ゴ キ ブ リ
俺にとって最大の敵が現れた。
考えただけでもおぞましい敵。
ゴキブリである。
ゴキブリと聞いただけでも心臓がとまってしまう。
見ただけでも殺虫剤を手に取ってしまいたくなる存在である。
同じ部屋にいるだけで、気が狂ってしまいたくなる。
存在自体をこの世から消したくなるのだが、この厄介なゴキブリは、すばしっこいし、異常な生命力にはハタハタ参ってしまう。
そんなゴキブリが、大胆にも俺の部屋を侵略しょうと、俺が独りビールを飲みながら、プレステの『ダビスタ』のゲームをしている時だ。
黒い光沢のある怪しい光りを放ちながら、現れたのだ。
全長5センチはある。
驚いた。
俺は、傾いた缶ビールから口が離れて、ビールがこぼれしまうのが気がつかない程、唖然とした。
ブルッと身体が震える。
ゴキブリはスルスルとテレビの後ろに隠れた。
これは大変だ。
部屋を逃げ出さなきゃと、まず、思ったが、服などは置いておいても良いが、ダビスタは置いてゆけない。
これはどうしたら良いのやら。
そうこう俺があたふたするうちに、ゴキブリは自分の部屋のように、我が者顔で俺の部屋をウロチョロとしだした。
俺の部屋をウロつくなら、家賃の半分は出してくれと思いながら、俺はゴキブリの様子を見ながら、側に寄らないように逃げる。
ゴキブリとの鬼ごっこが始まった。
勿論、新聞を丸めて戦おうとしたのだが、奴(ゴキブリ)は空を飛べるのだ。
それに、俺は元来、平和主義者だ。
また、ゴキブリは蜂よりも怖い。
ゴキブリが顔に乗っかってくるのを想像するだけでも、全身の血が沸き上がってしまう。
まだ、浮浪者の家を掃除する方がマシだ。
そんな鬼ごっこが二時間続いた。
俺は気の乗らない命がけの鬼ごっこに終止符を打つ為に、意を決した。
コンビニだ。
ゴキブリの墓場を作ってやれと、ゴキブリホイホイを買いに、深夜の買い物に出掛けた。
勿論、ゴキブリを残して家を離れるのは、放火魔を家に残すのと同じ事。
何をされるか、わからない。
しかも、ゴキブリは放火魔よりも不潔だ。
俺はコンビニに飛び込み、店にあるゴキブリホイホイあるだけ(五箱)買って、部屋に戻った。
勿論、部屋の電気は付け放し。
俺はゴキホイの箱の裏に書いてある、組み立て方法を見ながら、ゴキホイ建築に没頭した。
今に見ていろ・・・
部屋に戻ってきてからも、ゴキホイ建築と同時進行でゴキブリとの睨み合いは続いている。
ついにゴキホイ完成。
祝杯をあげたい気分だけど、そんな気分にはなれない。
俺は一箱五セット入りゴキホイから、立て続けに作り続け、十五セットも建設し、俺の1LDKの部屋のあちこちに、ゴキホイをセットする。
いつの間に建設大臣になったような気分。
部屋の中はゴキホイだらけ。
これで、ゴキブリも身動きが出来ないだろう。
俺は最近のゴキホイには、粘着力を高める為に、ゴキブリ用の足ふきマットが付いている最新兵器に感心しながら、器用にもテーブルの上で寝ることにした。
寝ている間に、顔に乗っかられたら、たまらない。
翌日、ゴキホイをチェックすると一匹捕獲しており、念のため、そのままゴキホイをセットしたままにしておくと、翌日には二匹、合計五日間で八匹も捕獲していた。
1971年
大塚社長がトリモチをゴキブリ駆除に使うアイデァを思い付く。同じ頃、アメリカの雑誌から紙箱に粘着剤を塗ってそのまま捨てる発想が生まれた。
1972年
捕獲器の入り口に30度程度の坂をつけるとゴキブリが誘引されやすいという新事実を発見
1973年
「ゴキブリホイホイ」を発売。当初は「ゴキブラー」という名前が有力だった。広告には、由美かおるを起用。一般消費者から絶大の支持を獲得した。
1977年
あらかじめ粘着剤が塗られたシートタイプを発売。剥離紙をはがすだけで設置OK。
1982年
姉妹品「ねずみホイホイ」を発売。
1987年
姉妹品「ゴキブリコロコロ」を発売。
1990年
姉妹品「なめくじホイホイ」を発売。
1994年
ゴキブリの足の油分を落とす「足ふきマット」を装着。粘着力を弱める原因となっていた油分を入り口に敷いた不繊布で取り除くことで捕獲力が格段にアップ。
1998年
「デコボコ粘着シート」を採用。粘着シートに凹凸をつける事により、ゴキブリの手足や体がベットリとつき、もがけばもがくほど身動きが出来なくなる効果を発揮。姉妹品「ちびっこホイホイ」発売。
俺が部屋の中でつくろいでいると、緊張すべき物体、ゴキブリがいた。
ゴキブリはヌメヌメと身体を光らせて、いやらしく俺の前を通り過ぎた。
俺のささやかなひとときを壊された事で、ゴキブリに対して、猛然とした殺意を感じた。
こいつを生かせておくのは、俺の人生の歯車の中にサビを貼り付ける事になる。
「ゴキブリは、俺のサビだ」と、わけのわからない事を叫びながら、殺虫剤片手にゴキブリを追い回した。
狙いを定めて、殺虫剤をかける瞬間、あろう事か、ゴキブリが消えたのだ。
そして、別の空間に出現した。
俺は呆気に取られた。
まさか・・・
俺は、今のは目の錯覚だと思い直したし、もう一度、ゴキブリを追い掛けた。
が、ゴキブリの動きが止まった瞬間、ゴキブリに殺虫剤を・・・
「あっ」
やっぱり、消えた。
俺は別の場所に再び現れるゴキブリを不気味にながめながら、俺は背筋が寒くなった。
ゴキブリは俺の背筋を寒くさせるばかりか、今度は、俺の恐怖をどん底に落とし、狂気の入り口まで導いてくれた。
ゴキブリが喋ったのだ。
「テレポートテーションしただけさっ」
「あわわ」
ゴキブリがテレポートテーションなる言葉を知っている事自体も驚いた。
俺はゴキブリのせいで、脳味噌がシャッフルされたのか。
ストーカーのこどく、殺虫剤をゴキブリに振りかけ回す。
部屋中が殺虫剤で臭くなった。
「俺様は、鼻が悪いんで、殺虫剤は効かないのさっ」と、ゴキブリは余裕で消えまくる。
が、テレポートテーションもかなりのエネルギーを使うと見える。
ゴキブリもかなり疲れてきたので、消えるタイミングがズレかけている。
俺はゴキブリを追い詰める事が出来た。
いくら、鼻の悪いゴキブリでも、直接、殺虫剤を振りかければ・・・
俺も殺虫剤の臭いでクラクラだ。
ゴキブリの死刑執行も、この瞬間だと思う瞬間、またしてもゴキブリは喋った。
「まだまだだ。俺様にはテレポートテーションの他にも、別の特技があるのだ」
「どういう特技だ、この世におよんで」
「分身の特技だ」
「分身・・・」
みるみるうちに部屋の中はゴキブリだらけになった。
「これでは、どれが本物の俺様か、わからないだろう」と、コーラスでゴキブリ達は言った。
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