朝、起きてみると、妻はカメになっていた。
眠たい目を擦っても、妻はカメだった。
俺は思った。
いつも妻にヒドイ事を言い過ぎた。
家事をやるのに、何でもノロノロとやるので、お前はカメだと言い過ぎた。
本当にカメになってしまった。
いくら、簡単な料理でも、三時間はかかってしまう妻に、掃除も不器用に掃除機を動かして時間ばっかりかかる妻に、愛情のない文句を言っていたのだ。
妻は妻で一生懸命だったのだ。
「・・・何、ジロジロと見ているの」
妻は布団の中で言っている。
カメが喋った。
「大丈夫か」
「何が」
「何がって」
「変な人・・・」
妻は笑いながら立ち上がると、そのままトイレに行った。
どうやって、用をたすのだろうか。
そもそも、妻は自分がカメになっているのに、気がついているのだろうか。
鈍感な所もある妻だが、トイレから悲鳴が聞こえてくるのを待った。
が、悲鳴は聞こえずに、そのまま、妻、カメは戻ってきた。
「ご飯の用意するから、そのまま寝てていいわよ」
俺がポカンと見ているのを、まだ眠たいからだと勘違いした妻は言った。
どういう事なのだ。
妻はどう見ても、甲羅に包まれ、頭をひょっこりと出して手足をノソノソと動かしているカメなのだ。
カメはどうやら、台所で朝ご飯を作っている。
フライパンで玉子焼きを作っているようだ。
カメがフライパンを扱っているのを見たい気もするが、恐ろしく、見れない。
相変わらず、手際が悪く、出来上がりに一時間近くかかった。
ご飯を無言で食べる。
何か、カメ相手に話しかけづらい。
そんなカメと目か合った。
「何?」
「昨日はゴメン」
昨日の喧嘩の事を謝るのが、精一杯だった。
「今日は、遅いの」
「ああ、残業だけど、出来るだけ早く帰ってくるよ」
俺はカメを残して、会社に行った。
妻がカメだという異常事態に気がつかないのに、どういった処置を取ればいいのか、俺にも分からなかった。
昼近くになって、珍しく親父から会社に電話がかかってきた。
「どうだ、元気か」
「元気だけど、どうかした。会社に電話してきて」
「どうもしないけど、嫁さん元気か」
「元気だけど・・・」
俺は誤魔化すに笑った。
が、親父は何かを言いたそうだった。
「本当に、元気か」
「まあ、病気はしてないけど」
「相変わらず、ノロマのカメか?」
親父も俺の妻の行動がノロイのを知っている。
いつか、両親を家に招待した時に、料理を作るのに、数時間待たせた実績がある。
しかも、食べるのが遅く、一口一口ゆっくり食べて、少し両親を呆れさせた。
「そうだけど。好きで一緒になったから」
「・・・」
親父は黙ってしまった。
「どうかしたの」
今度は俺が心配になった。
「・・・お母さんがスズメになったんだ」
「スズメ?」
「スズメのように、ピーチク、パーチクと機関銃のように文句を言うからかもしれないが」
「ええっ」
「結婚して、三年くらいたった頃かな。ある朝、突然、スズメになっていたんだよ」
「それでどうしたんだ」
「びっくりしたけど、お前がいたので、そのまま、諦めた」
「諦めたって・・・ それで、どうやったら、治ったんだ」
俺は切羽詰まったように言うと、親父は急に笑い出した。
「何言っているんだ。今でも、お母さんは、スズメじゃないか。まあ、とにかく、お前が気づいて、びっくりとしているのじゃないかと、電話したわけだが」
親父はそう言って、電話を切った。
そう言えば、母が言っていたが「お父さんは肝心な話しをする時に、すぐ寝た振りをするから、タヌキよ」と。
もしかすると、俺の親父はタヌキ・・・
母がスズメで、妻がカメ。
じゃぁ、俺は・・・
近くにいた同僚に訊ねた。
「お前はミイラじゃないか。仕事の時、営業をするつもりで業者に行っても、業者から物を買って戻ってくる目的とは逆の結果になる事が多いじゃないか。本当、ミイラ取りがミイラになっているよ」と。
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