生  首


 世の中には、色々な人がいる。
 平凡な人生を送っている人もいれば、激動の人生を歩んでいる人もいる。
 そして、まったく悪には無関係な人でも、時として・・・
 貴方の隣りには殺人者がいたっておかしくないのだ。


 電車の中は、立っている人が少ない状況だった。
 いつもなら、本でも読んで、目的地まで時間をつぶすところだが、今日ばかりはそうもいかない。
 ふと、向かい側に座っている男に視線がいった。
 黒のロングコートに深く被った帽子にサングラス。
 いかにも怪しそうな男だ。
 手には、紙袋を持っていた。
 大事そうに、膝の上で抱えている。
 そういえば、朝のニュースで、この近所に首無し死体が発見され、今も犯人は逃走しているという。
 そのニュースと怪しい男が持った紙袋から、「もしや」と変な妄想をしてしまうが。
 男は完全に怪しい。
 頬にも、うっすらと傷も見えたし、紙袋もの大きさといい、丸みを帯びたシワのつき具合といい、あの中には生首が・・・という連想は自然のような気がした。
 俺は男をジロジロと観察した。
 幸い、男はウトウトとしていたので、無遠慮な視線が堂々と出来た。
 電車が揺れた。
 ふと、男の手から紙袋が落ちそうになり、慌てて、紙袋を抱え直した。
 反動で、袋の中の者を強く握り締めたようだ。
 しばらくすると、袋の下の方に、赤い染みが滲んできた。
 やっぱり。
 俺は、紙袋の中身を覗きたい衝動にかられた。
 が、生首ではなかったら、俺はとんだ恥をかく事になる。
 しかし、もし本当に生首だったら、今度は俺が殺人者の手によって、殺されかねない。
 そうこう迷っているうちに、男はポケットからキップを取り出していた。
 次の駅で降りるのか。
 結局、袋の中身は、わからずじまいか。
 電車は駅に着き、男は降りてゆく。
 俺の目は、男の姿を追っていた。
 その時、奇跡が起きた。
 降りる男と、乗ってくる乗客の交差で、男の腕がぶつかり、紙袋が落ちたのだ。
 ホームのコンクリートに響く生鈍い音に、気持ち悪くなった。
 赤く広がる液体・・・
 破けた紙袋から見えるそれは、赤く熟したスイカだった。


 そうだ。
 そんな事があるわけはない。
 男が殺人者であるわけがない。
 ましてや、紙袋の中に生首などが入っているわけがないのだ。
 なぜ、そう言えるかって。
 だって、俺が持っている紙袋こそ、本当の・・・




えすえふ少説に戻る