶ。からくり人形が道端に置かれていた。品玉人形という江戸時代からあるからくりで、水車を利用して動かされている。人力車にも乗りたかったけど、中橋を渡り、高山陣屋(全国で唯一現存する徳川幕府の郡代・代官所遺構)まできたあたりで、戻らないといけない時間になる。もう少し、ゆっくりと歩きたい町だった。

10:15、白川郷にむけてバスは走る。11:00、飛騨清見から東海北陸自動車道の高速に乗り、ほどなく行くと、バスを止めてチェーンをはずす。おそらく高速では乗りづらいのか。止まっていると、事故だと思われて、警備員が見にきた。運転手、「大丈夫です」と照れくさそうに言い、バスは走り出す。高速、荘川までゆく。雪も降ってくる。氷点下5度。12:00、ドライブインみぼろ湖でトイレ休憩。まだ1時間ぐらいかかるようだ。チェーンをバスは付け直す。女性の車掌も、手伝っている。なんで、車掌さんが居るんだろうと思っていたけど、大活躍。ただ、お茶を配ったりするだけではなかったのだ。こういう雪道を走る時は運転手だけでは、つらいのかも。車掌さん、前方の窓が曇ってくるたびに、拭いたりと忙しそう。バスは走り出すと、すぐに、バスは渋滞で止まった。前方に、車が道路脇に落ちそうになって、四輪に引っ張られている。やっと、引き上げられて、バスはスムーズに走り出す。昼食は、オプションで頼んだ笹すし弁当。明日行く舞台峠の名物らしい。バスの中で食べる。

1:10、白川郷(世界遺産の合掌集落を散策80分)にやっと到着。雪が降り続いている。白川郷は世界文化遺産指定、五箇山の南の庄川流域につづく合掌造の里。まずは、野外博物館合掌造り民家園(白川村加須良地区など村内の離村合掌家屋を移築保存してあり、さながら一つの村のように民家や寺、炭火小屋など25棟が並んでいる)に行く。
雪降る中、添乗員に連れられて中野長治郎家(庄川下流20キロの富山県境に接し、秘境といわれた「飛騨加須良」集落からの復原保存)に。囲炉裏を囲んでぜんざいを食べる。暖かく美味しい。お年寄りが落ち着いているので、早めに食べる。囲炉裏が暖かった。2、3階に上がり、天井の構造を見学して、外に出る。
少し合掌造り民家園を雪の中、ブラブラと歩く。昔にタイムスリップしたような気分。一つの家に入ろうとしたら、どうやら昔のトイレのような。中を覗くと、本当のトイレだった。デジカメで写真を撮ると、一枚一枚が絵になっている。満足して、そこを出る。
であい橋を渡り、最大規模の合掌家屋の和田家に行こうとする。であい橋の橋の上に上がるまでに、何人もの人が滑って転んでいる。雪も降っている。であい橋も最初はつり橋かと思う程の細い橋だった。少し揺れているような感覚もあり、恐かった。何とか渡りきり、和田家を目指すが、妻は転ばないようにと、歩くのに気をつけている。妻がトイレに行く間に、妻から和田家の写真を撮ってきてと頼まれたので、急ぎ足で、和田家を目指す。何とか撮り終えて、妻を迎えに、萩町の駐車場に戻り、再度、であい橋を渡り、バスの駐車場に戻る。さらに雪はヒドクなっているようだ。

2:25、バスは運転手のうまい運転で戻ってゆく。が、来る途中で、車が道路脇に落ちそうになっていた所で、バスは、また渋滞。車が、スリップしてまた落ちたようだ。クレーンで引き上げられている。何とか、十数分後に、バスは片側通行で、走り出すけど、もう一台、車は小さな崖下に完全に落ちていた。運転手はさらに安全運転で、飛騨高山に向かう。雪も吹雪いてきて、それで走りにくそう。

5:10、まつりの森(からくり屋台の見学30分)に到着。高山祭りミュージアムを見学。本当は、5:00に終わりだったけど、何とか添乗員が頼み込んだらしい。高山祭りミュージアムには、地中のドーム内に、平成の祭りの屋台を5台展示している。また、総ヒノキで重さ3トンの日本一の神輿、最大直径2.73m、重さ4トンの世界一の大太鼓が展示してあった。また、からくり人形の実演もあり、本当に祭り気分が味わえる。まだまだ、祭りに浸りたい気分だったけど、時間になり、酒を買ってからバスに戻る。横には、添乗員が座っていたので、ちょっと話す。添乗員、久し振りの添乗員の仕事だったらしい。人手が足りない時の臨時の添乗員らしい。久し振りなので、緊張すると言っていた。

そして、下呂温泉。こっちの方に来ると、雪から雨に変わっていた。連泊下呂温泉 山形屋に。昨日と同じ部屋。昨日と同じ仲居さんだった。愛想が良い。到着が7:00過ぎ。さっそく風呂に入る。時間的に良かったのか、入っている人は二人だった。露天風呂でゆっくりして、出ようとしたら、人数が増えていた。外のスリッパを数えてみると、二十人ぐらい。
今日も部屋食で、妻と宴会。飛騨牛の味噌とバターで焼いたステーキが美味しかった。食べ終わって、仲居さんテーブルを片付けてもらい、すぐに布団を敷いてもらう。布団を引く係りの人は今日も男、二人。ただ、一人は外国人だった。なかなか上手に敷いていた。

1月4日(土)
今日も早起き。4:00に目が覚める。あまり早起きなので、また寝てしまうが。朝食は7:00、会食。目玉焼き2個は、多過ぎた。天気も、雨が止んで、良い天気になりそう。今日は運転席側の前から7番目の席。旅館を8:00に出発。

舞台峠(この優雅な地名の由来は800年の昔、鎌倉幕府の将軍 源頼朝公の命により建立した鳳慈尾山大威徳寺に、 二代将軍 源頼家が参詣した折にさかのぼる。頼家が諸大名の参詣の退屈を慰めようとこの峠に舞台をつくり都の美しい白拍子たちを集め「能」を催したことから『舞台峠』と呼ばれるようになったようだ。買物30分)の舞台峠観光センター到着。今日、天竜川の川下りする時用に、ツマミ(鮎かま)を買う。試食に食べたら、中々、美味しかった。

峠で、また雪が降ってきて、雪化粧した山々を見ながらバスは走っていたが、峠を越すと、いつのまにかに、雪が雨に。さらにバスは走ると、空は晴れ渡っていった。しかも、山々には、雪は残っていない。バスは、中津川で高速に乗り、長い恵那山トンネルを抜けて、飯田インターを降りる。それから、7分ぐらい走ると、水引工芸美術館に。

水引工芸美術館「せきじま」(見学30分)の見学。駐車場からバスを降りて中に入ると、見事な龍のお出迎え。水引で作られている。
さっそく、水引きの実演を見る。水引は祝儀ののし袋でおなじみである飾りに使われる。あと、相撲の関取の元結に使われている。家紋を水引で作っている人に、妻が良い質問をした。「何日ぐらいで作っているのですか?」と。家紋を作成中の人は「2、3日」と答えてくれた。その家紋に混じって、坂本龍馬の顔を水引で作った額が飾られていた。
美術館に入ると、見事な作品に感動されられる。花や五重塔、鎧兜など。一つ一つ、見ていったら時間がない。
お土産屋で、オリジナルという事で、ざるそばだんごの試食したら、中にざるそばのソバつゆが入っており、独特の風味があった。お薦め。

車は20分ぐらい走り、天竜川に。こたつ舟で天竜川を舟下りをする。天竜川は、流路213キロ、日本第9位の長河で、長野県の諏訪湖を源に静岡県の遠州灘に注いでいる。天竜川の弁天港から出発。一番、最後に乗ったお陰で、先頭になった。ビニールに囲まれているので、水が飛んでも寒くない。コタツに足を入れているし。水神の碑があったり、石の上にアオサギがちょこんと乗っていたり、見どころがある。鵞流峡で、急流となる。自分らは中にいるから安心だけど、外で漕いでいる船頭さんは、水が掛かりっぱなし。それでも、水が入り口のドアの隙間から入り込んできた。添乗員に運悪く、水がかかってしまう。中々、楽しめた。サービスにもらった缶コーヒーを飲みながら(鮎かまも食べて)、30分のクルジーングを楽しむ。本音は、買って持ち込んでいた地酒を飲みたかったけど、コップ酒なので、こぼしたら迷惑になると思い諦めた。時又港に到着し、終了。

10分ぐらいバスは走り、12:15に飯田の信州つけものセンターそば処 伊那路に到着。昼食のオプションに鴨汁そばを頼んでいたので、二階で食べる。鴨汁に信州そばをつけて食べ、他に、テンプラ二つ、五平餅をついており、腹一杯になった。

1:00にバスは発車したら、すぐにガソリン給油。同じツアーで31日発は、深夜到着になったので、それに備えてだと、添乗員は恐い事を言う。でも、Uターンラッシュで渋滞は、まのがれない。

30分で元善光寺(初詣50分)に。推古天皇十年に信州麻績の里(現在の飯田市座光寺)の住人、本多善光卿が難波の堀から一光三尊の御本尊様をおむかえしたのが元善光寺の起元で、その後皇極天皇元年にその御本尊様は現在の長野市へ遷座され、できたお寺が善光卿の名をとって「善光寺」と名付けられる。それから飯田の方の当山は勅命によって、木彫りで同じ御尊像が残され「元善光寺」と呼ばれるようになったという。80段の階段を上り、和尚さんから、説明、説教を受ける。中々、ユニークな語り口で、面白かった。
宝物殿を見学する。御涅槃像、座光の臼(元善光寺の霊宝)を見学。某人が、和尚さんの説明中に正座していたので、足が痺れていたので、少し、気の毒に思った。
お釈迦様の涅槃像を参拝し、おみくじを引く。末吉だった。妻も末吉。

そして、バスは帰路に。2:22に元善光寺を出発。2:45に松川インターで高速に乗る。すぐに、駒ケ岳SAで、弁当を積み込む。、オプションで頼んでいた人に配る。3:15、辰野インター。長坂あたりから、妻と富士山をデジカメで撮り合う。4:05、双葉でトイレ休憩。妻とやっと、満足できる富士山の写真が撮れる。4:25、双葉を出発。大月まで混んでいるようなので、甲府昭和から一般道を走る。車掌さんが5分おきに携帯で、情報を仕入れて、より早く帰れるように配慮してくれる。その間に、妻と自分は早めの晩御飯。5:17、笹子トンネル。5:37、大月インターから高速に入るが、すぐに渋滞に。高井戸まで2時間以上と、表示が出ている。バス内で、釣りバカ日誌(1作目)のビデオが流される。6:20、上野原。6:44、藤野でトイレに行きたい人がいた為、その人の為にバスは止まるが、半分ぐらい人がトイレに。7:16、石川にて、トイレ休憩。新宿まで、あと30分。7:35、石川出発。7:50、釣りバカ終了と、同じく、永福料金所。8:00、新宿駅。そして、横浜の家に帰る。

Uターンラッシュの渋滞で、深夜帰りも仕方が無いと考えていたわりには、思ったよりも早く着いた。あとで、新聞を確認すると、6:30頃、中央道で上り線、八王子インターから約56キロあったたらしい。丁度、ラッシュのピークにあたったわりには、思ったほど、渋滞していなかったような・・・









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