2 0 0 2 年 旅 行


本命竜馬が2002年旅行した所の報告日記です。色が変わっている箇所はリンクしていますので、訪れて旅行気分を味わって下さい

最新の旅行
錦秋の萩・津和野・宮島・錦帯橋・尾道・倉敷としまなみ海道 3日間編 紅葉ミステリーツアー編 高知・坂本龍馬研究旅行2日間編 ザ・登別温泉 湯煙旅情 2日間編 ミステリーツアー編 南九州の旅3日間編 玉造・三朝温泉と足立美術館の旅3日間編 北海道、利尻島と礼文島編 GW花名所めぐり・ミステリー列車ツアー編 桜満開ミステリーツアー編 長崎・嬉野温泉とホテル日航ハウステンボスツアー編 北海道 氷雪の祭典と流氷クルーズツアー編 新春ミステリーバスツアー編



2002年11月14日〜11月16日 錦秋の萩・津和野・宮島・錦帯橋・尾道・倉敷としまなみ海道編
11月14日(木)
今日から、自分の誕生日会兼結婚記念日(本当は11月25日だけど)の夫婦旅行。朝、4時に起きてしまう。どうも、最近(今週だけど)仕事を早くすませようと、早く会社に行っていたせいか、随分と早起きになってしまった。6時に家を出る。ちょっと肌寒い。
羽田空港に着くと、さっそく受付をすませようとする。いつもなら、飛行機に乗って現地で添乗員が待っているのだけど、今回は羽田空港から添乗員が付き添ってくれる。団体受付の前に添乗員が待っていた。7時40分頃、受付をすませて、荷物検査を受けて、中に入る。早めに着いたので、搭乗口の近くの椅子でくつろぐ。前もって買った寿司が朝食。ゆっくりしていたら、人がドンドンと飛行機に乗り込んでいたので、自分達もゲートに向かう。ゲートに搭乗券を入れるとブザーが鳴る。「ええっ」と思っていたら、そこは高知行きの21ゲートだった。隣りのゲートに行くとそこでもブザーがなる。おいおい、どうしたと思っていると、そこも21ゲート。焦ってしまった。その搭乗口は21、20、19ゲートと一緒に並んでいたので、気がつかなかったのだ。隣りの石見空港行きの20ゲートに移ると、乗客はいない。係員が「もうすぐ出発します」と無情に言い出す。見ていたのではないかい。焦って乗り込む事になる。羽田空港(8:25)を出発。小さな飛行機だった。横に6席しか並んでいない。揺れるのを覚悟したけど、そんなに揺れなかった。
ビールを飲みながら飛行。石見空港(9:55)、5分遅れで到着。天気は曇り、少し肌寒い。

バスに乗る。44名参加。入り口側の席の一番前の席だった。ラッキー。バスガイドも、石野真子似の可愛い感じ。
石見空港から、津和野に向かう。一時間ぐらいバスは走る。津和野は、島根県西端、山陰の小京都とも呼ばれる城下町。駐車場から、城下町を歩く。バスガイドに津和野大橋の前で簡単な案内を聞く。それから50分ぐらいの自由行動。少し城下町を歩く。白壁の落ち着いた町並み、鯉が泳いでいる。バスガイドに言わせれば、地元では「ブタ鯉」「デブ鯉」とか言われているらしい。確かに馬鹿デカイ。かなり沢山泳いでいる。しかも、黒の鯉がいたり、金色、白、白と赤のまだら、白と黒のまだらとかなり多い。
昔は養老館だった民俗資料館に入る。江戸時代から大正時代頃に使われていた道具が、「農家」「商家」「芸能」「武家」のコーナー(小さいけど)に分けられ、色々な民俗資料が展示されている。農耕用具や駕籠、生活用具、鎧など。城下町の素朴な生活遺産を見学できた。妻が大正琴を懐かしがっていた。
養老館は、亀井氏8代藩主・矩賢が創設した藩校跡。かつては森鴎外や西周も学んだらしい。剣術道場が残っていた。「余は 石見人 森林太郎として 死せんと欲す」の森鴎外遺言碑も見逃さずに見学。
少し歩くと立派な門があり見てみると、大岡家老門。中に入ると、意外にも津和野町役場だった。俺がビックリしていると、近所のおばさんなのか、「役場ですよ」と、教えてくれた。
気を取り直して、少し歩くと、津和野カトリック教会に。石造りのコジック建築教会。城下町に教会は違和感あっけたけど、明治時代初期に長崎から津和野に送られ迫害をうけたキリスト信者の話しを聞いて、納得してしまう。その慰霊のため、ドイツ神父によって建立されたらしい。
まだ時間があったので、太鼓谷稲成神社に向かう。弥栄神社を通るが、そこの紅葉が色鮮やかで圧倒される。黄色く色づいた紅葉は美しい。別世界にいるみたいに、凄い美しい。見とれてしまった。
小さな鳥居のトンネルが続く津和野のシンボル太鼓谷稲成神社に着いて、上まで石段を上がって行こうと迷ったけど、そこまで行く時間が無い。十数段、朱塗りの鳥居をくぐり諦める。ここの「稲荷神社」は成功するように「荷」が「成」になっているとバスガイドが説明してくれた。

バスに戻り昼食会場の鴎外村ふる里に向かう。昼食の前に係員に連れられて森鴎外の旧宅を見る。意外に瓦家で新しいと思っていたら、作り直したらしい。昭和60年に大修復したらしいけど、藁葺きが無かったので、瓦になったらしい。面白く係員は説明してくれた。おばちゃんは、腹を抱えて笑っている。昼食会場に向かいながらも係員は話してくれる。係員の話しによれば、津和野の人口は5000人だけど、鯉は6万匹いるらしい。人口より多いそうだ。
それから、昼食、そぼろご飯みたいな郷土料理だった。食べ方が分からなかった。何しろそぼろご飯に、うどんの上に乗せるようなノリにタマゴ焼き(細薄く切ってある)、ネギがある。うどんか、ソバが後で出てくると思ったけど、そういう雰囲気がない。結局、そぼろご飯の上に乗っけて食べた。
時間があったので、鴎外村をブラブラする。和紙の店を見て歩き、「水戸黄門の石州和紙の里」と看板が出て、「実演中」と書いてあったので、店に入る。そうすると、店の人から「お昼なので、やっていないよ」と言われる。確かに、お昼だけど… 実演中とは… トイレを使って店を出る。

バスは一時間かけて、萩に向かう。途中、渋滞にあったと思ったら、山裾の方で民家が火事になっていた。白い煙をあげている。近くにパトカーがおり、消防車もいたが、水をどうやって山裾に持っていこうかと悩んでいるようだった。

萩市内観光。萩は毛利氏三十六万九千石の城下町。江戸時代特有の町割りが保たれ、情緒ある雰囲気を漂わせている。まずは、吉田松陰の墓を見る。ちょっとマニアックな場所なのか。吉田松陰の墓なのに、吉田松陰とは墓石に書かれていない。バスガイドはちゃんと、その理由を説明してくれたけど、聞き逃してしまった。その少し家に高杉晋作の墓が気になっていた。バスガイドは高杉晋作の墓を紹介してくれると思ったけど、何も説明が無かった。ガックリ。仕方なく、自分が妻に「あの墓は、高杉晋作の墓で、坂本龍馬にピストルをあげた人だよ」とガイドしてしまった。
少し歩くと、見晴らしの良い所にでる。「団子岩」と言われているらしい。松陰の誕生の地で、ここから萩市内を一望できる。ポツンと指月山が見える。松陰の誕生の地には、もう屋敷はなく、かすかな跡地が残っていた。見た感じ小さい。
そしてバスに乗り本格的に萩市内に。松陰神社に。松陰神社はもちろん吉田松陰の神社。バスガイドが丁寧に説明してくれる。まず、明治維新胎動之地を紹介し、松陰の「親思う心にまさる親こころ 今日のおとずれ何ときくらん」の碑を紹介する。
そして、敷地内に高杉晋作や伊藤博文が学んだ松下村塾。観光客が多く、苦労したけどデジカメで写しまくる。妻が少し呆れている。幕末関係の物には狂ってしまうのだ。幸運にも、観光客が途切れて、自分一人になる。松下村塾の屋敷の奥に顔を入れると、中に学んだ人の写真が飾られており、自分も一緒にいるような感覚を味わう。
そして、吉田松陰幽囚の旧宅を見学して、松陰神社に。バスガイドがここで参拝すれば字がうまくなると言うので、悪筆な自分としては松陰神社で参拝しなくてはと、しっかり参拝する。これで、字が上手くなっただろうか。
駐車場に戻ると、松陰の生涯を七十余体の等身大蝋人形にて再現している蝋人形館、吉田松陰歴史館に行きたかったけど、時間切れで次回になった。
萩は夏みかんも名産らしいので、ちょうど三時ぐらいなので、夏みかんのジュレをデザートに買って、バスの中で食べる。を

バスは、『末益蒲鉾 萩北浦海産物センター』に向かう。萩のハマボコは焼き抜きで作っているらしい。そう言われても、美味しければ良いと思うけど、神奈川県・小田原のカマボコとの味の違いは分からなかった。それにしても、試食と言いながら、皿に乗っているカマボコ全部食べているおじさんがいたけど… ズルイと思うより、ギャクに羨ましい性格だと思ってしまった。

そして、バスは萩の城下町に。毛利氏三十六万九千石の萩の城下町は、江戸屋横丁(円政寺、木戸孝允の旧宅)、伊勢屋横丁(正直何もない)、菊屋横丁(高杉晋作旧宅)の3本小路沿いに黒板塀の武家屋敷や白壁・なまこ土蔵が続いている。バスガイドに連れられて小路を案内されてゆくのだが、どうもゆっくり過ぎるので、妻と2人で見て回る。まず最初に、江戸屋横丁の木戸孝允の旧宅に向かう。ちょうど小学生の修学旅行生が出て行ったので、静かに鑑賞。「木戸孝允旧宅の概要」や「木戸孝允の写真」が無かったら、普通の家と変わらない。
そして、木戸孝允の旧宅を出ると添乗員が歩いていた。妻は添乗員と何やら話しながら歩く。いつのまにかに抜かされたのかバスガイドが乗客に高杉晋作の旧宅を説明していた。本当は、中に入りたかったけど、狭い入り口に皆が集まって、中に入れない。やっと、バスガイドの説明が終わり、妻と2人で高杉晋作の旧宅に入る。100円(入場料)で、高杉晋作略伝を受け取って中に入る。旧宅の中まで入れないので、外から眺め、晋作のおいたち、鎮守堂、碑を見て外に出る。偉人が、ここに住んでいたのかと思うと、何か不思議な気持ちになる。

バスは少し走り、今日最後の観光地の『萩焼窯元 天鵬山』に。萩の焼き物の店。大きな焼き釜を見て、妻と萩焼ろくろ実演を見る。熱心に男が作るどくろ作りを見ていたら、いつのまにかに、乗客はいなくなり、男と俺夫婦だけになってしまった。男が単調に削っているだけだけど、ついついも熱心に見てしまう。俺が、壁の萩の萩焼の新聞記事を読んでいると、妻が実演している男に質問をしている。しかも、専門的に突っ込んだ質問。妻は昔、焼き物に興味を持っていたようだ。俺も調子になって、「完成品前はどうなっているのですか」と、未完成の湯飲みに触ろうとしたら、男から「駄目だよ、触ったら」と怒られてしまった。思った以上に柔らかいから、商品にならなくなるそうだ。気まずい雰囲気になったので、妻と逃げてしまう。

そして、萩たなかホテルに。部屋はヨットハーバーが見え、日本海も見える和室。なかなか、いい感じ。
ちょっと部屋でゆっくりして、食事会場に。料理はフグずくし。フグの刺身に、フグの鍋。何かの魚だと思ったら、フグのテンプラも。さらに松茸ご飯にもフグが入っていた。中々、美味しかった。
お風呂は、19:00〜20:00まで、貸し切りで使えない。小学生の修学旅行で貸し切ったようだ。お土産屋に行くと、先生が小学生にお風呂の時間を説明。そういえば、自分の修学旅行でも、お風呂には他のお客さんはいなかったけど、自分たちの修学旅行もお風呂を貸し切っていたようだ。お風呂は露天風呂があるようだけど、温泉ではないようなので、部屋のお風呂に入る。
妻は『渡る世間は鬼ばかり』を見たかったようで、関係なかったが、萩ではフジテレビは写らないらしい。

11月15日(金)
6時に起床。7時に朝食。バイキング料理だった。おそらく修学旅行生のバスガイドの隣りで食べながら外を見ると、どんより曇っていた。

今日は運転席側の一番後ろの席。気兼ねなくシートを倒して、ゆったり座る。

ホテルの人に見送られながらバスは走る。バスが走るちょっと前に、修学旅行の小学生もホテルの前に体育座りで並んでいた。体育座りが懐かしく思える。バスはミニチュアの萩城、夏みかんの街灯、萩で24時間営業のローソン(そこまで紹介するのか)、指月山、萩城の工事している外堀と、バスガイドは紹介しながら萩の市内を離れ、秋吉台に向かう。

秋吉台。景清洞、サファリランド(唯一、只見が出来る所でバスは止まるが、熊は見れなかった。世界に100頭しかいないホワイトタイガーが有名らしい)、大正洞と通り過ぎ、カルスト展望台に。駐車場の後ろは小さな崖のようになっており、ギリギリまでバスは後ろに下がっていたので、一番後ろの俺達はヒヤヒヤする(後でバスの後ろを確認したら、タイヤは、そんなにギリギリではなかった)。日本最大のカルスト台地の秋吉台、大昔はここは海で、珊瑚が石のようになって現在の姿になっているらしいのだが、何億年も前はこの地方にも豊富な珊瑚礁があったのかと思うと不思議である。大部分が自然公園として国定公園に指定。秋吉台の雄大な景観は、石灰岩の岩肌が露出するラピエ、月のクレーターのような凹地のドリーネやウバ−レ、ポリエなどがあり、異国的な雰囲気をかもしだしている。石灰岩がたくさんあり、大理石に『秋吉台』と書かれたところでバスガイドに夫婦の写真をとってもらい、妻に許しをもらい、バスガイドと自分のツーショットの写真もついでに撮ろうとしたら、他の乗客のおばさんがバスガイドに写真を撮ってくれと頼まれてダメになった。気を取れなおし、展望台にあがる。上着をバスに置いていたので、さすがに寒い。バスガイドが言っていたが、夢のある人は石灰岩をヒツジのように、夢のない人は墓石のように見えるらしい。波のような平原に、たくさん石灰石を堪能する。自然の驚異に触れる。アンモナイトや魚の化石が見られるとは… そして、宮内庁ご用達のトイレ(雅子さんが来られると言うので、ポッチャン式ではマズイというので水洗にしたらしい)に入り、バスガイドが薦めていたチャイナドレスを着たマネキン前のソフトクリーム屋で夏みかんのソフトを買って食べる。そんなに甘くなく美味しかった。面白がって、チャイナドレスのマネキンにソフトを食べさしているようなショットでデジカメ撮影する。駐車場に戻ると、ゲゲゲの鬼太郎のバスがやってきた。妻が島根・鳥取旅行の時に見かけて感動していたので、案の定、今回も感動する。俺のデジカメをひったくって写真を撮っていた。考えてみれば、秋吉台はカスルト地形って、小学校の時、初めて社会で覚えた事項だったような〜 その頃、勉強したのが、懐かしかった。

バスで少し下って、秋芳洞に。秋芳洞は秋吉台の山麓にあり、規模・美観とも東洋一の鍾乳洞。全長約10kmといわれるが、見学出来るのは約1km。天井の高さは平均30メートルもあり大きい。洞内は地下水が流れている。鍾乳洞の中に池のように地下水がたまっていると、御伽噺しのような世界にいるかのよう。上の方から下に下っていくコース。バスガイドに連れられて秋芳洞に入ってゆく。バスガイドが見所ごとに立ち止まり備え付けのテープのボタンを押してゆく。大黒柱、マリア観音、五月雨御殿、横から見たらゴジラのような巌窟王、黄金柱、千畳敷、傘づくし、広庭(洞内富士)、百枚皿、長淵など変化に富んだ景観が楽しめた。何億年という歳月をかけて形成された自然の造形物の大きさ、美しさは、ただただ驚かされるばかり。洞内の気温は1年を通じて約17度に保たれており快適そのものだった。デジカメで撮りながら進んだ。そして、最後の青天井、今まで暗いところにいたので、急に明るくなり、縦に割れるような入り口から紅葉が見えて、この世のものとは思えない程の感動を覚えた。しかも、水が信じられないほど澄んでいて綺麗だった。
感動していると、何やら「並んで下さいと」。わけのわからないうちに、皆をお土産屋に連れて行く、おじさん。『やまとや』に連れられていった。そこでお茶タイム。石のお土産が多かったようだ。しかも、当店限定で『百枚皿』という饅頭を作っていた。勿論、試食して食べたけど、買わなかった。

バスは県道(山口県のガードレールは黄色が多い。夏みかんをイメージして黄色にしているらしい)から、小郡インターから山陽高速を使う。しばし、俺は居眠りタイム。目を覚ますと山林は紅葉。いい時期に旅行できて、幸せな気分になる。岩国で高速を降りる。
岩国の錦帯橋前の『しらため旅館』で、昼食。岩国の郷土料理の岩国寿司。押し寿司。岩国のレンコン(穴が九個開いている)を使っていた。寿司とウドン。意外に美味しかった。
岩国・錦帯橋。錦川にかかる五連の太鼓橋で日本三名橋の一つで、構造部は巻き金とカスガイのみを使用した組木の技術が生かされている。春の桜、夏の鵜飼、秋の紅葉、冬の雪景色が楽しめるという。錦帯橋は、半世紀ぶりに架け替え工事で、平成13年から15年の3年間の渇水期(冬期)に工事しており、第3橋は完成していた。12月から第4、5橋の工事をするらしい。早速、オプションで頼んでいたので錦帯橋を渡る。対岸まで、五段のアーチで曲がって橋が架かっている。面白い橋だ。見た目は渡り辛そうだったけど、見た目よりはアーチは気にならない。
橋を渡り切り、そのまま真っ直ぐ歩いてゆく。案内図があり、吉香公園の大噴水はダイナミック。かなりの高さまで水が上がっている。消防車が火を消しているような感覚…
バスガイドが教えてくれた『シロヘビ』を見に行く。世界でも岩国だけに生息しているらしい。100円払って中に入ると、ガラスで囲まれた所に長さ180cm、目はルビーのように赤く、全身は白く光沢があり、神秘的である。幸運を呼ぶと言われているので、じっくり観察してみる。青大将の突然変異とも言われるけど、岩国だけにシロヘビがいるというのも不思議だ。何か貴重な物をみたような… 成蛇が5頭、幼蛇が4頭いた。
国重要文化財の『目加田家住宅』を覗く。昔の離れトイレが少し懐かしい。
『幸福は幸福を呼ぶ』と書かれた宇野千代顕彰碑、しょうぶ池、かっこいい刀姿の佐々木小次郎像、槍倒しの松、巌流ゆかりの柳(この辺りの柳を使って佐々木小次郎はツバメ返しをあみだしたと言われる)と見て、最後に錦帯橋の写真を撮ろうと、川岸に降りると、トラックが邪魔で良いショットが撮れないとぼやいているおじさんがいた。自分だけトラックが写るのを諦めてデジカメで撮影して、錦帯橋を渡って、バスに戻る。

そしてバスは40分走り、宮島フェリーに。ツアー乗客の乗船まで時間があったので、『もみじ本陣』でお土産タイム。もみじ饅頭を買い込む。
妻が焼きガキを食べたそうだったので、奢ってあげる。自分は生ビールとゲソのちくわ。
10分足らずにフェリーで宮島桟橋に。日本三景、安芸の宮島、世界文化遺産の厳島神社(宮島の北側の砂浜に鎮座する古社で、6世紀後半の創建と伝えられるが、平清盛が1168年に現在の形に造営した。檜皮葺・寝殿造の20数棟の社殿が回廊によって結ばれていて、ことに満潮時には、敷地が海となり、竜宮城を思わす景観が展開する。本社正面の海上に立つ朱塗りの大鳥居は宮島のシンボル)など自由散策。最近は、冠水するらしい。大鳥居は平安時代から八代目のようだ。
厳島神社に行きつつ、鹿を多くみかける。どこかの観光客は鹿に追いかけられていた。大鳥居をバックに団体写真。
添乗員から厳島神社の拝観券をもらって中に入る。小学生の頃にきた記憶が蘇る。懐かしい気分になる。妻は広島は初めてのようだ。
添乗員が、もみじ谷公園に行った方が良いというので、行ってみる。もみじが紅葉し、別世界か、お伽の世界にいるような感覚。人間がこのような色合いは絶対に出来ないような色づき方。こういう時期に宮島にこれて幸せな気分になる。ぜひ、これを読んだ方は、紅葉時の宮島に来た方がいいと思う。同じツアーの二人連れのおばちゃんから、写真を頼まれる。デジカメを持っているから、アングルがうまいでしょうという事で… 一度ならニコニコ顔だけど、三度、四度となると…
まだもみじ谷公園にいたいような気分だけど、宮島桟橋に戻る事にする。
五重塔を見学。約28mの三間五重塔は色合いも鮮やか。ついデジカメで撮ってしまう。
千畳閣の中に100円払って入る。豊臣秀吉が戦没武士の慰霊のために建立したが、秀吉の死により、天井の板張りや正面入り口は完成をみないまま現在に至っている。ちょっと殺風景かな…
桟橋に向かいながら、宮島限定ドラえもん饅頭屋、キティーちゃんのもみじ饅頭屋(店の名前は忘れたけど、そこのキティーちゃんと一緒に女子高校生が俺に写真を撮ってくれて頼まれた)、宮島の大杓子(長さ7.7m、最大幅2.7m、重さ2.5トンの樹齢270年のケヤキから作られ、世界最大という事だけど、デジカメを撮り損ねた)と、お土産屋を見ながら、宮島桟橋に。
フェリーに乗って宮島口に。部屋の中の席を取れずに、風に吹かれながら外の席に座る。

広島電鉄・路面電車を貸し切り(新型)、広電宮島口から1時間かけてノンストップ(結局前の電車に追いつき、ノンストップというわけにはいかなかったが)で広島駅に向かう。その途中、広島ドームを見るが、暗くて分からなかった。

今日宿泊の広島・ホテルニューヒロデンに荷物を置いて、路面電車で八丁堀で降りる。広島の繁華街のようだ。都会と違うのは、人の交通が激しいのにもかかわらず、歩道を自転車で横行している人達が多いということ。夕食にお好み焼きを食べたかったので、お好み村を捜すが、前もってホテルの人から地図を入手していたので、簡単に見つかる。お好み焼き村は、一つのビルにたくさんのお好み焼き屋さんが入っている。どの店に入ろうか、かなり迷う。それぞれの店の中は鉄板を囲んだカウンター式になっており、幾つものお好み焼きを鉄板の上に並べ、お客さんと賑やかに喋りながら、お客さんの目の前でジュジュジュ〜と焼き上げている。混んでいる店の方が美味しそうだけど、とにかく空いている店に入る。すると、俺達が入った店もドンドン混んでしまった。お客様は、名古屋からの出張中のビジネスマン、学生、会社員たちがいた。早速、お好み焼きを注文して、日米野球の余興でボンズと松井のホームラン競争を見ながら、食べる。妻も美味しいといいつつ、焼きガキも沢山食べていた。
帰りは百円ショップにより、路面電車で広島駅、駅近くのダイエーで買い物(自分は今まで使っていた歯ブラシが古くなったので旅行用歯ブラシ)し、ホテル近くのコンビニでジュースを買って戻る
ホテルは洋室。妻は電車の音で少し、眠れなかったらしい。

11月16日(土)
朝、6時に目が覚める。7時少し前に朝食(バイキング料理)を食べる。8時に出発なので、朝食を食べ終わったら出発の準備。
今日のバスの席は、入り口側の8列目。ランクアップした乗客のために、広島全日空ホテルに寄って乗客を乗せて、今日の観光が始まる。
広島市民球場、世界文化遺産の原爆ドーム(原爆により破壊された旧産業奨励館の残骸。むき出しの鉄骨と崩れかかった壁が原爆の傷跡を生々しく見せている)、広島城(1589年に毛利輝元が築城)、太田川に浮かぶ白い木々の島(? 綺麗な白い木だと思っていたら、鳥のフンで白くなっているようだ)、アストラムラインとバスガイドの説明を受けながら広島を離れる。山陽高速に乗り、もう見飽きたぐらいの紅葉を楽しむ。それでも、バスに乗りながら、デジカメの写真を撮る。

尾道インターを降りて、民家から山の小道というか、細い道を登ってゆく。民家の軒下に大型バスが当たりそう。しかも、カーブが多い。そう思っていると、トラックが前からやって来た。トラックとギリギリすれ違う。さすが、運転手。
尾道の千光寺公園の駐車場に到着。千光寺公園は、標高約137mの千光寺山中腹に広がる公園で尾道のシンボル。少し歩くので、駐車場から、バスガイドは『展望台→文学の小道→千光寺』コースの長距離ハードコースと、添乗員の『千光寺』コースのソフト短距離コースに別れる。妻は添乗員側に行ったので、自分はバスガイド側のコースを選ぶ。少しハードな上り坂を登ってゆく。上がりきると『あけぼの』と名前のついた、裸の女性が子供を肩に乗せた像があった。つい、それも照れながらデジカメに。
展望台に登り、瀬戸内海の景観を眺める。今日渡る新尾道大橋、向島、造船所、因島と、晴れ渡った青空の下に綺麗に見える。さすがに四国までは見えなかったが、バードコースを選んで良かったと思う。バスガイドに瀬戸内海をバックにデジカメで撮ってもらった。
展望台を降りて、『文学のこみち』を歩く。尾道ゆかりの作家の文学碑が25基建つ。バスガイドに連れられて行こうとした時に、妻が現れた。やっぱり、ハードコースにしたようだ。いつも、自分が驚かせているので、仕返ししたそうだ。驚いた。妻とゆっくり文学のこみちを歩く。妻は石に書かれた俳句を詠みながら歩いてゆく。俳詩「ホトトギス」を発刊した正岡子規、「東海道中膝栗毛」の作者の十返舎一九、「暗夜航路」志賀直哉などのお馴染みの文学者の俳句などが続く。小道が、けっこう歩きにくい階段になっていたり、岩と岩に道がふさがれて、一人しか通れない狭さ。妻は乗客のおばちゃんに「通れるかな〜」と冷やかされていた。
だいぶゆっくり歩いたので、遅れながら千光寺に。千光寺裏門から入ったので、沢山の地蔵らしきものがあって、「何だろう」と思ったが、干支のご本尊様。自分の干支を探して参拝するらしい。
千光寺は、806年に弘法大使が開いたと伝わる真言宗の寺。弘法大師の像、玉の岩(岩の上に金の玉が乗っている)、瀬都内が見える眺めの良い所にある朱色の鐘楼を見て、十一面千手観音菩薩のを奉る本堂で参拝するが、他にも見所が多い。岩が三つ重なっている奇岩の三重岩もある。
妻と西国三十三観音堂を参拝。賽銭箱の上に大きな数珠があり、数珠を幸せを念じながら回すと数珠が滑車から外れて、珠が上から落ちてカチッと音がなる。バスガイドが言うには、その音を八回鳴らすと良いらしいので、慎重に妻と俺は落として、見事に成功する。
千光寺を出た所に、貴乃花、曙、若乃花(平成10年10月大相撲尾道場所)などの手形の記念碑があった。手を当ててみると、意外と相撲取りの手は小さい事に気づいた。
少し、歩くと『岩割の松』、岩に張り付くように伸びている松が、奇妙。しかも、その岩には達筆で何やら書かれおり、何が書いてあるのかわからなかった。
今日は第46回尾道大菊花大会をやっていた。よく観たかったけど、時間が無かったので通りすがり観た。菊で作られた人形が見事。一見の価値がある。

そして、バスは高速に乗り、倉敷を目指す。すこし退屈なので、バスの中では、クイズ大会になる。バスガイドが問題を8問出題し、高得点の人に景品があるらしい。問題は、�.丱垢猟垢機↓▲丱垢離織ぅ篆�(予備も含めて)、��バスは防長交通を使っているが、『防長』とバスには何箇所書かれているか、�ぅ丱好�イドの年齢(これが一番の楽しみかも)、�ゴ儻�地問題で、山口県のガードレールは黄色だけど、なぜ黄色なのか、��山口県出身の総理大臣の数、��毛利家の家紋、�┿郵颪砲弔覆斡兇浪針椶△襪�、の問題だった。

一時間ぐらい走っただろうか、倉敷・美観地区に到着。白壁の続く美しい町並み。ここでは2時間の自由行動。まず最初は、日本で最初の西洋美術中心の私立美術館の大原美術館を見学。大原美術館は、倉敷紡績2代目社長の大原孫三郎が昭和5年に設立した日本初の西洋近代美術館。友人の洋画家・児島虎次郎が欧州で収集した。エル・グレコ、モネ、ルノアール等の所蔵。本館、分館、工芸館、東洋館からなる。まず、本館から鑑賞してゆく。エル・グレコの『受胎告知』、ピサロの『りんご採り』、ルノアールの『泉による女』、ホドラーの『樵夫』、ピカソの『頭蓋骨のある静物』、ドラン『イタリアの女』、ムンクの『マドンナ』、デ・キリコの『ヘクトールとアンドロマケーの別れ』、ロスコの『無題』。分館庭の、ロダンの『歩く人』。分館の、岸田劉生の『童女舞姿』。工芸館の、リーチ、バナード『ガレナ釉筒猫人魚文の大皿』、棟方志功の『釈迦十大弟子版画柵』。東洋館の、『一光三尊仏立像』に見とれる。時間が足りないくらいだったので、大急ぎで見学した。
色鮮やかな紅葉、情緒ある柳、倉敷川にいる白鳥に堪能しながら、今橋を渡る。大原邸の横には屋根瓦が緑の、緑御殿という有隣荘。白壁の土蔵や商屋が立ち並び、風情がある。その風情をもっと堪能しょうと、妻と二人で、人力車に乗る。中橋から今橋、高砂橋を一周するコースで800円。意外に安い。人力車に乗っていると、同じツアー客に「あっ」とか「いいね〜」とか注目を浴びたが。人力車を引っ張るおじさんに、俺が「重たいですか?」と聞くと、「重たいですよ」と答える。名所名所で、立ち止まって、後ろ(俺達の方)を向いて語りかける。大原邸、有隣荘、今橋、大原美術館、書状集箱(明治4年当時使っていたもの。今も景観に合わせて使っている)、今は観光案内所になっているが倉敷館(窓は昔の曲がったような窓ガラス)、高砂橋、積荷降ろし場所、ツメガワラ(瓦の土に植物がピンと立っている瓦の植物)などを紹介。倉敷。乗り心地は、引っ張っている人が走っても、そんなに振動が伝わってこなくて、心地よい。あっという間に、一周りしてしまった。
人力車に乗っている間はデジカメを撮っていなかったので、今度は歩いて名所名所を撮りまくり、少し腹がへったので、カマボコやせんべいを食べながら歩く。
大原美術館前で、似顔絵画家が絵を描いていた。お金を頂いて、写真に撮られれば、一週間後に似顔絵を送るシステム。料金表示が無かったので、やってもらわなかった。見本なのか、イチロー、ナスビ、坂本龍馬まで沢山置かれていた。
あと、30分あったので、ゆっくりとお土産屋を周る。『今日から仕事頑張ります』と書かれたパッケージの倉敷のケーキ菓子があったけど、あまりにも皮肉ぽいので、買うのをやめにした。
バスの駐車場に戻ると、オプションに弁当を頼んでいたけど、届いていなかった。本当なら、とっくに届いていないといけないのだけど。案の定、添乗員は、おばちゃん二人に攻め立てられていた。どうやら、土曜日なので、弁当が渋滞で遅れるらしい。結局、2時倉敷出発が、2時20分の出発となった。弁当は岡山名物の栗おこわ。バスの中で食べる。

バスは尾道まで戻る。一時間ぐらいあったので、バスの中はお休み熟睡中の乗客が多かったので、バスガイドに起こされる。しまなみ海道もツアー料金に含まれている(大型車8600円)ので、見逃さないようにと。
瀬戸内しまなみ海道完全走破。尾道(広島県)〜今治(愛媛県)の間の6つの島(向島、因島、生口島、大三島、伯方島、大島)を10の橋で結ぶ海の道。まずは、尾道大橋・新尾道大橋(尾道と向島を結ぶ双子橋。2つの橋は平行して架かる。尾道大橋が橋長385mの放射形斜張橋で、平成11年5月1日開通した新尾道大橋は546mのハープ形斜張橋)で向島に。バスの中からなので、あまり橋を走っている感覚がつかめない。横に橋が見えているので、平行しているのが分かる。瀬戸内海の島々が綺麗。
次は因島大橋(橋長1270mの本四連絡橋で最初の吊橋で、上下二段構造になっており、上部は自動車専用道、下部は自転車歩行者道が走っている)で因島に。これも下側の自転車歩行者道があるのが、わからない。
そして、生口橋(橋長790mの日本初のファン形斜張橋で、やじろべえの原理でバランスをとりながら、ケーブルを張って造られる斜張橋を代表する橋)生口島に。橋を渡り切り、次の橋まで、しまなみ海道は未開通なので自動車道を降りる。その降りる時(道路がループしている時)に、デジカメで、ダイナミックな複合桁斜張橋を撮る。
一般道を走る。勿論、紅葉している山々を堪能する。
再び自動車多々羅大橋(橋長1480m、主塔(支柱)間の距離890mのファン形斜張橋で、姉妹橋であるフランスのノルマンディー橋を超えて世界一の斜張橋になる。優雅な姿は巨大なハープやはばたく鳥に形容されている。広島県と愛媛県をむすぶ、まさに夢の架け橋)で、大三島に。ここで多々羅しまなみ公園に行く。世界一の斜張橋多々羅大橋が一望できるこの道の駅で、団体写真。それが終わってから、添乗員に妻と橋をバックに写真をとってもらう。ふれあい屋台市には、みかんが売られていた。みかん300円でネットに何個も入っている。かなり安い。島々にみかん農園が沢山あったのを思い出す。ツアー乗客は、買ったみかんのビニール袋をぶら下げてバスに戻っていった。俺達は一番奥の売店で、タコ焼きと、ポテトを購入、時間ぎりぎりで焼き上がり、ヒヤヒヤしながらバスに戻る。
バスの中で、タコ焼きを食べていると、もう次の目的地に到着。『しまなみ 海道市場』。ひょっこりひょうたん島まんじゅうが売られていた。そういえば、そのひょっこりひょうたん島をモデルにした島があると、バスガイドは言っていたが…
バスに戻り、次の橋は、大三島橋(幅300mほどの鼻栗(はなぐり)瀬戸をひとまたぎするアイボリーホワイトのアーチ橋。海の青、木々の緑、いきかう船、白いアーチは、一幅の絵のような美しさ)で伯方に。伯方は塩で有名。そして石でも有名のようだ。石工場がたくさんあった。
次は伯方・大島大橋(小さな島々が浮かび、箱庭のよの海に架かる二つの橋。伯方橋が橋長325mの桁橋、大島大橋が橋長840mの吊橋)で大島に。ここでも未開通なので一般道を走り、次の橋に。
そして最後の橋、夕日の中、来島海峡大橋(「絵の如し」と詠まれた来島海峡の自然景観を生かした世界初の三連吊橋。来島海峡第一大橋が橋長960m、第二大橋が橋長1515m、第三大橋が橋長1570mの吊橋)で、愛媛県・今市にと渡って行く。
来島海峡サービスエリアで、バスは止まる。来島海峡大橋を一望できるので、展望台らしきところで、デジカメで暗くなる来島海峡大橋を撮影。中年夫婦の写真を撮ってあげたりしていると、どんどん薄暗くなり、橋がライトアップされてきた。勿論、撮影する。

バスは暗がりの中、松山空港を目指す。田舎道なのでなにもない。やっと市内にきて、松山城が遠くの山の上にライトアップされているのが見えた。
松山空港(19:55)が10分遅れの20:05発
羽田空港(21:40頃)到着。21:57の金沢文庫行きに乗って帰る。

三日間のバス走行距離は、700キロ。運転手もいつになく、乗り降りする時に挨拶をしてくれて気持ち良かった。
島根、山口、広島、岡山、愛媛の5県を三日間での観光はハード。しかし、紅葉時に観光できて、二度美味しい気分を味わった。
クイズの答えは、�.丱垢猟垢気蓮�12m �▲丱垢離織ぅ篆�(予備も含めて)、予備が1本で合計7本 ��バスは防長交通を使っているが、『防長』とバスには何箇所は、8箇所 �ぅ丱好�イドの年齢は、昭和49年で27歳 �ゴ儻�地問題で、山口県のガードレールは黄色なのは、夏みかんをイメージにして。��山口県出身の総理大臣の数は、伊藤博文、山縣有朋、桂太郎、寺内正毅、田中義一、岸信介、佐藤榮作で7人 ��毛利家の家紋は、上に一を書いて、その下に丸、そして、その下に上の丸と三角形になるように丸を二つ並べた形の「一文字三星」紋 �┿郵颪砲弔覆斡兇浪針椶△襪�、しまなみ海道、瀬戸大橋、明石鳴門大橋の三橋で、18本 自分と妻は外れてしまったが。賢そうなおじさんが景品をもらっていた。こういうクイズが出された時は、バスガイドの年齢を若く答えるのがコツのようだ。
 
2002年10月19日 ベストシーズン 日本の秋 2002年 紅葉ミステリーツアー(山梨・清里)編
妻が先に家を出て行ったので、慌てて追いかけてゆく。ツアーの集合場所は最寄り駅・上大岡駅近く。集合場所の三越前に行くと、妻が待っていた。添乗員の所に行き、受付を済まして、バスに乗り込む。今日の参加者は35名。席は運転席側の一番前。ラッキーだな。
バスは曇り空の上大岡を7:25に出発。バスガイド、ミステリーツアーと言うことで、乗客を安心させようとヒントを告げる。ヒントは「関東でない」と言うが、かえって不安になってしまう。バスは東名高速に乗り海老名に。8:05〜8:20のトイレ休憩。海老名は、『ぽるとがる』のメロンパンが有名と言う事で買おうと思ったけど、買う人が多く、買えず。いつか、買ってやる。
バスは、また走り、厚木で高速を降りる。バスガイド、わざとらしく、「どこに行くのでしょうか」と。バスは、一般道を山の方に向かっている。バスガイドが山上から見たら、アヒルボートをアヒルと間違えた相模湖を通り、中央道に乗る。少し、寝ていたら双葉まできていた。双葉(10:30〜10:45)でトイレ休憩し、また、中央道を。須玉で、降りて、清里に。
バスを降りて、清里駅(標高1274m JRの中で第2番目の標高にある駅)から高原列車に乗るらしい。早く到着したので、ホームで、30分待たされる。11:57の列車に乗ろうとするが、列車は4分遅れで到着。デジカメを撮りまくった。
高原列車を野辺山駅まで乗る。わずか一駅の10分足らずの乗車だけど、紅葉や、宇宙からの電波をとらえるパラノマアンテナを見る。また、日本の鉄道最高地点の石碑も見る事が出来た。
野辺山駅周辺の紅葉も色鮮やかで、感動的。また、先回りしていたバスに乗り込み、野辺山ドライブイン。お土産屋で、会社のお土産購入。
そして、『八ヶ岳中信高原国定公園 美し森』に行く。そこで、弁当が配られる。もみじ弁当という事だけど、あまり… 松茸ご飯だったけど、後で考えれば、松茸ではなく、何かのキノコだったような… ご飯を食べて、標高1,543mの小丘(美し森展望台)の階段を登って行く。標高が高いせいか、いつものように階段を駆け上がったので、息が苦しくなってしまった。それにしても、紅葉が素晴らしい。紅、オレンジ、黄色と、自然の芸術品。山頂から南アルプスや富士山が見えるらしいけど、曇り空だったので、雲に山頂が隠れて、どれがどの山か、あまり分からなかった。ソフトクリームを食べながら、階段を降りてゆくと、アジア系の外国人の少年少女がペチャクチャと騒ぎながら階段を降りていた。中々、楽しそうだけど、会話が全く分からない。少女が笑顔を向けてきたので、自分も笑いかけてから、抜かしていった。
そして、次は、小淵沢と清里を結ぶ八ヶ岳横断道路にある東沢大橋(長さ:90m 高さ:49.8m 幅:9m)。そこの紅葉が見事。バスを道路に停めて、バスを降りて眺める。橋の上で紅葉の写生をしている人達が数十人いた。どれも上手い。東沢大橋の赤と、紅葉が見事にマッチしていて、美しかった。15分ぐらいして、バスが戻ってきたので、バスに乗り込む。
次は『清泉寮』。今日は、ちょぅど、ポール・ラッシュ祭(ポール・ラッシュ博士は、タバコとバーボンを愛したケンタッキー出身の小柄なアメリカ人。崇高なボランティア精神と不屈のフロンティア精神によって戦前戦後を通じて日本とアメリカの懸け橋となった。ポール氏の二つの故郷、ケンタッキーと八ヶ岳の出会いと結び合いを祝して、今回15回目の収穫感謝祭)をやっており、会場は賑わっていた。ポール氏はアメリカン・フットポールを日本に紹介したという事で、大きなフットボールをする人のアドバルーンが圧倒していた。お菓子やデザート、リサイクルの服などの露店が出されており、妻とブラブラと眺めて歩く。ポニーの草競馬(八ヶ岳ダービー)もやっていたようだ。自分が来た頃は、とっくに終わっていたが。バスに戻った時に、少し雨が降り出す。
バスは、清里高原有料道路使って… また、居眠りしてしまった。昨日、あまり、寝ていなかったので、どうも、ウツラウツラとしてしまう。停車した場所は、フルーツランド平賀。ブドウ狩り。まさか、ブドウ狩りが出来るとは思っていなかったので、妻と喜ぶ。農園まで、バスで連れていってもらう。甲州ぶどうとベリAが、食べ放題。係員の説明を聞いて、食べ始める。甘くて美味しかった。ある乗客から、「私が食べるぶどうは、選ぶのが悪いのか、全然、美味しくない」と言っていたので、興味を持って、一つもらうと、全然美味しくない。運の悪い人もいるものだ。散々、食べたので、お土産に買って帰る事にする。係員からカゴをもらって、美味しそうなベリAを選んで、上手に一カゴに入れる。一カゴ800円だから、入れれば入れるだけ得になる。
そして、一路、上大岡に。帰途は殆ど、熟睡していた。ただ、町田辺りだったか、事故渋滞と思ったら、反対車線で玉突き事故。数台の車にバイクまで事故に巻き込まれていた。事故現場を通り過ぎると、車が順調に流れたので、見物渋滞だったようだ。最後の添乗員の挨拶で、面白い事を聞いた。忘れ物で、財布があったけど、日帰り旅行だったのに70万入っていたそうだ。三ヶ月前の出来事だったけど、今や伝説になっているらしい。そして、上大岡に到着。帰る時には雨が降っていたけど、バスを降りると、雨はやんでいた。曇り空は残念だったけど、雨には縁のない日帰り旅行だった。
2002年9月28日〜9月29日 高知・坂本龍馬研究旅行2日間編
9月28日(土)
今日は、妻は留守番で、坂本龍馬ファン三人で高知旅行。
6:00雨の中を家を出発。 7:25友人達と羽田空港で待ち合わせ。 8:25飛行機(ANA561便)発。
高知は暖かい。家を出るときはジャンバーとシャツを着ていたけど、高知空港でTシャツ一枚になる。Tシャツは高知に来ているので、龍馬のTシャツ。高知空港で、レンタカーを借りて、早速、桂浜に向かう。全国的に雨の予報が出ていたけど、高知は曇り。徐々に晴れてきそう。
桂浜。高知県を代表する名勝・桂浜は、高知市の南、太平洋に面した浦戸にある。一帯は公園として整備されていて、見どころも多い。駐車場から、坂本龍馬の像を見に行く。途中、名物アイスクリンを売っているおばちゃんが仕事放棄なのかお休み中だった。坂を上がってゆくと、高さ13.4m(台座を入れて)の桂浜の龍馬像に、圧倒される。思う存分、デジカメを撮り、砂浜に行く。太平洋の荒い波を見ていると、何かやる気にさせられる。見とれていたら、波が足元までやってきて、慌てて逃げるはめに。岩に飛び散る波飛沫が凄い。以前、桂浜に来た時に波が高くて行けなかった桂浜龍王岬に行ってみる。龍宮橋を渡り、階段を上る。早高神社があった。もう一度、像まで戻ると、観光客が像をバックに団体写真を撮っていた。駐車場のお土産屋で最初は押さえ気味に龍馬グッズを買いまくる。龍馬のパネル写真(バックに入れて持って帰ろうとしたけど、バックの中に入らなかった)、龍馬のネームスタンプ、龍馬のマンガチックな像、キーホルダー等数点。
車で少し走り、高知県立坂本龍馬記念館に。企画で特集していた『浦戸界隈の歴史』を見て、本格的に記念館を見て回る。司馬遼太郎のメッセージ屏風、坂本家の親戚関係図、龍馬の数々の手紙、龍馬の所持していたピストル(スミス&ウエッソン第�況殖械恩�径、スミス&ウエッソン第�儀殖横恩�径)の模型、龍馬の妻のお龍が習った月琴、近江屋で暗殺された時についた血痕が残る屏風と見所が多かった。お昼過ぎていたけど、腹が減るのも忘れて見学。
高知市内に戻り、車を駐車場に入れて、何気なく歩くとひろめ市場に来ていた。市場だけど、屋台村のようで、買ったモノをそこで食べられるようだ。高知にきたらカツオのタタキを食べないといけないと思い、明神水産株式会社のかつおのたたき定食(600円。ごはんと味噌汁、冷奴になぜかティシュ付き)を食べる。
次は、車で『坂本龍馬誕生の地』に。以前、来たときには公衆電話に龍馬の上半身の像があったのだけど、その像はなくなっていた。そこで、デジカメを撮っていると、関西人の夫婦に声を掛けられる。二人の写真を撮ってあげる。そこまでは、親切な俺達だったけど、「さいたにやの喫茶店を知らないか」と言われ、この後、すぐに俺達も行こうとしていたので、「この後ろ側と教える」が、それが全くの俺の勘違いで、全くの嘘。俺達も上町病院の後ろに周ってみるが、ホテル南水と勘違いしていたようだ。すみませんでした。そして、さいたにやの喫茶店探しとなるが、全然、見つからない。結局、不況か何かで、潰れたと結論づけて諦めて、ホテルに戻る。
ホテルサンルート高知で、少し寛ぎ、俺一人、高知繁華街をブラブラ30分ぐらい散歩。腹も減ったので、ホテルに戻り、三人で行こうと決めていた『串家』に行こうと思ったけど、満員で、諦めて、次の店に行く。店の名前を忘れたけど、『横浜シューマイ』がメニューにあったけど、店員に詳しく聞くと、オリジナルのシューマイで、横浜とは関係ないそうだ。飲み物が少なくなるたびに、「何を飲まれますか?」と店員が聞きにくるので、ドンドン飲んでしまう。見切りをつけて、店を出る。
ニ次会は、『Launge MOO』。楽しい時間があっと言う間に過ぎていった。飲み放題のビールをだいぶ飲んで酔っ払ったような感じで、ホテルに戻り、缶チューハイを飲んで、いつの間にかに熟睡。

9月29日(日)
8:00に目が覚めて、9:30にチェックアウト。
最初は龍馬歴史館に行く。途中、通り過ぎてしまったが何とか到着。龍馬歴史館は、土佐が生んだ幕末維新の英雄・坂本龍馬の33年にわたる生涯の重要な26シーンをろう人形で再現。デジカメを撮っても良いという事なので、最初はデジカメを撮りながら、鑑賞。そして、最後の「近江屋の惨劇」まで行ったら、最初に戻って、今度はゆっくりと鑑賞していった。リアルなろう人形がド迫力。オマケ的に、絵金と世界の偉人館もやっていた。ちょっと、マリリンモンローの所ではハメを外したような…
次は「龍河洞」。1億7,500万年前に誕生した石灰質の洞窟。三宝山の中腹にあり、洞穴は三洞に別れ、延長4Kmのうち1kmが開発されている。入り口まで、エスカレーターで上がり、洞内に入ってゆく。腰を思い切り曲げないと通れない所を通ったりと、冒険しているような感じ。天井から水滴が落ちてくるのが、ヒンヤリとさせる。頭がシャワーを浴びたようにビショリとなる。中の見所ごとに、ボランティアなのかわからないけど、おばちゃんガイドが待機していて説明してくれた。クラゲのように見える「クラゲ石」、シャケが口を開けているように見える「鮭の石」、少し長い階段は「しんどい坂」、元横綱の双葉山関の腹がはさまりやっと通った狭い洞内の「双葉山のへそすり石」(昭和14年)、「七福神の舘」洞内最大の鍾乳石「天降石」、龍河洞の古代のつぼ(神の壷)など、見所が多かった。出口近くに古代人の暮らしをしのばせる穴居跡が三つあった。龍河洞の時間の流れ的には遠い昔のようでも、人間が住んでいたと言われると、弥生時代と言っても最近のようで、複雑な気分にさせられた。
昼はガストで普通に昼食。
市内に戻り、もう一度、さいたにやの喫茶店を捜す。「さいたにや」は、坂本龍馬の実家の豪商才谷屋跡に建てられた喫茶店。どうも、潰れたとは気分が悪いので、もう一度、近場で車を止めようとすると、止める途中で「あっ、あった」あっけなく発見。店はなぜか閉まっていたので、店をデジカメに残して後にする。
まだ、時間があったので、丹中山・坂本家墓場に行ってみる。車を近くのスーパーに停めて、坂本家第一墓所を捜すけど、見つからない。坂本家の大きな墓があったので、デジカメに収めようとしたら、どうも写真で見たのより大きすぎるし、新しすぎる。もっと、奥に向かうと、坊さんのお経の声。家族十数人が周りで聞いているので、場違いな感じで立ち去る。その時に、事件。遠くから「助けてくれーっ」と、男の声。まさか、こんなのどかな場所で、物騒な声は聞こえないと思っていたら、もう一度「助けてくれーっ」と。しかも、次には「殺されるーっ」と。道の奥にはチンピラなのかヤクザなのか、数人いる。慌てて立ち去るのだけど「警察に電話してくれーっ。殺されるーっ」と。耳に残ってしまった。
坂本(龍馬)家墓地案内図まで戻ると、どうやら、その脇道を上ってゆくようだ。坂本家第二墓所に来て、デジカメで撮っていると、一人のおじさんが「どこから来たのですか?」話しかけてきた。先ほどの「助けてくれー」があったので、嫌な予感がしたけど、そのおじさん、只者ではない。中岡慎太郎の戸籍を持っていたり、乙女さんの戸籍を持っていたり…他にも驚く品の写真も… そのおじさん、俺達が横浜からきたというので、色々と話しをしてくれた。しかも、「当敷地内、工事中及び私有地につき立ち入る事を禁止する」という看板があったけど、どんどん、中に入っていて説明してくれる(その人、本にするようなので、詳しくはここには書けない)。坂本家第一墓所があった所を紹介したり(今は第二墓所に移転している)、龍馬の初恋相手だったとされる平井加尾の家に向かって歩いた道を教えてもらった。この辺り、開発の関係で、史跡が無くなったり、変わってゆくようである。赤土を踏みしめて、坂本家第二墓所に戻る。最後に、おじさんから名刺をもらったけど… その人の名は、驚いたね(詳しく書けないけど)。まあ、楽しい思い出になりました。
17:00高知空港(ANA568便)発。羽田空港には定刻の18:15着。
2002年9月7日〜9月8日 バスで2日間観光付きで北の三都を満喫 ザ・登別温泉 湯煙旅情編
9月7日(土)
今回は早めの出発。4時起きというプレッシャーから、あまり寝付かれず、結局、3時には起きていた。羽田空港に6:00集合という事で、間に合うように(小雨程度の天候)、5:24の京急の羽田空港直通に乗る。
日本航空501便で羽田空港(6:40)発。
新千歳空港(8:10)予定通り着。
添乗員(男、福山に似ている)と、ベテラン・バスガイド(おばちゃん)に連れられて、バスに乗り込む。49人乗りバスで、48人のツアー参加。自分達の席は、出入口の一列目だった。気温は17℃、少し肌寒い気がした。
まず、バスは札幌に向かう。高速に乗り、一路、札幌に。札幌ドームが曇りの雲に色が隠れて、あまり目立たない。
バスは、札幌市内を車窓観光。日本一、敷地面積が広い札幌大学、赤レンガの北海道庁旧本庁舎、札幌雪祭りで有名な大通り公園、テレビ塔、札幌のシンボルの札幌時計台と、大急ぎでバスガイドは説明。慰安旅行気分の団体客(16名のグループ)が話しを聞いていないので、「静かにしてください」と、声をかける。
バスは北海道神宮の鳥居の横を曲がって(運転手、間違えたようだ)、トイレ休憩がてら、長谷川商店(魚屋)に立ち寄る。バスガイド「お客さんに聞いた話しだと、ここのが一番、カニが安い」と。釣られて、買おうとしたけど、まずは、会社のお土産(定番の白い恋人と海の彩り)を購入。ついでに、さっぽろ開拓ラーメンまで買ってしまう。
バスは小樽に。小樽は明治から大正にかけてニシン漁で賑わい北のウォール街として経済的にも栄えた所だ。
小樽運河で団体記念撮影。バスを降りて、信号を渡るのだけど、中々、人数が多く信号を渡りきれず、人数が揃わない。撮影が終わったら「すぐに、バスに戻って下さい」と、添乗員、誘導するけど、信号待ちの間に、自分はデジカメで運河風景を撮影。白髭のおじさんがバイオリンのような楽器(ラッパのようなのモノもついていたげど)を弾いて、中々の雰囲気。石造りの倉庫群と、運河沿いのレンガが、観光気分を盛り上げてくれる。運河の温度計の表示を見ると、21度あるようだ。ふと、視線に気づくと、添乗員が見ていたので、慌てて、皆のいる場所に戻って、信号を渡って、バスに戻る。
昼ご飯は、バスに乗って、すぐそばの『おれの小樽運河』でチラシ寿司。中々、美味しかった。本当なら、一時間が昼食で、その後、三時間の自由時間で、バスで北一硝子や石原裕次郎記念館などで選んで降ろしてくれるのだけど、昼食が終わってバスを待つのが面倒なので、自分達は添乗員に言って、早めに自由時間をもらう。皆が、ゆっくりと食べている途中で抜け出す。
ブリキやコーラ、オープンカーなど、アメリカ映画に本当に出てきそうな物が陳列し、所狭しとドンキーコングのように積み上げられた変な物が売られている小樽ナニコレ貿易を、ちょっと見学し、その隣りだったか、『愉快生活雑貨 いやはやなんだ館だあった蔵』も見学。
タクシーで石原裕次郎記念館に行こうとタクシーを捜す。ちょうど、さっき、団体写真を撮った場所付近で、タクシーがとまっていた。「石原裕次郎記念館まで」と言って、せっかく、タクシーに乗ったので、地元の人の話しを聞こうと色々と話しかけていたら、7000円で五ヶ所(裕次郎記念館、旧青山別邸等、2時間)観光地を回ってくれると言うので、お願いする。
石原裕次郎記念館。タクシーの運転手、積極的に、自分達夫婦のツーショット写真を撮ってくれた。一階では、裕次郎のパネルと一緒に夫婦の写真まで撮ってもらった。30分で記念館の中(1,500円)を観て下さいと言われたけど、どんどん観ていったら、10分で見終わってしまった。一応、記念館の中は、映像ホール、炭坑のようなトンネルの映画のセット、裕次郎のレコード、高価そうな衣装、ヨットの船室の一部、愛車のベンツ、ハワイで乗っていたキャデラック(ナンバーが裕次郎のローマ字になっていた)等が展示されていた。印象に残ったのは、家に招待した友人達に贈ったワインのコルク、25セントコインを挟んでプレゼントしていたそうである。いくら、友人思いであっても、こんなキザな事がサマになるとは、さすが、スーパースーター石原裕次郎だな〜と思い知らされた。売店では35,000円の裕次郎のメモリアルワイン(6本)売られており、買う人がいるのかな〜と思っていたら、いたよ、いたよ。中年のおじさんが、マダム風の女性の為に買っているようだった。
タクシーは走り、運河の発祥地だったか、タクシーの運転手が説明しだしたので、妻が写真を撮りたいと言ったら、タクシーはとまってくれた。ここの方が、ボートも係留しているので運河らしいような気もする。
二つ目は、おたる水族館の上の展望台まで連れて行ってくれた。そこは、地球が丸さが確認出来る地らしい。晴れ渡っており、地平線がどことなく見渡すと、丸くなっているように感じられる。天気が良いので、積丹半島も見える。日和山灯台が見え、水族館ではトドがプールに飛び込んでいた。運転手、もっと、近場で、無料で見れる穴場があると言うので、タクシーで連れてってもらう。近場の草葉(岩陰と言ったら良いのか)から見ると、トドの親分(猿のようにボスがいる)が観光客が投げる餌を独り占めしていた。
三つ目は、鰊御殿。北海道指定有形文化財。ニシン漁の全盛期に建てられた最大規模の番屋内部には、当時の漁具や生活用具を展示している。自分達は、運転手に、これまた無料で見れる場所から、内部を少し見させてもらう。あまり、こういうのは、どこも一緒なので、入場料はもったいない。鰊御殿の看板の沢山の穴は、海虫のせいだと、運転手が説明。高台にあり、そこから、日本海を見ると、ヨットをしている人がいた。浅瀬の岩が白くなっている所は、鳥のフンのせいだと言っていた。言われなかったら、綺麗に見えたけれど…
四つ目は、旧青山別邸。かつて、ニシン漁で栄華を極めた祝津三大漁家の一つ青山家の豪邸。文庫蔵の中に入り、妻が屏風をデジカメで撮ると、運転手は「これは……」と色々と説明してくれ(忘れてしまったけど)、ありがたい屏風で、「もしかしたら、宝くじが当たるかもよ」と言われた。妻が、もっと色々な所を回りたいと言ったので、旧青山別邸は文庫蔵だけを見て、終わり。入り口のツボミの絵は、「花を描くともう散るだけだけど、ツボミだと花開くだけだから」との運転手の説明。
そして、最後は、小樽市手宮洞窟保存館。何と、無料の館。市が頑張っているらしい。1866年に発見された約1600年前の古代遺跡。内部の洞窟壁画には、仮装をした人物などが刻まれており、考古・人類学上の第一級遺跡らしい。運転手が見せてくれた立体画像の面白いビデオ説明を見て、壁画を見学。壁画が赤くなっているのは、昭和天皇が昔に訪問した時に分かりやすいように、色をつけたらしい。壁画(説明書には陰刻画と書いてあった)と説明書見ながら、鑑賞する。昔は文字だと思われてみたいだったけど、絵にしたらヘタクソなので、わかりづらい。今の所、このような所は、フゴッペ洞窟の二つしかないらしい。小樽でこのような場所に来れた事が感激する。
まだ、時間があったので、居酒屋の店主が仕入れに来る市場に連れてってもらう。タラバを食べさせてもらったので、妻の実家にタラバを送る事にする。
タラバを買ったと、運転手に言うと、「次はお酒ですね」と言われて『田中酒造 本店』に連れてってもらう。色々な酒の試飲をして、少し酔っ払う。調子にのって、今日の夜用に小樽の酒を買う。
そして、最後は、オルゴール堂まで送ってもらう。二時間で小樽の色々な話しを聞いて、最初は7000円は高いと思ったけど、有意義な時間が過ごせて、結果的には得した気分になった。北海道中央タクシー�蝓∨�歳と叫んでおこう。
タクシーを降りて、小樽オルゴール堂に。本館の入り口の蒸気時計が中々、良い。湯気が上から出ている。観光に忙しく、15分おきに蒸気の力でメロディーがなるらしいけど、聞く事が出来なかった。
メルヘン交差点近くの『小樽洋菓子舗ルタオ』の海の見える展望室から小樽の街並や、遠くに見える海を見ながら、少し展望台で休憩。
北一硝子商品が唯一安く買える『アウトレット』(傷があるらしいけど)、北の大地美術館、北一硝子三号館、六花亭 北の大地美術館、北一硝子五号館、北一ヴェネツィア美術館と見て歩く。お土産屋巡りという感じ。
利尻屋みのやでは、バスガイドの顔で昆布の味噌汁を飲ませてもらう。意外に美味しかった。バスガイドはその場にはいないけど、「バスガイドが…」の一言で、店員は通じて、味噌汁を出してくれた。
そして、『銀の鐘』でコーヒータイム。使ったカップのキティーちゃんのカップをプレゼントしてくれるそうなので、オレンジジュース(小さいカップかもしれないけど、おかわり一回出来る)を注文。妻が二個のカップを洗ってくれた。
さらに、見学硝子工房、小樽からくり動物園と見て回る。
集合時間の3:30になるので、バス駐車場に行こうとすると、同じツアーバッチをしているおばちゃんグループがいたので、念の為、妻が聞いてみる。早めに自分達は、昼食会場から出て行ったので、集合時間が変わったかもしれないので。すると、おばちゃんは「集合時間は4:10だよ」という答え。それなら、まだ、遊べるじゃないかと思ったけど、心配性の妻は、念の為、集合場所に行ってみる事にする。添乗員が集合場所にいたので、集合時間を聞くと「3:30が集合時間だよ」と。そうすると、あのおばちゃん軍団、かなり遅れてくるな〜と心配していると、添乗員、バスの中で人数確認して、出発OKだと。あれっ、あの、おばちゃん達… なんだったんだ? 同じ会社で、バッチの色も同じだったけど… 添乗員、OKを出したけど、肝心の運転手がいない。添乗員、運転手を捜しに行くと、いつのまにかに、運転手が戻ってくるが、今度は添乗員がいない。捜しきれずに戻ってくる添乗員、バスガイドが「早く、早く」と言うので、ダッシュで添乗員が戻ってきて、バスが発車。
バスの車窓からマイカル小樽や観覧車を見てノンストップで、登別に。乗客が寝ているので、起こして、もしもしカメよカメさんよ体操までさせられて、社台ホーム牧場を紹介してくれた。
今日の宿泊は、北海道人気NO.1の温泉、登別温泉。高速を降りると、馬鹿デカイ鬼が現れる。デカ過ぎ。登別温泉は、原生林に囲まれ、泉質は、漂白作用が美容に良い硫化水素泉や食塩、硫黄、単純泉など11種類に上がっている。湯量は一日一万トンで、皮膚病や神経痛、打ち身等に効果がある。
宿泊先の登別万世閣に到着。まだ、時間があったので、部屋に荷物を置いて、妻は風呂に、自分は地獄谷に遊びに行く。温泉街を抜けて、からくり仕掛けのあるエンマ堂を通り過ぎ、地獄谷に。地獄谷は、直径450mの爆裂火口跡で無数の噴気孔からは、盛んに熱気や蒸気が噴出している。硫黄の臭いが凄い。妻は硫黄の臭いが苦手なので、来なくて正解だったようだ。遊歩道を歩いて、囲われた温泉の泉源池まで行くと、グツグツと温泉が湧き出ていた。「お金は投げないでください」と書いてあった。
部屋に戻ると、妻は風呂から戻っていたので、自分も風呂に行く。24時間開放している大浴場、男性大浴場『月の湯』に入る。登別の温泉、温泉の素のように、白いお湯。気持ち良く入浴。極楽、極楽。
山海の幸食べ放題バイキングが夕食。北海道鍋が美味しかった。
そして、『北の国から』の最終回を見る。北海道で、舞台となった北海道で見れるというのも、中々、嬉しい。
考えてみれば、皆、テレビを見ているかもと、空いていそうなので、また温泉。若干、人は少ないけど、今度は、露天風呂にゆっくりと入る。
部屋に戻り、酒を飲みながら北の国からを見るのだけど、ガイドブックとか読んでいたら、いつのまにかに、北の国からは終わっていた。

9月8日(日)
朝、5:30の起床。ぐっすり眠れた。今日は曇りのようだ。朝食はバイキング料理。
ホテルを8:00出発。今日は、6列目の運転席側。ちょっと、狭いと思っていたら、前のおじさんが一言も断りもなく、座席を倒してきた。余計、狭くなる。一言、文句を言おうかと思ったけど、後の旅行が楽しくなくなると思って我慢する。
オロフレ峠を越えて、昭和新山ふもとの熊牧場に。入場料(570円)を払って、熊の餌のビスケット(100円)を買って、中に入る。まずは、アライグマがいた。しきりに餌をねだっている。妻が餌を投げ入れる。動きの遅い、アライグマは、中々、餌にありつく事が出来ない。笑える事に、本当に洗っているアライグマがいた。熊は年齢や種類別に分けられている。エゾヒグマ8才、エゾヒグマ10才とか。年齢と共に、当たり前だけど、クマが大きくなる。クマも歳を取れば餌のキャッチ(口で)も上手くなる。妻が投げ入れたビスケットを見事に口でキャッチ。あれっ、ほとんど、妻が餌をあげているので、自分もと妻からビスケットを貰って投げ入れる。熊は、エサの催促で、顔に手を当てたりして、愛嬌を振りまいている。どんどん、他の観光客も餌を投げているので、とんでもない所にいった餌は見向きもしない。雄同士の喧嘩なのか、雄と雌のラブラブなのか、わからないけど、池の所で、熊同士の取っ組み合いをしていた。パフォーマンスだろうか。どちらかと言うと入り口近くにいる熊が沢山食べられて、奥の方の檻の熊は、もらいそびれている感じ。奥の檻は、へばっている熊がいる。「人のおり」という看板があったので、階段を降りて行ってみると、人間が檻から熊を見るという構図。あまり、良く見えない。さすがに、熊のウンコの臭いが、我慢出来ずに退散する。お土産屋の入り口に、大きな熊の置物があり、ついつい、写真を撮りたくなるが、「モデル代100円」とあると、写したくなくなる(実は、それを知らずに、熊牧場に入る前に写していたけど)。
昭和新山の方は、麓は見えるが、霧で頂上は見えない。赤い山肌が印象的だと、バスガイドは言っていたが。
有珠山噴火の被害にあった所の230号線を通り、サイロ展望台。バスガイドに、洞爺湖が見える所まで案内され… 霧であまり見えない。洞爺湖(周囲43m)の中島、有珠山、西山火口、オロフレ峠とあたかも、本当に見えているかのように説明するが、霧であまり見えない。今度、来た時の為に、イメージトレーニングになってしまっている。お土産屋で、たまねぎのスープを飲む。妻はコーンスープまで無料で飲んでいた。ここの熊のモデル代は200円だった。熊牧場より高い。洞爺湖名物わかさいもはがバラ(100円)で売っていたので買って食べる。焼きイモをイメージしたお菓子。
展望台を出て、ほどなく行くと、メジロ牧場。何かに気を取られて、見逃してしまったが、バスの中からどこかの牧場なのか、サラブレットが沢山いた。
長万部を大渋滞(前に車がいると北海道では大渋滞と言うらし い)の中通り、森町の昼食会場の海商に。二階のテーブルに着くなり、係員が毛カニの食べ方を丁寧に説明する。昼食は、ほたて御飯、カニ鍋、毛カニなどだった。。食べ終わって、サッポロビールキャラメルを買う。味は、微妙。意外に、妻は二・三個も食べていた。
次は、大沼国定公園。大沼をはじめ3つの湖沼(大沼湖、小沼湖、じゅんさい湖)を中心に広がるエリア。大正4年新日本三景に指定されている。モーターボート(10分の遊覧、1100円)で、湖上遊覧(ちょっと、料金的にトラブルがあった。団体割引してくれるはずが、してくれなかった。前で営業しているおじさんは、ツアーの方は一人でも団体割引しますと言っているのに。わけが、わからない)。湖上に126の島々が浮かび、わずかな時間で、ボートの左右に揺れながらスリルを味わう。一番前に乗ったので、迫力満点。どうも、運転手、わざとボートを傾けているような気もしたが。ボートの座席の前にマイクがあり、皆で歌を歌うのかと思ったが、実はマイクのようなモノで、大沼国定公園の説明が聞けるようになっていたのだ。湖上の小さい島々を抜けていると、今、どこを走っているか、つかみづらい。駒ヶ岳が見えるらしいけど、雲に隠れているようだった。
添乗員から地ビールの割引券をもらっていたので、フレンドリーベアで大沼ビールを注文。数々の賞を受賞した地ビール。日本初、天然アルカリイオン水を使用した酵母入り100%ナチュラルビールらしい。ほんの少しの枝豆がついて500円、美味しかった。
そして、函館に向かう。
函館観光の定番、五稜郭。五稜郭タワー(高さ60mのタワー)に登る。エレベーターで展望台に上がると、五稜郭の星型の一部が見える。開港地となった函館を江戸幕府が直接統治するためにヨーロッパの城郭都市をモデルにして1864年に完成した五稜郭。大政奉還により明治政府へ引き渡された後に、榎本武楊率いる旧幕府軍と新政府軍による函館戦争が勃発した舞台となった所だ。前に五稜郭は行った事があるので、ざあーっと一周して、タワーを降りる。と、言うより、行きたい所があったのだ。時間ギリギリになるかもしれないが、バスガイドが必死に薦めていた(添乗員も学生時代にわざわざ札幌からこのハンバーガーを買いにきたと言う)『ラッキーピエロ』に行く。五稜郭タワーから、すぐ近く。今まで食べたハンバーガーの中で、一番美味しいという(GLAY御用達で有名)。その中でも、一番人気のチャィニーズチキンバーガー(空揚げが美味しい)を注文するが、出来上がるまで10分かかると言う。間に合うか心配しながら、待っていると、ゾロゾロとハンバーガー目的で、ツアー乗客がやってきた。その乗客と話しをしていたら、意外に早く時間が経過する。妻とバスの中で食べる。バスの中は、プンプンとハンバーガーの匂いで充満。
バスは函館の元町の方に。異国情緒と港町風情を色濃く漂わす町。元町公園にバスを止めて、バスガイドに案内しながら、連れられてゆく(妻は歩き疲れたのか、バスの中)。『箱館奉行所跡』(誤字ではない。この箱を使っていたと言う)、『函館市写真歴史館』(「日本最古の写真 松前藩士 石塚官蔵と従者像」が入り口に展示されていた)、『旧函館区公会堂』(二階のベランダで舞踏会に行くようなドレスを着て写真を撮っている女性達がいた)とバスガイドに案内され、さらに案内は二十間坂へ向けて移動しつつ続いていく。こういうのんびりとして、歩いてゆくのも良い。色々な店が立ち並ぶ所を通ってゆく。横が洋式、正面が和式の家があったりする。名所名所に立ち止まりながらのバスガイドの説明。『遺愛幼稚園』(バスガイド、通っていたらしい)、『カトリック元町教会』、チャ―ミ ーグリーンのCMで有名になった『八幡坂』(海まで見通せる唯一の坂で、ドラマやCMのロケによく利用されている)、『函館ハリストス正教会』(ビザンチン様式の特徴ある教会は、函館元町地区の観光の目玉)、『函館聖ヨハネ教会』、『東本願寺函館別院』(大火の多い函館にあって、1915年に防火のために全国で初めてコンクリートで造られた寺院。かなり反対があったようだ。屋根の立派さには驚いた)などを案内される。添乗員は、車が多いので、交通整理とカメラマンになっていた。バスは函館山ロープウェイの駐車場に停められていた。
バスに乗り、函館山(標高334m)登山。これから、夕景を見に行く。まだ、夜景ではないのでバスはスイスイと登ってゆく。函館ロープウェイを使わない理由がわかったような。別に、これだけスイスイと走るので、使う必要もないのだろうな。2合目辺り、箱根市内、津軽海峡、函館港と、よく見えて、皆で「わーっ」と感激する。が、ドンドンとのぼってゆくと、ガスが出て来る。嫌な予感が的中。頂上に上がると、真っ白。白景を眺められた。ラッキーと思えるはすがない。全く、見えない。お土産屋で時間を潰す事になる。絵葉書の写真で我慢する。下山する時、2合目で、ちらほらと、暮れつつある函館の街を見る。そして、バスは函館空港に向かうが、遠くにイカ釣り漁の漁り火を見つつ…
最後に、バスガイドの挨拶で、この行程は、二泊三日のコースだと言っていたが、本当、色々と忙しかった。添乗員、誰かのバスガイドの不平・不満を聞いていたのか、「若い人だと、お休みタイムだと言って、休憩タイムが入るけど、今回のバスガイドさんは一日中、喋りぱなし…」とフォローをしていた。
函館空港(19:35)発予定が、10分ぐらい遅れる。空港で、ビールを飲み、飛行機内で、エビスビールを飲む。
羽田空港(20:55) 着予定が、21:10着に。家には22:00頃に到着。
2002年8月17日 さわやか夏の花名所 2食付! ?食べ放題の昼食と夕食弁当サンキューミステリーツアー(日帰り)編
8月17日(土)
今日の集合場所は横浜ではなく、最寄り駅の上大岡駅近くの三越前。7:30に集合する。
バス3台1号車満席44名、自分達は運転手側の二列目。保土ヶ谷バイパスに入り、カーナビがバス設置のテレビに写し出される。それを見つつ、町田から東名に乗り、厚木方面に。入り口辺りから車が混雑している海老名サービスエリアを通り過ぎ、8:30に静岡に。富士山が雲一つかかって無く(珍しいらしい)、頂上から裾までクッキリ見える。御殿場で高速を降りる。バスガイド「ここで、降りるんですか」と、何度も運転手に。
金時饅頭で有名な土産屋、足柄山 金時力まんじゅう 金時亭で、トイレ休憩して、バスは走り出す。
饅頭を買ってバスの中で食べる。東富士五湖道路を走り、山梨県に。山中湖の説明し、「ここから山中湖が見える」とバスガイドは言うが、全然見えない。そこで、む運転手、「移動したんだ」と冗談を言う。
そして、山中湖の花の都公園に。ヒマワリが富士山をバックに一面に太陽の方を向いて満開に咲いている。駐車場から、花の都公園に歩いて行きながら、デジカメで富士山、ひまわりを写してゆく。400円(団体割引きされていた)払って、中に入る。正面にUFOというか、宇宙船、『アポロ付注千スカイラブ3号』の展示されていた。花に宇宙船、違和感を感じる。『三連大水車』を見て、奥の『明神の滝』(落差10m、幅80m)を見に行く。その時に豪快に滝が流れていたけど、看板に『豪快な明神の滝が見れるまで、13分』と表示してあったので、まだ時間があったので、『新富士火山溶岩樹型地下観察体験ゾーン』に行ってみる。原型のまま直接溶岩を観察できるようになっている。あまり人がいなかったので、洞窟に行くように地下に行きながら冒険気分になる。時間になり、明神の滝に行って見ると、さっきより、滝の水の量が減ったような… 看板には後、一分。カウントダウンしていくが、何にも起こらない。すると、上の方から、大量の水が流れ出してきた。そして、しばらくすると、水が滝に落ちてきた。何となく、最初に見た明神の滝に戻ったような… 最後に『フロラールドーム』の中に入り色々な花を見て、駐車場に戻る。
バスは東富士五湖を走るが、富士吉田で降りて、河口湖大橋を渡り、ここから車が多くなり渋滞。カーナビを見ているとネタバレになるので、いつのまにかに、消されている。居眠りしていたら、国道411線の坪井。
笛吹川を渡り、宝石屋の美粧に。『大勉強の店』と書かれたエプロンをした店のおじさんが水晶を売ろうと色々と説明するが、皆は他の土産を見たりしている。どうも、売りたがっている魂胆を知っているようだ。
バスは石和温泉を抜けて、甲州街道に。昼は食べ放題と言う事でバイキングと思ったら、ソバの食べ放題。甲府グリーンパークで食べる。席に着くなり、暑さに参る。クーラーがついていない。ヨモギのソバを食べて、おかわりをするけど、店のおばちゃん達、要領が悪い。バタバタと、ザルに入ったソバを空ザルと交換するように裏から持って来る。要領良く、いっぺんに持ってくればいいのに、お客さんの後ろをバタバタと歩きまわって、あげくには、持ってくるのが遅い。それでも、3杯もおかわりしたら、ついにヨモギのソバが無くなってしまい、白のソバになってしまう。これって、ソバじゃなくて、うどんだったのかな〜
バスは昇仙峡に向かっていると思ったら、つけものセンター昇谷に。キムチを試食。
バスは、昇仙峡に行く。道路が狭いのでバスがすれ違うときにスリルを味わう。ほうとう会館の駐車場で、バスを降りて、団体写真。後ろに緑の幕がしてあり、殺風景な記念写真に仕上がると思っていると、帰りにバスの前で売っていた写真は仙ヶ滝の合成写真だった(ついつい1000円出して買ってしまった)。ほうとう会館を出ようとしたら、妻はバックを買おうとしていたので、自分一人で仙ヶ滝(昇仙峡の大きな見どころの一つ、高さ30m)を見に階段を降りてゆく。豪快な滝に感動。そして、頭上すれすれに岩が被いかぶさる道を歩き、小さな橋を渡り、岩間を豪快に流れる川を眺めながら、遊歩道を下って行く。石門という、自然の岩がちょうど門のようになっている箇所で人が来ないのに気付き、撮ってしまう。そして、ほうとう会館に戻ってゆくと、妻が『仙影絵の森美術館』に行こうと、誘ってきた。山下清展をやっていた。藤城清治の影絵、安井康二のはり絵(子供がかわいらしい)も素晴らしいものがあった。観光地にある美術館にしては、見ごたえがある。山下清の桜島に見とれる。
そして、甲府昭和から高速に乗り、帰路に。談合坂でトイレ休憩。バスガイド、渋滞になりそうな所で、退屈しないようにと綾小路公麿とかいう講談をテープに流す。それが大爆笑。おばちゃんが多い中、バスガイドも勇気あるのか、おばちゃんへの鋭い毒舌テープ。「三人集まれば病気の話し、五人集まればお寺の話しをする」「老人になって、赤ん坊を高い高いとあやすことが出来ずに、他界する」「ここにいるおばちゃんたち、わざわざ青森に行かずに見れるねぶたようだ」「猫をかぶりを嫁にきたけど、豚になって」とか、くだらない話しを入れつつ、笑えた。
八王子で完全に渋滞を抜けて、石川で再びトイレ休憩し、一気に首都高を抜けて、予定より20分早い、8:10に上大岡に着いた。かなりの渋滞(帰省ラッシュ)が心配されたけど、スムーズにツアーが終わって良かった。
2002年8月3日〜8月5日 指宿・砂蒸風呂体験とぐるり南九州 霧島・桜島・知覧・日南海岸・人吉編
8月3日(土)
6:30が集合時間なので、今日は4:00に起きて、5:00に家を出る。5:24に羽田直通の京急に乗りそこね、その後の電車に乗る。羽田空港に余裕で到着。荷物チェックの時に、パソコンを持っていますかと係員に言われて、パソコンを鞄から出して、チェック受ける。羽田空港(7:10発)
鹿児島空港(8:50着)。出口に行くと、添乗員が待っている。女性の添乗員。久し振りの女性の添乗員。鹿児島は27度晴れ。45名の参加者。自分達は10列目に座る。
バスは高速に乗る。いきなり、バスのマイクが壊れて、添乗員、バスガイドは生声。添乗員は声が通っているのだけど、バスガイドは働きすぎなのか、声が潰れて、声を出しづらそう。バスガイドの顔、天道よしみに似ている。添乗員は、顔はヤクルトの古田の奥さんで、声は中尾ミエ。
指宿スカイライン山田料金所前で、マイク修理するが、どうしても直らない。急遽、行程とは違うけど、薩摩庵に寄り、バスを交換することになる。薩摩庵で、さつま揚げの工場見学をして、ほとんどのお土産を購入。バスに戻ると、添乗員が荷物を新しいバスに運び入れてくれていた。
。 バスは発車する。マイクの調子も良い。バスは海岸線を走りながら、薩摩庵で抽選券をもらっていたので、バスの中で抽選会。残念ながら外れる。
屋久杉工芸品の工場で、職人の鹿児島人形を作る技術(一本のコケシのような人形を作りつつ、頭と胴の間に首飾りを作る)を鑑賞する。その後、屋久杉工芸品で土産を買うのだけど、屋久杉で作ったペアの箸とツマミを買ったら、店員のおじさんから「1,100万円」と言われる。実際は、1,100円。
喜入を通り知覧に。知覧パラダイスで昼食。オプション(1,000円)に頼んでいた鶏飯を食べる。知覧の郷土料理の鶏飯の食べ方は、飯の上に鶏のささみ・錦糸玉子等の具を乗せ、その上から鶏のだし汁をかけて食べるお茶漬けみたいなもの。一緒に付いていた、茶ソバが美味しかった。
食べ終わって、時間があったので、その辺を歩き回る。南国らしく暖かく、そうかと言って、横浜のように蒸し暑くない。セミの鳴き声がうるさかった。りりしい特攻兵の特攻像『とこしえに』、昭和29年から航空自衛隊の練習機の『飛行機(T-6G)』、出撃の瞬間まで求めていただろうと母の姿の像『やすらかに』を見て回る。
特攻平和会館(太平洋戦争の末期、沖縄決戦において特攻という人類史上類のない作戦で、爆弾搭載の飛行機もろとも肉弾となり、一機一艦の突撃を敢行した多くの特攻隊員1036名の遺品や関係資料を展示。また、日本1機しか現存しない当時の3式戦闘機「飛燕」が展示)を見学。出撃前の生々しい直筆の遺書、母に「さよなら」と書いているのが印象的。サイフ、恋人にもらったのかマスコット人形、お守り等の遺品を一つ一つひとつ見てしまう。特攻おばさん(鳥浜とめ)の話しの映像に妻と聞き入ってしまい、戦争の悲惨さに、ゾッとしてしまう。
特攻平和会館を出て、横の道を行くと、特攻隊の宿舎『三角兵舎』の中に入る。適の目を欺く為、松林の中に半地下壕をつくり、地上には三角の屋根しか見えない宿舎。出撃前夜はこの中で、壮行会が行われて、裸電球の下で遺書を書き、また、別れの手紙をしたためたと言う。粗末な建物に、布団が並べている。そこで、最後の夜を向かえていたかと思うと、かわいそうになってしまう。むらさき芋のソフトクリーム(250円)を食べて、知覧茶のペットボトル(200円)を買って飲む。
バスガイド、特攻隊のしめっぽい話しをしていたら、九州最大の湖の池田湖に。池田湖(大昔,開聞岳の噴火とともに池田火山の陥没によってできたカルデラ湖。周囲19km,水深233mの九州最大の湖。ここには体長2m,胴回り50cmの大うなぎが棲息しており,怪獣「イッシー」も潜んでいるといわれる神秘の湖)を車窓から見ながら、今回の色々なオプションを頼み、その支払いを添乗員にする。
枚聞神社、開聞岳を車窓で見ながら、長崎鼻に。天候がよく、一年に一度二度ぐらいしか見られない屋久島が、かすかに見える。長崎鼻(薩摩半島最南端の岬。赤みを帯びた岩礁に波が打ち寄せ、先端に白い灯台が建つ。西に弓状の砂浜と開聞岳、東に佐多岬、晴天の日には種子島・屋久島や噴煙を上げる硫黄島が望める景勝地)。ここは、長崎鼻の鼻先まで行かないと、真っ先に歩き出す。デジカメで撮りながら歩いてゆく。風が強く、帽子が一度、飛ばれてしまう。帽子は幸い崖から落ちなかった。薩摩長崎鼻灯台(竜宮伝説の地。風光明媚なこの地に相応しいものにしょうと設計され1957年に完成。位置は北緯31度09分29秒 東経130度35分15秒)まで着いたけど、その先まで行ってみる。妻はお土産屋を見たいと言うので、自分一人で、足場の悪い岩を歩くというより、飛び進む。開聞岳の景色が素晴らしく良い。やっと、鼻先まで行って、開聞岳や海を撮ろうとしたら、波しぶきが手にかかってしまった。後から来た、おじさんが「写真を撮ってあげようか」と言われたけど、断った。何か、薩摩半島最南端だぞという自慢していそうな写真になってしまいそう。逆におじさんも手にカメラを持っていたので「撮りましょうか」と聞くと、おじさんも笑って断った。苦労して、ここまでやってきて、波風に当たっていると、気持ちが良かった。戻らないといけない時間が近づいている事に気づき、慌ててバスに戻る。走ったので、バスに戻るとドッと汗が出てきた。妻が、間に合わないと思って心配していた。中々、汗が引かない。
バスは指宿温泉。砂むし会館「砂楽」に。天然砂むし温泉体験。受付でタオルと浴衣をもらって、更衣室に入る。服は全部脱いで、浴衣を着て、タオルを持って砂むし場に。他の人が寝転がっている所に、係りの人が砂をかけているのを見ながら、徐々に緊張してゆく。実は、鹿児島に住んでいたにも関わらず、砂むし初体験なのだ。自分達の番になり、妻と隣り同士で仲良くあおむけに寝転ぶ。背中が熱く感じる。砂を、おばさんがシャベルでゆっくりとかけてゆく。重い砂が暖かい。おばさん、首の所まで、まんべんなく砂をかける。徐々に全身が熱くなる(バスガイドが言うには、暖かくなった所から、健康らしい)。サウナ状態だけど、頭が暑くならないので、サウナよりは長時間入れそうだ。波の音を聞きながら、眠くなりそうである。身体にかけられた砂が意外に重かったが、じんわりと肩や腰が温かくなり気分は満点。デジカメで自分と妻、そして二人を係りの人に撮ってもらうけど、後で見たら、生き埋めにされているようで、あんまり見栄えがしない。妻は5分弱、自分は10分ぐらいで砂から脱出。砂を落として、大浴場に。ただ、デジカメを持っていたので、更衣室に入ろうとしたら、どうやら、砂で汚れるようで入れないみたいだ。で、一度、大浴場を入り抜けてから、更衣室に入る。ロッカーにデジカメを入れようとしたら、砂を落としたつもりが、手首にたくさん、砂がついていた。大浴場で、髪まで洗って、風呂から出たら、生ビール。格別の美味しさ。
バスは鹿児島市内に向けて走らせる。バスガイド、急に、若島津の奥さんの高田みずえをこのバスに呼んだと言い出す。が、スケジュールが合わずに、呼べなかったので、代わりにバスガイド自身が「指宿余情」を歌いだす。そして、バスガイドのギャグ炸裂。簡単に書くと、指宿はなぜ指宿かと言うと、昔、アダムとイブがいて、アダムがイブに告白したからだと言う。「イブ好き」だと。鹿児島に向かいつつ、色々な話しをしてくれる。頴娃町は、鹿児島では一番難しい地名の呼び方で、「えい」と読むとか、鹿児島ではJRの事を「汽車」と言って、路面電車の事を「電車」と言うとか。焼酎工場が鹿児島では多い事、平川町には動物園があり、日本一コアラ(14頭)が多い事、産業道路には車の店やパチンコ屋が多いと教えてくれる。そして、鹿児島の有り余っている物、一位は火山灰、二位は自然、三位はパチンコ屋(鹿児島は競馬競輪の賭け事の娯楽がないから。しかも、パチンコと言ったら軍艦マーチだけど、軍艦マーチは鹿児島の人が作ったらしい)、そして四位は女性だと言う。ダイエーの前を通ると、「オールナイト」という看板にビックリ、バスガイドが言うには12時までやっているらしい。中々、バスガイドの話しを聞いていて退屈しなかった。
そして、鹿児島港から錦江湾納涼花火クルーズ(鹿児島本港桜島桟橋〜大正溶岩原〜神瀬〜沖小島〜古里温泉郷 日本石油喜入基地(遠望)〜谷山〜鴨池〜天保山〜鹿児島本港桜島桟)の2時間クルーズ。添乗員から弁当と納涼船のチケットをもらって、船に乗り込む。綺麗な浴衣姿の女性が2人いると思ったら、ミス桜島の人だった。勿論、デジカメで激写。舞台を見下ろせ、しかも窓際の席をキープして、まだ走り出していないけど弁当を食べる。さつま揚げが美味しい。今日は土曜日なので700名の乗船。船が動き出し、早速、舞台は船上お楽しみ抽選会。かなり期待したけど、外れる。焼酎の白波を飲んで少し酔っ払う。南ひろし(マツキヨのCMに出たらしい)という歌手が舞台で歌っていた。興味を持って、聞いていると、今月は8月生まれの人にCDを30名にプレゼントするというので、自分、自称8月生まれという事にして、貰いに行く。ミス桜島の人にもらえた。水上花火が打ちあがる。50発では少なすぎ。あっと言う間に、花火終了。舞台では、ソーラン節が踊られ、ゲーム大会(夏休みだという事で、小学生のうどん早食い競争)をしていた。そして、鹿児島らしい夏祭り気分を堪能して下船。
バスは宿泊先の鹿児島東急ホテルに。ホテルに着いたのは21:30ぐらい。荷物をフロントの係りの人に部屋に運んでもらうのを頼んで、自分達はタクシーで実家に帰る。22:00過ぎに到着。両親に挨拶して、隣りの祖母の家に顔を出す。京都の叔父がいたのには驚いたが、祖母は介護ベットに寝ており、それでも元気そうだった。両親の家に戻り、色々と話し、最後に自分の部屋を見て、タクシーでホテルに戻った。

8月4日(日)
ホテルでバイキングの朝食を食べて、フロントでチェックアウト。8時にバスは出発。今日の天気は曇り、今日も気温は35度は上がりそう。
桜島の世界一は3つ(溶岩の量、小さいみかん、大きいダイコン)あるというバスガイドの説明を聞きながら、鹿児島港に。バスごと第八桜島丸フェリーに乗り、桜島に。桜島は錦江湾を隔てて鹿児島の対岸にある陸続きの標高1117mの火山郡。北岳・中岳・南岳が並ぶコニーデ火山で、現在は南岳が活動している。桜島港に着きそうになったので、バスに戻る。
桜島のドライブインで団体写真。カメラマン、どこかで見た事のある人だと思ったら、昨日、長崎鼻で撮った人だった。このカメラマン、宝くじが当たったらしい。しかも、カメラの腕はありそう。個人的に桜島、開聞岳の写真も売っていた。妻の父のお土産用に、桜島ダイコンのタネを買う。埼玉で作れるだろうか…
バスは桜島島溶岩道路を走ってゆく。ごつごつした形や大きさが異なる様々な溶岩の大海原、まるで他の惑星を旅しているような気分。バスガイド、火山灰を小さな袋に入れた物を、乗客に回し火山灰を説明。そして、鹿児島市内での火山灰の処理する降灰袋を紹介する。鹿児島市内の人はご存知の黄色い袋。
溶岩道路が終わり、バスガイド、鹿児島の話しを続ける。鹿児島には「へ」という言葉で三種類の意味の鹿児島弁『3大へ』と言われるのがあると。その三種類の意味は「オナラ、火山灰、蝿」と。後、これに開聞岳と桜島の標高を知っていると鹿児島通になると。覚え方はゴロ合わせで『さつまの国よ(開聞岳で924m)、来ていいなー(桜島で1117m)』
バスはビアの産地の垂水を走る。ここで、バスガイドのギャグ炸裂。上野の西郷隆盛が連れている犬の名前は『ツン』ですが、何犬の犬でしょうかと、乗客にクイズを出す。秋田犬とか答えが出るけど、バスガイド、銅像だけに動けんだって…(実際は薩摩犬)
『あすぱる大崎』でトイレ休憩して(名産のみかんを買って、バスの中で食べたけど、中々美味しかった)、志布志を通り宮崎県に。
飫肥の『服部亭』で昼食。駐車場から添乗員に連れられて昼食会場に向かう時に、セミの鳴き声がウルサイと思っていたら、セミが木の枝に、一列に並んで鳴いている。しかも沢山いるので、異様。これだけいれば、ウルサイはずだ。『服部亭』の庭園が綺麗に見える和室(15畳2部屋。クーラー4台で涼しい)で飫肥の郷土料理の昼食。飫肥天、厚焼き玉子、ちらし寿司、ナスの田楽等。プリンのような玉子の厚焼きが美味しかった。
暑い。アスファルトの照り返し暑い。ジリジリと首筋から日焼けしそうな感じ。大手門からバスガイドに連れられて、飫肥城跡に入ってゆく。一気に殿様が暮らしていた『松尾の丸』を見学。茶室、寝床、湯殿、脱衣場、便所と見てゆく。この松尾の丸は昭和54年飫肥杉の100年杉を使用し、慎重な時代考証を重ねて、江戸時代の初期の書院造りの御殿とし再現されているという。『飫肥城歴史資料館』(飫肥藩、伊東家ゆかりの甲冑・刀剣・武具・古文書・衣服等を展示)をクーラーが利いた室内で見学。大手門を出て、『豫章館』に入るが、誰もいない。枯山水の庭園が見事。『旧伊東祐正家住宅』を見つつ『小林記念館』に入る。クーラーが利いていて、救われた気分。小林寿太郎は飫肥出身の明治の外交官。生い立ちから、外交の舞台での活躍を紹介。正直、あんまり、興味なかった。『藩校 振徳堂』を捜すが、どうやっても見つからない。しかも、地図では近くにありそうな武家屋敷の旧伊東伝左衛門家も見つからない。暑さに参り、バスに戻る。もう少し、先に行っていれば見つかったかもしれないが…
バスに乗って居眠りしていたら、もう鵜戸神宮に到着。妻はバスガイドに、だいぶ歩くと説明してあったので、恐れて自分一人で断崖絶壁に立つ神社に行く。バスガイドに連れられ、新しく出来た道から行く事になる。日差しの強い中、階段を上がり、トンネルを抜け、帰りが大変だと思いつつ階段を下がって、神橋(昔は裸足で渡ったらしい)を渡って鵜戸神宮に。鵜戸神宮は鵜戸岬の突端の洞窟の中にある。朱塗りの本殿(神武天皇の父を主神に祭っている)で参拝。妻がいないので、妻の分まで祈る。岩屋の中には、『撫でうさぎ』や『おちち岩』などがある。おちちいわは、安産・育児を願う人々の信仰の拠り所になっていると言われるが、どうみても乳には見えない。必死にバスガイドは説明してくれたけど。洞窟の出口で『運玉』(5個で100円)を買う。運玉を1個づつ願いを込めて崖下の亀石の枡形に(男は左手、女は右手で)投げて玉が入れば勿論、亀の背中に当たれば願い事が叶うと伝えられているので、自分も挑戦。亀の背中には当たるが、中々、入らない(バスの乗客の女性は入ったそうだ)。帰りは、昔の道の鵜戸山八丁坂(上がり438段、下り377段の合計815段)を利用。きつい階段を登ってゆく。自分しかいないので、迷ってしまいそうだった。『初代別当光喜坊快久の墓』があり、正直、ちっぽけな墓だったけど、折角なので、別の階段を登って手を合わせる。今度は下り坂。かなり長い。下りきった所で、鳥居をくぐり抜けて駐車場に着く。売店で、日向夏みかん生ジュースを飲む。ノドが冷やされて、美味しい。
日南海岸をバスは走らせる。太陽がキラキラと光り、南国の魅力あふれる日南海岸ロード。次に停車するのは、亜熱帯の花が咲く堀切峠(標高60メートルほどの峠だ。高みから見下ろす太平洋の景観は素晴らしく、日南海岸の代表的観光名所のひとつ)。絶景の地。バスガイドや添乗員に妻と二人の写真を撮ってもらう。年賀状に写真を貼れそうな出来栄え。
バスは青島(日向灘に浮かぶ周囲1.5kmの小島で日南海岸北部の中心観光地。対岸とは弥生橋で結ばれ、ビロウ樹をはじめ226種の亜熱帯植物が生い茂る島の周囲には、干潮時“鬼の洗濯板”と呼ばれる波状岩が美しい縞模様を描く。島中央には朱色も鮮やかな青島神社が建ち、境内横手の御成道(おなりみち)はジャングルの小道を思わせる。亜熱帯植物の茂る島)に到着。ビキニ姿の女性、上半身裸の若者を見ながら売店を通り抜けて、青島につながる弥生橋を渡る。隣りでは海水浴をしている多くの人たちが居て、自分も暑さで、海に飛び込みたい気分。スーツを着てるサラリーマンを発見。おそらく、出張で青島まできて、時間があったので青島神社を参拝したけど、異常な暑さで、後悔しているだろう。見るからに暑そうな汗をかいて、旅行バックが重そう。青島神社で、妻と参拝。横側には、巨人軍の絵馬が飾られていた。松井選手のは『日本一 三冠王』と書いてある。鬼の洗濯岩を靴を濡らさないように歩いていると、急に滑って転びそうになる。再び、弥生橋を渡る。ジェットスキーをしている人達を見て、羨ましく思う。妻は、仲良くなったおばさんと、話しこんでいる。売店までくると、バスガイドが薦めていた『チーズ饅頭』(クッキー風味の生地に植物性・豆乳のチーズを入れて焼いたもの)を発見。買って、ビールと一緒に食べてみるが、そんなに美味しくない。暑かったので、ビールがノドにしみて、ビールの方が美味しい。
今日の宿泊先は霧島温泉郷。高速を使って霧島ロイヤルホテルに。添乗員は2階の方だと言っていたが、実際は7階の方だった。西館の2721号室(洋室でベットが3つあった)。早速、浴衣に着替えて、風呂に。隣りの部屋のおじさんが「待ってくれー」と。一緒に風呂に行く事になったけど、これが遠い。東館なので、2階の連絡通路を通り、東館に行くけど、まだまだ大浴場ではない。中居さん達がなぜか沢山ならんでいた宴会場を通り抜け、東館のフロントまで通り抜ける。結婚式に参加してスーツを着ている集団の中で、自分達浴衣姿では恥ずかしい。やっと、大浴場に到着。露天風呂の岩風呂で、ゆっくりと疲れを取る。夕食は焼酎と一緒に食べた。

8月5日(月)
5:00に目が覚める。6:00に朝食バイキング。今日も8:00ホテルロビーに集合。今日は前から5列目の席。
ホテルを出て霧島神宮の鳥居を車窓から見て、霧島第一ホテルに。自分達は、ランクアップ・プランで、良いホテルを選んでいたので、選ばなかった人達を迎えに行ったのだ。ランクアップと言うだけあって、霧島第一ホテルはだいぶ小さい。昨日は子供づれはいなかったはずだが、どうやら途中から乗ってきている人達がいるようだ。どういう経緯なんだろう…最後に、5分遅れで、最近、奥さんを亡くされたおじいちゃんが乗ってきた(「すみません」の一言がなかった)。
バスは走る。今日は天候は曇りで、そんなに暑くならない感じだ。牧園町の所で、バスガイドは役場を説明する。山の上に建てられた、水で儲けたお金で作った立派な役場を車窓を眺める。横川から高速に乗り人吉に。
最初にみそ・しょうゆ蔵、釜田醸造所を見学。簡単にしょうゆ・みそ工場で係員の説明を聞く。かなり、しょうゆ・みそ臭い。売店の所で、テーブルに置かれた漬物、コンブ、のりを椅子に座って試食する。少し甘い感じがするが美味しい。おばちゃん「ごはんがあるといいね」と言ったら、妻は「味噌汁も」と図々しく言う。
そして、妻の強い希望でオプションに選んだ球磨川下り。日本3第急流の1つ、球磨川下りの急流コース(渡〜球泉洞)を体験。渡発船場には、沢山の人たちが居た。他のツアー客に、夏休みなので子供づれの家族、どこかの会社員達など。球磨川で順番を待つ。舟は少し小さい感じ。12名ぐらいの乗船。やっと、自分達ツアー客が乗る。舟に一つ一つに名前がついている。『せきれい』に乗る。前から二番目をゲット。舟が動き出すと、少し涼しい。緑の山々に心が落ち着いてゆく。あゆ釣りをしている人達もいて、舟下りらしくなってきた。中には、腰まで球磨川に浸かって釣りをしている人もいる。二名の船頭さん(おじいちゃんと若者)が、前後に乗っている。『五木の子守唄』を前の船頭さんが歌って、マイクでこっちまで聞こえるにしている。色々な形の岩を見たりする。中々、のんびりとした流れだが、これからが急流になる。球磨川下り五大瀬の一つ『高曽の瀬』(岩壁・突出した岩・緑の組み合わせが美しい名所)で、カメラマンが陸から撮ってくれる記念撮影。自分達は笑顔を向けるどころではない。急流のスリルに悲鳴をあげてしまう。しかも、自分はデジカメにこのスリルを伝えたくて、川の段差を撮るのに必死。すぐ上に広い河原があり流れが大きく二つに分かれ激しく合流する『二俣の瀬』で悲劇。右側に乗っていた妻の方に、川しぶきが飛んできた。服にスボンにと、かなり濡れてしまっている。そして一番の難所と言われる『網場の瀬』では、左側に乗っていた自分に悲劇。かなりの水が飛んできた。おじいちゃん船頭さん(40年間やっている)は、腕一本で舟を操っている。物凄い迫力。キャーキャーと悲鳴が上がる中、冷静に急流を下ってゆく。自分もスボンが濡れて、パンツまで濡れてしまった。水がだいぶ舟に入っている。船頭さん、水をチリトリで何杯もすくい出す。そして、参勤交代の一行もここで楯を倒して通ったと言われる『楯倒の瀬』(石灰岩の大断崖を川が深くえぐっている)を下る。崖に激突してしまう勢いで下る。90分ぐらいの川下り、あっと言う間に過ぎた感じ。
球泉洞着船場で、舟を降りる。舟は向かい側に行き、トラックに乗せて川上の渡発船場に持っていくそうだ。だいぶ、お尻が濡れている。一番、前に乗っていた女性のスボンもビショビショで、俺達、笑い合う。濡れた方が人吉だけに、性格が良いそうだ。一人乗りのリフトに乗って球泉洞まで上がるが、自分が乗ったリフト、お尻の所に濡れた後が残ってしまっている。後ろから添乗員が乗っていた。バスに乗る前に「濡れているけど、バスに乗っていいですか」と聞くと、バスガイドは「すぐに乾くと思うから、大丈夫ですよ」と。バスガイドが言うには、球磨川はカッパが最初に棲んだ所だと言う。
そして、昼食はホテル華の荘で、二段重ねの弁当。煮物、焼き魚、揚げ物、サラダ、ご飯、お吸い物など。妻がアイスコーヒーを頼んだので、自分は焼酎を注文。綺麗な庭園だった。
そして、通称『幽霊寺』と言われる『永国寺』。本堂に座って、現在のご住職の紫安達純大和尚(40代目)さんの永国寺の説明のビデオを見る。幽霊寺と言われる由縁(幽霊掛軸は、実底超真大和尚が描いたと言われる。創建当時、近郷の木上にさる知名の士がおり、妾を囲ったが、本妻の嫉妬に悩み球磨川に身を投げて、非業の死を遂げた。しかしその恨みが幽霊となり、本妻を苦しめた。本妻は実底和尚の法力を頼り、永国寺に駆け込んだ。和尚の前に現れた幽霊は、和尚より因果の道理を説き聞かされ、和尚の描いた己の醜い姿に驚き、和尚に引導を渡して欲しいと懇願し、実底和尚の引導により成仏し、それから現れなくなったという)や、西郷隆盛の縁(西南の役の際、田原坂で敗れ撤退する西郷隆盛は、永国寺に本営を置き、三十三日間在陣した)を詳しく説明していた。ビデオが終わり、早速、幽霊掛軸を見ると、かなり不気味。そのまま出てきそうな感じがした。デジカメで撮る。バスガイドもカメラで撮っていたけど、添乗員に「本当に写ってしまうよ」と言われると、バスガイドは「見た事が無いから、見たいの」と。本堂の裏の幽霊が出たと言われる湧水池を見学。池一杯に睡蓮が咲いている。何の変哲も無い池だが、ここに幽霊が出たと言われると、デジカメで撮ったら写りそう。
そして、焼酎の蔵・峰の露酒造株式会社に。簡単に工場見学をして、試飲室に通される。試飲室のテーブルには、テーブルごとに織月、たる、舞などの色々な種類の酒が五、六本、置いてあり、数人で飲む。少しづつ全種類飲む。つい、店側に乗せられてしまったか、三姉妹を買ってしまう。トイレに行こうとしたら、男女区別なく、並ぶ女の方からモロ見えなので我慢する事になる。
バスに乗り、二十三個のトンネル、五十四の橋を通り八代に。バスの中、皆、ダウン。自分だけ焼酎と豆で、独りトンネル見酒。八代、熊本市に到着する。妻は自分からデジカメを取って市電を撮るのに必死。
そして熊本城に。銀杏城の別名もある熊本城は慶長6年から7年間の歳月をかけ、加藤清正が築いたもので、現在の天守閣は昭和35年に再建されたもの。内部は資料館(大天守再建の時に作られた、しゃちほこも展示)になっており、最上階の6階は四方を見渡せる展望室になっている。バスガイトに連れられて、天守閣に登る。バスガイド、お薦めの『いきなりだんご』(古くから、熊本のお茶菓子として親しまれている。さつまいもを小麦粉で包み蒸し不意のお客様にも作って食べていただける事から名前がついた)を買って食べる。
そして、水前寺公園(細川忠利から3代に渡って築造された桃山式回遊庭園。池を中心に東海道五十三次を表現している)に。この時から、だいぶ酔ってしまう。池の周りを一周する。酔った勢いで、富士山に登ってみたくなるが、我慢する。
そして、ぐっすり寝ていたら熊本空港に。18:30到着。夕飯は熊本空港でゆっくり食べられると思ったが、20:20の羽田行き飛行機が機材繰りの為に25分遅れるので、添乗員、ツアー客の了承を取って7:00発にしてもらう。早く、羽田に帰れそうだ。熊本空港(19:00発)、羽田空港(20:40頃着)

2002年7月14日〜7月16日 玉造・三朝温泉と足立美術館の旅3日間編
7月14日(日)
羽田空港、10:55発の予定が、風が弱く離陸を見合わせた為、11:14に発となる。台風の影響だろうか。出雲空港に向かうので、小型の飛行機だと思ったけど(会社で脅された…笑)そんなに小さくはない。横に9人並んで座れる(今回220名乗航)。気流の関係で、大きな揺れが一回だけあった。死ぬかと思った。そして、それよりも死ぬかと思ったのは、隣りに座っていたおばあちゃんが納豆食べ初めて、臭いがこっちまで漂ってきて参った。自分は納豆は好きだけど、納豆嫌いな妻にとっては地獄だろう。気分が悪くなったらしい
出雲空港(12:15)に到着。ツアーには33人の参加。ツアー客のおばちゃんの一人が、「ユキムライズミがいた(飛行機に乗っていた)」と言っていたが、誰だかわからない。有名人らしいが… つんくのような男の添乗員に、まだ慣れないバスガイドに連れられて、バスに乗る。
バスガイドは、ノートや本を見ながらガイドしていた。島根観光のシンボルというべく『宍道湖』(浅い湖で深いところは6mぐらいだと説明。嫁ヶ島を点景にした夕日が素晴らしいらしい)、高さ48.9mもある日本最大級のドーム型木造建築の『出雲ドーム』、古事記で国譲りの神話の舞台の『稲佐の浜』、道路から木々の間に見ると竜宮城のように見える日御碕神社等を紹介する。
最初の下車見学地は日御碕(ウミネコの群生地)。日御碕灯台の駐車場から降りると、イカ焼きの匂いが鼻をくすぐる。『もしもし灯台』と書かれたコンクリートのボックスに興味を引かれたら、箱の中は電話があった。電話ボックスのようだ。白亜の出雲日御碕灯台に向かいながら、高さにびっくりする。地上から灯火まで39メートル、水面上から灯火まで63メートル。石造り灯台では東洋一だと言う。それを登ろうとすると、妻は拒否。自分一人で登り始める。150円を払って靴を脱いで、螺旋階段を上がっていく。グルグルと汗だくになって上がっていく。狭い階段なので、降りてくる人がいると、譲り合わなければならない。まだ半分もきていないのに、おばさん軍団は途中で、引き返してゆく。そうとうキツイ。結局、150段上ってオマケのもっと急な13段で合計163段の階段。一段が1円弱の計算になるようだ。最上部まで上がると、周囲は360度の大パノラマ。風があり気持ちがいい。日本海の絶景を望めた。でも、後で、考えればホッとするのが精一杯。階段を降りるのが、滑らないようにと、かえってそっちの方が気を使う。
次は、出雲大社。出雲大社『古事記』『日本書紀』にその名を残し、千年以上の歴史を持ち、大国主命を主祭神として祭り、縁結びの神としられている。駐車場にお土産屋『神宴』の案内する人が待ち構えていた。ちょうど、小雨が降ったので、案内人が傘を貸してくれるらしい。乗客の一人が「傘は貸さないよ」とギャグを言っている。傘を借りて、駐車場から、案内人に連れられて、神楽殿に。ここは説明だけだった。神殿前を工事をしていた。支柱のような所も工事をやっていたが、何か、支柱にヘリがぶっかって、工事をしていると説明。あんまり説明が聞こえなかったので、違っているかもしれないが。中には入れなかったので、スキを見て、今回から持ってきたデジカメで巨大な注連縄を撮影。長さ13m、太さ8m、重さ5トンもあるらしい。参道前で、拝殿をバックに団体写真。中々、写真を撮らないと思ったら、乗客が少ないらしい。犯人は、あの納豆おばあちゃんだった。ヨチヨチ登場。拝殿は、しめ縄(1500��)が印象的。本殿で正式に参拝。知らない観光客は神殿か、拝殿で参拝をすますらしい。拝殿の裏に隠れているのが本殿が本当らしい。かつては、現在の2倍近い48m前後の壮大な高層神殿だったらしい。バスガイドが何度も「二拝四拍一拝」が参拝の流儀だというので、55円(いついつまでも縁がありますように)で、参拝する。案内人が本目的の土産屋の『神宴』に連れて行きながら、「平成の天皇は126代目だけど、それを知らない大人達がいて、困る」と、ぼやいたのが印象に残る。杉並木の松の馬場の参道を通り、お土産屋の『神宴』に寄り、出されたお茶を飲みながらお土産購入。案内人が、「出雲神社でお参りしたら、お裾分けした方が効果がある。そのお裾分けには、神宴が良い」に、ついつい乗せられたようだ。
次は島根ワイナリーに。島根ワインの工場を聞いて(実はあまり聞いちゃいない。ただ、妻とキリン工場の超小型版の工場だねと言い合う)、試飲即売館「バッカス」で試飲。オリジナルのワインを数杯飲み、グレープジュースを飲んでみると、美味しかったので(しかも安い)、宅急便で6本送ってもらう事にする。あまりにも、試飲のしずきで、時間の感覚がなくなり、バスに集合時間ギリギリで戻る。どうも、島根は山梨みたいな気がしてくる。ワイン効果かもしれないけど…
次は松江市内自由散策(90分)という事で、『ぐるっと松江 堀川めぐり』。バスの中では13人しか堀川めぐりする人がいなくて、団体割引が出来なかったけど、おばちゃんパワーで、その他なぜか、ちょっきり7人増やして、いつのまにかに団体割引で堀川めぐりを決行(200円割引で1000円)。松江城をとり囲む堀川約3.7キロを遊覧船で巡る。16もの個性的な橋をくぐり抜けていくようだ。一番最後に乗り込んだせいか、そこが船の先頭になっていた。歴史ある堀川の個性的な橋をくぐり抜けていると、気持ちがゆったりとしてくる。城下町らしい。風情、情緒に浸りながら、のんびりと船は進む。アオサギがいたり、カモや、ミドリガメまで木や石に乗っかっていたりする。ブロンズの幽霊の像まである。石垣の間には小さなカニも見えるし、ボラが水面から跳ねている。情緒満点。一番の情緒は、何個も橋の下をくぐってゆくのだけど、橋の高さが船の屋根よりも低い所もあり、そのままでは船の屋根が当たるので、船頭さんが(自動で)屋根を折って、下ろしてしまう。そうすると、当然、乗客も頭をだいぶ下げなければならない。30センチぐらい。こたつにもぐって景色を見ているような感覚。二・三ヶ所低い橋があり、一斉に頭を下げて、スリルもあり、かなり面白かった。その一ヵ所には、水面と橋からの高さも無く幅も狭く、こんな所に入るのかよと思うぐらいの所にも入ってゆく。船を横の壁にゴツゴツ当たりながら船は進んでいった。船から見える、武家屋敷、田部美術館、松江城などをデジカメを撮る。松江城は、船頭さんが、シャッターチャンスを逃したお客さんの為に、わざわざ、船をバックしてくれたりする。今では川は汚いけど、昔は底が見えるくらい透明で、食器などを洗っていたらしい。そんな船頭さんの話しを聞きながら、40分の乗車がすぐに経過した。
まだ時間も少しあったので、松江城に。松江城、「千鳥城」の別名を持つ。黒塗り下見板張りの外壁が風格がある天守閣。どうして、天守閣とか言うと、坂の上にあるんだろうと思うくらい坂を登ってしまう。おばちゃん軍団が写真を撮って欲しいというので、撮ろうとするが、「全員を写して城も写せ」と無茶を言う。自分は「城に近寄り過ぎだってば」と、言いたいけど、言えない自分が悲しい…それで時間になりバスに戻る。本音は小泉八雲記念館や武家屋敷、松江城の内部も見たかったけど、時間が無く次回の楽しみとなった。バスに戻ると感想的に、意外に、船に乗った方が正解だったような…
そして、玉造温泉に。玉造温泉は「出雲国風土記」にも登場し、全国でも屈指の温泉。「一度湯に入ると容姿が端正になり、再び入れば万病が治る」と綴られている。宿泊先は湯亭こんや。バスガイドも添乗員も嫌という程、『今夜泊まる所は、こんやです』と言う。旅館に着くと、本格的な緑茶が配られ、それを飲みながら館内案内を聞く。7:30が晩御飯なので、一時間ぐらいあったが、風呂に入らず、和室の部屋でパソコン(今回もパソコン持込)。妻は風呂に入りに行った。
夕食は、ステーキをオプションで注文していたけど、次から次に料理が出てきて、食べられない。冷酒を2本頼んだせいか、食るのが遅くなり、妻が先に部屋に帰っても、まだ食べている。結局、添乗員と自分と女性客1人の三人になっても食べて飲んでしまった。
415の部屋に戻って少したってから、風呂に。エレベーターの所に女性二人に会ったら「奥さんは?」と言われたので、「何かやっている」と答える。男風呂には、自分独りだった。露天風呂を独り占めする。
二度目の寝る前の風呂は数人の人がいたが…

7月15日(月)
朝、4:00過ぎに目が覚める。酒を沢山飲んだわりには気分は良好。外を見ると天気は良さそうだ。7:00のニュースでは、台風は日本縦断の可能性があると言っていたが(今は沖縄に台風はいるらしい)…旅館を出ようとして、泊まった旅館をデジカメで撮ろうとしたら、デジカメが動かない。電池はちゃんと充電したはすだが… あっ、充電器を部屋に忘れてきたのに気づき、部屋に戻る。危なかったと、ホッとしてバスに乗る。今日はバスの前に書かれた座席表を見ると後ろから四番目の席だったけど、希望して、一番後ろの席を占領する。ゆったり五人掛けを妻と二人で占領。旅館の従業員に見送られて、バスは走ってゆく。
今日の最初の下車はいずもめのう細工伝承館、広い館内にアクセサリーや雑貨など、めのう製品が満載。「お母さん方は、日頃の自分のご褒美に、お父さん方は、自分の胸に手を当てて、誰に御世話になっているか考えて、めのう細工伝承館にお入りください」と、案内人の挨拶に笑う。あんまり、興味がなかったので、工房を見たりして、ぐるっと店を一周して、外に出ると、外にはお父さんらしき人々が多かったような…
足立美術館、「紅葉」などで知られている近代美術の巨匠・横山大観コレクション約130点をはじめ、1300点ほどの近代日本画や木彫、童画などを収蔵。美術品よりも美しい日本庭園が心に残る。見事なまでの枯山水式の大庭園。「庭園もまた一幅の絵画である」と、当館創設者の足立全康が言っているだけの事はある。『生の掛軸』は、床の間の壁をくり貫いて、あたかも山水画が掛かっているように見える。滝が流れ、コイが泳いでいる。それをデジカメに撮ろうとするけど、その辺りを観光客がいて、なかなか撮れない。やっと、撮影できる。美術品は、横山大観の『曳船』『夏』、伊東深水の『夢多き頃』、寺島紫明の『舞妓』が気に入った。
そして早めの昼食。松江市内まで戻ってゆく。自分達はオプションを頼んでいなかったので自由昼食。ちなみにオプションは、バスガイドがタイのご飯と勘違いした『鯛飯』。松江新大橋付近で皆、降ろされて、皆は『皆美旅館』に向かうけど、自分達はカラコロ広場にラーメンに惹かれて『山燦』(やまさん)に入り、Dセットを注文。みそラーメンと御握り、店長自慢の餃子(普通の餃子と形は違い、ダンコのように丸く具が多い)を食べる。中々、美味しい。食べ終わってから、皆美旅館に行くと、小雨が降る。旅館から傘を借りて、バスの所に戻る。
車は山陰道を使いお菓子の壽城に。バスガイト、城を紹介する時に、最初、「あのお城は角砂糖で出来ていますので、食べたい方は食べてみてください」と。後で「冗談です」と。「冗談です」と言わなかったら、信じていた乗客もいたかも… 城のお土産屋といった所だろうか。米子城をモチーフにしている天守閣。名誉総裁賞受賞した『とち餅』などのお菓子を試食して、2階に上ると、なぜか、沖縄物産展をしていた。エレベーターで4階にあがり、狭い階段を上ると、天守閣の頂上。あなり蒸し暑い。5人で来たのに、眺めるのも、そこそこにして皆、下に降りていった。天守閣から出雲富士の大山(頂上が雲で隠れていた)や、考霊山が眺めて、自分も汗をかきながら下に降りる。

バスに乗っていたら、いつの間にかに寝てしまっていた。気がついたら、鳥取砂丘。米子から寝ていたから、そうとう寝ていたようだ。鳥取砂丘は、日本海に面した白兎海岸から岩戸海岸までの東西16km、南北2.4kmにおよぶ日本最大級の海岸砂丘、中国山地の風化花崗岩が、雨に洗われ、細かく砕かれ、砂となって千代川に乗り、海まで流れ出て、さらに日本海の潮の働きで砂浜に押し上げられることによってできたと言う。その形成には100年単位、1000年単位の自然の営みが作用しており、その水と風の働きは今なお続いる。鳥取砂丘の特徴はその起伏の大きさにあり、高低差は最大92mにもなり、晴れた日に通称「馬の背」と呼ばれる巨大な砂丘列の上に登ると、360度に視界が開け、白い砂、青い空、紺碧の日本海が鮮やかなコントラストとともに眼前に広がり、雄大な自然の広がりと時の流れ体感できる。足下を注意して見てみると、鳥取砂丘の砂は日本海からの風に吹かれて絶えず移動を繰り返し、とどまっていることがない。砂丘はまるで生きているかのように、時とともに地形を変え、風とともに移ろっている。40mも窪んだ「すりばち」、風速5〜6mの風が形成する「風紋」、流れ落ちる砂が形成する「風簾」とかある。前置き(これを書いておかないと、鳥取砂丘の醍醐味を伝えられないと思って…)はさておき、リフト乗り場の前で、砂丘をバックに団体写真。リフトに二人で乗る。地面に綺麗なヒマワリが咲いていた。カンカン照りで、かなり暑い。汗が流れ落ちてくる。リフトから降りて(どうも、係員が不親切なので、うまく降りられない)、長靴を借りる。外に出ると、谷のようになっており、向こう側の砂丘の山に登っている人達がアリのように見える。ラクダもいたけど、馬車に乗って遊覧する事にする。Qタロウという馬。700円払って、一番前の席に座るが、そのQタロウ、中々、動かない。馬を誘導する人もイライラしている。やっと、動こうとすれば、馬の前を横切る観光客。馬を誘導する人、かなりの剣幕で怒る。「危ないじゃないか」と。やっと動き出す。馬が砂を歩き難そうに、重そうに動いていく。バンエイ競馬に乗っているような感じ。5分ぐらい歩き、日本海が望める所で、休憩。デジカメを撮ったりする。他の誘導員が言うには、砂は乾いているけど、今日は時々、通り雨があったらしい。そして、帰りのQタロウ、さらに動かない。やっと、動き出したと思ったら、途中で止まったりする。誘導する人、さらに、イライラしている。案内のラジカセの民謡の音に合わせて、馬はシッポまで振っている。やっと、動き出し到着したと思ったら、馬の背中にアブが刺そうとしていた。誘導する人、蝿タタキでアブを叩き落そうと必死。逃げられたのに、気を悪くしたのか、どうも乗客にも冷たくなったような。リフトまで戻っても、まだ時間があったので、砂丘の向こう側まで走ろうとするが、下りの半分で断念。走っても走っても、前に進まないような感じ…下を向いて歩いていると、砂漠に取り残されて、水が欲しくなってくるような気分。それにしても、中々、進まない。ダートを走る馬の気持ちがわかるような気がした。危ないリフトで駐車場まで戻る。
そして、三朝温泉に向かうが、天気は小雨が降ったり、晴れたりと、めまぐるしく天候が変わる。
世界有数のラジウム温泉で知られている三朝温泉泊。 宿泊先は三朝ロイヤルホテル。603号室。部屋にベットが二つもあるけど、和室付き。中居さんらしき人がきたので、和室に布団を敷いて欲しいとお願いする。夕食は松葉ガニ一枚が付いていた。昨日より料理は美味しい。茶碗蒸しの中に餅が入っているのには驚いた。勿論、冷酒と食べる。今日は最後まで残らなかった。部屋に戻って、この部屋に入ってきた時に、色々とテーブルに物を置いていたので、テーブルの上を整理していると、急須のフタを落として割ってしまった。あまり高そうではない。フロントに電話すると、代わりの急須を持ってくるようだ。。別に弁償せずにすんだようだ。ホッ… 露天風呂はラジウム泉という事で、その効力は、疲労回復、神経痛、婦人病、リューマチ、皮膚病などと効果は幅広いようだ。風呂から上がり、晩酌用にツマミを売店で買う。かに身入りラジウムせんべいで、飲む。

7月16日(火)
台風(7号)は、徳島を抜けて和歌山県潮岬辺りにいるらしい。こっちの天気は雲も多いが、所々に青空が見える。東京に帰る飛行機が心配になってくる。朝食を食べて、梨ジュース(缶)を買って部屋に戻り、荷物をまとめてホテルを出る。今日は後ろから二番目だっので、一番後ろの席もゲット。妻は後ろから二番目の席に座る。
晴れ空の中、バスは走り白兎神社に。「古事記」の因幡の白兎を祭った小さな神社。境内の池は白兎が大国主神の言葉に従って身体を洗った池(御身洗池)がある。大国様に助けられた白うさぎ(豊玉姫命が御祭神で皮膚病、やけどなどにきく神社として知られている)、神社の歴史は不明と言う。白兎を祭った珍しい神社なので、興味半分で参拝。土台の石が菊の御紋の型をしているところから、由緒あるお社とも言われている。で、『菊座石』を見るが、何の事がわからなかった。バスガイドの話しをデジカメで夢中で聞き逃したのが原因。白兎海岸に行くと、おばちゃんが釣りをしていた。ヒラメが釣れていた。右手にふさじま(漢字がわからない)、左手に於岐ノ島(おきのしま)が見え、なかなかの場所。日本海の水を、波に気をつけて触れてみる。そんなに冷たくはない。トイレに行ってから、バスに戻る。時間、ギリギリだったので、注目を浴びてしまった。
バスが走り出す。道路に出ていた温度計の表示は『27℃』となっていた。バスガイドの母が神戸牛を肉ジャガにしたと言う話しを聞きながら、峠を越えて、余部鉄橋(全長309m、高さ41.5m全国有数の高さを誇る高架橋)の下を通り、香住町に。
香住町でトイレ休憩。駐車場を出ると、潮の香りがする。港町らしい。バスガイドが、三姉妹船長が案内する遊覧船かすみ丸の事を紹介していたが、近くにあるんだろうな〜と思いながら、トイレに向かう。『海の文化館』でトイレをすまし、文化館の一階だけ少しのぞく。二階がリュウグウノツカイなどがいるメインなので、あんまり面白くなかった。市場を冷やかしてバスに戻る。
そして、バスは豊岡市に。豊岡市は鞄の生産日本一らしい。田中産業�蠅貌�ると店員がフルーツジュスを配ってくれた。それをもらったので、買わないと悪いかのな〜と思いつつ… 案の定、妻が財布を買っていいと許しが出たので、財布を選び、半額で購入。妻もバックを買っていた。製造直売店なので、殆ど半額に出来る無茶できるので、かなり安い。バスの中で、ボロボロに古くなった財布の中身を取り替える。
出石で昼食と散策(90分)。出石は「但馬の小京都」とも呼ばれ、そばの香りが漂う山あいの旧城下町。そんな出石の名物は三百年近い歴史を持つ「皿そば」が有名。昼食には『花水木』の出石そば定食をオプションで食べる。ところが、店側の不手際か、添乗員の連絡ミスが、妻がバックを買って遅れて、『花水木』に行くと、席が無い。他のオプションを用意していた人の分は、用意してあるのに。添乗員、慌てて、『花水木』の店員に用意させる。皿ソバは、小さな皿にもられて、5皿1組を1人前で、だし、ネギ、卵、やまいも等を混ぜて食べる。コシがあり、ソバの味が生かされており、美味しかったので、ドンドン食べてしまった。
自転車を『花水木』で借りて、妻とサイクリング散策。妻が納豆のような道だと称したベタベタする道路を出て、『辰鼓楼』。ここが、町のシンボルと親しまれている時計台。昔、藩士の登城の時間、辰の刻(午前8時)を告げる太鼓を打ち鳴らしていたらしい。デジカメで撮り、自転車を走らせる。
『桂小五郎潜居跡』。花水木の店員は何もないよと言っていたけど、幕末好きな自分としてはとりあえず、行っておきたい。確かに、民家のような前に記念碑があるけど、看板がなければ、気づきもしなかったかも。1864年、広江孝助と名乗り荒物屋を営みながら(9ヵ月)、幾松夫人と潜伏していたらしい。
日本海から30石級の大船が出入りしていた出石。その時の灯籠。『おりゅう灯籠』は、鎌倉時代に悲恋物語の主人公「おりゅう」の名にちなんでつけられ、灯籠と横の柳の木で「おりゅう」と恋人が寄り添う様子がつくられている。それにしても柳が不気味に見えた。
そして、大橋を渡り、『武家屋敷資料館』に向かうが、あいにく、今日は閉館だった。土・日営業だった。残念。
引き返して、『出石城跡』を見に行く。妻は土産屋をみたいと、自分1人で自転車を留めて、城跡見学。昔の立派な橋らしい登城橋を渡り、、出石城登城門をくぐり、稲荷神社の沢山並んでいる鳥居を連発でくぐりぬけて、やっと、『出石城跡』。あんまり、たいした景観ではなかった。ここに、城があったのか…と思うぐらい。
出石郡役所だった『明治館』に妻と自転車を走らせる。明治館(100円)では中に入る。歴史を彩った出石の人物展をやっていた。天気予報の創設者の桜井勉、、女子教育の先覚者の木村熊二、日本財界の巨頭の池田謙三、軍部の横暴をたしなめた斉藤隆夫などの人物を紹介していた。そして、元巨人軍の大友工の『栄光の奇跡』展のコーナーがあり、ユニフォームなどを懐かしく見学。さすがに時間もなくなったので、自転車を花水木に返して、バスに戻る。
そして、最後の下車見学地は天橋立。天橋立(日本三景)は、延長3.6�劼虜俊棔�智恩寺境内を含む橋立付随地、傘松公園を含めた総称を天橋立と呼ぶ。幅は広いところで約170m、狭いところでは約20mとなっており、約8千本の松で松並木を作っている。日本三景と呼ばれるようになったのは、約350年ほど前の寛永20年に、当時の学者・林春斎が「日本国事跡考」に「丹後の天橋立、陸奥の松島、安芸の宮島を日本三景」と書いたのが始まりと言われている。駐車場にバスを降りると、雨が降る。青空が見えるのに。松井物産の傘を借りて、松井物産の案内人に着いてゆく。『籠神社』に連れて行かされる。昔は天橋立は籠神社の参道だったらしい。参拝をすませて、府中駅でケーブルカーにギュウギュウ詰めになって乗ると、雨は突然やんで、蒸し暑くなる。ケーブルカーが動き出すと、涼しい風が入ってきて気持ちがいい。ケーブルカーを降りると、そこは傘松公園。 「股のぞき」で有名な傘松公園から逆さにのぞくその景色は、海と空が逆になり、まさに天に架かる浮き橋のように見えると言うが、他の観光客が股の間から見る間のスキを狙って、自分もやってみるが、全く見えない。ちょっと、ガックリ。「股のぞき」の発祥の地、3分で行けるとわかったので、走って階段を駆け上がる。階段の上は、見事な天橋立。誰も他に観光客がいなかったので、じっくりと見る事が出来た。傘松らしき松も鑑賞。そして、ケーブルカーで降りて、傘を借りた松井物産で涼む。汗をかいたので、ビールを飲みたくなり、えび大判と一緒に買ってバスの中で飲む。
そして、バスは伊丹空港に。福地山から、高速道路に乗る。その時、バスガイド、爆笑トーク。初めて高速に乗った時に、券が取れずに、車をバックするわけにはいかず、車を降りて取りにいったようだ。あれっ。自分はウケたけど、他の乗客はウケていない。
赤松サービスでトイレ休憩。バスを降りて、少し歩くと、財布が無い事に気付いた。慌てて、バスの座席に戻ると、やっぱりない。どこで、無くしたのだろうと、考えていると、座席の背もたれの所に隙間があるのに気付き、手を入れると(なぜか)財布が入り込んでいた。ホッとして用をすます。
バスは一路伊丹空港(6:20頃到着)に。空港で、搭乗券をもらって、職場の係長のお薦めの『たこ坊』に行き、イカ焼きチューハイセットで食べる。そういえばビールで薦められていたのを後で思いだし、後悔。ビールに合いそうだ。大阪伊丹空港(20:10発)を飛び立つ。だいぶ、後ろの席。納豆おばあちゃんの後ろだったので、嫌な予感がしたら、飛行機が動きだした時、納豆おばあちゃんの旦那の折り畳み三脚椅子が、自分の方に倒れてきた。飛行機は、けっこう揺れた。羽田空港(21:20着)

3日間、台風で雨は覚悟していたけど、雨にたたられずに、思い残す事なく旅行が出来た。日頃の行いが良いからだろうか… 帰りも、台風は関東を去った後だったようだ

2002年6月7日〜6月9日 大自然あふれる利尻島とレブンアツモリソウ咲く礼文島編
6月7日(金)
数日前の旅行会社からの手紙に『例年にない温暖な日が続き今現在、レブンアツモリソウが開花しているという連絡が先日、礼文町役場からありました。旅行目的であるレイブンアツモリソウ鑑賞がお楽しみ頂けない可能性が高いとので、代案として、礼文島にて人工栽培しているレイブンアツモリソウが見学できる高山植物園へご案内させていただきます』と書かれてあった。残念だけど、仕方が無い。
6:06の上大岡から羽田空港直通の京急に乗るつもりだったけど、目が覚めたのが5:55。妻の「間に合わない」で飛び起きる。慌てて家を出る。最寄の駅の上大岡駅から京浜急行で蒲田、蒲田に着いたのが6:49だったので、集合時間の6:50に完全に間に合わない。旅行会社の緊急連絡に電話すると「7:10までに受付すれば何とかなる」と言う。内心ヒヤヒヤしながら、蒲田から乗り換えて羽田空港まで。ちょうど着いたのが7:00。間に合いそうだ。妻は重いバックを持って、自分は旅行バックとノートパソコンの入ったリックサックを持って、改札口を一番で通り抜け、2階の団体受付カウンターに。ちょうど、緊急連絡の担当者の電話が入っていた頃だった。何とか、ギリギリセーフ。
搭乗手続きをすませて、飛行機に乗り込む。今日は札幌でアルゼンチンとイングランドのワールドカップの試合があるので、外国人のサポーターが沢山、乗っていた。外国の飛行機に乗っているような感じ。羽田空港(7:30)発。
千歳空港(9:00)着。気候は曇りで、気温は摂氏12度。肌寒さを感じる。アンパンマンみたいなバスガイドの所に集合する。ちなみに添乗員は忍者ハットリ君に似た男性。他の乗客が集合してきたので、宗谷バスに乗車。36名。
千歳で高速に乗り、北上してゆく。日本一の直線道路(約30キロ)12号線が見える美唄を通り、1時間20分ぐらい走り、砂川ハイウェイオアシスで昼食。
オプションにつけたジンギスカンを鉄パンで焼いて食べる。タラバガニも少し食べる。なかなか北海道らしい昼食。その後、少し周りを歩く。朝、慌てて、家を出たので、散歩しながらホッとする。
砂川を出て、留萌まで来ると左側に日本海が見える。この辺りでは、オホーツクより海水が温かいので夏の海水浴もこちら側だと、バスガイドがガイドする。今日は波が高いらしい。
小平の『道の駅おびら鰊番屋』でトイレ休憩。隣りには、重要文化財の『旧花田家番屋』の建物がある。道内屈指の鰊漁家で、古民家建築物鰊番屋の代表的遺構だと言う。入場料がかかるし、時間的に余裕もなかったので、外から建物を眺める。田舎の校舎のようかイメージがある。近くに『にしん分化歴史公園』というほどでもないが、小さな公園らしきものがあり、行って見る。日本海の風に打たれながら、北海道に来たんだな〜と感じる。「北海道」の名付け親の松浦武四郎翁の像が建っていた
バスが走り出すと、いつのまにかに、曇ってた空が急に晴れ渡り、海岸線に天売島・焼尻島を確認できる。「この地で確認できるのは珍しいらしい」とバスガイドの説明。
また少しバスが走り出すと、苫前の風力発電所の風車が見えてきた。1機3億円するらしい。その風車が39機あるらしいが、バスガイドが言うベストポジョン(車窓)から数を数えてみると、37機しか数えられなかった。別に酔っ払っているわけではない。散らばって建っているので数えづらい
バスがまた少し走り出すと、天売島・焼尻島がもっと、はっきりと見える。(羽幌からその島に連絡船が出るらしい)。
羽幌で、ペンギンのようなレプリカが見える。あれが、日本で唯一生息するオロロン鳥らしい。どう見てもペンギンにしか見えない。
ふぐの産地の遠別を通り過ぎると、酪農風景に景色は一変する。ホルスタインの牛が大草原の草を食べている。バスガイドが言うには、牛の白模様が多いと生意気な性格らしい。本当かどうかはわからないが。
バスガイド、アイヌ語を教えてくれる。明日、利尻島・礼文島とか行くので、「カムイパポニカハイホイヤー(お天気が晴れますように)」と。ホテルの前で唱えれば効果あるかもと。本当かよ〜
天塩の風力発電所の風車は28機、こちらの方は、道路に沿って一直線に建っていたので数えられた。
サロベツ原生花園(30分見学)、豊富町、幌延町、稚内市にまたがる2万3000ヘクタールの広大な湿原で、約2万年前から堆積してきた泥炭地でできていて、その成長はわずか1ミリ。園内は遊歩道が整備され、草花を間近に鑑賞できる。エゾカンゾウが一本、湿原の中にポッツンと咲いていても、オレンジ色が鮮やかで本当に美しい。20分ぐらいの散策コースを妻と歩いたが、大湿原の中にいると北海道の広大さを満喫できた。近年では、ササが浸入してきて、栄養分を奪い取って、徐々に花が少なくなっていると言う。ビジターセンター横の売店で3個250円で『いもあげ』を買ってバスの中で食べる。なかなか、美味しい。
バスはバスガイドの怪しげな説「朝、栄養剤を2本飲むと船酔いはしないという説」を聞きながら、またバスガイドの暴露「パンフレットや旅行ガイドに映されている花畑のような礼文島の写真は嘘です。それを想像していたらガックリします。花は咲いてはいるけど、一面が花畑ではない」などと聞きながら、一時間ぐらい走り、最北の露天風呂の稚内温泉『童夢』(50分)に。
バスタオルやタオルをレンタル(500円)して、温泉に。露天風呂に入るが、温質はナトリウム-強塩化物・炭酸水素塩泉(弱アルカリ高張性温泉)で、湯に浸かって湯を肌触ってみると、ツルツルしている。15分ほど入浴。ビールを飲みたくなって、一杯キューッと。けっこうポカポカ感じは、長時間続いて気持ちが良かった。
今日の宿泊先は、ホテル大将、バスガイドは宿泊先は街の中にあると言っていたが、都会と田舎のレベルが違って、田舎の中ではわりあい栄えてるんじゃないかな〜という程度の栄え方。たぶん・・・
夕食は、カニ、チラシ、海鮮(ウニもあった。嫌いなので食べられなかったけど)とか、味的、質的には良かったけど、量が少なかった。食べ終わって、コンビニ探しするはめになった。コンビニは見つかったけど、少し歩いたかな〜 それにしても、居酒屋が無いのが淋しい。アルゼンチン・イングランド戦を見て、千歳から稚内のバス旅行400キロの旅に疲れて熟睡
。 6月8日(土)
昨日みたいな事があるので、4:20頃に目が覚める。さすがに二度寝する勇気は無くテレビを見る。誘拐事件の報道を繰り返していた。今日は利尻島・礼文島を観光するので、船の関係で出発時間が7:00。6:15には朝食。朝食、弁当箱に入っているちょっと質素な朝食をすませる。
今日は添乗員はあの忍者ハットリ君だけど、バスガイドは島に着いてから島のバスガイト。明日はあのアンパンマンみたいな人だけど。
バスが出発し、稚内港北防波堤ドーム(稚内特有の強風からくる波風を防ぐ為に造られたもので、高さ13.2m、全長427mの建造物。古代ローマ建築を思わせる。今は歩道となっているが、昔は車も走れたそうだ。馬鹿な人が車を飛ばして壁に激突してから、人だけが歩けるようにしたそうだ)を通り、15分ほどでフェリーターミナルに。
利尻島・鴛泊行きは7:50だけど、席取りの為に早めに並ぶ。今回の船には7団体が乗るらしい。それでも早めに来た割には3団体目になってしまった。前にいる他の団体の添乗員が福山雅弘のようにカッコイイ人だったので、おばちゃん連中が「あっちの添乗員がいい」と冗談を飛ばし、笑ってしまった。7:20乗船開始。2等席のカーペット席だけど、壁際をゲットできる。7:50出航。走り出して、しばらくして、外に出ると、風が強く吹き飛ばされそうになる。慌てて、客席に戻る。島に近づけば近づくほど、風は強くなり、海のしぶきか飛び、窓に飛び散る。印象的な岬(ペシ岬)が見え始める。15分遅れの9:55に到着。
利尻島は、利尻富士と呼ばれる標高1721メートルの利尻山(別名、利尻富士)を中心に68キロの島。船から降りて、添乗員の声を頼りに歩いてゆくと沢山の観光バスが駐車していた。
バスは海岸線を走り、姫沼(25分見学)に。バスを下車して、駐車場から小さな釣り橋(想い出橋)を渡り、姫沼に。散策路を歩く。利尻山麓の原生林に囲まれた神秘的な姫沼。風が強い。時々、沼の水が飛ばされて、飛んでくる。風が草木を揺れる音の中から、小鳥のさえずりが聞こえたり、蛙のようなゲコゲコという鳴き声が聞こえて、大自然の中にいる雰囲気を満喫。水飲み場があり、ペットボトルに水を汲んでいる観光客が大勢いた。自分たちもペットボトルを持ってくれば良かったと後悔する。カラスのような鳥、クマゲラが近くにいたり、遠くから見たら白鳥のような鳥が沼にいた。鳥のさえずりを楽しみながら沼を20分ほどで一周する。
バスに戻り、オタトマリ沼(25分)に。北海道の有名なお土産の『白い恋人』の箱のパッケージ・デザインになっている利尻富士は、このオダトマリで見られたものだそうだ。水面が穏やかなときに利尻富士が逆さに映る様は美しいと言われるオタトマリ沼だが、残念ながら、曇って利尻富士は見えない。次回の楽しみとなってしまった。神秘的な姫沼とは対照的な明るく広々したイメージのオタトマリ沼、少し沼を眺めてから、売店で焼トウロモコシを食べる。妻はホタテを食べていた。
そして、バスは仙法志御崎公園(25分見学)。駐車場から海の所に降りてゆくと、イケスのような所にアザラシが2頭いた。エサにありつこうと顔を出した時の目が可愛い。海が近くに見える。水しぶきがイケスの一角に吹き上がり、イケスの周囲を歩けない。白いしぶきがダイナミック。駐車場に戻り。店が色々あったので、道路を越えて行ってみる。トロロ昆布の試食をしていたので、妻と飲んでみる。妻は味噌味なのに驚いていた。「うちの家は醤油なのに」と、しきりに言っていた。駐車場からは今だに利尻富士は見えない。捜索隊を派遣しょうかな・・・山頂までは見えないけど、それでも山裾が海岸近くまで伸びているので、これがくっきり見えたら本当に美しいだろう。利尻富士は場所によって姿を変える山だそうで、ここが一番、綺麗に見える場所だそうだ。これも次回の楽しみとなった。
バスに乗っていると、久連で奇岩怪石が出現。まずは、寝熊の岩、車窓から見学。確かに水を飲んでいるような熊を上から見てる感じに見える。が、次に見える人面岩は、どうしても、自分には人の顔には見えなかった。鉢巻きしているのだけど・・・カモメが上の所に止まっていた。
沓形に到着。12:35発で、礼文島・香深に向かう連絡船に乗る。まだ同じ船の大きさだった。カーペット席(2等席)は満席状態だったので、売店前のソファーを確保。40分ぐらいの乗船だけど、かなり揺れる。横波だから尚更揺れを感じる。後から聞けば、おばあちゃんが寝ていたら、船が揺れて、転がっていき、顔をぶっけてメガネが当たり、鼻を打ったらしい。確かに揺れた。歩くのもままならない。震度5のひどさ。添乗員も「船酔いで、礼文島の観光バスの中で死んでいるかも」と言うほど。13:20到着。
フェリーターミナルの2階で昼食。本当はウニ丼が食べられるのだけど、自分と妻はウニは食べられないので、チラシ寿司にしてもらう。新鮮なので、かなり美味しい。会社の人には「ウニ初挑戦」と言っていたけど、初挑戦ならず。食べ終わって、近くの売店で珍しい飲み物が売っていたので買って飲んでみる。北海道で育った北海道発の炭酸飲料の『キリンメッツガラナ』。
礼文島のバスガイドはおばちゃん(ベテラン)バスガイドだった。日本最北端の島の礼文島は別名「花の島」「花の浮島」と呼ばれ、本州ではむ2000m級の山しか咲かない高山植物が、礼文島では海抜0mから見る事が出来る。礼文島の地図をよく見ると、馬を正面から見た顔のように見える。下側の知床周辺が口で、スコトン岬、金田ノ岬が両耳と見れば、そう見えないだろうか
バスは北上して、祠の中の石を見ると不幸になると言われる『見内神社』を過ぎ、ナイル川と聞き間違えたけど小さな川の内路(ナイロ)川を越えて、礼文島唯一の湖の『久種湖』を車窓から見て、『レブンアツモリソウの群生地』に。レブンアツモリソウ、鎌倉時代の武士が鎧の背に負った、矢を防ぐ為の竹竿に布を張った母衣(ほろ)に似た姿から、悲劇の武将・平敦盛にちなんで名付けられたラン科の多年草だそうだ。他の観光バスが止まっているけど、あまり咲き乱れていない。柵で立ち入り禁止状態の踏み込めない地帯に少し情けなく咲いている。少し遠くからだから、あまり見えない。他の団体が丘を越えようとしている狭い歩行路に順番で並んでいるので、そちらに行ってみる。「そこに枯れたレブンアツモリソウがあるけど、あそこ(皆が見ている所)は一輪だけ立派に咲いているよ」と教えてもらう。順番になり、見ると、何とも不思議な花が咲いていた。下の花弁がプクッと膨れたようになっている。礼文島でしかも限られた期間しか見られない花を見る事が出来た。看板を見ると、明日まで開化を確認出来るらしい。
バスは澄海(スカイ)岬に向かう。小さな坂を登ってゆくと、礼文島西海岸が望める。ダイナミックな海食崖、絶壁と岩礁に当たる白い波に圧倒させられる。岩礁に止まっているカモメを見ていると、なぜか無人島にいるような気分にさせられる。駐車場に戻りながら、高山植物をパンフレットを確認しながら降りてゆく。紫色の5枚の葉のチシマフウロ、エゾカンゾウ、センダイハギなどが咲いていた。
スコトン岬(20分)、島の一番北にある岬で、日本最北のトイレとかの日本最北限の看板が建つ。最北端の宗谷岬より南に位置するが、島的には最北だから文句は言えない。団体写真を撮る。日本最北限の団体写真。その近くに『この下民家があります。石を投げないでください』の看板には笑った。本当に民家があるのだ。しかも、民宿まである。20人泊まれるようだ。でも、正直、海辺近くなので泊まりたくない。すぐに海水が入ってきて、床上浸水になりそうだ。端まで歩いてゆく。向こう側にはトド島と言われる海馬島が見える。もっとガスが晴れてくれれば、もっとクッキリ見えたかもしれない
バスは来た道を戻り、起登臼のうに・活あわびむき身体験センターに。ウニ・あわびを自分で剥いて食べれるそうだけど、自分はどちらも嫌いなので、体験はしなかった。やっている人をこっそり見ていたら、係員に指導されながら上手にやっていた。「ウニは昆布を食べているみたい」と言っていたけど、自分自身、ウニを食べた事が無いので、実感がわかない。水槽にウニ、タラバガニ、カレイなどが入っていた。
そして、今日宿泊の旅館光陽にバスは向かう。今日の宿泊先、乗客36名が3つの旅館に分かれる。最初に旅館桜井に着き、そこで泊まる人を17名降ろし、次の旅館光陽に向かうけど、思ったより離れていた。何だか、ちっぽけな旅館だと思ったら、別の旅館だったり・・・やっと、到着。他の観光客から「光陽に早く着こうよう」と駄洒落を飛ばされる。
和室の部屋で寛ぎ、食事。カニも美味しかった。珍しく焼き魚を食べたけど、魚臭くなく食べられた。新鮮だからかもしれない。そして、玉子とじに騙されて、ウニまで口に入れてしまう。味はしなかった・・・食事中、添乗員、おばさん連中にいじめられる。うっかりかもしれないけど、同棲していると言ったから、「どうして早く結婚しないの」と。自分も調子に乗り、ビールを飲んだ後に礼文島の焼酎『こんぶ礼文島焼酎』を一本飲む。昆布の味がするので、飲みやすい。これなら、つまみの昆布はいらないかな。同じく、同ツアーのおじさんも焼酎を頼んでいたので、話しかけると、おじさんも自分と同じ鹿児島出身だった。
6月9日(日)
今日も朝、早く目が覚める。4:30。今日は7:00に朝食で、8:00が集合時間。
朝食を食べて少し寛いだ後、すぐにバスに乗車。添乗員の「5分で港に到着しまーす」と呼びかけた途端、もう香深港に到着。ギャグみたい。
今日は稚内行きフェリーは、大型フェリー。オプションでカーペット席(2等席)ではなく、ランクを上げて1等ラウンジ指定席にしてもらう。2等席とは違いタイタニックの上流階級のような気分。ゆったりとした椅子席で豪華な感じ。窓から利尻富士を見ようとするが、最後まで顔を出さない。同ツアーの乗客から、今日の4時に起きて、旅館の前から利尻島を見たら利尻富士の山頂まで少しだけはっきり見えたデジカメを、見せてもらう。8:50出航し、10:40稚内の港に到着。1等席にいたからわからなかったけど、2等席にいた同ツアーの人に聞いたら、昨日ほどではないけど、だいぶ揺れたそうである。
バスに乗った束の間、すぐに夢広場に到着。ショッピングタイム。タラバガニとかを試食していたら「食べ放題じゃないんだから」と店員に怒られてしまう。まあ、冗談でだけどね。
バスは宗谷岬に向かう。その途中で、オホークスから内陸部に入り、宗谷丘陵に。車窓から、なだらかな丘陵性の山地を眺める。ここは、周氷河地形と言われ、約1万年の前の氷河期の名残りのもので、岩の割れ目に入った雨水が凍結・融解を繰り返して岩を砕き崩れて、なだらかな斜面と浅い谷が形成されたようだ。丘陵内の宗谷岬肉牧場では、特産の稚内牛が飼育されている。遠くに黒いゴミ袋が散らばっていると思っていたら、実は黒い牛が草を食べていたり、寝転んでいた。国内最大規模を誇る広大さを堪能。本当、感動した
宗谷岬に近づくと、大韓航空機撃墜事件の遭難者の霊を慰め二度と悲劇が繰り返されないようにと建てた『祈りの塔』、世界の恒久平和を願って造られた『世界平和の鐘』、日露戦争前に国境防備の為に建てられた要塞『旧海軍望楼』を車窓で眺めながら、慌しく日本最北端の宗谷岬(20分)に。
まさに日本で一番北となる北緯45度31分14秒の宗谷岬。気温が12度、風速8m。風があるので寒い。バスガイドが言うには、体感温度は、気温マイナス風速が体感温度だそうだ。だから、『12-8=4』、4度が体感温度。かなり寒い。バスから降りる。岬の先端には北極星の一稜をモチーフにした、鋭い三角形の「日本最北端の地の碑」がある。円形の台座は「平和と協調」、中央の「N」は北を表しているようだ。少し雨がちらついている。碑の横で、記念撮影する人たちに紛れて写真撮影。碑の裏側に回り込み、オホーツクを眺める。冷たい風が日本最北端に来たという感じを盛り上げてくれる。妻が寒がっていたので、売店に向かう。その前にトイレ。スコトン岬で日本最北限のトイレ、宗谷岬で日本最北端のトイレを体験。ちょっと、自慢になるかな〜と、思ったりして。売店で、『日本最北端到着証明書』を買う。『02 06-09 12:11』と記載され、『本日あなたは北緯45度31分日本最北端の地、宗谷岬に到着し、その足跡を印したことを証明いたします』と書かれていた。売店内に、流氷館があったので、無料なのでそこに入ってみる。さすが、無料なので、寒いだけだった。流氷もあったけど、氷の塊のような感じ。バスの所に戻ろうとすると、『日本最北端の地の碑』には誰もいなくなっていので、もう一度写真撮影して、バスに戻る。ちなみに、この宗谷岬には、江戸時代の冒険家・間宮林蔵の像など各種の記念碑が設けられている。ポッツンと立っていると中々、かつこいい
宗谷岬を、バスガイドの「宗谷岬」の唄を聞きながら後にする。後は、千歳に向かって帰る。今度は内陸の方を走りバスの長旅。ミルキーライン、北海道ならではの雄大な牧草地をバスは走り、チョウザメの町、キャビアの町の美深でトイレ休憩。妻はかぼちゃのコロッケを買って食べていた。それから、和寒で高速に乗り、車内は、北海道の地名読み方当てクイズタイムになり、気がつけば、砂川ハイウェイオアシス。そこで、トイレ休憩をする。長いバスの旅、その間、北海道の気候が変わり、北海道の広さを体感する。稚内は小雨、旭川は雨、ところが、札幌に近づくと、晴れになってしまう。めまぐるしく天候が変わって、景色も変化してゆくので、窓から風景を見ていて飽きなかった。やっと、やっと千歳空港に到着。
ちょっと、一日を振り返って見る。今日は、後ろ側の席だったので、朝、一番後ろが自由席なのに気付き、一番後ろに自分だけゆっくり座る。妻もその前の席に座ろうとしたら、自分の反対側の長椅子に座っていたおばさん(感じが悪く、皆から嫌われていた。しかも、顔が野村沙●代に似てた)から、睨まれ、妻は、怖がって元の席に逃げる。自分はパソコンを使いたかったので、広い椅子に座っていたけど。とにかく、そのおばさん、始終ボソボソと文句を言っており、気味が悪い。バスガイドに「歌うな」とボソッと、文句を言う。皆、楽しんでいるのに。自分だけがこういう事を思っていると思ったら、他のツアー同行者も思っていたみたいで、千歳空港その話しで盛り上がった。とにかく、かわいい女性には特に無愛想な態度をとるようだ。
羽田空港に7時前に到着。添乗員が搭乗手続きをする間に、自分は友人がメールでお願いしていたお土産を買う。
添乗員から飛行機の切符をもらって、夕食。添乗員がバスの中でお薦めしていた『孝四郎ラーメン』を食べに行く。やっぱりというか、当然と言うか、ほとんど全員が『孝四郎ラーメン』を食べに来ていた。早めに切符をもらった自分たちが、席取りをするはめに。ラーメンは塩ラーメンを食べた。麺が少し硬かったけど、中々、美味しかった。
荷物検査をすませて、飛行機に乗るのを待つ間に、『小樽ビール ドンケルタイプビール』を飲む。
飛行機に乗り込もうとしたら、野村沙●代似のおばさんが目の前にいる。おばさんと、隣り同士にならない事祈りながら、席に着く。幸い、離れた席だった。
今日は8:30からワールドカップで日本・ロシア戦、応援できないと思って諦めていたら、仲良くなったおばさんから「ラジオで放送しているよ」と教えてもらう。それを聞きながら、飛行機は8:35に飛行。前半は0-0で終わり、後半、1点入ると、周囲から拍手で盛り上がる。スチュワーデスも喜んでいる。全員がラジオを聞いているようだ。皆、ヘッドホーンをしているのが異様な感じ。1点が入ってから、正面の画面に放映が入るが、受信状態が悪く、日本のユニホームすら確認出来ない。それでも放送は続く。1-0のまま、ちょうど、ゴン中山が登場した時に羽田空港(22:05)に到着。京浜急行で、家に向かう。電車はガラガラ空いていた。おそらく、皆、テレビを見ていたに違いない。11時少し前に家に到着
2002年4月27日 貸し切り列車・GW花名所めぐり・ミステリー列車ツアー編
6:40分にJR横浜駅東口ルミネ横に集合し、ゲルマン民族のこどく添乗員に連れられて参加者総勢150名ぐらいの大移動。知らない通行人からかなり注目される。
横浜駅改札口からぞくぞくと中に入る。横須賀線のホームに行く。これでは千葉行きが決定するではないか。電車の表示をみると『6:57発千葉行き』となっている。これでは、ミステリツアーじゃないじゃないかと、思っていたら、それには乗らずに、次に来た電車、団体専用列車に乗る。ぞろぞろと来た電車に乗り込んでゆく。席に座る前に発車。
本当はお座敷列車だったらしいが、昨日、電話でその電車が予約出来なかったと謝りの電話があったと妻が言う。電車なので、どこに行くのか、全くわからない。品川駅、渋谷駅、新宿駅、池袋駅、赤羽駅を通ったのが、わかった。大宮を通るのだろうか。やはり、大宮。熊谷駅(9:20)、高崎駅(10:00)、渋川駅に10:22到着。そこ降りる。
改札口を出て駅前の公衆電話には、日本の真ん中渋川と駅前の公衆電話に書いてあった。本当に真ん中だったろうかと、ふと、疑問に思う。3台あるバスの一つ、1号車に乗る。四列目。関越バス。バスガイドが渋沢市について説明してくれる。やはり、真ん中らしい。沖縄は含まれないで、半分にすると真ん中に当たるらしい。
伊香保温泉で有名な渋川から関越道に乗り、新潟方面に。利根川を渡り、赤城インターでトイレ休憩し、その間、弁当を配られる。『上州の四季』という弁当。味はイマイチ。沼田インターを降りて、どこに行くのか。桜がチラホラ咲いている椎坂峠を超えて、のどかな利根村から、片品に。水芭蕉で有名らしい。水芭蕉をイメージした尾瀬大橋を渡り、尾瀬に。八重桜もまだツボミのようだ。山には、雪も残っているようだ。ちょうど、12時だったので、『♪夏がくれば、思い出す』の『夏の思い』の音楽が流れる。情緒あってよろしい。チューリップも道端に咲いている。
そして、大清水湿原にバスは到着。湿原の中の木の桟橋を渡りながら、水芭蕉を見る。沢山の咲いているのをみるのは、初めて。感動する。殺風景な湿原に現れる白い妖精のイタズラのような感じ。妻はイワナの塩焼きを食べていた。
バスは、バスガイドの歌う『夏の思い出』を聞きながら尾瀬を後にして、尾瀬大橋を渡り、来た道を戻る形になる。行くときに通った吹割り滝に、立ち寄るかと思ったら、そのまま通り過ぎ峠を越えて沼田方面に。
意気なり、バスは止まる。漬物処『加作』に。外のトイレに行こうとすると、河岸段丘に民家が見えて、素晴らしい景色。下界とは、この事なのかな。漬物屋で椎茸のお茶を試飲し、群馬県産つぶこんにゃく入りのアイスもなかを買い食べる。あんまり、こんにゃくが入っている感じがしない。漬物屋の隣りにある武尊本舗で、妻が酒饅頭と手焼き煎餅を買ってもらう。本当は、上州沼田名物の『焼まんじゅう』が良かったけど、買ってもらったので、文句は言えない。
バスは沼田からインターに乗る。バスガイドは今度はちゃんとした花名所に連れていくと言う。今度は期待出来ると思っていると、フラワーパークのある赤城を過ぎ。渋川インターも通過。このまま、バスで横浜に帰るかもと、バスガイドは恐ろしい事を言う。高崎、伊勢崎も通過。一体、どこに向かうのか。上越道に入り、藤岡でインターを降りる。少し走っていると、3台の玉突き事故。それで、少し渋滞になる。ほんの5分程度だったが。
みかぼ王国の中の『ふじの咲く丘』に。藤岡市のシンボルの藤まつりをしている。丘の方に行くと、ふじの花の香りが鼻に漂う。ふじ満開。ふじが葡萄のように垂れ下がり、本当綺麗。ふじふれあい館に入ってみる。ふじについての色々な展示してあった。ビデオも流されてあり、つい見入ってしまう。
バスは、これで駅に向かうけど、どこの駅かもミステリーだと言う。どこの駅だろうと考えていると、もうすぐに駅に到着。本庄駅。一時間ぐらい時間があったので、妻と駅前の『SATY』で、電車の中のツマミと酒を買う。空揚げも、ついでに買う。
また同じ列車で8:05発車。車内でお楽しみ抽選会が始まる。添乗員が用意していたクジを引く。妻は、17で、自分は13。外れクジはないらしい。添乗員が番号を読み上げて、景品を配る。妻と自分、仲良くお菓子が当たる。で、何か添乗員同士が慌てていると思ったら、景品が大量に余っているらしい。どうも、業者が間違えたらしい。それで皆に一つづつ、お菓子が配付される。
夕飯は高崎名物だるま弁当。山菜が美味しかった。で、GWの初日にもかかわらず、渋滞に引っかからず順調に列車は横浜駅に20:30頃到着。
・今回のツアーで、前回の山梨でのミステリーツアーの時に一緒だったおばさんと、偶然、一緒になる。妻、その人から「あんたも好きね〜」と言われる
2002年4月6日 桜満開ミステリーツアー編
5分咲き以上の桜を見せてくれるという事が第一条件のツアー、どこに連れていくのか。今年の桜は例年より一、二週間早いので、おそらく東北方面と思いながら、横浜そごう第一駐車場に7:30に集合。
ちょっと、予期せぬ出来事で、集合時間ギリギリになってしまう。バス満席で、2台。今回は、添乗員、バスガイドも一緒で、4月始めらしく、添乗員の研修員も一緒。
保土ヶ谷バイパスを走り、どこに行くのか。さっそく、バスガイド、紙を配り行き先の県名全てを書いてもらうクイズを出題。なかなか、ミステリーツアーらしい企画。早く書いてもらわないと、北に向かうか、南に向かうか、わかってしまうので、慌ただしく書く事になる。自分としたら、この横浜そごうの集合場所だと、今まで全て東北に向かっていたので、『神奈川、東京、栃木、山形』と書いて、バスガイドに渡す。
東名から名古屋に向かうか、東京に向かうか。名古屋に向かう。もう、クイズは外れてしまったようだ。
自分達、4列目に座っており、その前に添乗員、研修員が補助席に座っている。添乗員が厳しく研修員に指導するのが聞こえる。「行く先々の時間、通った道を記録するように」「けっこう、注意力がいります」と。
添乗員がミステリーお楽しみ袋の紹介する。ついつい買ってしまう。2000円の失費。
今日は天気もいいので、富士山が綺麗に見える。今年の桜前線は早く通り過ぎ、通り道でも、葉桜になっている。大井松田から、静岡に入り、足柄でトイレ休憩。
9時にまたバスは走り、御殿場で降りる。箱根か、山中湖か。富士山方面に向かっている。民家に咲くピンクに色ずくしだれ桜、黄色が鮮やかな菜の花畑が綺麗。富士山の裾の自衛隊の学校に咲く桜が満開。
東富士五湖道路に入り、籠坂峠のトンネルの入り口に車のランプが続く。嫌な予感。入り口に入るとすぐ渋滞。なんという事か、故障車アリ。3キロもトンネルは続くのに。幸い、すぐにバスは走り出す。ホッとする。トンネルの中の渋滞ほど嫌なものはない。
富士吉田で、東富士五湖を降りる。どこに向かうのか。富士山五合目か、河口湖か、バスは、赤信号なのでゆっくりじらしながら進む。やっぱり、河口湖だった。
あっ、標高があるので大きな桜に見事に咲いている。建物一杯に広がる枝に、桜の花が咲いて、本当に綺麗。
バスは河口湖に向かっていると思いつつも、あれ、違う。富士ビューホテルに到着。隠れた桜の名所らしい。谷崎潤一郎が逗留して名作『細雪』を執筆したホテルでも有名。玄関口に沢山のカメラマン達がいる。本格的に三脚を立てている。満開のしだれに雪化粧した富士山を撮っている。本当、見事。
ホテルの庭園を桜を見ながら妻とのんびり歩く。特に、しだれ桜が素晴らしい。これほどまでの満開の桜は見た事がない。河口湖まで歩く。時間になりバスに戻る。これほどまでの桜に、これだけで、一日終わったような気もする。
バスは走り、どこに向かうのか。富士急ハイランドのフジヤマのジェットコースターを見ながら中央道に入り、大月方面に向かう。バスガイド、桜は時速30キロで南から北に向かっているとガイドしてくれる。大月ジャンクションから、今度は東京方面に。あっ、バスは、すぐに大月で降りた。どこに向かうのか。どうやら、甲府方面に向かっているようだ。バスガイド、甲府に向かいながら、「本当なら中央道の方が早いのですが、ケチったのでしょうか」と笑わしてくれる。
笹子酒造。バスガイド、酒の話しばっかりしていたのは、そういうわけだったのか。「甲府はワインで有名だけど笹子は酒でも有名」と。バスを降りると、ちょんまげカツラのおじさんが出迎えてくれる。案内してくれると言う。そのおじさんの名前、本名を志村ケンと言い、面白可笑しく、お酒が出来るまでの行程を教えてくれる。案内が終わり、試飲タイム。皇太子雅子様がご愛顧されているワインを飲食。飲みやすい。調子に乗って、『ささいち』という酒を買う。レジが混んでおり、買うのに苦労した。ここの笹子酒造の酒遊館では、世界一の大太鼓(口径4m80cm 胴全長4m95cm)ギネスブックに登録してあると言う。
バスに戻ると、お花見2段弁当が置いてある。そして、ミニワイン配られる。笹子峠を越えながら弁当を食べる。お弁当の味はイマイチだった。峠を越えてから、桃の花が満開していた。
勝沼のハーブ庭園 旅日記に到着。ここでの案内人も志村さん。笑ってしまった。園内を周りながらハーブの説明をしてくれる。手でこすると、青リンゴの香りがするハーブ。レモンの香りがするハーブ、ゴム長靴の香りまである。ステビアハーブは、砂糖の何倍も甘いけど、カロリーゼロらしい。口に入れてみると、確かに甘い。でも、ここまでして甘い物を食べようとは自分は思わないが。ハーブ園内を出ると、赤、白、黄、紫、ビンクのチューリップが一杯で目を奪われる。本当に綺麗。ラベンダーとバニラのミックスのソフトクリームを食べる。
バスは少し走り、山梨市民総合体育館に。運動するのかなと不安になると、駐車場にバスを止めるだけ。一体に咲いた桃の散策タイム。どこらかしこも桃の花で、どこをまわろうかと、悩むほど。
バスは「次はしばらく走らせます」とバスガイドが言ったので、安心していると、いつの間に寝てしまっていた。50分ぐらい寝ていたようだ。バスは、甲府にきていた。バスは、昇仙峡を目指しているのか。
つけものセンター昇谷に到着。そこはキムチで有名なようだ。あんまりキムチは好きじゃないので、早めにバスに戻ってバスの中で、くつろぐ。外を見ると、研修員が戻ってくる乗客にイチゴを一パックづつ配っているではないか。もらい損ねそうになると嫌な気分なので、妻と一緒にバスを降りてもらいに行く。バスの中が、たちまちイチゴの香りで充満。
バスガイドが言うには、次は、あまり行った事のないような花見の場所らしい。バスは、昇仙峡を下りバスは、清里に向かうのか、高速に乗るのか。どうも、そのどちらでもなさそうな・・・
武川村に入ってゆく。こんな所に桜が咲いているのかと、不安になりつつもバスは進む。
真原桜並木に到着。200本の桜並木の通り。妻は気分が悪くなったので、バスで休んでいる(疲れ)と言うので、自分一人で散策。満開桜を見飽きるぐらい見る。どんどん進んで行くが、あんまり進みすぎると、時間内に戻って来れなくなるので、途中で引き返す。
帰りは大抽選会、面白い添乗員、張り切って司会をする。妻が、二等が当たる。それで完全に元気になったようだ。ちなみに1等は、大きな花だった。添乗員、しきりに「目が飛び出るぐらい驚く」と言ってたが、当たった乗客、どうやって持って帰ったのだろうか?
須玉から中央道に乗り、大月あたりからで少し渋滞し、所々でも渋滞したけど、わりあい順調に進み、20:30に横浜到着。
●ミステリーお楽しみ袋の中身は、ハーブ庭園の物で、ハーブの化粧品、ハーブ石鹸、ワイン、ゼリー、ブルーベリーティーなどだった。
●バスガイドが最初に出したクイズの答は『神奈川、静岡、山梨』だった。44名中6名が当たっていた。
2002年3月14日〜3月16日 長崎・嬉野温泉とホテル日航ハウステンボスツアー編
2月14日(木)
羽田空港(8:40発)から長崎空港(10:35着)に。バス満席(49名)で、ハウステンボス向かい、今日の宿泊先ホテル日航ハウステンボスに荷物を預けて、後は自由行動でハウステンボスに。
九州最大のリゾートパークのハウステンボスは、オランダ語で「森の家」という意味だそうだ。大村湾に面し、運河のあるオランダを再現したウォーターフロント。小降りの雨の中、ホテルの売店で買った傘をさして、ゲートをくぐれば赤いレンガの建物が並び、チューリップの花が赤白黄色紫ピンクと咲き乱れ、風車が回っているのが見えて、クルーザーも運河に浮かび、本当にオランダにいるような気分。ウキウキしてしまう。ちょうど、ハウステンボスチューリップ祭(100万本のチューリップが植えられている)なので、本当に綺麗。パスポートを買ったので色々と見学する事にする。
最初に、『テディベア キングダム』を見学する。数えきれないテディベアが展示されていた。妻は、家の部屋をテディベアだらけにしてみようかな〜と、のたまいていた。一体、幾らお金が、かかるだろうか・・・ 最初のうちはテディベアを数えていたけど、大小あって、かなりの数。約1500体あるそうだ。アンティークベアだけでも、250体はあるという。数えきれないわけだ。
風車の中に入ってみる。歯車が勢いよく回っていた。意外に簡単な仕組みのようだ。もしかして、風車の中に入ったのは、自分だけかもしれないと思ったが、後で、それは『ミュージアム モーレン』というアミューズメント施設だったと気づく。
ニュースタッドに向かう。『天星館』に入る。すぐに、ショーが始まる。頭上にプラネタリウムに星々が綺麗。終わりに、観客の一人だけ天星時計で未来の運勢が占ってもらえるというので、自分と妻も希望したけど、かなりの人数が希望していたので、二人とも一発目のジャンケン大会で負けて駄目だった。岡山から遊びにきた女の子が占ってもらっていたが、沢山の人前で占ってもらうのは、恥ずかしいような。でも、生まれた時の天体の様子がわかって、羨ましいような。
『ミステリアス エッシャー』では、だまし絵で有名なエッシャーの世界を3Dメガネをかけて映像観賞。絵の名前はわからないけど、お馴染みの絵が出てきて、この作品がエッシャーだったのかと気づかされる。
『宇宙帆船館』では、吊り下げ帆船型のサスペンデッド・ランドに乗って古代から中世を旅して、未来の火星に急接近。溶岩がこっちに落ちそうになったと思ったら、意気なりフラシュが。案の定、驚いた瞬間の写真販売。
期待の『ホライゾンアドベンチャー』では、水をおろそかにした子供達が、その夜に恐ろしい大洪水の夢を見るというストーリー。洪水場面では、突然、霧がたちこめ、雷、波、竜巻、嵐、豪雨が舞台を襲う。800tの水を使うと言うラストは、前から2番目で見ていたので、水しぶきが飛ぶほどの大迫力。巨大スクリーンの映像と客席がカミナリに合わせて、同時に揺れ、ここまで、やっていいのだろうかと思うほどの演出に満足した。
遅い昼食を『チーズワーフ』で食べる。
『アニメワールド』では、「ペンギンに気をつけろ!」と言うアニメをやっていたので観賞。宮崎峻、顔負けのストーリー的によく出来ていた。
色々とショッビングをして、東洋の陶器の『ポルセレインミュージアム』見学。あまり、興味ないので、通り過ぎようしたが、壁を覆い尽くすように、びっしりと飾られた3000点の陶磁器の「磁器の間」は圧巻。壊したら大変だろうな〜と思う。
『大航海体験館』では、暴風雨や砲撃戦、マゼラン海峡などの災難を経て約2年かけて、日本にたどり着いた帆船デリーフに(映像上だけど)乗船体験。真剣に客席自体が揺れるので、本当に船に乗っているかのよう。妻も船酔いしたようだ。
気を取り直して『パレス・ハウステンボス』に行く。オランダ王室の宮殿を1mmも狂いもなく再現してあるだけあって、異国情緒満点。中に入ると、美術館になっている。宮殿のドーム天井に描かれた壁画「壁画の間」は、目をみはる。西村龍介の油彩絵も公開されていた。
裏庭には、オランダバロック式の庭園、幾何学な庭園のようだ。なるとのような庭園を見ていると、麺類を食べたくなる。雨も降り続いているので、ホテルに戻る事にする。「長崎は今日も雨だった」という歌があるが、ずっと降り続いてしまうのかと心配になる。
パレス・ハウステンボスから海辺の道を歩く。観光丸が、雨の中でも、なかなか良い光景。
『ドムトールン』方面に行くと、会議室では、長崎国際大学の入試を行っていたようだった。洒落た所で、試験をやるもんだ。
エレベーターで地上80mの展望台に昇る。思ったより、展望台は狭い。オランダでもっとも高い教会を再現してあると言う。手頃な高さなので、街並みがオモチャの建物のように、はっきりと見える。修学旅行なのか、高校生の集団が多い。
『悟空』で長崎名物の長崎チャンポンを注文。貝が入っていたので、妻の椀に入れてから食べる。魚介類はどうも苦手だ。塩辛かったような〜
『カナルクルーザー』で、運河を一周したら、雨がまた一段と強くなった。
クラシックバスで、出国まで行く。おばちゃん連中もいたので、中は騒々しかった。しきりに、2階建て遊覧バスは途中で止まらないのかと、運転手に聞いていた。それより、雨がひどくなっているので、早く出発して、欲しかった。
宿泊ホテルは、ホテル日航ハウステンボス。優雅な宮殿を思わせるホテル。ホテルにチェックインして、部屋に入る。洋室。部屋着のアロハ風リゾートパジャマ「リゾッパ」を着る。妻も、いつもホテルや旅館で用意してある浴衣などを着ないのに、気に入ったのか、着ている。しまいには、「持って帰ろうか」と。おいおい。
リゾートスパに入りに行き、部屋で寛いでいたら、花火がなっていた。『ドリーム イン ザ スカイ』が始まったようだ。窓から花火をみようとする。位置的に、よく見えない。雨も上がったようだけど、もう外に出る気分ではない。次回、行った時の楽しみに取っておこう。テレビの金八先生を見て熟睡。

2月15日(金)
今日は、昨日の天気が嘘のような好天気。Yシャツ一枚でも、いいようなポカポカ陽気。
ホテルから、佐世保の造船工場を車窓で見て、西海パールシーセンターに向かう。鹿子前港。真っ赤な船体に白い帆の海賊船のような船、九十九島遊覧船海王に乗る(10:00出航)。九十九島の島々(大小208もあるという)をクルージング。一つ一つの島が独特の形をしており、見ていて飽きがこない。ライオンが寝そべっている姿に見える横島、馬の鞍みたいな(自分は小さなクジラに見えるが)とか。南九十九島のシンボルと言うべき松浦島の入り組んだ湾の奥まで進んだり、斧落としと丈ヶ島の間を抜ける時、岩の所をすり抜けたりして、スリル満点。波が静かなために、海の上を滑るように走る。最初は一番上から見ていたけど、潮風で風邪を引きそうだったので、1階まで降りて鑑賞。50分間の乗船だったけど、「あっ」間に過ぎた。
そして、バスは北上し、全長665mの吊り橋の平戸大橋を渡り、西洋と東洋が融合する街の平戸島。
坂と階段が多い。バスの駐車場から、添乗員と一緒に階段を上がり『聖フランシスコ・ザビエル記念聖堂』。ザビエルが、来た事を記念し、立像を建てて、これを機に平戸カトリック教会をザビエル記念聖堂と名前を変えたそうだ。ある乗客が、「これが大浦天主堂かい?」と聞いていたが、何を今まで聞いていたのやら。笑いながら、中に入ってみる。結婚式を挙げられそうな、クラシックな趣き。もう一度、ここで結婚式を挙げてみようかと、不謹慎な事を考える。
松浦資料館に向かいつつ、添乗員が大ソテツ、六角井戸を説明してくれる。うまく説明してくれるので、わかりやすい。普通、木に釘を打つと木は駄目になってしまうけど、ソテツは蘇ってしまうと言う。だから『蘇鉄』と書くんだと。確かに、蘇鉄に大きな釘が打ち込まれている。
桃山様式の石垣の上に長い白塀をめぐらした建物の松浦史料館博物館の中を見学。当時の応接間が展示室になっている。秀吉のキリシタン禁制文、南蛮貿易で得た品々、旧藩主松浦家に伝わるお宝を拝見する。ちょうど、雛祭りのイベントをしており、松平定信の娘秦姫が輿入れの際に持参した雛人形が展示されていた。大きな雛段だけど、人形の高さは、10cm程で、かわいらしい。
そして、昼食は、国際観光ホテル旗松亭で平戸名物鯛茶漬けの昼食。魚関係は苦手なので、あまり食べられなかった。
何とか食べられる物だけ食べて、一番最初に席を立ち、崎方公園(平戸城が向こう側の山の上にはっきり見えた)、サビエル記念碑、三浦按針(掃除をしていた)の墓を散歩する。バスの方に戻ったけど、また時間があったので、坂を下り、平戸オランダ商館跡、平戸井戸を散策。ゆっくり散歩もたまには、いいものだ。
そして、いったん、ハウステンボスで自由行動していたツアー客の為に、ホテル日航ハウステンボスに戻る。
そして、今日泊まる所の、まごころ嬉野温泉 和多屋別荘に5時前に到着。外観とは違い、かなり複雑な旅館。4つの宿が点在しているようだ。江戸時代は、薩摩藩御用達だった旅館らしい。薩摩の紋が、ホテルの正面のガラスに描かれていたり、スリッパ風の下駄に描かれていたり。しかも、昭和天皇が二度も泊まったと言う由緒ある旅館。
自分達の部屋は、タワー館で、部屋に入ると和室。和室というは、「畳の和室限定」というツアーの案内書でわかっていたけど、不思議な事に普通の和室の部屋に襖が3つ並んである。異様なたたずまいに不思議に思いながら、襖を開けると、ベットがそれぞれの襖の奥に入っていた。これでも、和室?
早速、風呂に入る。嬉野温泉は神功皇后が発見したと伝えられ、沸きいでる湯で足の疲れを癒し「ああ、うれしやな」と喜びになられたとか。良質な重曹泉を満喫する事が出来る嬉野温泉は、斐乃上温泉(島根)、喜連川温泉(栃木)と共に、日本三大美肌の湯として親しまれているという。弱アルカリ性の温泉で、確かに肌がスベスベする。露天風呂に入っていると、嬉野川の向こう岸にも、露天風呂があるが、モロ丸見えなようなので、さすがに行く勇気はなかった。第一、どうやってその露天風呂まで行くのか、わからない。いくら旅のかき捨てと言うけど、川を渡って行く勇気は無かった。
夕食は、タワー館の地下1階の『孔雀』で、バイキング。佐賀牛、カニ、などで腹一杯になる。嬉野温泉では特有のアルカリ性含重曹水の温泉の湯を利用して調理された「温泉湯豆腐」が有名とあったので、それも食べてみた。正直、普通の湯豆腐と変わらないような気もしたけど、中々の味わいで美味しかった。
妻と買い物をしていたら、飲みたくなったので、旅館内の『居酒屋ひょうたん』に行く。カウンターに、見た事がある人がいると思ったら、添乗員だった。焼酎を飲みながら、「バスガイドと添乗員で大変ですね」などと、少し話して部屋に戻る。ビールを部屋の冷蔵庫から取り出して、また飲む。旅の疲れなのか睡魔が襲われて、9時には寝る。和室にベットで寝るというのも、初めてだったけど、和室の個室も初めて・・・眠い・・・

2月16日(土)
朝、早めに起きて、風呂に入り、朝食(バイキング)。そこで、事件が起きた。妻と二人で、4人掛けテーブルに座って食べていると、韓国人2人がやってきた。普通なら、「座っていいですか」と声をかけるか、頭を下げるかするはずだけど、その韓国人の女の人は、妻の脇にバックをバタンと置いて(バイキングだったで)、食べ物を取りに行った。少し混んでいたので、相席でも仕方がないと思うけど、お国柄なのか、わからないけど、かなり無礼ではないか。美味しい朝食が突然、まずくなったような・・・
旅館から高速道路を使って、諫早に。
昔、豊臣秀吉がカステラを食べたらしい。ところが、食べてみるとまずかったらしい。ポルトガルから伝わったカステラ、日本人だから醤油を付けて食べてしまったからという。そんな添乗員の話しを聞きながらカステラの専門店の杉谷おこし本舗に。お土産のカステラを買う。
バスは、長崎市内の眼鏡橋に。江崎べっ甲店の脇から、添乗員に連れられて眼鏡橋に向かう。眼鏡橋は、中島川の川面に映る姿を併せてみると眼鏡に見えるので、こう名前がついた。何も知らなければ普通の橋のようだけど(長さ22.35m、幅4.68mと大きくない)、国の重要文化財に指定されている。眼鏡橋をゆっくりと妻と渡っていると、どうも視線が気になったので、その方向を向くと、ツアーの乗客が一斉に眼鏡橋をカメラで写していた。何となく気まずい雰囲気なで、いち早く、眼鏡橋を渡りきる。川に大きな鯉が泳いでいた。
江崎べっ甲店でべっ甲細工を見学。と、いうより、眼鏡橋を見る為、駐車場を借りた時から店員が外に出ていて店に誘導されていったのだ。コンビニにジュースを買いに立ち寄ったけど、何となく立ち寄りがたい雰囲気があった。
車窓からほんの一瞬、オランダ坂を見て、本格的に、長崎・南山手地区観光。
日本最古の木造コジック建築として国宝に指定されている大浦天主堂(正式名称は日本二十六聖人殉教聖堂)。中に入り、キリストのステンドグラスを見ながら教会の椅子に座り、天主堂の説明をテープで聞く。途中から聞いていたので、あまり詳しくわからなかった。
そして、添乗員に連れられて、三浦環像を説明してもらってから、旧グラバー邸に向かう。旧グラバー邸は、イギリス人貿易商トーマス・グラバーの接客サロンとして建てた現存する日本最古の木造洋館と言う。真上から見ると四つ葉のクローバーようになっている屋根が印象的。邸の中に入ると幕末の志士をかくまう隠し部屋があったり、何と言っても嬉しいのは、坂本龍馬とツーショット写真が撮れるコーナー。龍馬の等大身の写真の隣りに自分が立ち(ちゃんと立ち位置の足印がある)、妻に写真(竜馬の身長173cm、自分とそんなに変わらない〕を撮ってもらう。
グラバー邸を出ると、他の乗客が、いなくなっていた。グラバー邸でのんびりしていたらしい。でも、時間的には、まだ、ゆっくり出来る。邸を彩るチューリップが花々が美しいし、港の風景もつい写真に撮りたくなってしまう、グラバー園。けっこう気に入った。
坂を下っていくと、長崎伝統芸能館があった。中に入ると『長崎くんち』の紹介上映されていた。360年の伝統と歴史があり、自分が見たのは、子供が地面に落ちている鯛を網で引き上げる踊り(何と言うのか、わからないが)をやっていた。「龍踊り」「コッコデショ」が有名らしい。
そろそろ、バスに戻ろうと坂を下っていると、一つのお土産屋(和蘭陀館)に、坂本龍馬のグッズが沢山売っていたので、龍馬ファンの血が騒ぎ、ご飯茶碗(妻のも入れて2つ)、便箋などを買う。あまりに沢山買ったので、龍馬の葉書をもらってご機嫌。
バスは走り平和公園に。青銅の平和祈念像が鎮座する像の前で団体写真を撮り、添乗員が平和公園を説明してゆく。平和祈念像の天に揚げた右手は原爆の脅威を、水平な左手は平和を、閉じた目は犠牲者の冥福を象徴していると言う。長崎の鐘では、前はいつでも鳴らせたのだが、イタズラする人が多いので、一年に一回、8月9日11時2分に1分間、鳴らすそうだ。それにしても、不届き者がいるものだ。
すぐ近くが昼食会場たけど、バスに戻り、園田真珠館に。オプションに皿うどん食べ放題を頼んでいたので、席に案内されたけど、49人中8人しか頼んでいなかったらしい。中華用の丸テーブルに、皿うどん、酢豚、コーンスープ、玉子スープが大皿に乗っている。8人で分けて食べる。それでも、皿うどん、かなり食べた。
園田真珠館の前の原爆資料館に行ってみる。時間もあるので、妻とじっくりと見学。1945年(昭和20年)8月9日、長崎に原爆が落ちた。その惨状などの資料館。原爆前と原爆後の長崎の大規模な復元模型は、原爆の悲惨さ、破壊力を具体的に知る事が出来る。民家にあった柱時計、爆風で破損し、ちょうど、11時02分を指している。被爆して浦上天主堂の壁が倒壊、焼失したのを再現。6本のビール瓶が溶けたもの。火災で炭化して御飯粒が黒焦げしている弁当箱。人間の手の骨がガラスにくっついている破片、爆心地付近で発見された頭蓋骨が付着した鉄かぶと等と、衝撃的。長崎の地形模型で生々しく、被爆直後を生々しくテープが語る。実物大の原爆まで展示されている。また爆記録映画も上映されており、平和の世界の大切さを訴えているのがわかる。ビデオルームで、たまたま自分一人だったけど、10分程度鑑賞した。
時間がまだあったので、原爆落下中心を見に行く。公園のようになっていて、一角に、原爆落下中心碑がある。その500m上空で原爆が炸裂し、半径2.5kmに渡る地域に破壊的な被害を与え、数多くの死傷者を出したと思うと、上空が恐ろしく見れなくなる感覚になってしまう。
バスは、嬉野温泉に戻り、嬉野陶彩館。有田焼きの壺などが展示。値段を見ると、ウン百万、壊したら大変だと、逃げるように側から離れる。とても、じっくり見れる雰囲気がない。店の人から嬉野茶、梅茶をご馳走になったので、お土産またまた買う。
バスは、佐賀空港に。平野に、ポッンとある空港。佐賀空港(18:05発)から羽田空港(19:45着)。気流が悪かったし、飛行機が小さかったので、揺さぶられるように、かなり揺れた。
2002年2月1日〜2月3日 北海道 氷雪の祭典と大迫力流氷クルーズツアー編
デラックス北海道くつろぎの旅 美しき氷雪の祭典と大迫力流氷クルーズ
2月1日(金)
好天気、清々しい朝、家を出る。
妻は、まだ東京なのに、5枚着込んでいた。自分は、3枚、北海道に着いたら、もう1枚着ようと思っている。
羽田空港(11:20)を飛行機は飛び立ち、少し揺れながら真っ白な雪化粧した帯広空港(12:55)に到着。
早速、ハキハキした添乗員(女性)の案内でバスに乗り込む。バスガイドも若い女性で、けっこう喋る人のようだ。空港前には、ばんえい帯広競馬の案内と、ドラえもんの雪像と、カマクラがあった。脇に綺麗に雪が退けられた道路をバスは走る。バスの中で、雪の中を歩いても転ばないようにと、靴の上からはめる滑り留めを買う。コンビニで買おうと思っていたのにラッキー。
松山千春の出身地の足寄で休憩。松山千春の曲が流れっばなしの『あしょろ庵』に立ち寄る。好きな『旅立ち』が、流れていた。そこで、メロン味のシュークリームを買って食べる。
バスは一時間くらい走り、今日泊まる『あかん遊久の里 鶴雅』に荷物を置いて、歩いてすぐの阿寒湖に。周囲26キロの阿寒湖がカリカリに凍り、湖一面はウィンタースポーツランドに様変わっていた。スノーモビルをやってみる。3キロコース、オートマチックで、運転は簡単。それでも妻は係員に乗せてもらって、自分は一人で運転。大雪原をスピードを出すと恐いくらいに面白く爽快。走った跡の溝にハンドルがとられて少し恐かったが、最高30キロのスピードを出した。
阿寒湖畔温泉あかん遊久の里 鶴雅に戻り、風呂に入りに行く。女が8階で男が1階(9時になると入れ替えになる)。結構、広く、色々な風呂がある。洞窟に入っているような感じの『かくれ湯』、泡が気持ちが良い『あわ湯』、寝ながら入れる『夢湯』、滝のように湯が落ちてきて肩とかに当たりマッサージ代わりになる『白糸の湯』、そして『庭園露天風呂』、暗かったけど、雪が庭園に積もってて情緒があった。今まで行った旅館の中で、一番良かったような。
晩ご飯は、創作料理で、食前酒の手作りこくわ酒、色紙大根、かに、真鯛の潮鍋、じゃが芋の冷製スープ、サラダボークと蝦夷鹿と知床地鶏のこいこい焼き、海老のオーロラソース、豆乳ソースで、なかなか美味しかった。熱燗まで頼んでしまった。
夜は、本日からの開催の『阿寒湖氷上フェスティバル「冬華美」』という事で、添乗員に連れられて、阿寒湖に。妻は、飛行機酔いをしたと、ホテルにいる事になった。自分は、滑り留め対策をしていたから、歩きやすかったけど、していない人達は、かなり滑って歩きにくそうだった。積もっている雪を触ってみたが、サラサラしていて、新雪のようだった。
阿寒湖に着くと、まず、小さな雪だるまが乗っているカマクラに行き、氷点下体験証明書をもらう。よく見ると氷点下13℃と記されていた。ダイヤモンドダストで、ライトの周りは細かい雪で、きらめいていた。自然が作り出す技に感動。妻も引っ張ってでも連れてくれば良かったと後悔する。甘酒をサービスしていたので、ありがたく飲む。でも、ワカサギを生きたまま食べる踊り食いには、いくらサービスでも食べられない。ひび広場に行ってみると、雪を取り除き、氷だけにして、その氷の下のマリモが黒っぽく見せていた。氷がだいぶ、厚い。今、厚い所で60センチも凍っているらしい。ミニゲームで、カーリングをしていた。投げると、思ったより全然届かなく、オマケで当たりにしてもらった。雪で作った舞台では、炎のセレモニーが始まろうとしたけど、妻も待っていると思ったので、ホテルに戻る事にする。
その前に、カーリングの景品を引き換えに、『北のサンタ』というお土産屋に行くと、お客は誰もいない。景品だけ引き換えるのは、悪いので、木の湯のみを2個買う。景品は、クジで、木彫りのキツネのネックレスだった。なかなか可愛いので、妻にあげようと思った。
ホテルに戻ると、花火の音が聞こえてきたので、妻と花火が見える所を捜して一緒に見る。雪原を染める花火、かなり綺麗だった。
そして、二度目の風呂をあまり人がいなかったので、ゆっくり入る。
そして、男女入れ替えになったので、三度目の風呂は、8階に。空中露天風呂に入るが、氷点下での入浴は、流石に寒い。湯と湯の間に、凍っている所もあり、滑りそうになる。部屋に戻って、先程のキツネのネックレスを妻に渡したが、あまりおきに召さなかった(でも、しばらくすると、気に入って付けてくれるようになった)。

2月2日(土)
朝、起きたら4回目の風呂。だいぶ気に入った空中露天風呂で、明けゆく雄阿寒岳を見ながらの風呂、生きてて良かったと実感。「極楽、極楽」と、ついつい言ってしまう。高温のお湯に入っているけど、外気が寒いので、自分にとって適温で何時間も入って入られそう。不思議と汗はかかない。室内の風呂ではだいぶ汗をかくのだが。
朝食は、バイキングで『天河』に行くと、和食、洋食分かれており、どちらも食べられるそうだ。カニの薩摩揚げ、カニの鉄砲汁、揚げパンが美味しかった。オリジナルのまりも豆腐を食べたが、あまり口に合わなかった。
ホテルを出てバスに乗り込む昨日は一番前だったけど、今日は前から五番目。今日も晴れ、氷点下12℃、バスガイドが言うには、暖かいそうである。
阿寒横断道路を雪化粧した阿寒の山々を見ながら摩周湖。前に来た時も霧の摩周湖を見られなかったけど、今回も、はっきり湖面まで見れる。第一展望台で摩周湖の逆側を見ると、山々が日本じゃないみたいに雄大。バスガイド、これだけは案内しておかねばと、霧の無い摩周湖を見ると、晩婚になると言われていると紹介する。流れ込む川も、出る川も無い神秘的な摩周湖を見学。トイレに行くと、男子トイレにおばちゃん連中が個室を借りようとしており、自分の方が入り間違えたと驚く。
車は、網走に向かう。硫黄の臭いが車内に漂ってきたと思ったら、硫黄山の近くを通り、しばらく走り、白鳥の湖の濤沸湖に。白鳥が湖面にかなり数がいる。白鳥の白と、雪の白で美しい。エサを買い、餌づけする。白鳥が面白いように食べてくれる。
バスに戻ろうとしたらオジロワシが近くの木にとまっていた。そして、バスが発車する少し前に飛び立っていった。けっこう、優雅な飛び方で感動。
昼食は、オホークスの所々に浮かぶ流氷を見ながら、網走海鮮市場でタラバカニなどの海鮮焼。魚は嫌いで食べられないと思ったけど、大きなホッケを雰囲気で焼いていたら、少し食べてみた。「まあまあ」という感じかな。食べ終わったら、市場をブラブラする。観光バスが沢山、駐車場が停まっているだけあって、かなり混み合っていた。
流氷砕氷船「おーろら号」に乗る。オホークスの流氷は、中国とロシアの国境を流れる大河アムール川からの氷らしい。流氷の状態は、時間と共に変化し、風向きによって沖の方に流されたりする。今日は、朝から南風が吹いているので見られないかもと、バスガイドが脅していたが、流氷を追いかける形で15分ぐらい船が進むと、沖の方の白い塊が見えて近づいてゆく。先に出たおーろら2号は、もう流氷の中にいた。いよいよ流氷に突入。特別席に妻と一緒に座っていたが、外に出てみる。船が作った波が凍った氷を角砂糖のように転がしていく。段々、白い流氷が多くなり、ガガガッ、バシャンと力強い音を立てながら氷を割り船は進む。ダイナミックで、物凄い迫力。氷の形も様々で、ある所では平らな氷が整然としており、あるところでは、折り重なった流氷が小高い山になっていたりト、面白い。大きな流氷に当たった時、少し船が傾き、ミニミニ・タイタニック気分を味わう。氷山の一角とか言うが、海に沈んでいる部分もかなり大きい。一面が白い流氷に覆われると別世界にいるよう。色々とその状況を伝えようと思い書こうとするが、これは、見た者しかわからないだろうな・・・残念ながら、流氷にアザラシやキタキツネはいなかったが、次の便の船は、流氷は見れなかったようだ。
バスは、網走市内を走り、網走駅(邪にならないようにと縦書きに書かれている)、網走刑務所の赤レンガ、真っ白に凍った網走湖(かなり大きい)を車窓で見ながらバスは走る。
『北海道ハッカ資料館 ペパーミントHOUSE』でトイレ休憩。店に入ると意気なりハッカのチョコレート食べなさいと渡されるわ、ハッカ水を首筋に塗られるわ、ハッカの匂いが凄い。後から、塗られた首筋がスースーする。
バスは、北見の街を走り、大雪山、豪雪地帯に入り込む。帯広、網走と道路の脇に雪が完全に退けられていたのに、ここは雪が残り凍結している。かなり寒そう。大雪山ダムも凍っている。
大函を車窓から見て、銀河・流星の滝。銀河の滝から流星の滝まで歩いたが、道路も凍り、雪もパラつき、かなり、寒い。銀河の方は滝が凍っているようだった。流星の滝の方は、夏に見たような雄大さはなく、凍結しながらも、ほんの少し水が流れていた。早々と、バスに乗り込む。
層雲峡温泉(泉質は含硫黄‐ナトリウム‐炭酸水素塩泉)の層雲峡観光ホテルに到着。早速、露天風呂(雪が降っていた。雪見風呂、誰もいなかったので、ゆっくり入れた)に入り、大浴場(こっちは混雑していた)に入る。そして、晩御飯を食べ、まつりに行きたい人だけ、添乗員に連れられ層雲峡氷暴まつり(昨日から開催だけど、今日がオープニングセレモニーがある)に行こうとするが、外は、吹雪。行くのがためらわれる。でも、せっかくなのでついて行く事にする。会場の巨大な氷像の建造物は、骨格に網を張り、上から石狩川の水を霧状に吹きかけて作られているという。そそり立つ巨大な雪像に圧倒される。ライトアップされた建造物に囲まれていると別世界にいるみたい。かなり、幻想的。色々と、階段を登ったり、カマクラの中に入ったりと歩き回る。大きな氷の滑り台まであり、大人も面白がって滑っている。途中、添乗員と一緒になり、個人的に妻と3人での行動になる。添乗員、妻と自分の写真を撮りたがる。それにしても、凄い吹雪。氷瀑神社と言うカマクラがあったので、中に入ってみると、タマゴらしきものがある。何だろうと考えるより、それよりも目を奪われたのは、カマクラの天井からの沢山の氷柱、自然の神秘を感じる。今にも落ちてきそう。舞台では、氷瀑太鼓が済んでいたが、笑ったのは、落とし物の案内。舞台で、落とし主のためだけに、時間を割いて、ホテルの名前、カギの番号まで言われている。すぐに、見つかったが。舞台は、ヨサコイソーランを小さな子供をまじえて踊り始めた。しかも、こんな吹雪に上半身裸で歌っている男もいる。そういえば、ミニスカートの女性もいた。妻が寒そうと言っていた。完全武装とはいえ、さすがに寒くなり、添乗員とホテルに帰る。ホテルに戻ろうとした時に、七色のオブジェが輝くような花火が打ち上げられる。真冬の花火、かなり風があるのに、不思議と、真っ直ぐに打ち上げられている。妻は色々とここぞとばかり添乗員に質問していた。主婦感覚で、妻は、バスのエンジンが寒さで冷えきらないように、エンジンをつけっ放しというのは、ガソリンがもったいないのでは、言っていた。
ホテルに戻って、ほっぺたを触ってみると冷たくなっていた。そして、二度目の風呂に入って、売店で、酒を買って飲みながら寝る

2月3日(日)
朝から早速風呂に一時間かけて入る。ふと、部屋から窓駐車場を見ると、雪にタイヤが埋まり動けない車がいた。
朝食は、バイキングを食べてホテルを出る。
層雲峡の渓谷を楽しむには、左右、首を動かせるようにしておいた方が良い。バスガイド、忙しそうにガイドする。ローソク岩、九老岩、観音岩、マリア岩、七賢峰、その他色々紹介して行く。
そして、バスは、北の森ガーデンに。ピンクのウサギの雪ダルマが出迎えてくれる。バスを降りたら、添乗員が皆に暖かいじゃがいもを配ってくれた。後で車内販売するらしい。滑り台があったので、並んで滑ってみる。いつのまにかに、後ろ向きになって滑って、なかなか面白かった。氷の美術館アイスパビリオンに入り、‐20℃の中に入ってみる。沢山、服を着ていたので寒くない。仲良くなったおばちゃん連中と『氷を誰が長く触っていられるか大会』を開く。自分も我慢していたが、負けず嫌いなおばちゃん、根性でかなりの時間触っていた。そして、‐41℃を体験する。風でごまかされているような感覚。ダイヤモンドダストが人工で見られる所があったが、やはり、自然で見た方が良い。今回、阿寒湖で見たのが、綺麗だった。あらためて、思い出す。外に出て牧場に行くと可愛い雪ダルマが沢山並んでいた。JTBのツアーの企画でお客さんが作ったらしい。
バスは、旭川に。旭川ラーメンの昼食。あさひかわ ラーメン村7店舗のうちの1店舗を自由に選べると言うので、選ぼうとするが、なかなか選べない。ラーメン村を一周して、やっと決めて『元祖旭川ラーメン』に入った。しょうゆラーメンを食べた。豚骨丸骨・鳥ガラ・海産物・野菜をじっくり煮込んだスープに、細麺。旭川ラーメンの特徴は、零下30度を超える厳しい寒さをしのぐ為、表面に脂を浮かせた冷めにくいスープらしい。結構、美味しかった。時間になっても来ない乗客がいたが、何と食べ歩きして、一人フードファイターして、3軒も回っていたと言う。
バスは、高速に乗り札幌に。砂川でトイレ休憩、砂川ハイウェイオアシス館で、お土産を買う。六花亭の苺チョコレートを買おうとしたら、モドキに騙される。買い直して、間違えて買ったのを、バスの中で食べる。
札幌まで、添乗員やバスガイドの雪まつりの見方のコツを聞いたらしていたら、市内にすぐに着く。
大通りのテレビ塔の前にバスが停車し、さっぽろ雪まつりの始まる前の姿を自由時間3時間、取ってくれたので、ゆっくり見学する事になる。気温は1度、風がないので、そんなに寒くない。大通公園をメイン会場に氷の彫刻、雪で出来た白亜の殿堂、雪像群アニメのキャラクターや壮麗な建物が目を楽しませてくれる。プレなので、ロープが張り巡らせ、しかも警備員が監視していたので中まで入って近くで見れないが、遠くからでも充分、見学できた。いつもなら自衛隊の方で作っているらしいが、本業の方が忙しく、ボランティアの人達が作り、また二週間前の雨などで、間にあうか心配されたようだが、明日の前夜祭りには間に合いそうとの事。中氷像『太宰府天満宮本殿』(1100年忌を迎える菅原道真ゆかりの本殿)、大氷像『はばたけペガサス城』(小学生からデザインの公募で選ばれた作)、中氷像『北のどうぶつたち』(馬の雪像。夜は幻想的なイルミネーションに照らされる)、大雪像『光化門』、巨大なミッキーマウスがスキーに乗ってジャンプしている場面、トーマス、競馬馬、ゴジラがビルを倒す像などなど、大小かなりの数の像があった。今から作る風景も見られた。何を作るのかわからないけど、小さな像を作ろうとしているのか、4人がかりで、雪の塊をスコップで形をつけようとていた。せっかく、出来上がりつつあったのに、耳の部分を壊した人もいたりして、楽しんでブィーングをしていた。
折角、札幌に来ているので、札幌観光を楽しもうと、ちょっと、道を外れて、道庁旧本庁舎の赤レンガを見て、札幌時計台に行く。もうすぐ鐘の音がなるので少し待っていると、手袋を落としてしまう。イギリス人が拾ってあげようとしていたのだが、自分も落としたのに気づきイギリス人が拾う前に、自分が拾った。何か気まずい雰囲気。本当はサンキューと言おうとしたけど、言葉が出てこなくて「すみません」と、謝ってしまった。イギリス人、日本人に泥棒と思われたかと心配になっていないだろうか。
3時の鐘、ガラーン、ガラーンと聞いてから、時計台の中に入る。時計台は、旧札幌農学校(北海道大学の前身)の演武場として、第2代教頭W・ホイーラーの構想で建設された。1階は時計台歴史とか展示されていた。ふと、学校の中に入っているような感覚で、2階に上がると、オルガン(ピアノかも?)もあり音楽室みたいになっていた。
そして、すすきのに向かうが、少し方向オンチになり、グルグル回ってしまう。碁盤の目のように札幌は迷うはずがないのだが、誰でも良いので、人に道を尋ねると、その人も観光客だった。
第22回すすきのの氷の祭典の会場を見に行く。こちらも、本番前だったけど、札幌雪まつりよりは、身近に見学できた。作っている人達は、すすきのの飲食関係の人達だそうだ。氷なので、溶けるといけないので、まだ、完成しているのは少なかったが、日頃、包丁を使っているせいか、細かい氷の像が多い。ゴールキーパーが横飛びでボールを取る像や、ボトルの像、見ていて楽しい。カニやホッケを氷に入れている像もあった。往復して見学する。
歩き疲れてたので、タクシーでテレビ塔に戻る。タクシーの運転手が言うには、氷だと夜寒い時の方が作りやすいそうだ。昼だと溶けやすくなって、壊してしまいそうになるからだと、説明してくれた。
札幌テレビ塔の展望台から雪まつり会場を風景を眺めて、スカイテラスで、お茶休憩。大通り公園側を席を待って座った。レモンスカシュを注文。しばらく、眺めていると、隣りに、同じツアーの中年夫婦が来ていた。少し話ししていたら、「あっ」と言う間に時間が過ぎていった。ギリギリまで話していた。
集合時間になったので、待ち合わせ場所のテレビ塔の下に行くが、バスはいない。代わりに、添乗員がいて、「信号を渡って、右に行って下さい。信号の所にガイドさんがいますから」と、言われる。トボトボ歩いていると、携帯をスカイテラスに忘れたようだ。どのポケットにもないのを確認して、妻をその場に残して添乗員の方に走っていくが、セーターの下のシャツのポケットに携帯が入っていた。部屋の中が暑かったのでセーターを脱いだのだ。慌てて、妻いる所に戻ろうとしたが、その少しの時間が大変な事になる。信号機の所にバスガイドがいない。先ほどの中年夫婦が、あたふたしている。右側を見ると、バスが発車していた。一瞬、顔が青くなる。添乗員がいる(たぶん)テレビ塔の前に中年夫婦と戻ろうとすると、見覚えあるバスが走り通り過ぎた。添乗員が慌てて、こちらに駆け寄ってくる。そしてバスに乗り込んだの゛が、テレビ塔の前は一方通行だし、かなり車で混雑していたので、長い時間待てなかったそうだ。
バスは高速にのり、一度、北海道物産に立ち寄り千歳空港に。
バスガイドと別れ、添乗員から帰りの飛行機のチケットを受け取った。晩ご飯は、どうしてもカニが食べたくて、空港のレストランでタラバガニ(2000円)を注文して、それをビールで食べる。
千歳空港(21:15)発。羽田空港(22:55)着。家に帰り着いたのは、24時過ぎていた。
今回の旅行、色々な事もあり、楽しかった。全般的に天候も良く(いつもの冬の北海道よりは暖かった)、層雲峡の祭の中で吹雪も体験したし(バスガイドが言うには、吹雪はそんなものではないの事。3年に1回は、一夜明けたら、1階が埋まっている時もあるそうだ)、寒さも、部屋やバスの中がアイスを食べたくなるくらい暑かったので、そんなに寒いとは感じなかった(逆に横浜の方が寒いと感じた。風があるのと、ないのとでは違うな)。思い出に残る旅行だった。

2002年1月1日 一番湯の露天風呂と初詣新春ミステリーツアー編
1月1日(火)快晴
朝の6時に家を出る。
集合場所の横浜の天理ビル前に行くと、沢山の人だかり。添乗員を捜して受け付けをすます。添乗員は梨元リポーターの顔をしていた。国内旅行がテロの影響で流行っていると聞くが、バス4台(200名)の大ツアーになるとは。で、どうやら、今日の添乗員、あまり慣れていないのか、バスの座席表をバスの入り口に張るを忘れて、大混乱。思い思いに座っているのを座り直すはめに。数名の人は、自由席だという事で、横入りしていたが、そいつらも、座席表の通りに座り直す事になった。正月早々、ルール違反は見苦しい。添乗員の不慣れさに「何やってんだ」「いい加減にしろ」の声が飛ぶが、これも、正月早々のお言葉とは思えない。中には「もうミステリーが始まった」との余裕の声も。ええっ、何で、自分が冷静かって・・一番、後ろに並んでいたけど、一番前の席だったから。
7:30バスは発車する。バスガイドの顔、どこかで見た事があると思ったら、前の山形のミステリーツアー時のバスガイドだった。後で聞いてみると、運転手も、その時と一緒だという。新年早々、奇妙な偶然。
横浜新道に乗り東名高速。海老名SAでトイレ休憩し、休憩中に買ったお握りを食べながら、バスの行く末を見守る。どこに連れてゆくのだろうか? 朝食の東名をどんどん行くかと思ったが、意外にも、一つ目の厚木ICで降りる。愛川町、相模湖町と通り、『日本一まずいラーメン関所』を過ぎ、相模湖ICで中央自動車道、山梨方面に向かう。時折、顔をのぞかせる富士山、正月早々、縁起が良い。しかも、天気が良いので、気持ちが良い。
一宮御坂ICで中央道を降りて、『信玄の里 宝石庭園』に。1500坪の綺麗な石の庭園だったが、敷石の代わりに、水晶を敷き詰め、見事な石が宝石庭園と言わせるだけの事がある。一見の価値がある。しかし、石で出来た男性のシンボルが出て来た時は、驚いた。しかも、ぐるぐると回っている。考えてみれば、ここは温泉街(いさわ温泉)なのだ。案内人の案内で、要所要所の説明を受ける。最後に、一級品の水晶と二級品の水晶の見分け方を教えてあげると言いつつ、ちゃっかり水晶の商売をしていた。
バスは走り、山梨県いさわ温泉の石和観光ホテル慶山に到着。早速、温泉につかる。日頃の疲れが取れたようだ。後で後悔したけど、露天風呂があったようだ。気がつかなかった。早めに風呂から出て、ロビーでくつろいだ。
昼食は、7階の大ホール(コンベンションホール 麗峰)でバイキング。かなり豊富な料理が並んでいる。人気のカニもすぐに無くなったけど、何とか少しゲット。しかし、ハサミが無く、食べづらかった。ケーキも美味しかった。一時間食べぱなしたった。
バスの中でゆっくりしていると、「お疲れさまです」と、別のバスの添乗員が入ってきた。何事かと思ったが、添乗員の間違いだった。
バスは30分くらい走り、『ハーブ庭園』に。案内人が色々と説明してくれる。シクラメンの花が綺麗に咲いていた。ここでも、一生懸命に説明していたのは、ハーブの化粧水の販売のため。でも、商品は中々良く、妻も一つ買っていた。
車窓から、日陰の所には雪が積もっているのを眺めながら、御坂峠を越えて、河口湖町に。富士山が西日に光って美しい。河口湖から見る富士山も絶景。富士急ハイランドの横を通り、『富士浅間神社』に。神社の中は、お参りする人が、かなりいて物凄い人数の参拝者が並んでいた。とても、普通に並んでいたら、時間に間に合わない。これは、ファストパス(横入り)を使うしかない。並んでいる大群を尻目に裏から回り込み、前列で横入り成功。後ろを見ると、他の人もファストパスを使ったようだ。妻と二人で去年の反省を込めて、参拝する。帰りにおみくじを引くと、自分が『中吉』、妻は『吉』だった。
バスは『忍野八海』に。大きな池を想像していたが、お土産屋が立ち並んでいる印象。
帰りのバスは、ジャンケン大会で盛り上がる。7つの賞品に乗客は目の色を変えて真剣。結局、二人とも賞品はもらう事は出来なかったが、毛がニのプレゼントには喜んだ。そして、オプションで福袋を買ったのだが、その中には、化粧水、フルーツゼリー、ワインなどが入っていた。15キロの渋滞があったけど、予定より早く着き、19:20に横浜に到着した









旅行に戻る/a>


ページをどうぞ