背中には君


いつものように、上大岡駅から自転車を漕いで帰宅する。
ふと、自転車が乗れるようになった日の事を思い出した。

子供の頃、運動オンチで、自転車にも乗れなかった。
いつも、タイヤの後ろにつけている補助輪をつけて走っていた。

そんな姿を、一つ年上の幼馴染の女の子が見て「いつまでもそんなモノをつけていたら、恥かしいよ。補助輪を取ったら」と言われたけど、補助輪を取ったら転んでしまうからと、「このままでいい」と断固、意地を張っていた。
ところが、幼馴染の女の子は「じゃあ、私が教えてあげるから」と言って、練習を開始する。

どれくらいの時間がかかったか、忘れたけど、いつの間にかに、女の子に手伝ってもらわなくても、乗れるようになった。

あの時、幼馴染の女の子に教えてもらえなかったら、一生、自転車に乗れなかったのでは…

それから数年後、自転車も両手の手放し運転が出来るようになり、二人乗りも出来るようになった。

幼馴染の女の子を、4〜5km先にある本屋に誘った。
幼馴染を連れてのサイクリング。

その気持ちを詩に書いたことがある。
新聞に投稿したら、たまたま載せてもらった。

『夢の果てまで』
君を乗せた自転車

暖かい風が二人を包み込む

ペダルがやけに軽く

夢の世界へと

こいでゆく

「昔、よく乗せてもらったね」

言葉がベールを取り除く

背中にしがみつく

君のぬくもりが

疲れを忘れさせ

どこまでも

こいでゆく

空の彼方まで

夢の果てまで

時間の許す限り

背中には君



恋心だったのか、初恋だったのか、今となったら、素敵な思い出なので、どっちでも良いのだが…

高校生の頃、幼馴染の女の子に告白しようと、映画のチケットを持って、彼女を追いかけるのだが、いつも、角を曲がった道路で見失ってしまう。
何度も何度も失敗する告白…

告白することよりも、なぜ、見失ってしまうのだ。
そっちの謎の解明が自分の心に大きくなっていった。

朝、彼女は勤めている銀行に出かける。
俺は彼女が家から出るのを、二階から見て、それを追いかけてゆく。
100mぐらい先の角を曲がると、道路。
追いかけてゆくのだが、道路で見失ってしまう。

それが何日か繰り返し、ある日、道路に車が停まっている事に気づく。

後ろから見ると、彼女が助手席に乗っている。
隣りの男の人は誰だろう。
気になりだした。

それとなく、母親に聞くと、彼女に彼氏が出来たようだ。
同じ銀行員の彼氏は、朝、車で迎えにきているようだ。
ショックも大きかったが、その彼氏を見てやろうと気になってくる。

彼女が朝、家を出る前に、車に近づくと…

その彼の顔を見ると…

何となく、自分の顔に似ているような…

自分の思いあがりだろうか…

大学を卒業して、東京で働く事になった。

親が東京に遊びに来た時に、彼女が結婚したと報告してくれた。
新婚旅行のお土産だと言って母親は自分に、石屋製菓の『白い恋人』一つを渡してくれた。
わざわざ、この一個を持って、母親は東京まで来てくれたのか…

母親には何にも言わなかったけど、母親は自分が幼馴染の女の子に恋心を抱いていたのに、気づいていたのか…

「白い恋人」という名前…
初恋…
映画のチケットを渡せずに恋人同士になれなかった幻の恋人。


背中には君…





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