黒いナイフ


俺は手首を切った。
 黒いナイフで。
 よく切れるナイフだ。
 手首にナイフを当てると、ヒンヤリとした感覚が死への実感。
 少しづつ、鋭利な刃先を細い腕に押し続けると、赤い液体が滲み出た。
 痛い。
 綺麗に開いた傷口から血が止めなく溢れてゆく。
 俺は激痛に耐えながら、何って馬鹿な事をしたのだろうと、後悔したが、黒いナイフを見ていると、仕方がないさと、思い直す。
 どこからか、サイレンの音が聞こえてきた。
 そんなはずはない。
 しかし、サイレンは近づいてくる。
 誰にも、この自殺は邪魔されていないはずなのに・・・
 サイレンは、俺を無視して、俺の家の前を通り越した。
 大丈夫。
 俺は邪魔されていない。
 そう思うと、口元が歪んでいた。
 俺は流れていく血のを見ていると、そう思えてきた。
 血の池は俺を暖かくさせていった。
 俺は生まれ変わるのだろうか。
 何かに生まれ変わるとしても、今よりはマシかもしれない。
 俺から続く血の流れは綺麗だった。
 部屋の電気に照らされて、キラキラと輝いた。
 あと、どれくらい俺の血があるのだろうか・・・
 朦朧とする頭で考えた。
 見ている限り、永遠に続くような気がした。
 サイレンの音が、戻ってきた。
 身構えた俺を、あざわらうに、その音は俺を無視して、去っていった。
 きっと、俺の先客だろう。
 なぜか、そう思えた。
 死と直面している先客の側には、黒いナイフ・・・
 俺の命はどんどんと遠ざかり、やがて、俺は黒いナイフに変わっていた。より黒いナイフに。
 そして、少しでも死にたいと願っている者のそばに、寄り添い、誘いかける死への扉。
 今度は、貴方の所に行くかもしれない。
 黒いナイフはより黒く、強力に・・・





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