赤い糸


「さよなら」と、言われた男。
 彼女とは、赤い糸はつながっていなかった。

 どいつもこいつも、イチャイチャしやがって・・・
 街歩く、カップルは腕を組みやがって・・・
 おっと、あいつら、ホテル街を歩いていくではないか。
 ムカつく。
 それにしても、何なんだ。
 何の用なんだ。
 叔母が、センチュリーハイワットに来いと、昨日の夜、電話で言っていた。
 別に彼女はいないので、今日は暇だったからいいものを。
 しかも、ネクタイをして来いだと。
 何か、ご馳走をしてくれるのか。
 それなら、それで良いが。
 俺の誕生日は、まだまだ先だぞ。
 そうこうするうちに、センチュリーハイワットのロビーに着いた。
 指定されたコーヒーラウンジに行くと、叔母は派手な訪問着に身をつつみ、これでもかという指輪をしていた。
「ちょっと、待っててね」と、叔母は馬鹿丁寧に言い、コーヒーラウンジの入り口の方を見て、誰か捜すように目を細めた。
「あっ、来た来た」と、叔母は手を振り出した。
 そして相手はゴキブリだった。
 ゴキブリが着物を着ていて、何とお化粧までしている。
「はじめまして、五木ブリ子」
「いつき、ぶ、り、こ」
 俺はブリ子という名にも、おったまけだ。
 五木ではなく、ゴキブリ子と呼んだ方が良いのではないだろうか。
「ほら、あなたも、自己紹介を」
 叔母は慌てて、俺の腕を叩いた。
「もしかして、これって、お見合い?」
「そうよ、早く、自己紹介して」
「ど、どうも、石塚卓夫です」
 声が大きい過ぎたようだ。
 ラウンジでコーヒーを飲んでいたサラリマーン風のオヤジが振り向いた。
 俺とした事が、上がっているようだ。
「何で、お見合いだって、言わなかったんだよ」と、俺は叔母に抗議した。
「だって、あんた、上がり症だから、昨日言ったら、寝れなかったでしょう」
「確かに、そうだけど・・・」
 それにしても、このゴキブリ子、何なんだ。
 一昔の女子高校生の様にテカテカ黒光りする肌、確かガングロとか言ったけ。
 気持ち悪いたらありゃしない。
「ごめんね、この子ったら、本当は気に入っているんだけど、上がり症で、言葉も出ないみたいだわ」と、勝手に俺の気持ちとは違う事を言った。
 そして、軽い俺の内輪話しをして、「あらら、私たら、喋り過ぎたようだわ。ここわ、私、失礼して、後は若い二人にお任せしましょうかしら」と、言い残して、ラウンジを出ていった。
 俺も一緒にラウンジを出ようと思ったが、さすがに女の子にも悪いと思い、この場だけは我慢しようと、死ぬ程、我慢して、会話を交わした。
 が、共通の話題が見つからないまま、時間が過ぎ、異様な緊張がその場に張りついていった。
「もし、良かったら、ここを出て、私の知っているアフリカ料理を食べに行きませんか」
「アフリカ料理|」
 とっ拍子のない料理に、俺は驚いた。
 ゴキブリ子にアフリカ料理。
 合いそうだ。
 俺はゴキブリ子と、このままいたくなかったが、アフリカ料理に興味を引かれ、一緒に行く事にした。

 ゴキブリは俺の事を気に入ってくれたようだ。
 俺は、全然、気に入らないのに。
 が、叔母は俺の気持ちの事なんか分かってくれず、お見合いの話しをドンドン進めていった。
 そして、一ヶ月後には結婚する事となった。
 今、結婚後、二人で住む事となる新居、ゴキブリ子の両親からプレゼントされたマイホーム、強引にゴキブリ子に連れて行かれるところだ。
 ゴキブリ子が、マイホームの鍵を開ける。
 中に入った途端、足元にネバネバしたモノを感じた。
 赤い糸が足元にまとわりつき、ネバネバしている原因もそれのようだ。
「助けてくれ」と、ゴキブリ子を見たが、ゴキブリ子もネバネバしたモノを振り解こうと苦労していた。
 もがけば、もがくほど、赤い糸はまとわりつき、ついに俺達二人は動けなくなった。
 そして、俺の頭の中に、ゴキブリホイホイのイメージが残った。





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