狂気のオノ


 俺は鍵を閉めた。
 これで、殺人者の手から逃れられる。
 地下シェルターには、俺と恋人のユミだけであった。
 地上では、今、地獄である。
 殺人者の群衆が、人という人をオノで切り刻んでいる。
 血の海である。
 大きく見開いた両目のまま、首が飛び、地面には、生首がゴロゴロ転がっている。
 なぜ、こういう事になったのか、わからない。
 ただ、殺人者は皆、オノを持っていた。
 平凡なオノである。
 一人の人間の血を吸い、また一人の人間の血を吸う。
 血によって、オノの狂気がさらに広がって、殺人者の群衆を作ってゆく。

 俺の別荘にユミが飛び込んできたのは、一時間前。
「早く、地下シエルターに」と、ユミに急かされた。
「何で、まさか、戦争が起きたわけじゃあるまいし」
「戦争よりヒドイ事よ。窓から外を見て」
 俺の別荘は高台にあった。
 窓から外を見ると、地獄絵。
 オノが死体を大量生産していた。
 振り上げ回すオノに生首が飛んでゆく。
 振り回すオノに腕が棒切れのように、地面に叩きつけられ、死体がワナワナと震えている。
 道端に転がる死体は、五体満足な死体はない。
 右足を切断され、左足をもがかれた死体。
 生首で、スイカ割りをしている殺人者もいる。
 バジャーッと、脳天にオノを振り下ろし、辺りに脳味噌を飛び散らせる。
 見るも無残な壊れた顔の出来上がり。
 生首をサッカーボールにしている殺人者もいる。
 狂っている。
 不気味に笑った生首は、横に滑るように飛んでいき、アスファルトを転がり、擦り傷だらけの赤いボールに変身していく。
 なぜ、こういう事態になったのだ。
 白い泡を噴きながら、唇はヘラヘラ笑い続けている狂った生首と目が合った。
 俺は、それにビツクリして、現実に引き戻された。
 つまり、俺自身の危機を察知した。
 俺もあんな風になりたくない。
 俺は窓から離れ、部屋の奥にユミを連れて行った。
 地下シェルターの鍵は、金庫の中にある。
 八桁の番号を合わせるが、手が震えて、中々合わない。
 カチャと、やっと合った。
 金庫の中には、通帳や印鑑もあった。
 が、そんな物は今は必要ない。
 生命の方が大切だ。
 鍵を取ろうとして、一度、落っことし、また、今度はわしづかみで取る。
「早く」
 ユミを促し、地下室に向かう。
 まさか、こんな事で地下シェルターを使うような事があるとは思わなかった。
 地下室を降りる階段で、やっとユミは恐怖を思いだした。
 中々、階段を降りようとしない。
 今にも、崩れ落ちそうだ。
 ユミの肌は鳥肌が立ち、目も少し、虚ろになっている。
「しっかりしろ」
 俺はユミに気合いをいれた。
 無理もない。
 今更のように、恐怖に怯えているのだ。
 今までは、俺の所に逃げ込んでくる一心で、危険を顧みずに、俺の所に逃げ込んできたのだ。
 ユミは黙ったままだった。
 俺はそんなユミがいじらしかった。
 やっと、地下まで降りた。
 すぐ手前が地下シェルターのドアだ。
 地下シェルターには、数年分の食料もある。
 ここに入れば、安全だ。
 地下シェルターの鍵を開け、まず先にユミを中に入れた。
 ユミは荒い息を吐いた。
 俺も中に入った。
「どうしたんだ」
 ユミを振り向かせた俺は、ユミの変わりように驚いた。
 まるでさっきとは別人のようだ。
 口が耳元まで裂けて、顔の筋肉が弛緩した。
 ヘラヘラと笑っているユミは狂気のそれだ。
 まさかと思ったが、その妄想は現実のモノとなっていた。
 ユミの手にはオノが握られている。
 いつのまにと思ったが、それより、オノは一瞬、キラリと光り、俺の血の味を舌なめずりしていた。





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